第五十三話 ~空へ~
ゴランの家に戻った獅子民たちは、ソファを借りてこれからどうするかの会議を開始しようとしていたのだが、初汰の生存を確認するために連絡をしに外へ出たスフィーが中々帰って来ず、会議は未だに始まっていなかった。と、獅子民とクローキンスの痺れが切れようとした時、玄関のドアが開いてスフィーが戻ってきた。
「戻ったっす~」
「どうだったのだ?」
「それが、出なかったっす」
「出なかったのか……。まさか向こうで何かあったのか?」
「それしか考えられないっすよね……」
獅子民とスフィーは真剣な表情でいろんな可能性を模索するが、どう考えても単純にやられてしまったか、通信が取れない場所にいるか。あるいはその二つに近しい状態しか思い浮かばなかった。
「ちっ、とにかくゲートを開いて元の場所に戻ってみれば分かるだろ」
「うーむ、確かにそれもそうだな。とりあえずは誰が上に行くか、誰が薬草を届けるかの二部隊に別れよう。と言っても、私が上に行くことは決まっているから、二人のどちらが私に付いてくるかだな」
「あたし薬草届けてくるっすよ。ウサギの力を使えばそんなに時間もかけずユーミル村に帰れると思うっす」
「どうだろうか、クローキンス殿?」
「ちっ、良いだろう。今のアヴォクラウズを知ってるのは俺だけだしな。多少の道案内は出来るはずだ」
「うむ、そうであるな。道案内、よろしく頼む」
「それじゃあ決まりっすね。善は急げってことで、あたしはもうそろそろ出発するっすよ」
「うむ、分かった。くれぐれも気を付けてくれ」
「大丈夫っすよ。ひたすら真っすぐ南下するだけっすから」
スフィーはそう言うと、会話から外れて身支度を始めた。
「我々も準備を始めるとするか」
獅子民がそう言うと、クローキンスはソファに深く腰掛けながら自分の銃の整備を始めた。それを見た獅子民も身支度を始めようとするのだが、特に何もすることが無いことに気が付き、結局気分転換をするために一人で外へ向かった。
「すぅーはぁーっ。ここの空気は澄んでいて美味いな。こんな美味い空気を忘れていたとはな……」
獅子民は思い出せない記憶にもやもやしながらも、澄んだ空気を胸いっぱいに取り込んでそう呟いた。
「しかしアヴォクラウズに行って身体を取り戻せばあるいは……」
リカーバ村を覆い隠そうとする木々と木の葉の間を抜け、空に浮かぶ真っ白い雲を眺めながら、獅子民は自分の本当の身体を思い出そうとした。だがそう簡単に思い出せるはずも無く、それは徒労に終わった。そんな考え事をしていると、ゴラン宅のドアが開き、薬草の入った麻袋を持ってスフィーが出てきた。
「もう行くのか?」
家から出てきたスフィーに気が付いた獅子民は、振り返って声をかけた。
「おぉ、獅子民っち。おいしい空気を吸ってたんすね。あたしはそろそろ行こうかと思うっす」
「そうか。そんなに危険が潜んでいるとは思えないが、奇襲もあり得る。気を付けて村に戻ってくれ」
「分かってるっすよ。でも一刻も早くリーアとユーニさんを救わなきゃいけないのも事実っす。ってことで、あたしも先を急ぐっすね」
スフィーはそう言うと、右手一本で麻袋を取り上げ、そしてそれを肩にかけると颯爽と獅子民の横を抜けて行った。そんな会話をしている内にゴランも家を出てきた。
「外にいたのか」
「うむ、少し気分転換をと思いましてな」
「そうか、俺は彼女のためにゲートを作って来る。ちょっとの間家を留守にするから頼む」
「そうであったか、こちらこそスフィーとゲートの件、よろしく頼む」
獅子民とゴランは短い会話を交わすと、獅子民は家へ、ゴランはスフィーを追って村を出て行った。
「道はこのまま真っすぐ行けばいいっすか?」
「あぁ、お前たちが入ってきたところくらいまで歩けばまたゲートが作れる。あそこいらが一番ゲートを作るための魔力が安定してるんだ」
「なるほど、ちゃんと理由があるんすね」
二人はその後も中身のない会話をしながら歩いて行き、十分近く歩いたところでゴランは立ち止まった。
「ここいらで良いだろう」
ゴランはそう呟くと、持ってきていた荷物を全て下ろして少し前進すると、開けた場所に魔法陣を描いた。そしてそれを書き終えると、背負ってきていたリュックに差していた鉄棒三本を取り出し、そしてその魔法陣の上にアーチを作るように鉄棒三本を組み合わせた。するとあまり大きくは無いが、人一人は通れる小さなゲートが完成した。
「出来たぞ」
「ありがとっす。じゃあちょっと行ってくるっす」
「あぁ、分かった」
ゴランはそう言うと、スフィーが通れるようにゲートの前から退いた。スフィーは軽く頭を下げた後、ゴランが作ってくれたゲートを抜けて元の森へ帰って行った。見送りを終えたゴランはすぐにゲートを回収し、小型飛空艇を整備するために大股で村へ戻った。
……ゴランは帰宅するとすぐ、再び家を空けてしまった。獅子民とクローキンスはもうしばらく待ってくれとだけ言われたものの、何もすることが無かった。するとそんな二人を気遣ってくれたのか、リーカイ家の家政婦がゴラン宅を訪れ、「村長がおよびです。私がこの家に居ますので、どうぞ気兼ねなく向かってください」と言われ、二人はリーカイのもとへ向かった。
「連日お邪魔をして申し訳ない」
部屋に招待された獅子民は、あらかじめ用意されていたクッションに腰を下ろしてからそう言った。
「なに、わしが呼んだのですから、気にせんでください。それにこちらこそ、作業が遅れてしまって悪いの」
リーカイは相変わらずの朗らかな笑みを浮かべながらそう言った。
「いえいえ、そんなことを言ったらこちらは飛空艇を借りる身ですから」
「ほっほっほっ。これでは切りが無いの」
「ですな」
お礼の言い合いが可笑しくなってきた二人は笑いあった。クローキンスは無言のまま、背もたれに身体を預けて自分の銃を見つめていた。真偽のほどは定かではないが、久しぶりにアヴォクラウズに戻るので、多少緊張しているのかも知れなかった。
その後三人は(と言ってもクローキンスはほとんど無言だったため、獅子民とリーカイの二人が主であったが)小型飛空艇の整備が終わるまで談笑を続けていた。するとそんな最中に家政婦が戻ってきて、夕飯を手早く作るとリーカイの部屋にそれを運んできた。リーカイは生成の力を使ってテーブルを作り出し、そこへ料理が運ばれると、家政婦は再びゴランの家へ戻って行った。三人はテーブルに並べられたパエリアのような、ご飯と一緒にいろんな食材が炊き込められた料理を平らげ、何とか時間を潰した。
……食事を終えて間もなく、三人がいる部屋のドアがノックされた。リーカイが入るように言うと、男の村人が一人、顔を覗かせて中を伺った。
「あ、リーカイ村長、もう少しで整備が終わります。恐らく今から歩いて向かう頃には終わっているかと」
「ほっほっ、そうかそうか。では、今から向かうとするかの。お二人は先に外で待っていて下され」
村人の伝言を聞いた獅子民とクローキンスも立ち上がり、リーカイに言われた通り、先に外へ出てリーカイを待つことにした。
外で待っていると、二人の出立を見守るためなのか、防衛戦に参加した村人たちとその家族たちがぞろぞろと村の中央に集まり始めていた。二人がそれを眺めていると、背後のドアが開き、車いすに乗ったリーカイが現れた。押し手は先ほど伝言に来た村人であった。
「もしや鬱陶しいかもしれませぬが、どうかお見送りをさせてやってくだされ。なにせ村を守ってくれたのじゃから、彼らからしたら君たちは英雄なんじゃ」
家から出てきたリーカイは、二人の前まで来ると声を潜ませてそう言った。獅子民は黙ってそれに頷き、クローキンスはどうでもいい。と言いたそうに帽子を被り直した。
「がんばれー! ライオンさん! 帽子のお兄さん!」
見送りに来ていた女の子がたまらず叫んだ。それに続いて村人の数人が声を上げ、獅子民たちの背中を押すように大きく手を振った。獅子民は村人たちを見回した後、大きく頷いた。
「ありがとう! この村のこと、そしてそなたたちのこと、忘れないぞ!」
獅子民がそう言うと、村人たちの歓声が再びドッと湧いた。リーカイはそれを見ながら優しく微笑むと、「では向かうとするかの」と言って、伝言に来た村人に案内をさせた。
車いすを押す村人は、まず始めに魔力貯蔵庫まで歩いて行き、そして入り口前まで来ると右折して貯蔵庫の右端まで歩いて行く。そして右端に着いたら次は左折して、魔力貯蔵庫の横をスルスルと抜けて行く。二人は黙ってそれに付いて行っていると、魔力貯蔵庫の奥にまだもう一つ建物があることが分かった。それは小さな格納庫になっており、どうやらそこに緊急用の小型飛空艇が隠されていたようであった。それに小型飛空艇は魔力で浮遊するようで、魔力貯蔵庫から格納庫まで太いホースが伸びており、飛空艇に魔力が注入されているところであった。
「どうやらアレを入れ終えたら飛べるようですな。飛ばし方は分かるかの?」
四人は少し離れたところで作業の終わりを見守っており、その途中でリーカイが口を開いた。
「ちっ、アレくらいの大きさなら操縦できる」
クローキンスは暇つぶしに眺めていた銃をガンホルダーにしまってそう言った。
「それは良かった。では魔力を注入し終え次第、アレは君たちに譲ろう。なに、小型飛空艇ならまだもう数隻残っておる、心配するでないぞ」
「リーカイ殿……。ありがとうございます」
獅子民はそう言って頭を下げた。
「良いんじゃ良いんじゃ、村を救ってくれたのじゃからな」
淀みない声と表情でそう言うので、むしろ断るほうが憚られた。なので獅子民は、心からのお礼を言ってそれを大事に扱おうと決意した。
と、そんな会話をしている内に魔力の注入も終わり、格納庫の傍で整備員の一人が手招きをしていたので、四人はそれに従って格納庫へ向かった。
「準備、完了しました!」
整備員は敬礼しながらそう言った。
「ご苦労じゃったな。操縦は彼がするそうじゃから、ざっと教えてやってくれ」
リーカイはクローキンスの方をちらと見た後にそう言った。整備員は元気よく答え、クローキンスを連れて中に入って行った。
「君もありがとう。あとは自力で進むとするよ」
ここまで車いすを押してくれていた青年にそう言うと、青年は深々とお辞儀をして村の方へ戻って行った。
「短い間でしたが、お世話になりました」
二人きりになった獅子民は、リーカイに向かって改めてお礼を述べた。
「良いんじゃよ。前進してこその獅子民雅人じゃ。その場に留まっているのは君の性に合わんじゃろう」
「リーカイ殿……」
「記憶をなくそうとも、その情熱と、その義理堅さは変わらずに持っていてくれてわしは嬉しかった。……またいつでもここを訪れると良い。以前別れる時もこう言ったのじゃが、覚えておらんじゃろうな……」
どこか寂し気にそう言うリーカイを見て、嘘をついてでも何かを言おうと思った獅子民だが、気の利く言葉は口から出ず、虚空に視線が泳いだだけであった。
「気にするでない。身体を取り戻し、記憶を取り戻し、そうやって一歩ずつ進めばいいのじゃ。いつかわしを思い出してくれれば、それでいいのじゃ」
「……ありがとう、リーカイ殿。身体も記憶も取り戻し、いつか必ず、ここへ戻ってくると約束しよう」
「ほっほっほっ、その約束、わしは忘れんからな」
「はっはっはっ。えぇ、必ず果たしますよ!」
二人がそんな約束を交わすと、丁度整備員が顔を出し、二人を手招いた。どうやら操縦の説明も済んだらしい。
格納庫に入ると、そこにはビッグスクーターのようなものが置いてあり、その横にはサイドカーが設置されていた。クローキンスは既に飛空艇にまたがっており、獅子民は整備員に促されてサイドカーに乗った。
「ちっ、準備出来たぞ」
クローキンスはそう言いながら、目を保護するためのゴーグルを装着した。
「うむ、こちらも大丈夫だ」
整備員にヘルメットとゴーグルを装着してもらった獅子民がそう答えた。
二人の準備が完了したことを伝えると、格納庫の一番奥のシャッターがギシギシと音を立てながら大きな口を開けた。すると小型飛空艇が乗っている回転式の床が四十五度回転して、その大きな口の方へ向いた。
「獅子民君、クローキンス君、健闘を祈るぞ」
リーカイは二人の背中に向かってそう呟いた。
「発射オーケーです!」
フラッグを上げるとともに、整備員のアナウンスが響いた。クローキンスはそれを聞くとスタンドを足で蹴り上げ、エンジンをかける。小型飛空艇はどんどん加速していき、そして丁度シャッターの下を潜り抜けた瞬間、クローキンスはハンドルの真ん中にある赤いボタンを押した。
――するとエンジンの出力が一瞬にして増幅し、空気を捉えるための小さな羽が装甲のあらゆるところから飛び出した。それはまるで魚のうろこのように。
こうして二人はビハイドを離れ、獅子民の身体を取り戻すため、そして偶然にも初汰の後を追うようにしてアヴォクラウズへ向かって高く高く飛び上がって行った。




