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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第四章 ~記憶の祠~
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第三十六話 ~炎の巫女~

 スフィーの影は出現してから微動だにせず、ただ右手だけを軽く上げ、人差し指を空中に向けて宙に絵を描くようにひらひらと手を動かしていた。


「あれっすね。あの右手で風を操って、苦無を風に乗せているっすね……」


 スフィーは過去の自分の行動を真似てみるが、自分ではやはり風を起こすことは出来ない。その間にも苦無は風に乗ってスフィーを襲う。スフィーは打開策を考えながらその攻撃を躱すのだが、このままでは無限ループのようにも感じられた。


「はぁはぁ、どうすれば近づけるっすかね……」


 スフィーは息を切らしながら宙を舞う苦無を目で追った。苦無はある程度決まった気流に乗っているようで、八の字を描きながら飛んでいる。どうやら攻撃を仕掛ける気が無いときは同じ動作を繰り返すらしい。

 スフィーは足を変化させて一瞬で影に近付く作戦に出た。宙を舞う二本の苦無がスフィーから一番遠ざかった瞬間を見計らって、足を変化させるとスフィーはダッシュした。

 ――対峙する影は慌てて苦無を操ってスフィーの進行を阻止しようとするのだが、瞬間速度ではスフィーの速さに追いつかず、スフィーは一瞬で影の前まで近づくことに成功する。そしてスフィーは影に攻撃を仕掛けるのだが、その瞬間、スフィーの体は背後に吹っ飛んだ。


「うわー!」


 スフィーは突風によってゴロゴロと転がり、影から数十メートル遠ざけられてしまった。


「そっか、風を操って近づけさせないように……」


 スフィーは結局影に近付くことが出来なかった。しかしよく見ると、先ほどまでスフィーの周りを飛んでいた苦無はどこかに消えており、対峙する影も手持無沙汰になっていた。


「苦無はどこにいったっすか?」


 苦無の行方を探ろうと暗い空間を見渡すが、それらしいものは空中には漂っていない。スフィーは視点を一度影がいる方向に戻した。すると影は無くした苦無を探しているのか、あちこちを見回して、徐々に徐々に歩を進めていた。先ほどまで微動だにしなかった影が動いたことにより、スフィーは影のこの行動に何かあると予想してスフィーも足元を探し始めた。


「あの動き……。きっとどこかに手掛かりが……」


 足元は暗く光も無いこの場所では、もしも数メートル先に何か落ちているとしたら気が付かないだろう。スフィーはそう思って足元の捜索を止め、影の動向に気を付けながら少しずつ前に進んだ。

 そして先ほどスフィーがいた位置と、過去の影がいた位置の丁度真ん中あたりまでスフィーが来た時、カラン。とスフィーの足に何かが当たった。音に反応したスフィーはすぐに足元を見た。するとそこには先ほどまで宙を舞っていた真っ黒の苦無が落ちていた。


「こ、これはさっきあたしを攻撃してきていた苦無……!」


 スフィーはそれを拾い上げると、前方でまだ苦無を探している影を見た。それを確認するとスフィーは苦無を構えてダッシュした。影はまだ防御する準備が出来ておらず、スフィーの接近に対して何もすることが出来ない。


「これで終わりっす!」


 苦無は影の腹部を捉えた。影は腹部に刺さった苦無を両手で包み込むようにして掴んだ。それから数歩後退すると影はバタリと倒れた。影は徐々に白んでいき、そして白く小さな胞子のようになると、暖かな光となってスフィーの体を包み込んだ。


「な、なんっすか。この光は?」


 そしてスフィーを包んでいた光はすぅーっとスフィーの体に入り込んでいった。するとスフィーの体がパッと光り、先ほどまで影に刺さっていた苦無が色を取り戻してその場に落ちた。もう一本の苦無は足元に落ちており、それも色を取り戻して暗い空間に転がっていた。


「あたし、過去の自分に勝ったってことっすよね……」


 スフィーは足元に落ちている苦無を拾い、それと対になるもう一本の苦無を拾った。すると再び凄まじい量の情報が脳内に流れ込み、それを脳内で見たスフィーは静かに涙を流し、全てを思い出した。


「スフィー。全部思い出した?」

「……うん。思い出したっす……」

「きっとこれから辛いことがあると思うけど、私は応援するわ。昔のように、今回のように……」


 女の声が聞こえ終えると、スフィーはゆっくりと瞬きをした。

 ――目を開けるとスフィーは花畑に戻されていた。それを見たスフィーは過去の試練を乗り越えたことを悟った。それと同時に試練に立ち向かっている獅子民とロークの成功を願った。


「そらっ!」


 ロークは戦闘を優勢に進めており、過去の影はもう一、二撃で沈められそうなところまで来ていた。


「さっきの光……スフィーさんがいなくなっているな。過去の試練に打ち勝ったのかな?」


 戦闘に余裕があったロークは、視界の端でスフィーが光を放ってこの空間から消えたことを見ていた。僕もこれに続こう。そう思ったロークは右手を岩のように固くして、倒れている過去の影に跨った。


「少し嫌な気分だけど、これで終わらせる!」


 ロークは一度自分の拳を見て、胸に向かって拳を振り下ろした。

 ――まるで本当に人間を殴ったような感覚がロークの全身を強張らせた。

 パンチしてから数秒、ロークの影は足先から白んでいき、頭まで白い光に包まれると胞子状になってロークを囲み、一つ、また一つとロークの胸に吸い込まれていった。


「暖かい……」


 ロークは自分の胸に両手を添えながらそう呟いた。

 光の胞子が全てロークの胸に還元されると、ロークは微笑んで静かに瞼を閉じた。


「おかえり、ローク」


 瞼の向こうではほの明るい光を感じながら、女の声が鼓膜を震わせる。


「はい、ただいま。フェルムさん」


 ロークはそう言いながらゆっくりと瞼を開いた。

 ――ゆっくりと光に慣れた瞳が捉えたのは、巫女装束で身を纏った美しい女性であった。女は祭壇に腰かけており、その前にはスフィーが立っていた。


「もー、さん付けは止めてっていつも言ってるのに」

「あ、ハハ。すみません」


 ロークは後頭部に手を当て、笑いながらそう言った。


「お、戻って来たっすね」

「はい、少し遅れてしまいました」

「全く、二人して私の名前忘れちゃうんだから、困ったわよ」

「良いじゃないっすか。ちゃんと思い出したんすから」

「ご、ごめんよ。フェルム」


 ロークがぎこちなくそう言うと、スフィーとフェルムはクスクスと笑った。


「ちょ、ちょっと、なんで笑うんですか?」

「まさかフェルムがずっと言っていた恋人がロークだとは思わなかったからっすよ」


 スフィーがニコニコしながらそう言うので、ロークもつられて微笑んだ。


「私は単純に、ロークの顔が見れたから」


 フェルムは足をパタパタと動かしながら、笑顔になってそう言った。


「え、えぇっと、その……」


 ロークがあたふたしながら答えを探していると、それを待たずにフェルムが口を開けた。


「こういう所も可愛いでしょ?」


 フェルムはニコニコしながらスフィーを見てそう言った。


「はぁ~、のろけは後にしてくださいっすよ。まだ獅子民っちが残ってるっすから」

「そ、そうですよ! ダメだダメだ。ちゃんとしないと」


 ロークは場の空気を変えるため、スフィーに賛同してそう言った。フェルムそれを笑いながら受け流すと、ロークを手招きして祭壇近くに呼び寄せた。


「私はいつもここで、誰かの帰りを待つことしか出来ないからさ」


 フェルムはそう言うと髪飾りを引き抜いて、そこについている赤い羽根を一枚抜き、それ掌に乗せて、ふぅ。と吐息で飛ばした。するとその羽根は宙を少し舞って小さく燃え上がると、炎の輪を作り出し、その輪の中に暗黒空間を映し出した。


「獅子民っち!」

「獅子民さん!」


 その輪に映し出された映像には、獅子民とその影が表示されていた。

 先ほどまでスフィーとロークが戦っていた場所とは思えないほど地面は荒れており、獅子民の体の至る所に血が滲んでいた。


「彼の帰りをここで待ちましょう。今私たちが出来るのは、願う事だけよ」

「そうっすね……。獅子民っち! 頑張るっすよ!」

「獅子民さん! 負けないでください!」


 スフィーとロークは聞こえるはずも無い映像の向こう側にいる獅子民に向かって叫んだ。


「はぁはぁ、今……スフィーとローク殿の声が……」


 過去の獅子民の影が変換の力によって相当な力を蓄えてしまったために獅子民は苦戦を強いられていた。息は上がり、体の至るところがズキズキと痛んでいた。それでも精神力とずば抜けた体力でなんとか今まで持ちこたえていた。


「き、気のせいだろうな……。どうやらダメージを受けすぎて幻聴が聞こえているようだな」


 フェルムが気を利かせてスフィーとロークの声を届けてくれたとは知らず、獅子民は再び過去の自分と向き合うのであった。


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