第五十二話 ~生成の力~
初汰が攫われたことなど露知らず、獅子民たちはゴランの家を借りて一晩を明かした。
獅子民たちは防衛戦前に訪れたとき同様、ゴランの家に入ってすぐの部屋で睡眠をとっていた。スフィーはソファで寝て、獅子民はその傍で丸まり、クローキンスは少し離れた壁際に背を預けて寝ていたが、途中で寝相を変えたらしく、最終的にはごろ寝になっていた。
「もう起きているか?」
そう言いながら奥の部屋からゴランが出てきた音で、三人は目を覚ました。
「うーむ、今の音で目覚めたところだ」
獅子民は寝ぼけながらそう言った。
「それは悪いことをしたな。朝食を用意するからもう少し眠っていても良いぞ」
「はいっす~、お言葉に甘えて。むにゃむにゃ」
ゴランの厚意に甘え、スフィーは再び寝入った。そんな会話をしている内に、クローキンスはテンガロンハットを被り直し、軽くズボンをはたきながら立ち上がっていた。獅子民もそれを眺めながらうんと伸びをして、キッチン付近のテーブルに向かった。
調理台には村で採れたと思われる野菜がズラリと並んでおり、ゴランはそれらを慣れた手つきで切り刻んでいく。そして鍋に野菜を入れて調味料をふりかけ、ゴロゴロ野菜が入った男のスープを完成させた。そのお供には食べやすいコッペパンが数個出された。
「出来たぞ。味は保証できないが、無いよりはマシだろう」
ゴランは人数分の皿に野菜スープをよそい、テーブルに並べる。獅子民の分はテーブルに乗せてもどうしようも無いので地べた置きとなった。
「スフィー、ゴラン殿が朝食を作ってくれたぞ」
「う、うーん、今行くっす……」
スフィーは眠たそうに瞼を擦りながらそう言うと、のろのろと起き上がって椅子に座った。窓の近くに立って外の様子を伺っていたクローキンスも空腹だったようで、朝食が出来るとはぐらかしながらも席に着いた。
四人は一斉に食事を始めた。クローキンスとゴランは元々寡黙であるし、獅子民も話すことが無ければ無駄口を叩くタイプでも無い。となると元気が取り柄なのはスフィーであったが、そのスフィーも今は寝起きで喋る気分では無かった。つまり四人は会話もせず、黙々と食事を続けたのであった。
「ん、そうだ」
徐に話し始めたのはゴランであった。他の三人は食事の手を止めてゴランの方を向き、言の続きを待つ。
「昨日の晩、あんたらが寝た後に村長の家に行ったんだが、あんたらに話があるそうだ。この飯が終ったら顔を出してほしい」
「うむ、承知した」
「あんたらだけで来て欲しいとのことだ。俺はここに残っているから、話が終ったら戻って来い。またゲートを作ってやる」
「わざわざすまない、しかしそれが無くては帰れないからな。よろしく頼む」
獅子民はゴランのことを見上げながらそう言うと、軽く頭を下げた。ゴランは照れ隠しをするように再び食事を始めた。
「たっぷり薬草もらえると良いっすね~」
スフィーはコッペパンをもぐもぐと頬張りながらそう言った。
「ちっ、だと良いがな」
「だと良いがな。って、約束は守ったんだからきっともらえるっすよ!」
スフィーは尚もパンを頬張りながら、クローキンスに反論した。
「村長は約束を守るお方だ。薬草は昨夜既に準備していなさった」
ゴランは少し強めの語調でそう言った。
「ほーら、ゴランさんもこう言ってるっすよ。もしかしたら、もっといい報酬が追加されてるかもっすね」
スフィーはご機嫌にそう言うと、残っているパンを口に放り込んだ。
「ちっ、そんなの行ってみりゃ分かる。ごちそうさん」
クローキンスはそう言うと、席を立って先に外へ出て行った。それを追うように獅子民とスフィーも食事を終え、ゴランに挨拶をすると二人も外へ出た。
三人は外で合流すると、勝利を喜んでいる村の人々や雰囲気を見たり感じたりしながら村長の家を目指した。
村長宅に近付くにつれ、玄関のドア付近に家政婦が立っているのが見えた。獅子民たちを待っていたようで、向こうも獅子民を見つけるとハッとした表情をした後に一歩前に出た。
「お待ちしておりました」
おそらく平凡な人間三人が訪れるだけでは気付かなかったかもしれないが、ライオン一匹にテンガロンハットを被った男と半獣の女が来たとなると、気が付かない方がおかしいというものである。家政婦は、一礼しながらそう言うと、すぐに頭を上げて今度はドアを全開にして獅子民たちが入りやすいようにしてくれた。おかげでスムーズに村長宅へ入ると、そのまま真っすぐリビングを抜けて階段を上がり、リーカイ村長がいる部屋の前にたどり着いた。
「只今獅子民様御一行が到着いたしました」
家政婦はドアをノックした後にそう言った。
「通してくれぃ~」
恐らく部屋の最奥にあるテーブルで作業をしているようで、リーカイの声は弱々しく、家政婦にしか聞こえないほどの音量であった。それでも家政婦はしっかりと声を聞き取り、ドアを押し開けて自分は引き下がった。
「どうぞ」
家政婦の入室も許されていないようで、ぺこりとお辞儀すると家政婦は階段を下って行った。残された三人は顔を見合わすと、獅子民、スフィー、クローキンスの順番で村長の部屋に入って行く。
「すみません、遅れてしまいました」
獅子民はある程度部屋に入り、中央よりも少し手前辺りで立ち止まってそう言った。
「良いんじゃよ、ゆっくりで。大事な時こそゆっくりするのだ大切じゃ」
リーカイはそう言うと、初対面の時のように椅子ごと回転して獅子民たちの方を向いた。
「もう少しこちらに来てくれ。椅子も用意するからの」
続けてそう言ったので、獅子民たちは小さく頭を下げた後に数歩前に進んだ。
三人がある程度進んだことを確認すると、リーカイは重い腰をゆっくりと上げて立ち上がった。そして歩きながら手の中で何かをもぞもぞと捏ね、そしてスフィーとクローキンスの前に手の中で捏ねていた粘土のようなものを放った。
――すると次の瞬間、放られた粘土のようなものは空気が入れられたビニールプールのようにぷっくりと膨れ上がり、そして忽ち頑丈な木椅子が生まれた。
「椅子が生まれたっす……」
スフィーはそう言いながら、目の前に現れた木椅子のあらゆる場所をぺたぺたと触った。そしてびっくりした顔で獅子民の方を見た。
「どうかしたのか?」
「これ、本物の木っすよ。本物の木椅子っす」
そんな会話をしている内に、クローキンスは既にその木椅子に腰かけていた。それを見たスフィーも恐る恐る椅子に腰かけ、その頑丈性を認めると深くまで背を預けた。
「ちゃんと座れるっす!」
「ほっほっほっ、そりゃそうじゃて。まぁこれに関してはまた後で説明しますじゃ。ひとまず……」
リーカイはそう言いながら再び手の中で粘土を捏ね、そして今度は獅子民の前に放った。すると今度はフカフカのクッションに姿を変えた。
「どうぞ、座って下され」
リーカイはそう言うと、踵を返して自分の椅子に戻った。獅子民は目の前に出されたクッションを足先でちょんちょんと触り、それが本物だという事を確認してからそれに腰を下ろした。
「してリーカイ殿、話とは?」
獅子民はクッションに座ると、少し間を開けてからそう聞いた。
「まずは昨日のお礼を言おうと思いましてな。本当に助かりましたわい。ありがとう」
リーカイはそう言いながら深々と頭を下げ、ゆっくりと元の姿勢に戻る。そして話を続ける。
「挨拶だけならゴランや家政婦がいても良かったのじゃが、本題はここからじゃ。まずは獅子民君。わしは君との再会を祝福したい。恐らくその体になってしまったことで覚えていないのじゃろうが、わしと君は何度か上で会っているんじゃ」
「では、リーカイ殿もアヴォクラウズの?」
「かつてはの話じゃ。薬品とそのレシピを上に残して逃げてきましたわい。戦争が怖くなっての……。まぁそんな話はいいのじゃ。わしは昔の、人間の時のあんたを知っておる。そんなことを言ってもその時のわしはもっと若かったがの。おっとまた話が逸れてしもうたわい。とにかく、これは先に言っておかなきゃいかんの、わしも咎人なのじゃ。『生成の力』先ほど見せたのも力の一つじゃ。自分が年を取る代わりに、粘土から好きなものを作り出せる。と言っても作り出せるものに限りはあるがの。火浦花那太のように何でも書けば生み出せるわけでは無い。命がある者は生み出せないんじゃ」
リーカイはゆっくりと、淡々とした調子でそう言い終えると、ホッと一息ついてニコリと笑った。
「ちょちょちょ、確かに蛇足は多かったっすけど、重要な情報ばっかりっすね」
「ちっ、あんたが咎人か……。ま、確かに目の前であんなもの見せられたら信じるしかないがな」
「リーカイ殿も咎人だったのか……。それに私と顔見知りとは……」
獅子民はそう言いながら俯くと、必死にその事実を思い出そうとするのだが、それらしい記憶の断片が存在するはずも無く、ただ項垂れて唸るだけであった。すると再びリーカイが口を開いた。
「やはり思い出せていないみたいじゃな……。君をここで療養したこともあったが、覚えていないじゃろうな……」
「療養……?」
獅子民は『療養』と言う単語を聞き、ふとつい先日見た夢のことを思いだした。
「私はベッドに寝ていて、それで私の顔を覗き込んできた女性が一人……。その女性はどことなく先ほどの家政婦に似ているような……」
「獅子民君、まさかここで療養していた時の記憶が残っているのかね?」
「ゆ、夢で少し見たのだ。だが私の記憶だという確信は無かった」
「いや、それは間違いなく君の記憶じゃ! その後家政婦に呼ばれたわしは君に薬を飲ませ、療養を終えた君は再び戦争の前線に戻って、そしてアヴォクラウズ軍が勝利したのじゃ……。しかし勝利が成功に繋がるとは限らんもんじゃな。わしも君も」
「と言うと?」
リーカイが含ませてそう言ったので、獅子民はすぐに聞き返した。
「その後、わしは上での過酷な生活に耐えきれなくなって下に逃げて来た。そして戦争の野営地として使っていた各所の村をリカーバ村と銘打って立ち上げ、傷付いたビハイドの住民たちを救うため……。要するに、犯してしまった過ちを今更償おうとして、アヴォクラウズから重要な薬品やレシピを持って亡命してたのじゃ。そして君は、わしよりも先に王権に苦言を呈し、そして間もなく、ゴミを捨てるのと同じように君はビハイドに捨てられた。体はアヴォクラウズに囚われ、記憶はきれいさっぱり抜き取られた。これが戦争の英雄と、医療班のトップの最期じゃ」
「そんなことがあったんすね……」
「私の身体はアヴォクラウズに……」
「まぁそう慌てるでない。しかし記憶よりも先に身体を取り戻さなくてはいけないのは確かじゃ。だからわしが亡命に使った小型飛空艇を貸そうと思うのじゃ」
「小型飛空艇っすか!?」
「ちっ、そんなオンボロ船で行き来できるのか?」
「最低でも一回は出来るはずじゃ。勿論しっかりと整備をすればじゃがな」
「ちっ、最悪、上に行ければ飛空艇を盗めばいい話だ」
クローキンスはそう言うと、ニヤリと微笑した。
「全く物騒じゃが、それもそうじゃな。利用できるものは全て利用したほうが良いかも知れんのう。……それと、君の身体を取り戻したらもう一度ここへ帰って来て欲しいんじゃ。実は、君の記憶、いや、この世界で記憶を失った者の全ての記憶が保管されているという島があるらしいのじゃ。しかしその島の周りには大きな竜巻が存在していたり、クラーケンが守っていたりと良い噂は聞かんのじゃ。だからとりあえずは君の身体を取り戻し、戦力として大幅に成長してからそこへ向かってほしいのじゃ」
「分かりました。そこまで調べて下さり感謝しか無いです」
獅子民はそう言いながら深く頭を下げた。
「いいんじゃよ。わしとしても希望の光は君しかいなかったんじゃ。あの大怪我から一日で復帰して、まさか本当に勝利してしまうとは誰も思わなかったじゃろう……。またその可能性に、君の可能性に賭けてみたくなってのう。こうして隠居生活を選択して正解じゃったわい」
リーカイはそう言うと、ニコニコと笑いながら細かく頷いた。そして話を続ける。
「昨日の戦い。わしは君たちが勝つと信じておった。じゃから飛空艇の整備は昨日のうちから始めておった。しかし思いのほか老朽化が酷くてのう。もう少し待ってもらってもいいかの? 恐らく夜には終わると思うんじゃが」
「わざわざありがとうございます。ではそのうちに我々は上に行くメンバーと薬草を届けるメンバーに別れようと思います」
「そうじゃったそうじゃった。薬草も渡さなくてはな」
リーカイは部屋の奥にある大釜から大量の薬草を取り出し、そして麻袋に入れてスフィーに手渡した。
「ありがとうっす!」
「いいんじゃよ。これは契約なんじゃから」
「薬草だけでなく、様々な情報を分けていただき本当に感謝する。また夜に尋ねます」
「ほっほっほっ、待っておるぞ」
獅子民たち三人とリーカイはそう言って別れると、家政婦の見送りを受けながら再びゴランの家に戻って行った。




