第三十三話 ~丘の石碑~
翌朝、最後に目覚めたのは案の定初汰であった。
「ふぁ~あ。良く寝た」
「全く、いつまで寝ているんだ。私たちはそろそろ出るぞ?」
既に目覚めから一時間近く経っている獅子民がそう言った。
「マジかよ! クローキンスは!?」
初汰は昨夜の約束を思い出し、クローキンスの居場所を聞いた。
「クローキンス殿か? 確か外で待っていると」
「分かった! ちょっとあいつに話があってさ!」
初汰はそう言うと、走って村の外に向かった。
息を切らしながら村の外に出ると、見慣れない銃を持ったクローキンスが立っていた。
「クローキンス!」
「ちっ、やっと起きたか」
クローキンスは初汰の声に振り返った。そして右手に持っている珍しい銃を初汰に向かって構えた。
「おい、なんだよいきなり」
「ちっ、こいつは俺が扱えるもんじゃねぇ。かと言って、お前が扱えるかも分からねぇからな」
「じゃあなんだ、ここで試してみろってか?」
「そう言うことだ」
クローキンスは初汰に歩み寄ると、グリップを初汰に向けた。初汰はそれを左手で受け取った。
「構えてみろ。すぐにわかる」
「構えるだけか?」
「ちっ、いや、お前の再生の力とかいうやつも使ってくれ」
「ふーん、分かった。やってみるよ」
初汰は言われるがままに力を発動した。すると、左手に持っていた銃が青く光り始めた。
「な、なんだこりゃ!?」
「起動したみたいだな」
「いやいや、それだけじゃ分かんねーよ!」
「そいつは『スタンガン』だ。ただしバッテリーが死んでて二度と使えねぇと思ってたんだ」
「バッテリーが死んでた……。ってことは、今俺が再生してるってわけか?」
「ちっ、それ以外何があるんだよ」
クローキンスはポケットからシガレットケースのようなものを出し、そこから一本ラムネを取り出した。
「一発撃ってみろよ」
クローキンスはラムネを咥えながらそう言った。
「お、おう」
「ちっ、後な、ちょうど俺の拳銃で言う撃鉄の部分にボタンがあるだろ?」
「おう、あるぜ」
「それを押したらワイヤーが巻かれる。ま、とりあえず撃ってみろ」
「おう、分かったよ」
初汰はサスバ山岳に向かってトリガーを引いた。
パンッ!
空砲のような音が鳴ると、銃口からは針が飛び、それに続いてワイヤーが飛んでいった。そして十五メートルほど飛ぶと、針は地面に落ちた。
「ちっ、ちゃんと動くようだな。ボタン押してみろ」
「分かった」
初汰は指示通りボタンを押した。するとワイヤーが巻かれ、針は綺麗に銃口に戻ってきた。
「すっげぇ!」
「運用としては、『ワイヤーガン』としても使える。木とかに撃って相手の足払いをしたりな」
「おぉ、なるほど」
「で、肝心の電気を流す方法だが、撃った後もう一度トリガーを引けば電流が走るはずだ」
「おう! 分かった。サンキュな!」
「ちっ、またこいつが動くところを見れて良かった。大事に使えよ」
クローキンスはそう言うと、先にユーミル村に戻っていった。
「まさか本当にくれるとはなぁ……。あいつ案外良い奴だよな」
初汰はニヤニヤしながらユーミル村に戻った。
村の入り口に戻ると、獅子民、リーア、スフィーはすでに出発の準備が出来ていた。クローキンスは荷物を取りに行っているようで、まだいなかった。
「もう行くのか?」
「うむ、いろいろと気になることがあるからな」
「こちらは任せてください。十指、獅子民さんの記憶。探れるものは全て探ってきます」
「おう、頼んだぜ」
初汰たちが会話をしていると、愛用のウエストバッグを装着してクローキンスが現れた。
「待たせたな。いつでも良いぞ」
「うむ、それではユーニ殿。初汰を頼んだ」
「はい。任せてください。こってり絞っておきますのでっ」
「えぇ~、お手柔らかに頼むぜ~」
辛気臭い出発よりは、和やかな良い出発が出来た。と全員が思っていた。しかしそれ以上に、全員が無事に帰って来る。と言う思いが強かったことは誰も表には出さなかった。
「……行っちまったな」
初汰は去り行く四人の仲間の背中を見ながらそう言った。
「そうだな。我々も修行場に赴くとするか」
「え? ここいらでやるんじゃないの?」
「いいや、ここでは村に迷惑がかかるだろう? それに、沼地の更に西方向に良い場所があるんだ」
「へ、へぇ~。そうなんだ~。じゃあそこで特訓すると?」
「そうだ。我々もすぐに出るぞ」
「ういっす~」
初汰とユーニは一度村長の家に戻ると、身支度と村長への挨拶を済ませ、再び村の入り口に集合した。
「で、俺は付いて行けばいい感じすかね?」
「あぁ、まずは沼地まで歩き、そこから西に移動する」
「了解っと」
初汰はクローキンスにスタンガンを貰った時、それと一緒にガンホルダーも渡されており、それを越しに巻いてスタンガンは左腰に差した。
「よし、では私たちも行くとしよう」
「おう!」
獅子民らが出発してから数十分、初汰とユーニもユーミル村を出発した。
……そのころ獅子民たちは、記憶の祠を目指して着々と進んでいた。
「む、丘が見えてきたな」
先頭を歩く獅子民が、ぽつりと呟いた。
「確かに、緩やかな傾斜になり始めていますね」
獅子民の次を歩いていたリーアがそう言った。後方を歩くスフィーとクローキンスも前方の丘を見上げた。所々に背の低い木が点在しているが、見渡しが悪くなるほど木が生えているわけでは無かった。四人はこの丘の頂点に記憶の祠があると思っていたのだが、それらしいものは見当たらない。
「祠っぽいのはないっすね~」
「ちっ、丘は目印程度ってことだな」
「そうらしいですわね。でも、情報があるだけ探しやすいわ」
「うむ、そうだな。とりあえずはこの丘を越えてみよう」
四人は獅子民を先頭に再び歩き始めた。ちょっとした名所なのか、丘には人が歩きやすいように一本の道が出来ていた。それに加えて傾斜が厳しいところには、木の階段を作られていた。
「ふむ、親切に階段があるのか」
「これでは誰もが記憶の祠にたどり着けてしまいますね」
「確かにそうっすね」
四人は作られた一本道に従って丘を登った。その間、近くにあるかもしれない祠を探して辺りを見回しながら登ったが、点在している木が見えるばかりであった。
そして四人は丘の頂上に登り詰めた。
「うーむ、丘の周辺にそれらしいものは見当たらなかったな……」
「あたしも成果なしっす」
四人は丘の上から辺りを見回したが、それらしいものは見当たらない。見つかったものと言えば、アヴォクラウズが空に浮かんだことによって出来上がった大きな穴だけであった。
「この上にアヴォクラウズがあるのか……」
獅子民は空を見上げてそう言った。雲が濃く、アヴォクラウズの一部すら目に留まらない。
「飛空艇を手に入れないことには、あそこにたどり着くことは難しいでしょうね……」
リーアは郷愁の眼差しでそう言った。
「きっとあたしは指名手配だろうな~」
スフィーは笑いながらそう言った。
「ちっ、いつかあの城を墜落させてやる」
クローキンスは今にも銃を発砲してしまいそうなほど、鋭い目つきでそう言った。
各々アヴォクラウズに対しての思いはあったものの、雲の上に居座る城には程遠かった。
四人は気を取り直して丘自体の探索を始めた。しかし頂上にはベンチが数個設置されているだけで、ほかには何もない。仕方なく四人はアヴォクラウズ方面に続く道を下り始めた。
それぞれが少しの手掛かりも見逃さぬよう、左右を隈なく見ていると、リーアが声を上げた。
「あれ、アレは何かしら?」
リーアは右方にある石碑を見ながらそう言った。
「何だあれは。下手をすれば見逃していたな」
獅子民はリーアの視線の先にある石碑を見てそう言った。獅子民が言う通り、石碑はあまり大きなものでは無かった。
「見てみましょう」
リーアは整備された道を抜け、雑草が茂る勾配を歩き始めた。獅子民たちもリーアに続き、四人は石碑の前まで進んだ。石碑は縦に細く、横幅はそこまでない。リーアが顔を近づけると、そこにはなにやら文字が刻まれていた。
「何か書いてあります」
「リーア、読んでみてはくれないか?」
「はい、分かりました。……『祠への道、忘却されし記憶』と書いてあります」
四人は黙って考え込んだ。そして、リーア、スフィー、クローキンスの三人は、一斉に獅子民を見た。
「む? なんだ、どうした?」
「ちっ、どう考えても記憶喪失なのはあんたしかいないだろ」
「記憶……喪失……。そうか! そう言うことか!」
三人は時たま発動する獅子民の天然に呆れながら、リーアが話を続けた。
「記憶を失くした者。の条件としては獅子民さんが該当するとして、他にも何か条件があると思うのですが、皆さんはどう思いますか?」
「うーむ、そうだな……。何かアイテムが必要。とかか?」
「うーん、どうっすかね。物で簡単に開くとは思わないっすけど」
「……合言葉。じゃないかしら?」
リーアは顎に触れながらそう言った。
「ちっ、それも古典的だとは思うけどな」
「では他に何かあるのですか?」
「いいや、ねぇよ。そもそも疑うなら試せばいい。やってみなきゃ始まらん」
クローキンスはそう言ったが、彼自身が何かをしようとするわけではなく、あくまでも他の誰かが道を開けるのを待つ姿勢であった。
「はぁ、ほかに何かヒントがあればいいのですが……」
「うーむ、もう少し周りを探してみるか?」
「あたし見てくるっす」
獅子民とスフィーは他にも石碑が無いか、石碑があった場所から左右に散っていった。
「クローキンスさん、少しいいかしら?」
「なんだ」
「私たちの関係についてです。あなたはどこまで私たちに協力するのですか?」
リーアはいつも通り、声を荒げずにクローキンスの方を向いてそう言った。
「ちっ、いきなり何言うかと思えば。言ったはずだ、工房を再建出来ればそれでいい」
「本当にそうかしら? 確かにあなたはこれまでの戦いに貢献してくれています。それに、初汰に新しい銃まで渡していましたね?」
「ちっ、見ていたのか。性の悪い嬢ちゃんだ」
「盗み見ていたことに関しては謝罪します。ですが工房再建と言う理由だけでは信じ切れない私がいて……」
リーアはクローキンスから目を逸らし、だんだんと威勢を失いながらそう言った。
「……なら、他に理由があれば疑いは晴れるのか?」
「難しいとは思いますが、私たちと明確に敵対しない理由があれば……」
リーアは答えが返ってこないと高を括りながらそう言った。
「ちっ……再建もそうだが、親父の仇だ」
「え……」
クローキンスは息をするように、とても自然にそう言った。
答えが返って来ると思っていなかったリーアは、言葉を詰まらせたまま沈黙した。ようやく平静を取り戻したリーアが最後の詰めを聞こうとしたとき、獅子民とスフィーが帰ってきた。
「おーい、こっちは何もなかったぞ!」
「同じくっす~!」
リーアは気持ちを落ち着かせるために一息つくと、身を翻して石碑を見た。
「ありがとうございます。ではこの石碑だけが頼りと言うことですね」
「うむ、そうなるな……」
四人は石碑の前に立ち、頭を悩ませた。
「これ自体に何かある。っていうのはどうっすか?」
壊してはいけない。と、誰も触れてこなかった発想にスフィーが触れた。
「……出来れば最終手段にしたいところでしたが」
「うーむ、しかしこのままでは時間だけが過ぎてしまうからな」
「じゃあ壊れないように触ってみるっす!」
「そうですね。やってみましょうか」
リーアは一歩前に出ると、石碑に触れた。しかし何も起きない。
「やはり私ではダメみたいですね。獅子民さん、お願いしてもいいですか?」
「うむ、任せておけ」
リーアは下がり、その空いた場所に獅子民が進んだ。そしてそっと前足で石碑に触れた。すると青白い光がパッと周辺を明るませた。
「光ったぞ!」
「光ったっす!」
……しかし石碑が少し光っただけで、何も起こらない。
「何も起こりませんね」
「ちっ、どういうことだ。記憶を失った者が触れれば道が開くと思ったんだが」
「えぇ、私もそう思っていました」
「あたしも触ってみるっす!」
スフィーはそう言うと、誰の答えも聞かずに獅子民が触れている石碑に触れた。すると先ほどよりも強く青白い光が広がった。光は一瞬で衰え、次の瞬間には小さな地震が起きた。
「な、何か起きそうだぞ!?」
地震に耐えるため、獅子民とスフィーは石碑から手を放した。
少しすると地震は収まった。そして四人は収まるとすぐに辺りを見回した。するとスフィーが一番に声を上げた。
「あ! あそこ!」
スフィーは異変が起きた場所を指で指し示した。三人が指の先を見ると、そこには大きな洞窟が出現していた。しかしその出現した場所は……
「皆の者、先ほどまであそこには大きな穴が開いていた。で間違いはないな?」
獅子民は出現した洞窟を見ながらそう言った。
「凄いっすね~。アヴォクラウズはこんなものも隠してたんっすね」
スフィーは獅子民に同調してそう言った。
「……獅子民さん、スフィー?」
「ちっ、お前ら何言ってるんだ? ふざけてるなら他の方法を探すぞ?」
「な、なんだと……? リーア、クローキンス殿、見えていないのか?」
「え、えぇ、まったく……」
リーアはそう言ってクローキンスの方を見た。
「悪いが俺も見えてない」
クローキンスは獅子民の言動から、二人には本当に何か見えているのだ。と思い、真摯に答えた。
「そんな……見えてるのは、あたしと獅子民っちだけっすか?」
「えぇ、そう言うことになるわね」
「ちっ、記憶を失った者。か」
クローキンスはテンガロンハットの位置を直しながらスフィーを見た。




