第三十七話 ~祠の真実~
獅子民としても血が滲むほどの攻撃を既に数回受けているので、変換の力によって相当力は溜まってきていた。しかし相手の力も衰えておらず、防御に変換の力を割かざるを得ない獅子民は、相手に大きなダメージを負わすことが出来ずにいた。
「獅子民さん。防戦一方ですね……」
「そうっすね……。でも、大丈夫っす。獅子民っちがみんなを置いて死ぬわけないっすから!」
「た、確かにそうですね! 頑張ってください、獅子民さん……!」
スフィーとロークは一瞬不安に飲み込まれそうになったのだが、それ以上に今までの獅子民の立ち振る舞いを見てきた二人には、こんなところで獅子民が負けるなど、微塵も信じられなかった。
「はぁはぁ、このままでは私の体力切れで負けてしまう……。どうすれば……」
獅子民の影は背中に背負っていた二枚の丸盾を両手に装着し、ゆっくりと獅子民に向かって歩き始めた。
「アレが私の武器なのか……?」
目を凝らしながらその光景を見ていた獅子民は、とうとう影が本気を出してきたのだと思い、正面にいる影に集中し、身構えた。
獅子民の影は歩きながら両手を前に出して、まるでボクシングをするように構えた。するとそれと同時に腕に装着している丸盾が回転し始めた。それは回転のこぎりのようになっており、少しでも掠れば肉を断たれそうな勢いであった。
「なんだと! アレでは力を吸収できないではないか……。ならば次の一撃で決めるしかないのか……」
獅子民は過去の自分が使っていた武器に困惑しながらも、今まで蓄積させてきた力を変換させ、次の一撃にかけることにした。
獅子民がそう覚悟したのと同時に、過去の影も蓄積している全エネルギーを変換し、両腕を強化した。二の腕から手にかけての筋肉が膨張し、お互いに次の一撃に勝負を賭ける形となった。
「行くぞ!」
獅子民は叫ぶと同時に走り出した。そしてそれを見た過去の影も走り出した。
最初に仕掛けたのは過去の影であった。左ストレートが獅子民の顔に向かって飛んでくる。獅子民はそれを寸前で躱し、たてがみがシールドのこぎりによって少し切り落とされる。
初撃を躱した獅子民は敵の懐に潜り込んだ。そして腹部に噛みつこうとするのだが、今度は影の右アッパーが獅子民の顎を目掛けて飛んでくる。
「今だ!」
獅子民はアッパーが始動すると同時にジャンプした。変換の力を足に少し回しており、獅子民は普通よりも大きくジャンプし、アッパーがギリギリ届かない場所まで飛び上がった。そしてそのまま影の背後に着地すると、がら空きの背中に飛びつき、頭を噛み潰した。
「やった! やりましたよ!」
「やったっす! さすが獅子民っち!」
火の輪モニター越しに見ていたスフィーとロークはハイタッチをした。
「はぁはぁ、危うかったが何とか勝てたようだ……」
獅子民の足元に倒れる影は二枚の丸盾を残して白い光の胞子となって獅子民を囲んだ。そして獅子民を包むようにして光が獅子民の体に溶け込んでいった。
「これで私の記憶が戻るのか……?」
獅子民は瞳を閉じて温かく白い光を全身で感じた。しかし思い出されるのはぼんやりとした映像で、そこに映っているのは確かに自分なのだろう。とは思うのだが、思い出の中の自分は白い光の中にいて、丸盾を使って何かと戦っている様子が淡々と思い出されるだけであった。
「これだけなのか……」
ちょっとした記憶を思い出した獅子民は、ゆっくりと瞼を上げた。すると暗黒空間から解放されており、スフィーたちがいる花畑に戻ってきていた。
「おかえり獅子民っち!」
「おかえりなさい! 獅子民さん!」
「お疲れ様~。ほら、こっち来て来て、治療したげるから」
フェルムは祭壇に座りながら獅子民を手招きした。
今になって先ほどの戦闘で受けたダメージが痛みだしており、苦悶の表情を浮かべながら獅子民は祭壇まで歩み寄った。
「はいはい~。よく頑張りました。今治してしんぜよう~」
フェルムはそう言って獅子民の傷の上に両手をかざした。じんわりと温かさを感じた次の瞬間、フェルムが手をどけると傷は綺麗に治っていた。
「き、傷が綺麗に治っているぞ!」
獅子民は驚きながら三人の顔を見たのだが、スフィーもロークも全く驚いている様子は無かった。
「流石っすね、フェルム」
「僕も何度かお世話になっているので」
「そうか、二人は記憶が戻ったのだな?」
「あ……ごめんっす」
「良いのだ。気にすることは無い」
「ごめんなさいね。私が守りきれたのはスフィーとロークの記憶だけ、あなたの記憶はほんの一部、武器の記憶しか残せなかったの」
フェルムは初めて悲しそうな眼差しで獅子民を見た。それは自分の無力を悔いているようにも見えた。
「気にすることは無い。武器を取り戻せただけでも大きな前進だ」
獅子民がそう言って全員を励ますと、三人は感謝の念を込めてその言葉に頷いた。
「それより頼みがあるのだ」
獅子民は三人の顔を見回しながらそう言った。
「なんっすか?」
「実はな、盾が持てなくて向こうに置きっぱなしなのだ」
「そうなんすか? あたし取ってくるっすよ!」
「僕も行きます!」
そう言うとスフィーとロークは走って獅子民が先ほど帰ってきた場所に向かった。
「フェルム殿。私の記憶は守れなかった。と言っていたが、あれはどういう意味ですかな?」
柔らかな口調で獅子民はそう言った。
「……消された記憶は一度ここに溜まって、そしてこの世界のどこかにある本堂に送るの。私がね。でも勝手にスフィーとロークの記憶をずっとここに保存していられるほど検査は甘いの」
「なるほど。そうであったのか。という事は私の記憶はその本堂と言う所に?」
「いえ、それが少し厄介なの。確かに本堂に送る予定だった。でもその前日に記憶の祠に訪れた男がいたの。確かオールバックにしているガラの悪い男と、確かもう二人……」
「虎間か……」
「ごめんなさい、名前までは分からないの」
「いや、いいのだ。続けてくれ」
「確か記憶を失っていたのは、そのガラの悪い男が連れてきた男の子と女の子で……」
「ほう、それで?」
「そう、それで私は記憶の試練に立ち向かわせたわ。そして試練が始まってすぐ、その虎間とか言う男が祠を壊してしまったの」
「なんだと!?」
「祠が壊れたことによりほとんどの記憶が無くなってしまったわ。その中にはあいつに奪われた記憶もあると思うの。もしかしたらその中にあなたのが……」
「虎間……許せん……」
「それに、試練の途中で祠が壊れたことにより、男の子の方は試練をクリアしていたから良かったのだけど、女の子の方は感情と記憶を虎間に掌握されてしまって。あれはまるで人形みたいだったわ……。そしてそのあと、証人である私は虎間に殺されたわ」
「殺されただと? じゃあ今我々が見ているのは?」
「幽霊なんかじゃないわ。私はちょっと特殊なキメラでね、フェニックスとのキメラなの」
フェルムはそう言うと、左手の甲を獅子民に向けた。獅子民はその手をじっくり見ると、なんと左手の薬指に橙色のマニキュアが塗られていた。
「幻獣十指なのか?」
「そゆこと。て言っても、私はずーっとここの警備。だからスフィーが話しに来てくれたり、ロークが冒険の話を聞かせてくれるのが唯一の楽しみだったの」
「しかしこの洞窟は透明で見えなかったぞ?」
「それは私が死にそうになってたからよ。私が死にそうになったら、記憶が無くなっている人だけがこの祠にたどり着くように出来ているの。要するに交代要員を取り込むためにね」
「なるほど……。一歩間違えれば我々の誰かが……」
「ま、それは無いけどね。誰かが私を覚えている限り、私は死なないから」
フェルムは哀愁を漂わせてそう言うと、すぐに無邪気な笑顔を見せて獅子民に向き直った。
「すみませんっす~! 意外と見つからなくて~!」
スフィーが一つ、ロークが一つ、丸盾を持って祭壇に戻ってきた。
「すまない。恩に着る」
「いいっすよ、このくらい。でもこの盾どうするっすか?」
「背中に縛り付けておけばいいんじゃない?」
あっさりとした口調でフェルムがそう言った。
「確かに、それいいっすね」
「じゃあ僕手伝います」
「お、お前たち待つのだ――」
獅子民の意見など聞かず、スフィーとロークはせっせと働いて獅子民の背中に盾を二枚括りつけた。
「うん、いいんじゃないっすか?」
「僕も結構いけてると思います」
ただロープで縛っただけなのにも関わらず、スフィーとロークは満足気であった。獅子民はため息をつきながらも、これでいい。と言って、盾は背中に縛り付けるだけとなった。
「これ、多分今の体じゃ着れないけど」
フェルムはそう言って毛襟の黒いロングコートをスフィーに手渡した。コートの内側にはポケットではなく一つずつ留め具があり、見た感じ盾を収納できそうであった。
「なんっすかこれ? 獅子民っちのっすか?」
「多分そうだと思う。邪魔だから持って行って」
「邪魔……」
「りょーかいっす」
「後これ、スフィーの」
「おぉ、これは懐かしいっす」
フェルムの手には変わった形のベルトが握られていた。スフィーはそれを貰い受け、腰に巻いた。そして両腰に下がっているホルダーに苦無を収めた。
「やっぱりこれがあると持ち運びが便利っすね」
「頑張ってよね」
「当たり前っす」
獅子民とスフィーは試練を終えたことにより、外で待っているリーアとクローキンスと合流しなくてはならなかった。なので名残惜しいがもう祠を去らなけらばならなかった。
「僕はもう少しここに残っていきます。むげんの森の話を彼女にしたいので」
「そうっすか。じゃあ尚更あたしたちはお役御免っすね」
「そうよ~。早く出て行きなさい! なんてね。……スフィー、面白い話待ってるからね」
「任せるっすよ」
会話もひと段落し、獅子民はそれを見計らって別れの挨拶をした。
「短い間だが世話になった。では、元気でまた会おう!」
祭壇に座るフェルムとロークが遠ざかっていく。スフィーは時折振り返ると、両手を大きく振ってさよならを告げた。
その時リーアとクローキンスは、アヴォクラウズの真下という事もあり、国家軍と対峙していた。
「ちっ、早い再会だ」
「よぉ、銃使いの兄さん。気は変わったか?」
リーアとクローキンスの目の前には、仲間を引き連れた虎間甚が現れていた。




