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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第六章 ~雲の上の国~
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第五十七話 ~秘密のルート~

 二人が食事を終えるころには、先に来ていた町人たちは食事を既に終えていた。つまり準備万端という事であった。


「よし、食い終わったみたいだな。食器はそのままでいいから、これからドックに向かうぞ」


 血気盛んそうな若い男がそう言うと、立ち上がって食堂のドアを開けた。そしてついて来いと言わんばかりに食堂にいる一同に一瞥を投げ、歩き出した。

 獅子民とクローキンス。それにその他数人の町人は、暗くなった町に繰り出した。そして息を殺してなるべく他の町人に感づかれないようにドックへ向かった。

 ドックには二人が乗ってきた小型飛空艇が放置されており、その他にも小型が何艇かと中型が一艇あった。先行していた男は迷いなく、潜水艦のような形をしている中型の飛空艇へ向かい、全員が搭乗するのを待った。


「なぜあんなにひそひそと移動をしたのだ?」


 先ほど外を出歩いた時にふと感じたことを獅子民は漏らした。


「あぁ、それはですね。やっぱり工場街の人々は、また街が荒らされるのが嫌だと思っている人もいるってことですよ。反対派。つまり今ここにいる人たちの方が少数なんですよ」

「なるほど……。町人同士でのいざこざを避けるために、ひっそりとこうやって浮島に向かっているんですな」

「はい。他の地区もそう思っている人が多いらしく、反対派は減る一方ですけど」


 気弱そうな男性はそう言って俯いた。獅子民は小さく頷きながらその男性のもとを離れてクローキンスのもとに戻った。


「上手いこと国家の弾圧が効いているようだな」

「ちっ、むかつくがそう言うことだ。だが、これで良い。一般市民が首を突っ込む問題じゃねぇ。今大事なのは、俺たちが城に潜入して、アンタの身体を取り戻すことだ」


 クローキンスはそう言うと、きびきびと歩いて操舵室へ向かって行った。

 それから少しすると、ドックが静かに口を開け、中型の飛空艇は黒い空へと飛び出した。

 飛空艇で飛び出したからと言って、とても遠い所に浮島がある訳ではなく、寧ろ工場街とは鎖で繋がっており、ロープウェイでも行けるようになっていた。しかしロープウェイが起動していないので、こうして飛空艇で向かっているのだと言う。

 スピードを出さず、ゆっくりと浮島に到達した飛空艇は、恐らくいつも停泊させているであろうドックに入って行き、着地した。


「着いたぜ」


 飛空艇の操縦を担当していた男性が、クローキンスと共に操舵室から出てきてそう言った。その言葉を聞いた人たちは、その男に続いてゾロゾロと下船した。


「我々よりも先に何組か到着しているようだな」


 ドック内を見回し、飛空艇を数艇見つけた獅子民はそう言った。


「ちっ、みたいだな」


 クローキンスはそう言うと、獅子民と同じようにドック内をキョロキョロと注意深く見回してから飛空艇を降りた。

 二人は町人たちの列に続いてドック内を通り抜け、今では既に真っ暗となっている外へ出た。建物が少ないせいか案外浮島は広く見え、そして何より寒かった。雲の上と言う環境、建物が無く風邪を遮るものが無い。となると風と言う風が全方位から吹き付けてくるのであった。


「相変わらず寒いな~」

「そうね。でも私は慣れて来たわよ」


 町人たちの中でもこの環境に慣れた人、慣れていない人に分かれており、それぞれ文句や世間話をしながらだだっ広い荒野のような浮島を歩き続ける。

 少しすると遠目に小さな町が見えてきた。と言っても廃屋ばかりなのだが、しかしだからこそひっそりと集まるのには都合が良かった。

 町へ踏み入ると、すぐに明かりが灯っている家を見つけた。その明かりによって数人分の影も浮かび上がっており、先行していた町人の一人がドアをノックしてその家へ入って行く。それに続いて全員が家に入ると、集まっていた十数名の視線が玄関に注がれた。


「君たちは、工場街の……。しかしどうも新顔がいるみたいだね。一人と、一匹で良いのかな?」


 まるで最後の晩餐を楽しんでいるかのような長机の丁度中心に座っている人物がそう聞いた。年は三十代であまり無駄口を叩くようなタイプには見えない。その証拠に、今発した言葉もどこか刺々しかった。


「あぁ、彼らはこの集会に参加したいと申し出てくれたんだよ。それに、彼は連結銃を製造していたバルグロウ工房の跡継ぎなんだ」


 ここまで案内してくれた男性が、クローキンスのことをちらりと見ながらそう言った。


「そうか、バルグロウさんの……。唯一無二の製造技術と、完成品を扱う技術。その二つの技術を駆使しなければ扱えない連結銃。その使い手か。一切魔法を学ばない。いや、学んでいない者だけが学べる技術だとも聞いたことがある」

「……ちっ、その通りだ」

「そのプライドがここへ来させたのかい?」

「どうだかな。今はそんな過去の話より、さっさと城へ潜入するルートが知りたい」


 クローキンスが単刀直入にそう言うと、場には沈黙が漂った。


「……いくら君たち工場街の人間がこいつを信用できるとは言え、これは無いんじゃないか?」


 卓の真ん中に座る男は冷ややかな目で、立っている工場街の人々、そしてクローキンスと獅子民を見た。


「す、すみません。でも、彼だけじゃないんです」

「今は真剣な話をしているんだ。場合によっては君たちをここで消さなければならない。城の者に密告している可能性も考えられる」


 そう言うと、一層鋭い視線で工場街の人たちを睨んだ。それに対して睨み返したのは獅子民とクローキンスであった。それに気づいた男が釘を刺そうとした時、獅子民が口を開いた。


「彼らに罪はない。彼らには、建て直さなくてはならぬ街がある。そんな彼らをここで消そうと言うのなら、私がその罪を全て被ろう」


 ライオンが喋ったと言うだけで相当なインパクトだが、工場街の人々同様、獅子民と言う男がライオンにされた。と言う伝え話だけは知っていたようで、男は黙り込んで獅子民をじっと見つめた。


「……まさか、獅子民団長なのか?」

「うむ、そうだ。しかしここにいた記憶、そしてそれ以前の記憶はない。それどころか本当の身体すら無い。それでも私は獅子民雅人だ」

「そうですか、記憶は……」

「信憑性は無いかも知れぬ。しかし私の本当の身体があそこにあるかも知れない。記憶が戻るかも知れないのだ。……自分の目で見なくては、どうにも信じられない性質でな」

「……良いでしょう。俺が付いて行くという条件付きでなら、城へ案内しますよ」


 その場にいた全員が、小さく息をついた。緊迫した空気の中、息をすることさえも忘れていたかのように。そして男は工場街の人たちも招き入れ、今の政治に対しての不満や、これからどうしていくべきかを談義し始めた。その間、獅子民と問答した真ん中に座っている男は、黙って話を聞いていた。

 ……しばらく談義をつまみに酒を呑み交わしていると、獅子民、クローキンス、そしてリーダー格の男を除いた人々は皆、うつらうつらし始めた。


「そろそろ出発しましょう」


 そんな折、周囲の人々が眠っているのを確認した後に男は話し出した。


「彼らは良いのか?」

「大丈夫です。ここには誰も来ない。ここは内紛によって焼け野原になった場所です。よっぽど感傷に浸りたい人しか来ないですよ。俺たちのようなね」


 男はそう言って周囲の人々を見回し、微笑んだ。


「その、不躾なことを伺うが、彼らはここで何か――」

「この島の出身。それだけですよ……」


 男はそう言うと、その過去が悲しい。と言うよりかは、今目の前にいる獅子民に向かって悲哀の視線を向けた。


「ちっ、話は済んだか? 外も良い感じに真っ暗だ。今が潮時だと思うぜ」


 窓際に立つクローキンスは、外の様子を伺いながらそう言った。


「彼の言う通りです。行きましょう」


 男はそう言うと静かに立ち上がった。


「待ってくれ、その、まだ名を伺っていなかった」

「……ブランです」

「よろしく頼む、ブラン殿」


 会話を終えた二人は玄関に向かって歩き出す。クローキンスは既に玄関のドア付近で二人を待っており、動き出したのを確認すると先に外へ出て行った。


「ちっ、しっかり道案内しろよ」

「あぁ、安心してくれ。元団長の記憶を戻したいのは俺も同じだ。反乱を起こすためには、士気が必要だからな」


 ブランはそう言うと、獅子民の方をちらりと見て、直ぐにまた正面を向いて歩き出した。


「ブラン殿は私のことを……」

「ちっ、どうかしたか?」

「いや、何でもない。ただ、彼はきっと良い人なんだろうと思ってな」

「ふんっ、一つ忠告しておくが、アンタのことを知っているような口ぶりで奴が話しているから、信用する。ってなら浅はかだと思うぜ」

「はははっ。鋭いな。全くその通りのことを思っていたよ。だがな、彼からは懐かしい匂いがした。……なんてな」

「ちっ、冗談言えるくらい気が解れてきたってことにしといてやるよ」


 クローキンスはそう言うと、ブランの後を追って歩き始めた。


「冗談と言われたものの、やはりブラン殿からはどこか懐かしい感じがする……。気のせいで無ければ良いのだが……」


 獅子民はブランの背中を見ながらそんなことを呟いたが、それで答えが出るはずも無く、今はとにかく自分の身体を取り戻すことに集中しようと気持ちを切り替えた。

 丁度三人が家を離れ、姿が暗闇に溶かされたころ。反乱分子が集まる家屋に訪れる白い影があった。


「やれやれ、何度注意しても懲りない人たちだな」


 男は額に手を当ててそう呟くと、白いローブを払って家屋の中へ入って行った。

 ……そんなことを知らない獅子民たちは、別の浮島へと繋がるロープウェイの前に来ていた。


「ちっ、ロープウェイは動かないんじゃなかったのか?」

「あぁ、ここのロープウェイは動かない。だがかつて国家軍が鎮圧に使った秘密のルートがある。この島と、工場街はこのルートを使われて、そして……」

「ちっ、道理で街への侵入が早かったわけだ……。まぁ今考えるのは無しだ。そのルートを教えてくれ」

「こっちだ」


 ブランはそう言うと、ロープウェイから少し離れた場所へ行き、短い坂を下り、丁度町から見えない位置に隠れている仮設トイレのような、電話ボックスのような、長方形の一人しか入れない小屋の前に立つ。


「ちっ、こんなもんが」

「これは脱出ポッドのようなものだ。これに入ると問答無用で城の裏口へ飛ばされる。逆も然りで、城の裏口にあるこれに入れば、ここへ戻って来れる」

「バレる心配は無いのか?」

「はい、大丈夫ですよ。国家が奇襲に使ったくらいです。そこら辺の性能は随一です」

「ちっ、だがなぜそんな優れものが回収されてないんだ?」

「それは分からない。俺がこの島を探索していたら、ボロ布に隠されていたこれを見つけただけなんだ」

「うーむ、そうなのか……」

「ちっ、だが方法はこれしかない……」


 獅子民とクローキンスは互いの顔を見た。目が合った獅子民は、悩みながらも小さく頷いた。


「私は行く。例え危険な道だとしても、可能性が一パーセントでもあるのなら」

「ちっ、行くしかねぇか」


 二人は覚悟を決めると、ブランの方を見た。


「分かりました。それでは暗いうちに行きましょう」


 ブランはそう言うと、先に射出ポッドに入る。すると静かに小屋が傾き、城へ届く絶妙な角度になるとポッドが発射された。射出が終ると小屋は再び元の角度に戻り、利用者を待ち始めた。一度大きな深呼吸をしたのち、獅子民が続いて飛んだ。そして最後はクローキンスが暗闇に舞う。ポッドは背景と同色になるように設計されており、誰がどこから見ても景色に溶け込むようになっていた。そして地面が近づくと勝手に内蔵されている風魔法が起動され、ゆっくりとホバーしながら着地をした。飛行中の揺れを除けばとても便利な仕掛けであった。

 三人は無事城の裏口への着地を済ませ、ポッドから静かに這い出た。そして目の前に聳え立つ城をゆっくり見る間もなく、まずは草むらに身を隠したのであった。

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