第五十一話 ~成功と敗北~
初汰は身構え、耳を澄ませた。弓矢での攻撃なら、弓を引く音、矢が空を裂く音が聞こえるはずだ。そう思って初汰は辺りを見回しながらも聴覚に神経を集中した。
――すると予想通り、弓を引く音が聞こえ、次の瞬間には木の矢が正面から飛んできた。初汰はそれを難なく避け、再び構えた。
「いい反応ね。だけど……」
ルーヨンの声が森の中からする。それと同時に強い風が吹いた時のような音が背後からして、初汰は振り返った。すると先ほどまで起動されていたゲートが無くなっていた。
「げ、ゲートが……!」
ルーヨンが放った矢はゲートの片棒である大木に刺さっていた。それだけなら恐らくゲートとして機能するのだろうが、ルーヨンの魔法の影響で矢が刺さった部分からじわじわと石化が始まっており、それのせいでゲートとみなされなくなったらしい。
「これで逃げられないわね?」
「ならあんたを倒すまでだ」
ゲートが無くなった初汰は、いよいよ狩りされる側に回ったように感じていた。ここまで来たら解決策は一つのみ。ルーヨンを倒す。それだけであった。
一方獅子民サイドでは、ルーヨンの部下たちがワープに成功したようで、村がざわつき始めていた。
「き、来ました!」
見張り台に上っていた弓兵の一人がそう叫んだ。
「うむ、初汰の誘導は成功したようだな」
「もう一人の仲間もなかなか良い仕事をするな」
「ははははっ! 最初に出会ったときは全く頼りない奴だったがな」
獅子民が笑いながらそう言うと、ゴランも釣られて笑みを浮かべた。
「戦いの前だと言うのに、よく笑ってられますね」
「何を言っている、ゴラン殿も笑っているでは無いか」
「ふっ、あなたに釣られただけだ」
「少しは緊張が解れたようで良かった。さて、今度は気を引き締めよう!」
獅子民がそう叫ぶと、村人たちもそれにつられて声を上げた。
「盛り上がってるみたいっすね」
「ちっ、そうみたいだな。統率の上手いライオンで良かったよ」
「ぷぷっ。確かにそうっすね。本当に、獅子民っちがいて良かったっす」
スフィーと獅子民は、村の中央で見張りをしながら短い会話を交わした。
「歩き始めたみたいです!」
少し緩んでいた気持ちをぎゅっと引き締めるように、見張り台の弓兵がそう言った。その声を聞いた村人たち、それに獅子民たちはいつでも戦えるように戦闘態勢に入った。
「しかし何だかあたふたしているようにも見えます」
「なに? どういうことだ?」
獅子民は高台の弓兵に向かってそう聞いた。
「既にゲートは閉じてしまっているようなんですが、誰かを待っているような……」
「誰か? その中に豪奢な女はいるか?」
「いえ、下等兵ばかりです」
「なに? 兵士だけなのか? 十代くらいの男はいないか?」
「……はい。居ないみたいです」
その報告を聞いた獅子民は首を傾げた。ゲートは閉じており、初汰とルーヨンの姿が無い……。何やら不穏な気配を感じながらも、今は村を守ることを優先しなくてはならない。そんなジレンマに遭いながらも、今は防衛に集中しようと、獅子民は気持ちを切り替えた。
「うむ、了解した。引き続き報告を頼む!」
獅子民は素早く判断を下すと、高台の弓兵に向かってそう叫んだ。
「……動き始めました!」
ちょっとした沈黙の後、高台の弓兵がそう叫んだ。獅子民たちは黙って続報を待つ。
「……どうやらゲートの再生も無く、当初の人数で向かってくるようです! 敵は十数人!」
「うむ、承知した! そちらも戦いに備えてくれ!」
「はい!」
高台の弓兵たちは、獅子民の指示を受けて戦いの準備を始める。
「よし、ではこちらも出入り口である門を固めるぞ!」
続いて、獅子民は歩兵たちに向かってそう叫んだ。歩兵たちは獅子民に倣って雄たけびを上げ、ザッザッ。と足音を刻みながら前進する。村を囲む柵の内側に大多数が隠れ、獅子民とゴランをはじめとした少数の歩兵たちは門前に立って敵を待ち構えた。
敵小隊は辺り一面を占めている花畑に唖然としながらも、武器を構えてじわじわと前進してくる。
獅子民たちは歩兵は、弓兵からの報告を聞きながら小隊が視界に移る瞬間を待っていたのだが、小隊が動き始めて少し経った頃、遠くの方から叫び声が聞こえてきた。
「金だ! 花畑の中に金があるぞ!」
「お前、何言ってるんだ! 待て、何も見えないぞ!」
「……うわぁぁぁぁっ!」
村から瞬間移動魔法のゲートまではゆるやかな傾斜になっており、獅子民たちは小隊の姿を捉えられていないものの、恐らく花畑に飲み込まれたような悲鳴が聞こえてきた。
「一人、花畑に迷い込んだようです!」
弓兵のその報告を聞き、先ほどの悲鳴がやはり花畑に飲み込まれたものだと分かり、獅子民たちは顔を見合わせて頷き合った。
「よし、とりあえず頭数を減らすことには成功しているようだな」
獅子民は頷きながらそう言った。
「だがもう花畑に入るやつはいないだろうな」
ゴランは腕を組みながらそう言った。
「うむ、そこは致し方ない。しかしまだ少しだけ可能性はあるぞ」
「どういうことだ?」
「弓兵に矢を射てもらうのだ。敵に当てずとも、花畑に追い込むことが出来るやも知れん」
「なるほど、その手があったか」
ゴランは腕組をして頷きながらそう言った。
「では早速準備に入ろう」
獅子民がそう言うと、歩兵たちは頷いた。それを確認した獅子民は高台を見上げ声を上げる。
「弓兵、矢の準備を!」
獅子民の合図を受け、弓兵たちは背中の矢筒から矢を取り出し、弓をぎりぎりと引き始める。
「真っすぐ飛ばすことだけを考えるんだ! リラックスして……。放て!」
号令と共に高台から矢が飛び始める。
「襲撃だ!」
弓兵たちが放った矢を視認した小隊は声を上げながら陣形を崩す。あまり広いとも言えない道で、小隊の皆々は器用に矢を交わし続けるのだが、弓兵たちも負けず劣らず、ありったけの矢を放つつもりで威勢よく矢を放つ。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
ステップを誤って花畑に飲み込まれる者。
「ぐあっ! クソッ! 矢が足に……!」
数に物を言わせた矢の雨の餌食になる者など、弓兵たちによる怒涛の攻撃によってここで数名を離脱させた。
「矢が尽きました!」
「うむ、よく頑張った! あとは我々歩兵が抑えるぞ!」
ありったけの矢を放ち終え、いよいよ獅子民たちの出番が来た。
「相当減ったみたいだな。これなら俺たちで追い返せるはずだ」
ゴランも回ってきた出番に興奮して、斧を振り回しながらそう言った。
それから間もなく、傾斜の向こう側にちらほらと頭が見え始めた。獅子民を始め、歩兵全員がそれを捉え、場の空気が引き締まる。
「行くぞ!!」
獅子民が叫びながら走り出すと、それに続いて歩兵たちも雄たけびを上げながら走り出す。
「今度は歩兵が来るぞ! 構えろ!」
敵もすぐ獅子民たちの存在に気が付き、武器を構える。
リカーバ村から走り出た獅子民、ゴラン、そして一部の村民たちは、真っ向から敵に向かって行く。多少武器の扱いが長けている者が敵の攻撃を引き受けながら、じわじわとリカーバ村に後退していく。
「このまま押し切るぞ! 我々は精鋭部隊なんだ!」
敵部隊は士気高揚のために叫び声を上げながら、休まずに攻撃を続ける。獅子民たちはあえてその攻撃を全て防御して、押されているフリをしながらリカーバ村へ誘導していく。こうして敵を村の門前まで引き寄せ、隠れている残り半分以上いる村人全員で襲い掛かろうという作戦であった。流石の精鋭部隊でも、敵勢が二倍三倍に増えれば退却を余儀なくされるだろうと獅子民は考えたのであった。
何度となく攻撃を受けている内に数人が傷を負ってしまったので、獅子民とゴランが最前線でなるべく攻撃を受ける形にシフトチェンジして、傷を負った村人は先に村へ返した。
一人、また一人と怪我人が増え、歩兵が減って行く。劣勢に見えてはいるものの、誘導は綺麗に成功しており、獅子民たちは村のもうすぐそこまで後退してきていた。
「ゴラン殿、後は私が引き受ける!」
「大丈夫なのか!?」
いつの間にか敵の攻撃を凌いでいるのは獅子民とゴランのみとなっており、二人は急激に押され始めた。そこで獅子民は、ゴランに戻っと貰い、さっさと援軍を読んでしまおうと思いそう叫んだ。
「私は大丈夫だ!」
「分かった、先に戻るぞ!」
ゴランはそう言うと、最後に斧を大きく振り回し、敵を薙いでから前線を離れた。
「あとはこのライオン一匹だ!」
リカーバ村陣営の残り数を見た敵兵たちは、意気込んでラストスパートに入る。獅子民は敵の攻撃を華麗に躱しながらも、変換の力を溜めるために受け止められそうな攻撃は受け止め続ける。
その間村へ戻ったゴランは、隠れていた過半数の村人歩兵たちと、スフィーとクローキンスに声をかけていた。
「敵がもうすぐそこまで来た! みんな、行くぞ!」
ゴランがそう言うと、村が震えてしまうのではないかというほどの叫び声が上がった。そしてそれとともに隠れていた歩兵たちが一斉に村外へ流れだす。
「あ、アレは……!」
「まさかまだ兵が残っていたのか!?」
獅子民と戦っていた数人の敵兵は、怒号と共に流れ出てくる村人たちを見て、予想通りたじろいだ。
「反撃開始だぁ!」
ゴランは今までの怒りを吐き出すかのようにそう叫びながら、斧を構えて敵に襲い掛かる。
援軍が到着したため、敵の攻撃の手が止んだ。獅子民がその隙を逃すことは無く、今まで蓄積していた変換の力を有して前方の地面を揺らす。
「こ、こんな時に地震か!?」
敵兵は更に困惑した。迫って来る村人たち、それに加えて自分たちの足元だけ地震が起こったとなると、いよいよ自分の命の危機を感じたのであった。
「に、逃げるぞ!」
「うわぁぁぁぁ!」
罠に嵌らず、弓にも射貫かれず、無傷の敵兵数名はゲートに向かって走って行った。
「ふん、どうせ狡猾な奴らだろうから、逃げ道も用意してるだろうな」
走り去っていく背中を見ながら、ゴランはそう言った。
「まぁまぁ、いいでは無いか。敵を追い払う事には成功したのだから」
「あぁ、そうだな」
ゴランは微笑しながらそう言うと、村人たちを連れて村へ戻って行った。
「おっと、そうだ。報酬の話はまた明日にしよう! 今日は俺の家で寝てくれ!」
ゴランは獅子民から少し離れた後、思い出したように振り返ってそう言った。
「うむ、そうさせてもらおう」
獅子民も返事をすると、一度深呼吸をしてから村へ向かって歩き出した。
……獅子民たちが敵を追い返している一方、初汰はルーヨンと戦闘を続けていた。
「はぁはぁ、クソ、どこに隠れてやがる……」
ルーヨンは森の中に隠れてから一向に姿を現す様子はなく、木の陰から矢を射っては移動して、射っては移動してを繰り返していた。それに対して初汰は、どこから飛んでくるかも分からない矢に全神経を集中して避け続けなければならなかった。
「フフッ。ちょっと疲れて来たかしら?」
からかうようなルーヨンの声も、今ではもう、どこから聞こえてきているのかすら分からなくなってきていた。
初汰は聴覚に頼ることを止め、視覚と自分の本能。危険察知能力だけでルーヨンの攻撃を躱し続ける決意を固め始めていた。
――するとそんな時、背後から一本の矢が初汰にせまる。初汰は咄嗟に身を翻し、何とか矢を躱す。しかしその直後、再び背後から矢が放たれていたことに気が付かず、矢は太腿を掠めて木に刺さった。
「くっ! 喰らっちまったか……」
初汰は止血しようと太腿に手を添える。
「こ、これは……! 掠っただけでもダメなのか……?」
掠った傷口を見ると、僅かに石化が始まっていた。しかしまともに喰らったわけでは無いので、石化はすぐに止まった。
「フフッ。じわじわ料理してあげる」
その声を聞いた初汰はすぐに身構えようとするのだが、矢が掠って僅かに石化してしまった足が既に重くなり始めていた。
「クソ、これしか石化してないのに……!」
初汰は自分の足を何度か叩き、気合で足を動かす。
「フフッ。さぁ頑張りなさい」
ルーヨンの不敵な笑い声の後、四方八方から矢が飛び始める。初汰は重たい足を何とか動かして躱すのだが、増える矢、鈍くなる初汰の足。どう考えても初汰が圧倒的不利であり、次第に掠り傷を増やしていく。
「観念なさい。もうすぐあなたは私のコレクションになるのよ」
既に両肩にも傷を負ってしまい、初汰は両腕を力なくぶら下げているだけであった。そして最後に一本の矢が放たれ、初汰の左太腿を掠めた。
「はい、完成。これで抵抗できないわね」
ルーヨンはそう言うと、森の中から姿を現した。そしてゆっくりと初汰に目の前に歩み寄って行き、じっと初汰の瞳を見つめる。
「な、何だよ! 魔法を解け!」
「それはダメよ。あなたは上に持って帰るの」
「な、何言って……るん……だ……」
ルーヨンに見つめられると、各所の僅かな石化がじわじわと身体を侵していき、初汰の体をもう九割ほど石になってしまった。
「目だけは生かしておいてあげる。良い目をしているからね」
ルーヨンはそう言うと、ニコリと笑みを浮かべて初汰の正面から去って行く。
……ニ十分近く放置されていると、目の前の木々をなぎ倒しながら大型スクーターのようなものに乗っているルーヨンが帰って来た。そして軽く両手を上げ、魔法を唱えると、石化した初汰の体がふわりと浮いた。そしてそのままスクーターの横についているサイドカーに乗せられると、ルーヨンは運転席に着いてハンドルを握り、エンジンをかけると今度はスクーターが宙に浮き、轟音を立てながら空に飛び立つ。つまりこれはスクーターに酷似した小型飛空艇だったのである。
初汰はどんどん離れて行くビハイドの大地を横目に見ながら、ルーヨンと小型飛空艇とともに雲の上に消えて行った。




