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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第六章 ~雲の上の国~
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第五十八話 ~侵入と合流~

 獅子民たちが潜入を成功させる一時間前。丁度反乱分子の談義が終り、獅子民たちが動き始めたころ。初汰は再び頬に走る稲妻のような痛みで目覚めた。


「いってぇ……」


 初汰ははたかれた右頬をぎゅっと引き締めながら、そして右手をそっと右頬へあてた。


「みみずばれになってるんじゃ……。ってあれ、手が」


 初汰は自由に動く自らの手を見ると、頬の痛みを忘れてしまった。


「全く、ようやく起きたのね」


 左の方から声が聞こえる。初汰は自分の手から視線を外して声がした方を見た。するとそこには玉座の様に煌びやかな、赤いソファに座っているルーヨンがいた。初汰は立ち上がり、ルーヨンの方へ歩みだそうとするのだが、それは叶わない。なぜなら初汰とルーヨンの間には、ライオンを閉じ込めるような頑丈な鉄柵が立ち塞がっていたからである。


「コレクションって言ってた割には、俺しかいないみたいだけど?」


 初汰はそう言いながら、柵の中を見回した。


「誰があなた以外にコレクションが居るって言ったの?」


 ルーヨンはそう言うと、悪戯な笑みを浮かべながら初汰の瞳をじっと見つめた。見つめられた初汰は何だか気恥ずかしくなり、目を逸らした。


「コレクションってね、人それぞれなのよ。多種多様に集める人もいれば、私みたいに一つを完璧に愛でるタイプもいるってこと」


 ルーヨンはそう言うと、ふかふかのソファから身を起こし、立ち上がった。そして初汰の前まで来ると、鉄格子の間から手を差し伸べ、動物を宥めるように初汰の頬を撫でた。


「な、なんだよ!」


 初汰はルーヨンの手から逃げるように後ずさり、そして明るいライトに照らされている褐色の顔を見た。


「まぁ、たまには外に出してあげる。もちろん私同伴だけど。フフッ」


 ルーヨンは機嫌よく笑うと、自らのソファに戻って行った。


「はぁ、無駄に疲れる……」


 初汰はそうぼやきながら、用意されているベッドに腰かけた。そのまま全身が沈んでしまうかと思うほどベッドはフカフカで、危うく再び眠りこけるところであった。体勢を直して前かがみに座ると、まずは部屋の把握を開始した。

 正面にはルーヨンと、彼女が座っているソファ。部屋の右側にはドアがあり、今は開け放たれている。隙間からドアの向こう側を見る限り、もう一つ部屋があるようであった。それも今初汰が居る部屋よりも広く、表向きの部屋。と言った風に感じられる。ダイニングテーブルにダイニングチェアが四つ。それに加えてキッチンと……。他にも何かが見えるのだが、全容が掴めないために正体を把握することは不可能であった。とまぁ、今は奥の部屋に気を配る必要は無い。初汰はそう思って今自分が居る部屋に視線を戻した。人間のコレクションと言ったら初汰しかいないのだが、物質的なコレクションとしては、出所不明の王冠やら、メダルやら金貨、銀貨、金塊のようなものまで置かれていた。輝いている物に目が無いらしい。家具としてはルーヨンが座っているソファ意外には特に気になる物は無かった。コレクションを眺めるだけの部屋らしい。

 ベッドが初汰を誘惑する。今はこれに身を任せても良いか。そう思った初汰はベッドに寝転がった。すると自分の後方に窓があることに気が付いた。どうやら難攻不落と言うわけでは無いらしい。運良くこちらには鉄柵も張られていない。チャンスは一度だろう……。初汰はそう思いながら寝返りを打ち、ルーヨンのほうを見た。そして静かに瞼を閉じたフリをして、ルーヨンが部屋から出て行くのを待った。

 しかし初汰が思っていたよりもルーヨンはコレクションを眺めることに時間を費やしており、そして時折初汰の様子を確認してはニコリと笑っていた。

 いつになったら出て行くのだろうかと初汰がそわそわしていると、外の方で微かに物音がした。ただでさえ外が気になるというのに。それかただの勘違いか? 集中力を研ぎ澄まし過ぎて幻覚を聞いたのか? 初汰はそんなことを考えながら布団の中で力強く丸まった。

 そんなことをしていると、薄く開いているドアの先でベルが鳴った。ルーヨンはあからさまにため息をつくと、手に持っていた王冠をサイドテーブルに置き、ドアの隙間を抜けると荒々しくドアを閉めて行った。


「やっとかよ……」


 初汰は愚痴を漏らしながら起きあがり、ドアがしっかり閉まっているのを確認すると、ベッドの上に立って縁に両手を乗せ、そして窓の外を見た。


「さっきの音は何だったんだ……。俺にしか聞こえてなかったみたいだけど……」


 初汰は独り言を呟きながら窓を開け、外を見た。あまり高い場所にいるわけでは無いようで、おおよそ二、三階ほどの高さであった。下を覗くと木々や背の高い草が目に留まった。それらは月光に照らし出されて幻想的な輪郭を浮かび上がらせており、初汰は少しの間気を奪われてしまった。するとそのおかげか、微かに揺れている草むらを見つけた。しかしそれは風のせいだろう。はじめはそう思った。だがやはり不自然に揺れている。それに何か奇妙な物体が、草では無い何かが月光を受けて浮かび上がっていた。初汰が目を凝らして見ていると、草むらの頭からは見覚えのあるテンガロンハットが見えた。


「おいおい、アレってまさか……?」


 初汰が発見したのは、城の近くに飛んできた直後のクローキンスであった。丁度ポットを隠し終えた後だったようで、草むらに潜んで様子を伺っているらしい。

 ――すると初汰がクローキンスを発見したのとほぼ同時に、城内で警報が鳴り響いた。それは勿論獅子民たちにも聞こえていた。


「侵入者あり、侵入者あり、戦える者はエントランスに集まれ!」


 城外にいる獅子民たちにはぼんやりとだがそれが聞こえてきた。


「今のはもしや?」

「ちっ、バレたみたいだな」

「流石に三人が続けざまはマズかったみたいですね」

「ちっ、だがエントランスに集まってるってことは、上が手薄になるはずだ」

「流石はクローキンス殿。私も同じことを考えていた」

「しかし、どうやって上へ行くのですか?」


 ブランは困り顔で獅子民の方を見てそう言った。


「どこか侵入できそうな窓があれば良いのだが……」


 獅子民はそう言いながら城壁を下から上へと見やった。招集命令が出たせいか、今さっきまでは点いていた明かりが一斉に消え始めた。そんな中で、一部屋だけ明かりを消し忘れている部屋を発見した。


「あそこはどうだ? この木を登れば飛び移れそうでは無いか?」


 獅子民はそう言いながら二人の顔を見た。


「良いと思います。行ってみましょう」

「ちっ、それしか打開策は無いみたいだしな」

「ロープか何かあるか? 私が先に行ってロープを垂らそうと思うのだが」

「ロープなら、念のために持ってきておきました」


 ブランはそう言うと、右の腰に下げていた、丸めて束ねていたロープを獅子民に差し出した。


「うむ、では行って来る」


 獅子民はそう言うと、ロープの端を咥え、ひょいひょいと木を登って行く。そして目的の窓へ飛び移るための枝に飛び乗り、そっと忍び足で、枝が折れないように進み、そしてギリギリまで進むと思い切りジャンプした。


「うわっ!」

「しまった!」


 ――そこは丁度初汰が監禁されていた部屋で、初汰は下で何かをしているクローキンスとブランに気を取られており、獅子民は枝が折れぬよう足元ばかりに集中していたせいで、頭をぶつけ合うまで互いの存在に気付いていなかった。


「いって~」


 ぶつかった衝撃で初汰はベッドから落とされ、思い切り背中を打った。痛みを堪えながら上体を起こすと、ベッドには見慣れたライオンが一頭いた。


「お、オッサン?」

「初汰なのか?」


 二人は時が止まったかのように一瞬見つめ合い、そしてすぐに正気に戻った。


「初汰、無事だったのだな!?」

「あぁ、おう。なんとか。てかそっちこそなんでここに?」

「とりあえず説明は後でする。今はクローキンス殿たちを」

「そ、そっか。オッケー、分かった」


 初汰は獅子民からロープを受け取り、それを窓の外に放った。……少しするとクローキンスとブランがロープを使って初汰と獅子民がいる部屋へ入ってきた。


「ちっ、生きてたのか」

「知り合いなんですか?」

「うむ、彼も私の仲間だ。と言っても、今の今まではぐれていたのだが……」


 獅子民はそう言いながら苦笑した。


「ラッキーですね。唯一空いていた部屋にはぐれた仲間がいるなんて」


 ブランはそう言いながら、窓から外に向かって垂れているロープを回収した。


「我々がここに来た理由をざっくりと説明しよう」


 獅子民はそう言うと、リカーバ村を守り切ったこと。そしてそこで飛空艇を借りてここへ来たこと。それから工場街で情報を得て、数人の町人とともにとある浮島へ行き、そこから国家が残したポッドを使ってここに来たことを話した。


「なるほど、結構色々あったんだな。俺の方も軽く話しとくよ」


 初汰は獅子民の話を受け、自分がどうやってここへ連れて来られたのかを説明した。作戦直前でルーヨンにバレ、そして戦闘の末に敗北し、ここへ連れて来られたことを。


「ちっ、それでこの牢屋ってことか」

「今窓から出ようとしてたんだよ」

「うーむ、外は危険だ。それに我々の目的は私の本体の奪還だからな。脱出するまえに敵の懐に潜り込む必要がある」

「なるほどね~。んじゃあさっさとここを出て、サクッとオッサンの身体を取り戻そうぜ! ほら、クローキンスがこの錠前をぶっ壊せば出れるだろ?」


 初汰はそう言うと、牢屋の出入り口に取り付けられている頑丈そうな錠前を手前に引いて見せた。


「ちっ、やっぱりそれしかねぇよな」


 クローキンスはそう言いながら、ウエストバッグからサプレッサーを取り出した。そして連結銃に取り付けると、初汰たちを少し後退させて錠前に弾丸を放った。

 ――錠前はいとも簡単に破壊され、狭い牢屋にすし詰めになっていた四人はルーヨンのコレクションルームに流れ出た。


「ふぅ~、やっと出れた」

「これでようやく、城への侵入成功と言ったところか」


 初汰と獅子民は深呼吸をしながらそう言うと、静かに動き始める。


「ちっ、侵入に成功したは良いが、こっからどうする」


 クローキンスはドアをゆっくり開け、隣の部屋に脅威が無いことを確認した後にそう言った。


「城の案内は俺に任せてください」


 ブランはそう言うと、ドアを抜けて隣の部屋へ歩いて行った。


「なぜそう言い切れるのだ?」


 獅子民はブランの後に続きながらそう聞いた。初汰とクローキンスもそう思っていたようで、二人は何も言わずにブランの返答を待ちながら、隣の部屋を見回した。


「俺も昔、国家軍の一員だったからですよ。獅子民さんとは入れ違いだったし、俺は一般兵だった。町の鎮圧ばかりしようとする国家軍に幻滅してすぐ辞めたんです。それでも記憶はあります。大体なら覚えてますよ」


 ブランはそう言いながら振り返ると、獅子民の方を見て微笑した。


「そうであったか……。では君は城下町を守るためにここを離れたのだな?」

「はい、志だけは高くて……。実際はなにも出来なくて、あぁして小屋に集まって議論を交わすだけでしたよ」

「いいや、それでも信念を持つという事は大切なことだ。今こうして、君のお陰で城に潜入できているのだからな」

「獅子民さん……。ありがとうございます」


 自虐気味だったブランの笑みに、今ようやく真の笑顔が浮かんだ気がした。


「あっ! あった、俺の武器!」


 二人がそんなやりとりをしていると、水を差すように初汰が叫んだ。


「ちっ、あまり騒ぐんじゃねぇ」

「わりぃわりぃ、せっかく使い慣れて来てたからさ、失くしたくなくて」


 初汰はそう言いながら、キッチンの一番奥の物入れに隠されていた木の枝と、テーザーガンを手に取り、そして腰に下げた。


「うむ、これで皆、応戦は出来るようになったな。しかし見つからないに越したことは無い。慎重に進もう」


 獅子民は全員の顔を見ながらそう言った。それによって自分を含めた全員の気持ちが引き締まり、顔つきが変わった。


「それでは、慎重に行きましょう」


 ブランはそう言うと、廊下へ続くドアを静かに押し開けた。

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