第四十四話 ~リカーバ村~
スフィーを先頭に、一行は平原を進む。ユーミル村を発ってからはどんどん北に向かって行き、人食い沼も越えて平原も終わりを迎えようとしていた。
「なぁ、治癒の村って本当にあるのか?」
初汰は気だるそうな声で、前を歩いているスフィーに向かってそう聞いた。
「あるっす。絶対に」
「ふーん、ならいいけど」
初汰はそっけない返事をした。村があるないに関わらず、ずっと歩き続けているだけでは暇で暇で仕方が無く、初汰は話し相手が欲しいだけのようであった。
そうして一行は大きな森の前に立ち止まった。
「また森かよ」
初汰は大きな森を前にして、思わず本音を吐露した。
「仕方のないことだ。敵の急襲を免れるためにも、森と言うのは身を隠しやすく、残しておくべき場所なんだ」
獅子民は初汰を諭すようにそう言った。
「なるほどね~。そう言われて見ると、絶好の隠れ場所ってことなのか」
「そういうことっす」
スフィーはニヤリと笑みを浮かべながらそう言うと、先行して森の中に入って行く。それに続いて初汰と獅子民、そしてクローキンスも森の中へ入って行く。
四人の周りはすぐに木ばかりとなった。どれだけ進んでも木ばかりで一向に村らしい村は現れようとはしない。
「はぁ~、流石に疲れて来たな~」
「うむ、確かにずっと歩きっぱなしだったからな。少し休むか」
「そうっすね。ここまで見通しが悪いとさらに歩き疲れちゃうっすよね」
スフィーが言う通り、治癒の村に続くであろう森は初めて初汰が降り立った反乱軍があった森よりもはるかに暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。そんな森の真っただ中で、一行はそれぞれ違う木にもたれかかって座った。
「まさかこんな暗い森が目的地だったとはな~」
「あたしの記憶では、昔はもっと明るい森だったんすけどね……」
「それほど戦いが激化しているのかもしれないな……。治癒の村と言うほどだ。アヴォクラウズとしてもその技術は欲しいはずだ」
「ま、俺らにはリーアがいるけどな」
「ちっ、その嬢ちゃん本人がぶっ倒れてたら意味ねーだろ」
「なっ、そ、その通りだけど……」
「どちらにせよ、敵も我々も今は疲弊が見え始めている。このレース、負けるわけにはいかんぞ」
獅子民は自分も含め、この場にいる全員の気を引き締めるためにそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ行くとしよう」
「えぇ~、もう行くのかよ~」
「休んでるばかりってわけにも行かないっすよ」
初汰以外の全員は立ち上がり、再出発の用意が整うと歩き始めた。それを見た初汰も渋々立ち上がると、ズボンの汚れをはたいて歩き始める。
そうして森を突き進んでいると、今まで一度も聞いたことの無いような、鳥の鳴き声のようなものが森林にこだました。
「な、何だ急に?」
初汰は少しの驚きを露にしながら、辺りを見回した。
「鳥? の鳴き声っすかね」
「キメラという事も考えられる」
獅子民とスフィーはそう言いながら、初汰に倣って辺りを見回す。
「ちっ、森ってのは地の利を奪われるから嫌いなんだ」
クローキンスはそう言いながら銃を抜き、一本の木に狙いを定め、その木の梢を狙って発砲する。
バンッ!
弾丸は空を裂いて一本の枝を撃ち落とす。すると痛烈な音の後には枝と共に一人の男が落ちてきた。
「うおっ、何だこいつ!」
落ちてきた男性を見て、初汰は叫んだ。落ちた男性は空中で体勢を整え、綺麗な着地を決めるとすぐさま違う木に上って行った。そして男性が木に上り終えると、辺りの木々が一斉に揺れ始め、木から木へ伝って行く黒い影が所々に見え隠れした。
「ちっ、どうやら俺たちはずっと監視されていたらしいな」
どうやら隠れて監視していた森の住民たちは去って行ったようで、クローキンスは銃をしまいながらそう言った。
「う~ん、困ったっすね。クロさんが発砲したせいで怯えてしまったかもしれないっす」
「ちっ、隠れてこっちの様子を伺っている方が悪い。誰だって物陰から見られていたら敵だと思うだろ」
「そ、そうっすけど……」
「喧嘩をしている場合ではない。今は彼らを追うべきだ」
獅子民はそう言うと、他の三人の顔を見回してから走り出した。それに続いて初汰が走り出し、睨み合っていたスフィーとクローキンスも森の奥へ駆けて行った。
木から木へ移って行く人影は、絶えず初汰たちの誰かの視線の端に捉えられていた。初汰たちは人影を見た者の証言を頼りに右往左往しながら森の中を彷徨っていた。
「はぁはぁ、どこまで逃げるんだ?」
「いくら森が大きいとは言え、流石に逃げている時間が長すぎる」
初汰と獅子民は、逃げ続けている数人の影を目と足で追いながらも疑念を浮かべ始める。
「ちっ、しかしここで足を止めたらこの森から出られなくなるぞ」
「……新しい手法っすね。つまりスタミナ切れで森に飲み込まれるか、このまま彼らに付いて行って自ら罠に嵌るのか」
スフィーのその憶測を聞き、ともに走っている初汰は少しゾッとしていた。なんて惨いことを。と思いながらも初汰は足を止めることが出来ない。
「はぁはぁ、いつまで走ればいいっすか……」
「こ、これは流石にきつくなってきたぞ」
獅子民とスフィーも疲れが出始め、生身である初汰とクローキンスはギリギリの状態で走り続けていた。
するとその時、同じタイミングで全員が、飛び移って行く影を見失った。
「はぁはぁ、い、いなく、なった……?」
初汰は立ち止まり、両手を両膝に付きながらそう言った。
「という事は、この近くに、罠があると言うのか?」
「そ、そうかもしれないっす。みんな用心するっす」
獅子民とスフィーを息を整えながらそう言うと、辺りを見回した。急に人気が無くなり、さらに不気味な雰囲気が森の中に立ち込める。
「ちっ、全く気配が無い」
「皆、武器を構えておけ!」
獅子民の合図で他の三人は武器を構え、互いに背中を合わせ合うようにして中心に集まり、四方向をそれぞれが監視する。
「静かっすね」
「いや待て、人の気配は無いが、何か聞こえるぞ?」
獅子民がそう言うので、他の三人も武器を構えながら耳を澄ませた。
ゴゴゴゴゴゴ。と言う地鳴りのようなものが聞こえる。
「地震か?」
「地震にしては何か違和感がある」
「そ、そうっすか? 揺れているのには変わりない気が――」
スフィーがそう言い終えるか終えないかのタイミングで、声が途切れた。
「スフィー!?」
初汰は思わず前方から目を逸らし、背後を見た。するとスフィーの姿が無く、さらに焦りが増す。
「スフィー?」
「こ、ここっす」
声を頼りに視線を落とすとそこには首だけのスフィーがいた。
「え……?」
「きゅ、急に地面に引きずり込まれたんすよ」
「ど、どゆこっちゃ?」
初汰とスフィーがちんけな会話をしていると、今度は獅子民が地面に引きずり込まれる。
「のわっ!」
「え、オッサンまで?」
これはどういうことかと目を丸くしていると、今度は初汰とクローキンスが同時に地面に引きずり込まれる。
「ぐわあっ!」
全員が地面で生首状態になると、一行から少し離れたところに人一人分の穴が空き、そこからぞろぞろと四人の男が現れた。
「だ、誰っすか!?」
「お前たち、何者」
「俺たちは治癒の村ってのを探しに来ただけだ!」
初汰とスフィーは現れた男四人衆に向かって必死に敵意の無いことを訴えるが、四人衆はひそひそと話し合いを始める。
「ちっ、まさか地面に潜んでいたとはな」
「うむ、流石に予測できなかったな……」
「ふんっ! ぐぬぬぬぬっ~!」
「初汰、何してるっすか?」
「はぁはぁ、え? いや、力ずくで抜け出せるかなーと思って」
「で、その結果はどうだったっすか?」
「はぁ、見て察してくれ……」
四人はすっぽりと地面にハマっており、どれだけ力を込めても抜け出せないことも立証されてしまい、今目の前でひそひそ話をしている男四人衆に命を預ける形となった。
男四人衆はひそひそ話を終えると、その中のリーダー格のような男一人が初汰たちに歩み寄って来て、両手に付けている鉤爪を外した後に視線を合わせるために腰を下ろした。
「何しにここへ来た?」
「さっきも言っただろ。治癒の村を探しに来たんだ」
「なぜ村のことを?」
リーダー格の男は声を少し潜ませてそう言った。
「それは、友達を助けるために治癒技術が必要だと思って、あたしが案内したっす」
「……村は滅びた。あんたたちに出来ることは無い。立ち去れ」
「は、はぁ? ちょっと待ってくれよ!? 滅びた?」
「あぁそうだ。村はもう無い。案内役はつけるから、さっさとここから立ち去れ」
「本当っすか? じゃああなたたちはどこで暮らしてるっすか? なぜ武装をしてるんすか?」
「……」
リーダー格の男は黙った。そして初汰たちの顔を見回し、小さくため息を漏らした。
「滅びたも同然。という事だ」
「どういう事っすか?」
「村を乗っ取られたんだ」
「ふむ、なるほど。我々で良ければ協力しますぞ?」
獅子民はリーダー格の男の話を聞くと、すぐに協力を申し出た。
「俺たちには治癒の技術が必要なんだよ。頼む、協力させてくれ」
初汰も懇願するように協力を申し出る。それに異論がないスフィーとクローキンスも口を結んだまま頷いた。
「……おい、こいつらを出してやれ」
リーダー格の男は、背後に立っている鉤爪をつけたままの三人に声をかけた。すると三人の男は再び地面に潜って行き、一人一人穴から救出した。
「サンキューな。俺たちも全力で協力するよ」
「うむ、不逞な輩を追い出すとしよう」
初汰と獅子民はそう言うと、男四人衆に続いて歩き出す。スフィーとクローキンスは服についた土を払いながら、最後尾を歩き出す。
「ちっ、奴らどう思う?」
クローキンスは四人衆から離れていることを良いことに、スフィーにそう囁いた。
「う~ん、何とも言えないっすね。あたしが知ってる治癒の村は、丁度戦時中だったっすから……」
「戦時? お前も戦争に巻き込まれていたのか」
「あ、あぁ。そうっすね。ほんの少しっすけど」
「おい二人とも、着いたみたいだぞ!」
前方からする声に二人は顔を上げた。初汰は立ち止まり、二人に向かってそう叫んでおり、スフィーとクローキンスは話を中断し、速足で初汰のもとへ向かった。
「ここが解放軍の借り拠点らしいぜ」
「何と言うか、集落って感じっすね」
スフィーだけでなく、その場にいた全員がそう思っただろう。それもそのはずで、木材によって即席で作られた家屋が数軒ある程度で、集落の中心には人々が会合を行うためであろうキャンプファイヤーのようなものと、雑に削られた丸太が転がされていた。
鉤爪部隊のリーダー格の男は集落に立ち入るとすぐに立ち止まり、他の三人を解散させてから初汰たちの方を見た。
「改めて、ここは治癒の村。およびリカーバ村を取り戻すための解放軍の集落だ。汚い所だが、ゆっくりしてくれ」
リーダー格の男はそう言うと、自分の家であろう場所に初汰たちを招き入れ、夜を待て。とだけ言って外に出て行った。




