第四十六話 ~森の再会~
燃え盛っている家屋を前にして、初汰たちは散り散りになって消火活動を行った。
「クソ、また消火作業かよ……!」
初汰は文句を言いながらも、せっせと消火活動に精を出す。
……そうしてなんとか消火活動を終え、初汰たちは昨晩会議を行った広場に集まっていた。
「はぁはぁ、なんとか終わったな」
「うむ、そうだな。しかし……」
消火は終えたものの、解放軍のアジトはほとんど焼け野原となっていた。獅子民はその有様を見ながら、ぽつりと呟いていた。
「まぁ仕方ないっすよ。こういう時もあるっす」
「ちっ、そんなことよりもっと気にすることがあるだろ」
スフィーが励ましの言葉を言ったあとすぐ、クローキンスがそう言って辺りを見回した。
「見てみろ。いや、消火作業中に気付くべきだった。ここにはもう、俺たち以外に人はいねぇ」
クローキンスにそう言われ、初汰とスフィーはすぐに辺りを見回した。
「うむ、その通りだ」
消火が間に合わなかったことに落ち込んでいるように見えた獅子民も気付いていたようで、クローキンスに同調して焼け崩れている家屋を眺めながらそう言った。
「ま、マジかよ……」
「た、確かに、あたしたち以外見当たらないっす……」
初汰とスフィーはギョッとした表情を浮かべながら倒壊した家屋を見回し、そして落ち着きを払っている獅子民とクローキンスの方を見た。
「ちっ、最初からこれが目的だったのか?」
「それは早計だと私は思うぞ、クローキンス殿」
獅子民の声に反応し、クローキンスはチラリと獅子民の方を見た。そして獅子民は続ける。
「私たちだけでは無く、解放軍の皆々もこの奇襲を受け、そして攫われた。と言う可能性もある。それに未だどこかで戦っているという可能性も考えられるからな」
獅子民はそう言いながら、耳をピクピクと動かしながら辺りを見回した。
「ちっ、まぁいい。ここはあんたに従っておく」
クローキンスはそう言うと、黙って獅子民の動向を伺った。獅子民はそれを見て小さく頷くと初汰とスフィーの顔を見て再び話し始める。
「少し強引な纏め方になってしまったが、とにかく今は解放軍の誰かが近くにいないかを探しに行こう」
獅子民がそう言うと、初汰とスフィーは頷いて、四人は解放軍のアジトを中心に探索を開始した。
まず四人は解放軍のアジトをぐるりと一周することにした。
「皆、これを見てくれ」
獅子民が急に立ち止まってそう言うので、初汰たちも立ち止まって獅子民が見つめる先を見つめてみた。するとそこには裸足の足跡のようなものが残されており、確か解放軍の人々は靴を履いていなかったな。とその場にいる全員が思い当たった。
「まだ近くにいるんだ。探そう!」
初汰はそう言うと、さっさと走り出そうとする。
「待て初汰。一人で動くのは危険だ。今は全てを疑うべきだ」
獅子民がそう言うので、初汰は焦る気持ちを何とか抑えて指示に従った。
「でも、ここまで綺麗に残ってるってことは、まだ近くにいるかもしれないっすよ?」
なんで止めるのか疑問に思ったスフィーは、率直に思ったことを聞いた。
「うむ、そうかもしれないな。だが我々は解放軍のことを完全に理解しているわけでは無い。この足跡は敵の物かも知れないし、はたまた解放軍の誰かが我々を嵌めようとしている罠かもしれない」
獅子民がそう言うと、初汰とスフィーは唸りながら次の言葉を探す。
「確かにそうだけどさ。でも、解放軍の人が今現在襲われてたらどうするんだよ」
「それを確かめに四人で行くんだ」
「まぁ協力するのは大事だけど、二手に分かれた方が良くない?」
「確かにそれも有りだが、もし解放軍に裏切られ、リカーバ村の人々から敵対視されれば我々は第三勢力とみなされてしまう。となると我々はたったの四人だ。だからこそ今は団結が必要だと私は思うのだ」
獅子民は根拠付けて初汰に説明をすると、初汰も浅い返事をしてその場は収まった。別に初汰としても自分の考えを押し通したかったわけでもなく、ただ獅子民の意見が聞きたかっただけなので、素直に獅子民の後に続いて一行は森の奥へ進んだ。
ある程度進むと、不穏な雰囲気に全員が立ち止まった。
「何かいるな……」
「ちっ、誰にせよ、攻撃をされたら撃ち返すからな」
クローキンスは獅子民に向かってそう言うと、腰に下げている銃を構えた。それに倣って初汰とスフィーも武器を構え、辺りを見回しながら森を進んでいく。
森の中は静まっているように感じるが、どこか騒々しい感じが漂っていた。戦いの喧騒と言うか、熱気と言うか雰囲気と言うか。言い知れぬ悪寒が四人を見つめていた。
そんな緊迫を帯びた森がガサガサッ! とざわめきを立てた。初汰たちは音がした方をすぐに見た。すると解放軍の身なりをした男がフラフラと草をかき分けて出てくると、そのままバタリと倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
初汰は倒れた男性に駆け寄り、その顔を見た。
「……あぁ。あ、あぁ……」
「おいしっかりしろ! 誰に襲われたんだ!?」
「むらの……やつ……ら……」
男はそう言うと、初汰の腕の中でぐったりと首をもたげた。
「初汰、彼は大丈夫か?」
「ダメだ……」
「そうか……。彼は何か言っていたか?」
「村の奴に襲われたって」
「村の奴……。リカーバ村を占拠している奴ら。という事か」
「多分……」
初汰と獅子民が会話をしている間、スフィーとクローキンスは二人を守るようにして辺りを警戒し、初汰が立ち上がるのを待った。
「ちっ、こうなったら、さっさと村に向かった方がいい」
「焦るのは良くないと思うっすよ?」
「ちっ、だからってここで立ち往生してるわけにもいかねーだろ」
「うむ、確かに。クローキンス殿の言う通りだな。ここは手早くリカーバ村を見つけて解放軍と合流するか、我々で村を奪還してしまおう。もし奪還は叶わなくとも錯乱は出来るはずだ」
獅子民は冷静にそう言うと、再び歩き始めた。
「まぁ確かにそうだけど、四人で奪還なんて出来るもんなのか?」
「ちっ、全員が上手く立ち回れればの話だがな」
クローキンスはそう言って初汰を見ると、獅子民に続いて歩き始める。
「お、おい、今俺のこと見たな! 今見てたよな?」
「あははっ、見てたっすね。はぐれないように早く行くっすよ」
スフィーは笑いながらそう言うと、速足で森の中へ消えていく。
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
初汰は武器を収めて三人を追い、深い森の中へ踏み入る。
「……なんだよ、あいつら歩くの早すぎないか?」
確かに少し前から異様な雰囲気は漂っていたが、目前の人影を遮るほどの木々が急に出現したせいで視界が眩み、初汰は獅子民らの背中を見失ってしまった。
「真っすぐ歩いてれば追いつくか……?」
大量の木々の出現とともに静まり返った森の中を初汰は一人で歩いた。一人のせいか、はたまた森が急激に静まったせいか、初汰の心には不安が広まり始めていた。
すると、どこからか微かに物音が聞こえ始めた。初汰は耳を澄ませるため、自分の足音を消すために立ち止まった。方向感覚を狂わせる深い緑が音の方角さえも狂わせる。
ガラガラガラガラ。鈍器を引きずるような音が徐々に近づいてくる。しかし木々のせいで視認することは出来ない。
「マジかよ……。もしかして俺たちを分断するのが敵の策略だったのか……?」
初汰はそう呟きながら、右手には木の棒を、左手には壊れたテーザーガンを握った。再生の力によってそれらは武器に成り代わり、初汰はそれらを構えて緑の隙間に目を凝らした。
「この件に手を出すのは賢い行動とは言えませんね」
「誰だっ!?」
初汰は声がする方をすぐに見た。
「私に面識はございません。しかし彼はあるかと」
そう言いながら木々の隙間を抜けて出てきたのは、車いすを押す優美とそれに座っている花那太であった。
「誰かいるのかい?」
「えぇ、男が一人。年齢はあなたと同じです」
「なぜそう言い切れる?」
「クフッ。あなたがよく話してくださっている子だからですよ」
二人はそんなやり取りをすると、再び初汰に近付いてくる。
「花那太……なのか……?」
「声変わりしたね。君だと分かる要素は今じゃゼロだよ、初汰」
数年ぶりの再会を果たした二人は、黙ったまま睨み合った。
――そのころ獅子民たちは深くもなんともない普通の森を歩き続け、リカーバ村らしきものを発見していた。
「あれがリカーバ村か……?」
獅子民は目を細めながらそう言った。
「たぶんそうっす。村の存在がバレないように適時場所を移動して、さらに家の配置を入れ替えているらしいって噂を聞いたことがあるっす」
「ちっ、やけに徹底してるな」
三人がそんな会話をしていると、草木を分け、遅れて初汰が到着した。
「遅かったな」
「……」
獅子民が初汰のことを気遣ってそう言うのだが、初汰は答えない。その反応を見てすぐにスフィーとクローキンスも顔色を変えた。しかしすぐ攻撃に移る訳でもなく、無視してリカーバ村の方を見る。
「……初汰、潜入口は覚えているか?」
獅子民はリカーバ村を注視しながらそう言った。
「あぁ」
初汰らしき人物は短くそう言うと、村の様子を深く伺おうともせず再び草木を分けて左に進んでいく。獅子民たちは黙ってそれについて行き、一行は村の裏側にたどり着く。すると初汰らしき男は潜入せずに立ち止まり、草陰に身を隠した。
「どうした初汰。約束は忘れたか?」
獅子民はつい先ほど話した、四人で行動する。という話を、約束。と言う言葉で表現して問うた。当然そんなことを知らない男は答えない。
「はぁ、めんどうなことするわねぇ」
背後から女の声が聞こえ、三人は振り返った。するとそこには血だらけの死体をずるずると引きずっているルーヨンがいた。
「ルーヨン殿、無事だったか」
「当たり前よ。あんな奇襲で死ぬわけないじゃないの」
「ちっ、そりゃ良かった。だがな、俺たちの仲間が一人見当たらねぇんだ」
クローキンスはそう言うと、最前線でかがんでいる男の後頭部に銃口を突き付けた。すると少量の霧が発生し、忽ち初汰の皮が剥がれて先刻森の中で見た怪我を負って死んだはずの男が姿を現した。
「はぁ~、それはそうよね、あんな下手な芝居じゃすぐバレるわよね」
ルーヨンはそう言うと、左手に持っていた死体を手放して呪文を唱えた。すると鋭利な石が出現し、それを初汰に化けていた男に突き刺した。
「な、なにをしている!」
獅子民は激高して、ルーヨンに歩み寄る。
「使えない奴は消す。そう言ったでしょ? あんたらも死にたくなかったらさっさと村を貰いに行くわよ」
「あたしたちを嵌めたんすか!?」
「何を言ってるの? 欲しいものは欲しい。私たちってそう言う生き物でしょ?」
ルーヨンはそう言うと、もう一本鋭利な石を生成して、それで男にとどめを刺した。
「さぁ、村へ行きましょ? しっかり働いてね?」
ルーヨンはそう言うと、獅子民たちの背中を押し、無理矢理立ち上がらせるとそのまま潜入口に向かって一行を押し進めた。




