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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第六章 ~雲の上の国~
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第五十九話 ~秘密の空間~

 エントランスに兵が徴収されているためか、廊下は閑散としていた。自分の呼吸が気になるほど、冷たく寂然とした空気が流れていた。


「誰もいないみたいだな……」


 ブランの脇から廊下を覗き込み、左右を交互に見た初汰がそう呟いた。


「ちっ、お前は黙ってろ。おい、さっさと身体を隠してそうな場所に案内しろ」

「そう言われても、俺はただの兵士だった。極秘情報なんて知り得ない。……だが、こういうのは大体地下と相場が決まってる」


 ブランはそう言うと、薄暗い廊下に出て行った。そして壁に沿ってなるべく明かりに当たらないように、壁に同化するようにして忍び足で廊下を進んでいく。それを見た初汰たちもブランに倣って廊下を進み始める。

 廊下の左右には等間隔で燭台が設けられており、僅かな炎が揺らめいていた。蝋燭が消耗されていない様子から見るに、装飾を優先しただけで蝋燭と炎は魔法で作り出された虚飾だというのが分かった。それに炎の小ささが、不自然に大きくなったり小さくなったりしない点からも、これらが魔法で操られていることは確定に近しい事象であった。

 そんな警備の薄くほの暗い廊下を四人は静かに進んだ。時折警備兵たちの足音がどことなく響いてきて、四人の鼓動を早まらせた。しかしそれにも次第に慣れてきた。なぜならその足音たちが初汰たちに近付いてくる兆候が全く見えないからであった。こうして四人は順調に歩を進め、いつの間にか屋上から地下までぐるりと繋がっている螺旋階段にたどり着いた。


「ここを下って行けば地下に着くはず……。逃げるときは屋上からにしましょう。俺のロープを使えば、時間はかかるかも知れませんが、裏からひっそりと城を離れることが出来ると思います」


 階段前に着くと、ブランが静かな調子でそう言った。それに対して三人は相槌のみで応え、ブランは再び歩き始め、階段を下り始める。ブラン、獅子民、初汰、クローキンスの順番で階段を下って行く。もちろん階段でもなるべく身を壁に寄せて、少しでも見つかりにくいように努めながら。四人の足音が螺旋階段の上下に伸びて行く。音が階段を上がるように、下るように、波紋の様に足音は遠のいて行った。

 階下の廊下で足音がする。現在兵たちは一階と外回りを探索しているらしい。四人は一階の廊下へ続くドアを通り過ぎ、更に階段を下って行く。先ほどよりも足音が下へ下へ向かって伸びて行っているような気がする。そしてある程度響くと四人の足音は静かに消えて行った。恐らく広い空間が存在しているのだろう。

 階段を等間隔に彩っていた炎の色が赤から青白い炎へ変わった。一同はそれに気づきながらも、誰かが声を出してまで気に掛ける変化では無かった。


「もう少しで着きそうです」


 口を開いたのはブランであった。足音の反響からか、ないしは炎の色の変化からか。何にせよ、ブランなりに何か根拠があってそう言った。


「やっとオッサンの本体が見れるんだな」

「そうであってほしいな」


 何故か獅子民よりも初汰の方が喜びの感情を表に出していた。当の本人は口数少なにそう言うと、再び口を結んでしまった。


「でも、この城の地下にあるとは限らないよな?」


 初汰は一番詳しそうなブランに向かってそう聞いた。


「その口ぶりからして、城が三つあることは知ってるんですね」

「あぁ、来るときに説明されたよ」

「なるほど、ですがご安心を。地下は緊急時の連絡用に開通しているんです。つまり三つの城を繋ぐ唯一の道です。と言っても、外側から開けるには呪文が必要と聞いたことがあるので、他の城への侵入は不可能ですね」

「へぇ~、そうだったのか。まぁ確かに地下で連絡するなら敵に勘づかれずに増援を呼べるしな」


 初汰はブランから地下の説明を受け、自分なりに解釈をした。すると丁度会話が終ると同時に、階段の終わりが見えてきた。


「見えてきましたね。ここは俺の作戦に乗って貰っても良いですか?」


 両開きドアの前まで来ると、ブランは立ち止まってそう言った。


「今ここで城のことに最も詳しいのは君だ。可能な範囲で聞き受けよう」


 獅子民がそう言うと初汰とクローキンスはそれに同意するように頷いた。


「感謝します。ではまず、ここから二手に分かれます。地下に行く二人、ここに残る二人。無論、獅子民さんは地下に行かなくてはいけないので、もう一人護衛を。そしてここに残る二人は、ドアが完全に閉まらないように見張りをしていてもらいたい。あと、穏便な追っ手の撃退も」

「うむ、了解した」

「ちっ、こんなの答えるまでもねぇ。俺とガキが残る」

「え、俺残るの?」

「当たり前だろ。お前地下のルート分かるのか? あぁ?」

「いや、分からねーけど」

「はは、すみません。無駄な時間を取らせてしまって。では今の組み合わせで良いかい?」

「うむ、私は何も問題ない」

「まぁしゃーないか。見張りやるよ」

「ちっ、あまり時間はかけるなよ」

「えぇ、そのつもりです。こういう作戦はスピードが命と教わっています。では行きましょうか」

「うむ、では頼んだぞ、初汰、クローキンス殿」


 獅子民はそう言うと、二人の顔を見た。


「取り戻せると良いな」

「うむ、そうだな」


 初汰が真剣な表情でそう言ったので、今度は獅子民が少し笑みを浮かべながら返した。


「開けます」


 獅子民の反応を見た後、ブランはドアを押し開けた。獅子民は今一度二人の顔を見て力強く頷くと、ブランに続いて地下通路に入って行く、初汰とクローキンスは両開きのドアの左右をそれぞれ抑えながら、走り去っていく二人の背中を見守った。


 地下の闇へ消えて行った獅子民とブランは、ひたすら真っすぐ走り続け、更に下へと続く階段を探した。


「本当に階段は存在するのか?」


 走りながら、ふと獅子民がそう言った。


「します。……と言っても、噂を聞いただけですが」

「そうであったか……。それでも私は君を信じるぞ」

「獅子民さん……。ありがとうございます。必ず見つけ出してみせます」


 振り返っても初汰とクローキンスの姿が見えないくらいの場所まで走りつくと、二人は一度足を止めた。


「このドアは……」


 ブランは立ち止まり、右側にぽっかりと空いた不自然なスペースと、その奥にあるドアを眺めながらそう呟いた。


「アレも城に続くドアなのか?」

「はい、あの先は中央に聳え立つ本城です。今はこの本城を我が物にしようと、いろんな人が躍起になってますよ」

「本城そのものが玉座と言うわけか……」


 獅子民はそう呟くと、じっとドアを見つめた。何か言葉には言い表せないような厳格さやただならぬ雰囲気が、ドアの隙間から漏れ出しているように感じられる。本城。というワードを聞いたせいなのか、はたまたその雰囲気を醸し出す何かが実在しているのか。それは定かでは無かった。


「先に進みましょう」


 ブランはそう言うと、通路を真っすぐ行くのではなく、丁度今見ていた本城へ続くドアがあるのとは真反対の、左側の壁に向かって歩いて行った。


「ブラン殿、そっちは行き止まりだ」


 ブランの行動を見た獅子民は、訝し気な調子でそう言った。


「えぇ、見る限りではそうです。でも俺が思うに、大事なものを隠すとなると本城の真下だと思うんです」


 彼はそう言いながら壁を丹念に調べ始めた。獅子民もそれを手伝おうとするのだが、大きな肉球が邪魔して丁寧に壁を調べ上げることが出来ない。獅子民は自分の不甲斐なさに少し落胆したが、それでも諦めず、ブランと共に壁を調べ続けた。

 ――すると突然、壁を撫でるようにして探していたブランの右手が微かに壁の中へ沈んだ。それに気が付いたブランはぐっと力を込めて右手を更に奥へ押し込んだ。押し切れるところまで押し切ると、カチッ。と言う音が鳴った。ブランは慌てて手を放し、獅子民にも言って二人は数歩後退した。

 ゴゴゴゴゴゴ。と言う地鳴りのような音が地下通路に響き始める。そして次の瞬間、先ほどブランが押し込んだ石の一部を中心に、大人二人が横並びで通れるくらいの長方形のサイズで壁が奥にズズズズッとずれ、ある程度奥まで下がると次は右に向かってスライドした。こうして二人の目の前には、先ほどまでは隠されていた秘密の道が現れた。中を覗き込もうにも、今いる地下通路よりも暗く、見通しが立たない。二人は顔を見合わせ、ゆっくりと穴に近付いた。


「これが、隠されていた通路か……」


 ブランも半信半疑だったようで、噂通り現れた秘密の通路を見て驚いている様子だった。


「この先に私の身体があろうが無かろうが、相当な警備だな」


 獅子民は出現した穴を上下左右見回して、罠が無いかの確認を済ませた。


「大丈夫そうですね。時間も少ないですし、進みましょうか」

「うむ、行こう」


 二人は顔を見合わせて頷き合うと、今よりも暗い通路に身を投じた。

 ――後に続いていた獅子民が通路に入り切ると、再び轟音を立てながら穴は塞がれてしまった。すると閉まり切ったのと同時に通路に一斉に明かりが灯った。通路は先ほど通っていた地下通路に比べると大分細くなっていた。それでも何かを運び込めるように、台車やストレッチャーのようなものが通れるくらいの余裕はあった。それに通路は一本道で、これならば迷子になることは無いように思えた。


「城の内部と、城へ行くまでが複雑な分、地下は相当シンプルですね」


 ブランはそう呟きながら鼻で笑うと、獅子民の様子を確認した後に歩き出した。


「しかしこれならばすぐに帰って来れそうだ。それに、隠し扉が勝手に閉まってくれたおかげで追っ手の心配も少しは和らいだな」

「えぇ、二人を長く待たせても置けませんし、奥へ進みましょう」


 二人は通路の両脇で燃えている赤い炎に導かれるように、一本道を奥へ奥へと進んでいく。その歩度は、障害が無いせいか、一本道であるせいか、脅威が全く無いせいか、次第に早まっていった。

 一分ほど歩くと、左右の壁に設置されていた燭台たちは姿を消し、それと共に明かりも消えた。そして二人の目の前には、一瞬の闇が広がり、次の瞬間には再び光が彼らを迎えた。


「ここは……」


 獅子民は明かりが点いた場所へ一歩踏み込んだ。そこには今通ってきた洞窟のような、不安定で、汚らしい場所とは真反対の光景が広がっていた。四方の壁は一点の汚れも無いほど真っ白い壁で……。いや、よく見ると、壁の所々には引き出しの取っ手のようなものが無数についていた。それもすごく均整が取れた配置となっており、その取っ手を中心に何かを引き出せるようになっているようであった。

 獅子民とブランは、とりあえず部屋なのか、それとも何かの施設なのか。ハッキリとは判断しがたい場所に踏み込んだ。そして再びその空間を見回し、今入ってきた出入口から一番近い取っ手の前に立った。


「これ、引き出しみたいになってますね。それにこれは」

「名前、なのか?」


 取っ手の上には小さく横長いスペースがあり、そこには聞き覚え、見覚えの無い名前が書かれていた。


「こいつ、知ってます」

「……知り合いだったのか?」

「えぇ、ちょっとした。……その、開けてみませんか?」

「私も中は気になっていた。名前と、それに意味ありげな取っ手……。君が良ければ開けてみて欲しい」


 獅子民がそう言うと、ブランは小さく頷いてから両手を取っ手に伸ばした。そしてゆっくりと、何かを引き出した。

 ――ブランはそれを見てすぐに生唾を飲み込んだ。引き出してすぐ目に入ったのは、成人男性の両足であった。一瞬引き出す手を止めたが、ここで臆してはいけないと思い、ブランは覚悟を決めて全て引き出した。


「何と言うことだ……!」


 獅子民は引き出しの中を覗き込み、嘆いた。


「ひ、人。ですね……」

「意識は無いようだな。まさかとは思うが、引き出し全てに人間が入れられているのか……?」

「可能性は大いにありますね……」


 ブランはそう呟くと、ゆっくりと引き出しを戻した。


「……この音はなんだ?」


 獅子民はふとそう言った。二人は音の真相を確かめるべく黙り込み、ようやくそこで気が付いた。この場所の中心部に大きな穴が空いていることに。


「こ、この穴は……。まさか私はここから落とされたのか?」

「となると、ここで実験が行われ、魂を抜かれた人間は安置所に保管され、動物に魂を入れられたものはこの穴からビハイドに落とされている。という事になりますね……」

「こんなこと、継続させてはならん! 今すぐ開放しなければ!」

「待ってください、今は無理です! 今はこの現実を覚えておくことだけにしましょう。限られた時間で全員を救出するのは無理ですよ。それに、皆を救出するにはまず獅子民さんがもとの身体に戻らなければ……」


 ブランは少し早口でそう言うと、申し訳なさそうに俯いた。


「……うむ、悔しいが、そうだな。ここに身体がある限り無事ではある。まずは私の身体を探そう」

「よ、良かった。分かってくださって」


 二人は顔を見合わせて微笑むと、力強く頷いて二手に分かれた。こうして獅子民の身体探しが始まった。

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