第四十話 ~時空結界~
武器を構えた二人は対峙し、しばらく睨み合った。
「どうした? かかって来いっ!」
ユーニは敵と対峙しているように、初汰を鋭く睨みつけながらそう叫んだ。
「わ、分かってるよ!」
初汰はその声に少し身を震わせたが、今は特訓のためにここを訪れている。そう考えれば失うものはない。そう考えて剣を構え直すと、真っすぐユーニに向かって走り出した。
「うおぉぉ!」
「ふんっ。威勢はいいな。だが」
てっきりユーニは初汰の攻撃を剣で受け止めるのかと思われたが、軽い身のこなしで初汰の攻撃を横に避け、走る初汰の足に自らの足を引っかけた。
「うぉっとっとっ!」
初汰はこけないようにバランスを取り、何とか体勢を整えてユーニの方を向いた。
「攻撃が一直線すぎる。今の実力では剣を使わずとも勝てるぞ?」
「なっ! なんだと!」
「そうかっかするな。本当のことを、そして何より君のことを思って言ったまでだ」
「た、確かにそうか。俺のためだもんな」
初汰は一瞬頭に血が上ったが、ユーニのその言葉でどうにか怒りを抑え込むことに成功した。なぜならそれが正論だったからである。
「まずは攻める手段を増やす。ここからだな」
「うっす!」
「では今度は私が攻撃しよう。シンプルな攻撃を仕掛ける、初汰はそれに対処してくれ」
「了解!」
ユーニは剣を構えると眼つきを鋭くした。初汰はそれを見てすぐに剣を構え、ユーニの攻撃を待った。
――ユーニは今までに見せたことにない速さで初汰に近付くと、胴体を狙って剣を振る。初汰は何とかそれを受けると、迫り合いの末に押し返した。すると剣を弾かれたユーニは体勢を崩しながらも蹴りを初汰に浴びせる。
「うわっ!」
躱す努力はしたのだが、突然の蹴りに対処しきれず初汰は尻もちを着いた。
「どうだ。予想出来なかっただろう?」
「うん、出来なかった」
初汰は悔しくもそう答えるしかなかった。
「手数を増やすその一、攻撃を躱された。または攻撃を弾かれた後の追撃だ。相手のターンにしないためにもこれは重要だぞ」
「なるほど。相手の攻撃を防ぐために追撃をする……。攻撃は最大の防御ってことか?」
「まぁ、そんなところだろう。さぁ立て次だ」
「お、おう!」
初汰は立ち上がるとすぐに剣を構えた。それを見たユーニは再び攻撃を仕掛ける。
ユーニは剣を振り上げて走り出す。なんだ、バレバレの攻撃だな。初汰はそう思いながらもその攻撃を受け止めるために剣を構えた。
そして初汰の目の前まで剣を振り上げたまま来たユーニは、縦に斬り下ろすと見せかけて、剣を構え直して横なぎした。初汰はそれを間一髪躱した。と言うよりかはユーニが手加減していたので躱せた。
「あ、危なかったぁ……」
「私が本気だったら死んでいたぞ」
「だ、だよな~」
初汰は照れ隠しの為に笑いながらそう言った。
「その二、攻撃の選択肢を増やしておき、直前で攻撃を変える。だ」
「確かにこれなら一撃くらいは入れられそうだ!」
「そうだろう? しかしな、後は実践を積むしかない。その三、実践あるのみ。だ」
「結局最後はそうなるのか」
初汰は苦笑いをしながらそう言った。
「済まんがそうなるな。これが為になればいいのだが」
「為になった。為になった! 選択肢を増やせば大分戦闘が楽になるってことが分かったよ!」
「そうか。では小休憩の後に打ち合うぞ」
「おう!」
初汰とユーニは一度大木のもとに戻り、再び茶を啜った。
「そう言えば、ここの結界って何のためにあるの?」
ふと疑問に思った初汰はユーニにそう聞いた。
「短い時間で強くなれるために作られた場所だ。それも限られた人だけが強くなれるために結界が張られている。なのでここの結界は二重なのだ」
「へぇ~、そんな結界が張られてたのか」
「一枚はここを隠す結界。もう一枚は短期間で戦士を育成するための時空結界」
「時空結界?」
「あぁ。ここは他よりも時間の流れが遅くてな。ここで五日間修行しても外では二時間、三時間ほどしか経っていない。そう聞かされた」
「へぇ~。ユーニさんも直接聞いたわけじゃ無いんだ?」
「ここを作った時魔法使いがすぐに攫われてしまったらしくてな」
「時魔法。か……」
一瞬リーアのことを思い出した初汰だったが、今は特訓に集中しようと気持ちを切り替えて茶を飲み干した。
「さ、続きやりましょ!」
「うむ、そうだな」
初汰とユーニは立ち上がると、再び修行を再開した。
…………剣を交えること数時間。当然先にスタミナ切れしたのは初汰であった。
「はぁはぁ、さすがユーニさん……」
「こんなものではへこたれんよ」
ユーニは余裕を見せるよう、ニコニコしながらそう言った。
「どうだ、飯にでもするか?」
ユーニはへばって座り込んでいる初汰の向かってそう言った。
「え、飯もあるの!?」
「それはあるとも。もう数日ここにこもるつもりだからな」
「それは聞きたくなかったかもな~。なんて、はは」
「はははっ! これからもっとしごくからなっ!」
初汰とユーニは大木の下に戻り、ユーニは持ってきていた鞄から宇宙食のような真空パックに入った軽食を取り出した。
「うわー、また不味そうなのが出てきたなー」
「見た目はこんなだが、味は大丈夫だ。アヴォクラウズの兵士は皆食べているぞ」
「そう言われても、俺は兵士じゃないしな~」
「そうか、なら食べなくてもいいんだぞ?」
「いやいや、食べるよ!」
初汰はそう言うとユーニの手からパックを奪った。そして開封するとまずは匂いを嗅ぐ。匂いはしない。無臭のようだ。初汰は無臭のブロックを取り出すと、恐る恐る一口かじった。
「ん? 味が無いな……?」
「最初はな」
ユーニはそう言うと、自分も食事を始める。
初汰とユーニが食べているのはジャーキーのようであり、噛めば噛むほど味が口内に染み渡り、噛まなくては飲み込めないので満腹感もどんどん満たされていく。
「うんうん。結構いけるな」
「だろう? これ一つで私たちは栄養補給をしていたんだ。懐かしいな」
ユーニは少し過去に浸りながら、ジャーキーを噛み締めた。
「よし、腹を満たしたらもう少し打ち合うとするか」
「うっす」
初汰とユーニはもぐもぐとジャーキーを噛み続け、時折茶を啜って口を潤すと、ようやくジャーキーを噛み終えて剣を握った。
……その後も初汰とユーニの修行は続いた。戦闘においてスタミナ管理が疎かな初汰は何回か小休憩を申し出て、その都度休憩を取ると、二人は再び修行に戻った。
何とか初汰の剣筋は様になり、初汰はヘロヘロになって木に寄り掛かった。ユーニは少し息を整えると、初汰の近くに寄った。
「今日はここまでにしておくか?」
「そ、そうしてもらえると。今日は疲れちまった」
「うむ、では今日は休むとするか」
辺りはとても明るかった。ユーニの言う通り、ここだけが特殊な時間の流れをしているようであった。まだまだ修行を続けられる時間であったが、初汰の疲れはピークに達していた。なのでひとまず二人は数時間眠ることにした。
……二、三時間眠った頃。ユーニが一人先に目を覚ました。
「まだあまり疲れていなかったか……」
エネルギーの半分も消費していなかったようで、ユーニは早めに目覚めてしまった。
それでも辺りはまだ明るかった。ユーニは体を起こすと軽いストレッチをして少し風に当たった。
「流石に静かだな……」
ユーニは懐かしむように辺りの風景を見た。何度見ても辺りには何もない。それがまたユーニには懐かしかったのだ。
思い出に浸っていると、結界を抜けて闖入者が現れた。
「誰だっ!?」
ユーニは音がした方をすぐに見た。するとそこにはバーンが立っていた。
「また会ったな兄者」
「バーン……。何をしにここへ来た」
「修行。はもう必要ないからな。兄者、あなたを倒しに来ました」
「……そうか。私にも新たに守るものが出来た。ここでは負けられんぞっ」
ユーニは木に立て掛けてあった剣を拾い、そして抜いた。鞘はそのまま地面に置き、ユーニは剣を構えるとバーンに向き直った。
「良いんですよ。二対一でも」
「それも良いな。こいつが起きたら合流させよう」
バーンも腰に下げている双剣を抜き、ゆっくりとユーニに歩み寄る。ユーニもそれを見ると初汰を守るために前進する。
「今度こそ倒させてもらうぞ! 兄者!」
「そう簡単にはいかんぞっ!」
ユーニとバーンは激しく切り合った。しかし両者とも譲らず、互いに剣を体に触れることが出来ずに一進一退の攻防が繰り広げられた。
「う、うぅん。なんか騒がしいな……」
切り合いの最中、ユーニとバーンは魔法攻撃も駆使し始めており、辺りに小さな窪みが数個出来るとともに大きな音が結界のなかにこだましていた。初汰はそれによって目を覚まし、目を擦りながら辺りを見回した。そしてすぐにユーニが誰かと戦闘しているところが目に移った。
「ユーニさん!」
初汰はまだ少し寝ぼけていたが、木に立て掛けてあった木の枝を握って剣に変化させる。そして地面に置いてあったスタンガンも拾い上げ、初汰はユーニに駆け寄った。
「俺も助太刀します!」
初汰は剣を振り上げながらバーンに近付く。それに気が付いたバーンはユーニとの鍔迫り合いを止めて少し距離を取った。
「一直線な太刀筋だな」
バーンは嘲るようにそう言うと、初汰の攻撃を受け止めようと身構える。
「うおぉぉ!」
初汰はバーンの目の前まで来ると、振り上げていた剣を勢いよく振り下ろした。バーンはそれを受け止めようと双剣を構えるのだが、初汰はわざと振り下ろした剣を空振りさせ、がら空きになっている腹部を狙って剣を横なぎした。
「くっ!」
バーンは予想外の攻撃に少し反応が遅れた。しかしなんとかその攻撃を防ぎ、初汰とユーニから距離を取った。
「よくやったぞ、初汰」
「へへ、おう。早速使わせてもらったよ」
「その調子だ。押し返すぞっ」
「おうよ!」
初汰とユーニは横並びになると剣を構え直した。
ギリギリ初汰の攻撃を躱したバーンは、腹部に微かにかすり傷を負っていることに気が付いた。
「甘く見過ぎていたようだ。奴も既に兄者の手がかかっていることを……」
数的不利のバーンは、双剣を構えて二人の攻撃を待った。




