第三十話 ~予想外の戦火~
曜周が持つテレポーター兼テレフォンが眩く光ると、酒場の裏部屋にユーニが現れた。
「き、来てくれたか! あなたが声の主か?」
「そうだっ。今の戦況は?」
「雑魚が数十人と、車いすの男とそれを押す女が市場を直進してこちらに向かっているようだ」
「……なるほど。車いすの男か」
「はっ、あなたはまさか、幻獣十指の――」
曜周はその顔を思い出したようで、その名前を呼ぼうとしたとき再びテレポーターが光った。そしてクローキンスがユーニの後ろに現れる。
「ちっ、目がチカチカするな……」
クローキンスはそう言いながら目を瞬いた。
「バルグロウ、君が来たのか」
「あぁ、悪かったか?」
「いいや、君なら心強い」
「ちっ、そうかよ」
クローキンスはそう言って、店内に出て行く。
「私も参る。あなたはここで待っていてください」
ユーニは曜周にそう言うと、クローキンスに続いて店内に出る。
「この村の人たちには戦う術がない……。私も出るか」
曜周はそう呟くと、二人に続いて店内へ続く扉を開けた。
「ちっ、なんだこの人間の量は」
市場で店を出していた人々が避難しているらしく、酒場には人が溢れかえっていた。
「隙間を抜けて行くぞっ」
ユーニはそう言うと、強引に人と人の隙間をこじ開けていく。
「ちっ、良い感じに道が出来たな」
クローキンスと曜周は、ユーニが開けた道を追って酒場の入り口まで辿り着く。
「あなたは……。待っていろと言ったはずだが?」
ユーニは曜周を見るとそう言った。
「私は曜周。足手まといにはならない。戦わせてくれ」
「ちっ、自分の身は自分で守れよ」
「そのつもりだ」
「私はユーニだ。よろしくな」
ユーニはそう言うと、曜周に右手を出した。曜周はそれ応じ、固い握手を交わす。
「よしっ、それでは三人で参るぞっ!」
ユーニは掛け声とともに扉を開けた。三人が外に出るとすぐに扉を閉め、酒場の前に三人は並列で並んだ。右にクローキンス、左に曜周、そして真ん中にユーニが立った。
「敵は何人いる?」
車いすに乗った青年は、それを押す女性に聞いた。
「三人ですわ。角を生やした男に、テンガロンハットの男、あとはよぼよぼの男が一人です」
「ふーん、そうか。君だけでやれるかい?」
「えぇ、武器だけ貰ってもよろしいですか?」
「あぁ、少し待っててね」
青年はそう言うと、瞑っていた瞳を開けた。その眼は白く濁っており、遠くは見えていないようであった。
「……紙とペンをくれ」
青年がそう言うと、付き添いの女性が車いすの下から画用紙とペンを取り出し、青年に渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
青年はそう言うと、ペンを画上に走らせ始める。
「ちっ、あいつ何やってんだ……」
「紙とペン……」
曜周とクローキンスはパッとしないような表情をしていたが、ユーニだけは違った。
「貴様ら……。火浦花那太と和場優美かっ!?」
ユーニは車いすの青年と付き添いの女性に向かって叫んだ。
「……だったら何ですか?」
白と黒基調のロングワンピースを纏った付き添いの女性はそう言った。
「どうなんだっ!?」
……女性は答えない。
「冥土の土産に答えてあげなよ」
「はい。それでは答えて参ります」
女性はそう言うと、車いすの前に出て立ち止まった。
「あなたの仰る通りです! これで満足ですか!?」
「……。二人とも聞いてくれ。奴らは相当厄介だぞ」
「ちっ、知り合いか?」
「男の方は幹部だ。そしてその付き添いのあの女は、相当腕が立つ」
「そうか、思い出したぞ。『小さな英雄』だ」
「知っていたか、ならば話は早い」
「ちっ、俺も思い出したぜ。あんたは相当恨みがあるんじゃねぇのか?」
クローキンスと曜周はユーニの方を見た。二人は敵の能力を知っていたからこそ、彼を見たのであった。
「……」
ユーニは黙って剣を抜く。クローキンスはそれを見ると、ガンホルダーから拳銃を抜いた。
「出来たよ。これで良いかな?」
花那太はそう言うと、忠実に描いた木製のロッドを紙から抜き出した。
「はい、十分でございます」
優美はそれを受け取ると、ロッドを両手で軽く回して構えた。
「もう一人も呼びますか?」
「そうだね。きっと真ん中の彼も喜ぶよ」
花那太はそう言うと、指を鳴らした。
パチンッ!
いた音が鳴り、少しすると火に包まれた市場からユーニと同じ背格好の男が姿を現した。
「な、なんだとっ……! バーン。なのかっ……?」
火の中から現れた男は、額から二本の角を後方に流れるように生やしていた。
「兄者。お久し振りです」
バーンはそう言ったかと思うと、腰の両側に一本ずつぶら下げている双剣を抜いた。それは禍々しいオーラを纏っており、刀身は真っ黒に染まっていた。
「バーンお前……。邪剣に……」
ユーニは一度構えていた剣を下ろしたが、真っ黒に染まった双剣を見て、再び剣を構えた。
「兄者、決闘を申し込む」
「……良かろう」
ユーニが了承すると、二人は同時に走り出し、中央で衝突した。
「ではこちらも始めましょうか」
優美はそう言うと、ロッドを右手に構えて走り出す。
「ちっ、面倒なことになったな。接近戦は出来るか?」
「任せておけ、私も上にいたときは一人の騎士だった」
曜周はそう答えると、足元に転がる長い角材を拾った。
「あら、あなたが前を務めるのですね」
優美は棍棒を両手で持ち、曜周に殴りかかる。曜周はそれに合わせて角材を構える。
コンッ! コンッ!
材質が軽い分、木材と木材がぶつかると軽い音が鳴った。
「なかなかやりますのね?」
「有難いね!」
曜周は角材を大きく振り、優美を遠ざける。
「ちっ、射線が取れねぇな」
クローキンスは拳銃を構えてはいるものの、なかなか発砲には至れない。
「はぁぁあっ!」
「ぬあぁぁ!」
ユーニとバーンは雄たけびを上げながら剣を振るい合う。ぶつかり合う鉄は激しい音を立てた。
「なぜ奴の下についたっ」
「俺には俺のやり方がある……」
「ではなぜ邪剣に手を出したっ」
「それも俺のやり方だ……」
「父さんと母さんは――」
「黙れ!」
バーンはユーニの言葉を遮り、鍔迫り合いを脱する。
「ちっ、あっちは大丈夫そうだな」
クローキンスは構え直し、優美を狙った。
バンッ。
弾丸は優美を目指して一直線に飛んだ。
「銃、ですか」
優美はそう言うと、手に持っているロッドで銃弾を弾いた。
「ちっ、どう言うこった?」
「そう聞かれて教えるとでもお思い?」
優美はニコリと笑って曜周に殴りかかる。
「遅い。見切れるぞ」
優美が女性であるせいか、攻撃は先ほどよりもスピードダウンしている。ロッドがゆっくりと曜周に襲い掛かる。曜周はそれに合わせて角材を構える。
バキッ!
優美の振るロッドが角材に当たった瞬間であった。勢いの無いその一撃が、まさか角材を真っ二つにするとは誰も思わなかった。
「何だと!?」
曜周はすぐに身の危険を感じ、そのロッドの攻撃を躱すことにシフトする。
「あら、外しちゃいましたわ」
優美は真顔で曜周とクローキンスを見る。そしてロッドを軽く回し、右手で地面に突き立てる。
「な、何だ。今の一撃は……」
「ちっ、よく見ていたが正体不明だ」
「奴も咎人なのか……」
「それくらいは知っていらっしゃるのですね。そうです、私も咎人でございます」
優美は慎んだ様子でそう言った。
「そうか、ならば何かを犠牲にしているということだな」
「……その様子だとあなたもなのですね」
「どうでしょうな?」
「いえ、確信に近いものを抱いています。咎人の弱点を知っている人は数少ないですからね」
「ほう、これは口を滑らせたかな?」
曜周と優美は意味深なやり取りを終える。クローキンスはそれを黙って聞いていた。
「ちっ、火が強くなってきてるぞ。さっさと終わらせるぞ」
「おっと、そうだったな。やるぞバルグロウ」
曜周とクローキンスは武器を構える。それを見た優美も武器を構え、互いに相手の出方を伺う。
「バルグロウ、私が共有の力を使ってあいつを止める。そこを撃ってくれ」
「ちっ、本当にそんなことが出来るのか?」
「任せておけ。もともとは拳闘を主にしていたからな」
曜周はそう言うと、折れた角材を捨てて走り出した。優美は曜周が走ってくるのを見て、ロッドを構えて待った。
「ちっ、ここは信じるしかないみたいだな」
クローキンスは射線が取れるところに移動しつつ、曜周と優美の戦闘を見守った。
「素手で敵うと思ったのですか?」
「やってみなければ分からん」
曜周はロッドを持つ優美に殴りかかる。
しかし優美はそれを軽く躱し、曜周の背後を取る。
「話になりませんね」
優美は曜周の背中目掛けてロッドを振り下ろす。それは先ほどと同様、あまり速度を持たない攻撃で、振り返っても容易に躱せるものであった。曜周はそれをすり抜け、優美の右手に軽く触れる。優美は攻撃されると思ったのか、すぐに距離を取る。
「やはり素手とロッドでは、攻撃範囲が段違いのようですね」
「はは、それはどうだか」
曜周はニヤりと笑って優美と対峙する。その優美の背後には、クローキンスが構えていた。
「さぁ、その右手の物を放してもらおうかな」
曜周はそう言うと、右手を大きく広げ、そして手を開いた。するとその動きに連動し、優美の右手が勝手に動き出す。そしてその手に握っていたロッドを手放す。
「……何をしたのですか?」
「私も力を発揮しただけだよ。さぁ、バルグロウ!」
「ちっ、指図すんな」
クローキンスは無防備な背中に向かって銃弾を三発連射した。
「まぁ、野蛮な人ですね」
優美は右足でロッドを転がす。その動きに合わせてロッドの下に足を滑り込ませると、少し浮かせて曜周に向かってロッドを蹴り飛ばす。
「何、ロッドを蹴り飛ばした!?」
曜周はガードするために右手を下げ、共有の力を解除する。
優美は体の自由を取り戻し、迫る銃弾をギリギリで回避する。
「ちっ、やっぱり駄目だったじゃねぇか」
クローキンスは次の攻撃に備えるため、リロードをする。
「優美、そろそろ帰ろうか」
花那太が市場の方から声を上げる。その足元にはボロボロになったスワックが横たわっていた。
「スワックさん!」
曜周はすぐ助けに行こうとするが、黒い球が曜周の足元に飛んでくる。
「バーンっ! お前の相手は私だっ!」
「いいや、手の抜いた兄者など相手ではない。もっと本気で来なければ、仲間がまた死ぬことになるぞ?」
「くっ、バーンっ!」
ユーニは目にも止まらぬ早さで剣を振る。
バーンは一瞬笑みを浮かべ、その攻撃を双剣で受け止める。
「ユーニの攻撃を凌ぎながらこちらを攻撃してくるとは……」
曜周はバーンの足止めによって花那太とスワックに近付けない。砂煙が消えて花那太の方を見ると、すでに優美が車いすを押し始めていた。
「ちっ、あいついつの間に」
花那太と優美は倒れている村民を見回し、燃え盛る村一帯を見た。そして来た道を引き返すように市場の真ん中を突っ切って、村から立ち去って行った。
「に、逃がしたか……」
「ちっ、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。角男を援護するぞ」
「両者とも角が生えているが……。まぁいい、行くぞ」
曜周とクローキンスは優美に逃げられ、ユーニの助太刀に回る。しかし、
「近寄るなっ! これは私の戦いだっ!」
ユーニが叫ぶと二人は足を止めた。
「兄者、少しは本気になったか」
「私のせいで仲間が死ぬのは見たくないからなっ」
「でもな兄者、俺は剣術とともに、この力も強くしてきたんだ」
バーンがそう言うと、黒いオーラが双剣を包み込み、双剣は一回り大きくなってユーニに襲い掛かる。
「ぐっ、邪剣かっ! ならばっ!」
ユーニもそれに対抗するように、剣に白いオーラを纏う。それはバーン同様剣を一回り大きく見せた。
ユーニとバーンは剣にオーラを纏い終えると、相手の目を見て走り出した。
「聖剣と邪剣の激突か……」
曜周はその戦いに見入っていた。
「はぁぁあっ!」
「ぬあぁぁ!」
二人は正面から衝突する。それによって大きな振動と波動が起き、曜周とクローキンスは飛ばされそうになる。白いオーラと黒いオーラがぶつかり合い、今に爆発が起きても不思議では無かった。
「ちっ、馬鹿力どもが……」
二人は叫びながら前に前に進もうとする。しかしそれを阻むのは兄であり、弟であった。
「はぁぁぁぁあっ!」
「ぬぁぁぁぁあ! 俺は負けない!」
バーンが帯びている黒いオーラが力強く増す。そしてユーニが放つ白いオーラを圧倒し始める。
「こ、このままでは」
曜周は思わず助けに入ろうとする。しかしクローキンスが止める。
「ちっ、下がってろ。俺が威嚇する」
クローキンスは銃を構え、バーンを狙って発砲する。
バンッ! バンッ!
銃弾は黒いオーラに飲み込まれる。しかしバーンに届くよりも前に銃弾は消え失せてしまう。
「ちっ、どういうこった」
「黒いオーラに見えるが、アレは列記とした魔法だ」
「ちっ、闇魔法か……」
銃弾も届かないとなると、二人に成す術は無かった。もどかしくそのぶつかり合いを見ていると、次第にユーニの勢いが死んで来た。
「勝たせてもらうぞ、兄者!」
バーンが双剣を振り切る。するとユーニは背後に吹っ飛び、酒場の壁に突っ込む。
「うっ、ぐ……。バーン……っ」
「決着はまた今度です。今回は邪魔が入った」
バーンはそう言いながら剣を収めた。そしてクローキンスを睨み、バーンも燃え盛る市場を抜けて村を出て行った。
「私はスワックさんのところに行く。バルグロウはユーニさんの元へ」
「ちっ、分かった」
クローキンスはユーニに肩を貸し、曜周はスワックを背負って酒場に戻る。
酒場に避難していた人々は、四人の帰りを見て道を開けた。その道を通り、四人はスタッフルームに倒れこんだ。
「こ、ここで大丈夫だ……」
ユーニがそう言ったので、クローキンスはユーニを椅子に座らせた。
「スワックさんは息が弱い。奥の部屋で応急処置をしてくる」
曜周はそう言って奥の部屋に消えた。
……二人は黙って曜周が戻るのを待った。
「……何とか持ち直したよ」
曜周はそう言って椅子に着いた。
「ちっ、ここで情報屋を失うのはキツイな。あんた一人で見れそうか?」
「うーん、そうだな。痛みが激しそうなところは私が共有している。傷が癒えるまではどれくらいかかるか……」
「とりあえず火を消しに行こうっ」
ユーニはそう言って立ち上がった。
「ユーニさん、大丈夫なんですか?」
「あぁ、これくらい何ともないっ」
ユーニはそう言ったかと思えば、扉に向かって歩き始めた。
曜周はそれを止めようとしたが、クローキンスに阻止される。
「バルグロウ、何をする」
「何って、あんたこそ何するつもりだったんだよ。あいつに目立つ外傷は無かった。ここまで言えば分かるよな」
クローキンスはそう言うと、席を立った。そして鎮火をするために村に出て行った。
「そうか……。兄と言うものは、弟に負けるのが嫌だと言っていたな……」
曜周はそう呟くと、微笑して二人の後を追った。




