第三十二話 ~合流~
初汰が電話に出ると、その相手は曜周であった。
「ういっす」
【その声は初汰だな?】
「はい。当たりです!」
【今こっちはひと段落してな。敵の攻撃をギリギリ凌ぎ、鎮火作業を終えたところだ】
「こっちも今終ったとこです!」
【そうか。なら良かった。実は伝えておきたいことがあってな。今回襲撃して来たのはアヴォクラウズの幹部の一人だったんだ】
「幹部。ですか?」
【そうだ。今アヴォクラウズの王は病床に伏せている。そこで五人の幹部が王権を争って密かに動き出しているんだ。その一端として、まずは情報屋が多くいるサスバ村を狙ったらしいんだ】
「な、なるほど? ちょっと情報量が多くて入り切ってねーけど」
【それでな、その幹部も私たちと同様、特殊な力の持ち主なんだ】
「マジか! ってことは、そいつも咎人ってことか……?」
【そうなるな。能力は判明はしていない。しかし描いた絵が具現化するなんてものは、咎人以外には考えられない】
「確かに、そりゃすげー能力だな。んで、そいつの名前は分かったのか?」
【あぁ、どうやらこの世界が長いようでな。私も知っている人物だった。火浦花那太。と言う君と同い年くらいの青年だ】
「火浦……花那太……?」
【あぁ、そうだ。このことは獅子民にも伝えておいてくれ。あと、バルグロウから一つだけ伝言だ。そっちが片付いて、ユーミル村に戻ったらテレポーターを起動してくれ。とのことだ】
「わ、分かりました……」
初汰がそう言うと、曜周との通信は切れた。
「曜周殿はなんと?」
「あぁ、話すよ」
初汰は曜周から聞いたことを、獅子民たちに全て話した。
「ふむ、なるほど……。また咎人が現れたか……」
「どうやら上も本格的に動き出したみたいですね……。クローキンスさんたちと合流して、もう少し情報を収集したいところですね」
「うむ、そうだな。ユーニ殿の私に対しての態度も気になっていたところだ。何か記憶の欠片を拾えるかもしれん」
「そうですわね。やはりここはいち早くユーミル村に戻った方が良さそうですね」
獅子民とリーアは出発の準備が整っていたが、初汰だけが立ち止まって進もうとしない。
「どうしたのですか? 初汰」
「いや、それがさ……。さっき話した火浦花那太ってやつ……。俺があっちの世界にいたときの親友の名前なんだ……。って言っても、あいつ小学生の時に行方不明になっちまってさ……」
「な、なんと……。もしかしたら、その親友だと思われる彼も、初汰のように他所の人間だと……」
「あぁ、その可能性が高いかもしれない……。あいつ絵上手かったし、絵描くの好きだったし……」
「……分かったわ。私も気にかけておきます。でも今は、それを確かめるためにもユーミル村に急ぎましょう?」
リーアは冷たい言葉とは裏腹に、凄く心配そうに初汰を見つめていた。それを見た初汰は頷くしかなかった。初汰は再びスフィーに肩を貸し、ユーミル村を目指して歩き始めた。
…………。十数分、無言のまま歩き続けた一行はようやくユーミル村に到着した。
「ようやく着いたようだな」
「はい、初汰、テレポーターをお願い」
「おう、今開くよ」
初汰はポケットからテレポーターを出し、ボタンを押して平原に投げた。すると円盤は青白く光りだし、その場で回転し始めた。
「これで帰ってんのか?」
「向こうに行けたのだ。帰ってこれるはずだ」
初汰と獅子民がそんな会話をしていると、光が一瞬強くなる。そしてまた強くなる。と、続けざまにフラッシュが起こった。そしてその眩さに初汰たちは目を伏せ、目を開けた次の瞬間には、クローキンスとユーニが戻ってきていた。
「防衛はなんとか成功した。被害は大きく、復興には時間がかかるそうだ……。面目ないっ!」
ユーニは現れると同時に頭を下げた。
「いや、良いのだ。村と言う形が残っただけな……」
獅子民はそう言ってユーニを慰めた。そう言う獅子民は、かつてクーバーに襲われた自分の拠点を思い出していた。
「ちっ、スワックも結構ダメージを負った。数日は起き上がれないかも知れねぇそうだ」
ユーニとはクローキンスは表情を曇らせた。
「そっか……。こっちはなんとか事を収めれたよ。沼にいた大元、ランドルってやつも、協力してくれるってさ」
「そうであったか……。私から報告したいこともある。村長とは仲も良い、部屋を借りて少し話そうではないか」
ユーニはそう言って村の門に向かって行った。初汰たちもそれに賛同するように、無言でそのあとを追った。
「おぉ! 戻られましたか!」
「村人たちは全員急速に回復し、今は村中に生えた蔦や木を伐採しているところであります!」
以前会った門番二人が一行を出迎えた。そして快く入村を許し、一行は村の奥、階段を上がったところにある少し大きい家を目指して村を進んだ。
門番が言っていた通り、村のあちこちに蔦が絡まり、沼地で見たような木が生えていた。村人たちは協力してそれを取り除いていた。
「村長の家はあそこだ」
ユーニは指をさしながら先頭を歩いた。初汰たちは頷いてそれに続いた。
十数段ある階段をぞろぞろと上っていき、ユーニが村長宅のドアをノックした。
「村長! いますか!?」
微かに返事のようなものが聞こえると、屋内のドタバタと鳴る大きな音が玄関に向かって来るのがはっきりと分かった。
ガチャ。
「ぜぇぜぇ、お待たせしました……」
頭のてっぺんが禿げており、白い顎髭を長く伸ばした老人が出迎えた。
「戻りましたぞ。村長」
ユーニはなるべく笑顔で村長に挨拶した。
「ドタバタしていてすみませんのぅ。皆さまのおかげで我々は救われました。どうぞゆっくりしていってください」
村長はそう言うと、自分の家に一行を招き入れ、客室だけ綺麗に掃除を終えていたようで、一行は客室にある大きなテーブルを囲んだ。
「……ごほんっ。まずは状況を整理したいと思うのだが、皆はどう思う?」
口火を切ったのは獅子民であった。
「オッサンの言う通りだな。俺は賛成」
「えぇ、私も賛成ですわ」
初汰とリーアが返事をすると、クローキンスはテンガロンハットを脱いでテーブルに置いた。
「私から情報を出しましょう」
そう言ったのはユーニであった。そしてユーニが続ける。
「まず最初に、私は民を救うために上から降りてきた……。いや、逃げてきた。かつて私は国家直属の騎士団団長を務めていた。それに加え、幻獣十指の頭でもあった」
「幻獣十指……。まぁ、何となくそんな気はしてたけどな」
一番察しの悪い初汰が気付いていたということは、当然リーアも獅子民も、クローキンスもスフィーも気が付いていた。
「そうか、ならば話が早い。次に話しておきたいのは、その騎士団団長の前任が……獅子民さん。貴方だったのです」
「わ、私がか……?」
「はい。しかし突然辞任したと聞き、会いに行ったのですが、貴方はもうアヴォクラウズから去っていました……。そして私が団長になり、その傍ら、貴方の行方を追っていたら、魂を抜き取られて下に落とされたと聞いて……」
ユーニが間もなく話したのか、それとも全員がユーニの話に聞き入っていたのか。どちらにせよ、誰も口を挟まずに話は進められた。
「それでユーニ殿は私を知っていたのか……」
「殿。だなんて……」
ユーニは寂しそうに笑った。
「ちっ、お前も国家の手先だったのか」
クローキンスは獅子民を見てそう言った。
「い、いや。私は……。しかし事実か……」
「……オッサンはオッサンだろ? 気にすんなよ」
「うむ。そうだな。今は今、昔は昔だ」
「ちっ、確かにそうだな。だが、何か兆しが見えたらすぐに撃つからな?」
「うむ、心しておく」
少し間が空き、初汰が話し始める。
「あ、あのさ。サスバ村を襲った火浦花那太ってやつのことなんだけど……」
「奴か。奴も相当な実力者だった。そして何より、我々幻獣十指を生み出した片棒だ」
ユーニは神妙な眼つきで話した。
「花那太が幻獣十指を……」
「そうだ。奴は描いたものを具現化させる能力を持っている。それによってこの世界にはあらゆる動物、あらゆる道具が普及したんだ。しかしその反動で、奴はほとんど目が見えていないようだがな」
「間違いない。俺の知ってる花那太だ。あいつ漫画のためにいろんな図鑑読んでたし。でも視力を失ってまで……!」
初汰は湧き上がってくる怒りを抑えられず、テーブルを軽く叩いた。
「実は私の弟も敵軍にいてな」
ユーニが初汰に向かって話し始めた。
「そしてサスバ村で刃を交えてきた。私は弟を救いたい。初汰、お前はどうだ?」
「俺……俺だって花那太を救いたい!」
「ならば、強い意志を持って立ち向かえ。恐らく戦闘は免れない。無論、私も次に弟と戦うときは本気で向かうつもりだっ」
「俺、負けねーから。ユーニも負けんなよ」
「ははははっ! 当然だっ!」
ユーニと初汰は強く握手をした。
「ちっ、暑苦しいな。私情は済んだか? さっさと話を纏めたい」
「あ、そうだったな!」
「すまん。私としたことが、つい熱くなってしまった」
その後、獅子民とリーアを中心に沼地での出来事を話し、サスバ村襲撃の件はユーニが一人で話をした。
「なるほど、では私たちは既に五人の幻獣十指と出会っていたのですね」
「えっと、クーバー、ユーニ、ランドル、ファグル、それにユーニの弟のバーンだっけか?」
「そう言うことになるな。しかし私は、クーバーとランドル、それにファグルについてはまったく知らないのだ。十指と呼ばれてはいたものの、全員が揃ったことはないのだ」
ユーニは申し訳なさそうにそう言った。
「いえ、いいのですよ。逆に、残り五人について何か知っていることはありますか?」
「そうだな……。ここからなら、北東の、アヴォクラウズ方面に向かって行くと小高い丘がある。そこに一人いたような気がするな……。確か『記憶の祠』と言う所だったな」
「記憶の祠。ですか……?」
「あぁ、流刑となった五賢者の一人、記憶を司る賢者が唯一大陸に残していった祠らしい。それを十指の一人が守っていた気がする」
「そうなのですか……。ありがとうございます。これで次の目的地が決まったも同然ですね」
リーアはそう言って獅子民を見た。
「うむ、そうだな。もしかすると、そこに私の記憶も眠っているかもしれん」
「お、そうだな! オッサンとしてもラッキーだな!」
「うむ、何か手掛かりがあればいいのだが……」
「そうと決まれば、さっさとそこに向かおうぜ!」
初汰は立ち上がって出発の準備を始めようとする。しかし、
「待て初汰っ! お前は私と特訓だっ。剣のな」
ユーニが勢いよく立ち上がり、初汰はそれに圧倒され、唖然とする。
「え、ええっと。俺は行けないの?」
「あぁ、そうだ。多人数で動いても派手になる。それに、今のお前の実力では、これから先の十指、咎人に勝てない。これはハッキリ言っておく」
「……そっか。分かった! 俺、皆を守るために、花那太を救い出すために、特訓するよ!」
「ふふ、えぇ、頑張ってね?」
「おう、守れるようにぜってぇ強くなるし」
初汰は照れながらそう言った。
「では、記憶の祠には、私とリーア、スフィーとクローキンスで向かおう。合流はこの村でよいか?」
「はい、獅子民さん。そちらはよろしくお願いします」
「うむ、任せておけ。記憶を取り戻し、昔のように会話が出来るとよいな」
「ははっ、人柄はあまり変わって無くて良かったですよ」
「ふっ、そうか。昔とあまり変わり無いか……」
獅子民は呟くようにそう言った。
その後、ユーニから国家について細かい情報を聞いた。しかしそれは曜周が言っていたことと大差は無く、ここ数年、王座を奪い去ろうと膠着状態が続いているようであった。アヴォクラウズ自体は平和な暮らしを実現しているようで、みんなが平等な暮らしを送っているようであった。それも今の王権だからこそであろうが……。
「…………長々と話してしまったな」
ユーニは窓の外を見ながらそう言った。外はすっかり暗くなっていた。
「今日はここに泊めてもらいましょう。私が交渉してきます」
ユーニはそう言って村長がいる二階に向かった。
「よし、では出発は明日だな」
「はい、今晩はゆっくり休みましょう」
「ちっ、そうだな」
「……」
リーアの横に座るスフィーは、ぼーっと座り呆けている。
「スフィー?」
「あ、は、はいっす!」
会議中こんな調子だったので、リーアは少し気がかりに思いつつも、今は何も言わないでいた。
「泊まって行って良いそうだっ!」
階段を下りながらユーニがそう言った。
そしてリーアとスフィーは二階の一室を借り、初汰、獅子民、クローキンス、ユーニは客間で眠ることになった。
「すみません。ここしか掃除が終わっていなくて」
長老は何度も頭を下げながらそう言った。
「いえ、良いんですよ。こちらこそ突然宿泊させてもらって申し訳ない」
獅子民は頭を深く下げた。
「そう言ってもらえると幸いです。ではごゆっくり……」
長老はそう言うと、奥の部屋に姿を消した。
部屋の明かりも消し、全員が眠る体制に入ったとき、クローキンスが初汰に話しかけた。
「おい、ガキ」
「……俺のことか?」
「ちっ、お前以外いないだろ」
「確かにな。んで、なんだ?」
「ちっ、いつか言ってただろ。銃使いたい。って」
「あぁ~。言ったような気がする」
「ちっ、やってもいいが。約束を覚えてないならチャラだ」
「いやいや! 覚えてたよ! マジで!」
「分かったよ。俺には扱えない物だ。まずは明日、お前に使えるか試させてくれ」
「おう、分かった……!」
「……」
「え、もう寝たのかよ。ま、いっか。俺も寝よっと」
クローキンスとの会話を終え、初汰は寝返りを打って静かに眠りについた。




