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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第四章 ~記憶の祠~
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第三十四話 ~見えざる洞窟~

 リーアとクローキンスは、獅子民とスフィーに見えているという洞窟の形状を聞くために、一旦丘の頂上に引き返した。


「それで、洞窟はどれほどの大きさなのですか?」

「見た感じでは、縦にはそこまで無いけど、奥行きが長い感じっすかね」


 スフィーは目を凝らしながらそう言った。


「ちっ、困ったもんだな。なんで俺と嬢ちゃんには見えないんだか」

「私もさっぱりです……」


 クローキンスとリーアが苦い顔をしていると、獅子民が一歩前に踏み出して口を開いた。


「私としてはだが、あの洞窟に行ってみたい。いや、我儘を言うなら、今すぐにでも。だ」

「……あたしも同感っす。なんか呼ばれてる気がするっす」

「奇遇だな。私もだ」


 獅子民とスフィーは顔を見合わせてそう言い合うと、二人はすぐに洞窟の方を見た。


「でも何かの罠かもしれないですよ?」

「確かにそうかも知れぬ。しかし、あそこに何かがあると、私の直感がそう言っている」

「ちっ、直感だけで物事を信じ切れるのか?」

「否、信憑性はゼロに等しいだろう。だが、今の私は無性にあの洞窟に行きたい」


 ここまで頑固な獅子民を見るのは、付き合いの長いリーアでも初めてのことであった。


「ちっ、ならやめとけ――」

「いえ、獅子民さん。あの洞窟に行ってみましょう」


 クローキンスを遮って、リーアは獅子民に賛同した。


「よいのか?」

「はい、まず一つ、あの洞窟の中に記憶の祠があるかもしれない。ということ。それともう一つ、見えていない私とクローキンスさんがあの洞窟に入れるのか。ということです」

「うむ、そうだな。なんにせよあの洞窟は謎が多すぎる。ついてきてくれるか?」


 獅子民のその問いに、三人は頷いた。そして道に沿って丘を下り、洞窟の見える二人が先を歩いて平原を進んでいった。


「クローキンスさん、本当に見えていませんよね?」


 リーアは今になって心配が吹き返したのか、斜め後方を歩くクローキンスに聞いた。


「あぁ、本当だ。正直、今は前を歩いてるあいつらがおかしくなっちまったとしか思えねぇよ」

「やはりそうですか……。敵の能力でなければいいですが」

「ちっ、それは無いと思いたいがな」


 二人は会話をしていたせいか、獅子民とスフィーから少し離れてしまった。すると、


「おーい、二人とも大丈夫っすか?」


 足音が遠のいていることに気が付いたスフィーが振り返ってそう言った。


「え、えぇ! 大丈夫よ。ごめんなさいね」


 リーアは誤魔化すように返答し、足早に獅子民とスフィーのもとに向かった。クローキンスもそれに続き、大股で三人の背中を追った。

 獅子民とスフィーは洞窟を一点に見つめて真っすぐ進んだ。一方リーアとクローキンスはやけに静かな平原を見回しながら、何もないアヴォクラウズ跡地を目指して進んだ。


「着いたぞ」


 獅子民はそう言って立ち止まった。リーアとクローキンスは大きな穴の前に立ち止まる獅子民とスフィーよりも前に出ないようにして立ち止まった。


「見えて、いるのですよね?」

「はいっす」

「うむ、確かにここには洞窟がある」

「ちっ、なら手っ取り早く入ってみてくれよ」

「まだ何があるか分かりません。慎重に行きましょう」

「ちっ、だがな、俺と嬢ちゃんには見えないんだぜ? 見えもしない俺たちが首を突っ込む余地があるか?」

「そ、それは……」

「今は言い争っている場合ではない。これは私とスフィーが決めることだ。私はそう思うが?」


 獅子民はクローキンスとリーアの間に割って入った。


「そうっすよ。これはあたしと獅子民っちが決めることっす」

「ちっ、だそうだぜ。俺たちはここで見ていることしかできないってことだよ」


 クローキンスはそう言うと、近くにあった岩に腰かけた。


「俺はここであんたらが帰って来るまで見張ってやるよ。あんたの記憶には興味があるからな」


 クローキンスは獅子民を見ながらそう言った。


「そうか、それは心強い」


 獅子民はクローキンスに向かって頷きながらそう言った。


「お二人とも、気を付けて下さいね?」


 リーアは心配そうにそう言った。


「大丈夫っすよ。すぐ帰ってくるっす」

「うむ、そうだ。あるべき姿になって戻って来るだけだ」


 獅子民とスフィーはそう言うと、力強く頷いて見せ、リーアには洞窟に向かって歩いていった。そして二人が穴の上に足を出し、そのまま落下するように思えたが、二人の姿は異空間に飲まれるようにどこかに消えてなくなってしまった。


「やはり何かの魔法がかけられているようですね……。特定の人にしか見えないようにする魔法。そのようなものが……」


 リーアは心当たりを探るようにそう呟いた。


「ちっ、そんな考え込んで答えが出るのか?」

「……いえ、出ないと思います」

「なら今はゆっくり休んでおけ、ここはアヴォクラウズの真下だ。いつ敵が来るか分からないからな」

「そうですね……。休めるときに休んでおきます」


 リーアはそう言うと、クローキンスから少し離れたところにある小さな岩に腰かけた。


「二人とも、無事に帰ってきてくださいね……」


 リーアは祈るように虚空を見つめた。


 そのころ異空間に飲みこまれた獅子民とスフィーは、仄暗い洞窟の探索を始めようとしていた。


「この先に記憶の祠があるのだろうか……?」


 獅子民は辺りを見回しながらゆっくりと洞窟の奥に進んでいた。


「薄暗いっすね~。それに引き返せそうもないっす」

「なに、本当か?」


 前方に集中していたせいか、獅子民は今になってようやく洞窟から脱出できないことに気が付いた。


「ほんとっすよ。つまり、あたしたちはここで何かを成さなければ脱出できないってことっす!」

「うむ……なるほど……。とにかく、今は前に進むしかない無いようだな」

「そうっすね」


 獅子民とスフィーはこの洞窟からの脱出。それに加え、記憶の修繕を目標に洞窟の奥を目指して歩き始めた。

 洞窟の先は見通せないほど暗く、どれだけ目を凝らしても見える兆しは無い。よって二人は自分の足でその暗闇の中に踏み入らなくてはならなかった。しかし勇気ある獅子民と、能天気なスフィーには暗闇に対する恐怖など無く、どんどん奥へ進んでいく。


「ん~、特に何もないっすね~。分かれ道がある訳でもないし……」

「私にもさっぱりだ。しかし拒むものがいないのなら、進ませてもらうだけだ」

「そうっすね」


 二人がそんな会話をしていると、前方で小さな炎が灯った。


「む、誰だ! 誰かいるのか!?」


 獅子民はすぐそれに反応し、声を上げた。洞窟に声の逃げ場はなく、声は洞窟内に反響した。


「そ、そちらこそ誰ですか!?」


 炎がゆらゆらと揺らめきながら話しているようであった。声からして男性のようであった。


「そこで何してるっすか~!?」

「僕は記憶を取り戻すためにここに来たんです!」

「敵じゃ無さそうっすね」


 スフィーは小声でそう言った。獅子民もそれに頷き、会話を続ける。


「ならば一緒に祠を探さんか!?」

「……いいですが。あなたたちはアヴォクラウズの人じゃないですよね?」


 声はギリギリ聞き取れるくらい小さかった。


「我々は反乱軍だ! と言っても小規模だがな」


 獅子民は正直にそう答えた。


「……分かりました! ではこちらで合流しましょう。この炎を目印にしてください」


 そう言うと、目標を示すように炎がゆらゆらと揺れた。


「うむ、承知した!」

「なんかいい人そうっすね」

「うむ、そうだな」


 二人は小声で会話を交わすと、揺れる炎を目指して歩き始めた。

 獅子民とスフィーは足元に気を付けながらゆっくりと炎に近付いて行った。炎はだんだんと大きくなり、それにつれてぼんやりとランタンを持つ青年の姿が見え始めていた。


「やっぱり男性っぽいっすね」

「うむ。そうだな。では、声をかけてみるとしよう」

「はいっす」


 青年まであと十数メートルと言う所で、獅子民とスフィーは一旦立ち止まり、青年に声をかけてみることにした。


「ごほん。炎の主よ、今我々はここだ」

「もうすぐそこまで来ていたんですね。分かりました」

「では、そちらに向かうぞ」

「はい。待っています」


 青年の声を聞くと、獅子民とスフィーは再び歩き始めた。二人はわざと足音を大きくしながら青年に近付いた。


「すみません。ここまで歩かせてしまって」


 獅子民とスフィーはようやく青年のもとにたどり着いた。青年は下げていたランタンを少し持ち上げながらそう言った。それによって青年の顔がはっきりと浮き上がった。


「あれ……ロークさんっすか……」


 スフィーは青年の顔を見てそう言った。


「ローク? むげんの森で助けてくれたという青年か? しかし彼は……」

「はい……。確かにあの時……」


 スフィーは口を尖らせながらそう言った。


「えっと……。どこかで会いましたっけ?」


 青年はひそひそと話す二人の顔を覗き込むようにそう言った。


「え、あ、えっと……。逆にどこかで会いました?」


 スフィーは青年が顔を近づけてきたことで確信した。この青年は間違いなくロークだと。


「いやぁ……僕は覚えていないですけど……」

「じゃ、じゃあ初めましてっすね!」

「はは、そうなりますね」

「あたしはスフィル・ライア。スフィーって呼んでくださいっす」

「私は獅子民雅人だ。よろしくな」

「どうも。よろしくです。僕はローク……っていうらしいです」


 ロークはそう言いながら、自分に呆れたように嘲笑を浮かべた。


「らしい。とな?」


 様子がおかしいことに気が付いた獅子民は、すぐに聞き返した。


「はい、実は記憶が全く無くて……。それでここに来たんです」

「そうだったんすか……」


 スフィーは表情を少し曇らせた。


「あぁ、すみません! 暗い話をしてしまって」

「構わん。私も記憶が無くてここに来た身だ」

「そう言ってもらえると幸いです。目的は一緒のようですし、どうですか? 一緒に進みませんか?」

「うむ、実は私もそう言おうと思っていた。どうだ、スフィー?」

「……いいっすよ」


 スフィーは目の前にいるのが本物のロークなのかと少し疑ったが、少し会話をしただけで、むげんの森で会ったロークに酷似していることを否定しきれず、獅子民の提案に賛同した。


「じゃ、僕は引き続きランタンを持ちますよ」

「うむ、すまないな。よろしく頼む」


 獅子民とロークは会話を交わしながらどんどん奥へ進んでいく。スフィーはそれに気づき、すぐに後を追った。

 三人は真っ直ぐ続く洞窟を、ランタン一つを頼りに進んだ。洞窟に入ってしばらく歩いたが、三人の前には一向に出口らしいものも見えなければ、祠らしきものも見当たらない。そうして時間が経つにつれて三人が話すことも無くなり、何か不審に思った獅子民は立ち止まった。


「少し止まるか」


 獅子民がそう言うと、スフィーとロークも立ち止まった。


「全く進んでる感じがしないっすね」

「確かにそうですね……。なにか必要なのかな……」

「うーむ、もしかすると、私たちに何かが欠けているのかも知れないな」

「何かが欠けてる。ですか?」


 ロークは獅子民に聞き返した。


「本当に記憶を取り戻す覚悟が足りない。とかだ」


 獅子民は誰とも目を合わさず、前方を見ながらそう言った。


「覚悟っすか……。あたしなのかなぁ~」


 スフィーは歩いてきた道を遠目で見ながらそう言った。


「二人とも元気出してくださいよ! 記憶を取り戻したいからここまで来たんですよね!?」


 ロークは獅子民とスフィーを交互に見ながらそう言った。


「あたしはよく分からないっす……。なんであたしはここに入れたんだろ……」

「私は皆を守るため、記憶を取り戻さなけらばならない」


 獅子民とスフィーは虚ろな目でそう言った。ロークはそれを見て口を開いた。


「……記憶を失った僕ですが、ひとつだけ、薄っすらと覚えていることが、やりたかったことがあるんです。これが覚悟かは分からないですけど」


 ロークはそう言うと、ポケットから鉄製のケースを取り出し、それを開けた。するとそこには、深紅の綺麗な羽根が入っていた。そしてロークは続ける。


「この羽根の主に会いたいんです。いや、会わなきゃいけない気がするんです」


 ロークはケースから羽根を取り出し、二人に見せながらそう言った。


「この羽根……」


 スフィーはロークが持っている羽根をじっと見つめた。すると刹那にスフィーの脳に溢れんばかりの情報が流れ込んできた。


「うぅ……これを見てると頭が痛いっす……」


 スフィーはそう言って羽根から目を逸らした。するとその瞬間、羽根が眩く光りだした。


「な、なんだ!?」

「む、何事だ!? 羽根が光っているぞ!?」

「……っ! はぁはぁ、頭が痛いっす……」


 羽根が放つ光は増していき、ついには目を開けられないほどの閃光を放ち、三人は目を伏せた。

 瞼越しに光が弱まるのを感じた獅子民とロークは目を開けた。


「な、何だここは!? 何が起きたのだ!?」


 獅子民が目を開けると、洞窟とは一転し、辺りには色とりどりの花が咲いており、それがどこまでも続いていた。獅子民たちを悩ませていた洞窟は、一瞬にして花園に早変わりしていた。


「何が起きたんですか……」

「それは私が聞きたいことだ。何か知らないのか?」

「僕は何も……」


 獅子民とロークが混乱している中、スフィーは頭を抱えて花畑に両膝をついていた。


「うぅ……頭が……。羽根……花畑……」

「大丈夫か、スフィー」


 獅子民はブツブツと呟くスフィーに近付いた。


「獅子民さん!」


 ロークがいきなり大きな声を上げた。


「どうした?」


 獅子民は何気なくロークの方を振り向いた。するとロークは右手を前に突き出して、なぜかぐっと足腰を据えていた。


「この羽根……。すごい力で引っ張って来るんです」

「なんだと、まさかここにその羽根の主が……?」

「そうかも知れませんね……。行ってみますか?」


 ロークは羽根を放さないように堪えながらそう答えた。


「うむ、行こう。スフィー立てるか?」

「は、はいっす」


 スフィーは片手を頭に添えながら立ち上がった。


「先に行ってて良いっすよ。ゆっくり付いて行くっす……」

「うむ、承知した」


 ロークは徐々に力を緩めていき、羽根に引きずられ始める。獅子民はそのロークに続いて花畑を歩き始め、スフィーはそのあとをゆっくりと歩いて追いかけた。

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