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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十九話 ~足止めの凶報~

 初汰は変化させた剣を構え、ゆっくりと近づいてくるユーニを見入った。


「わざとじゃないんすよね?」

「済まぬ。体が言うことを聞かないのだ」

「やるしかねーみたいだな……」


 初汰は覚悟を決め、剣を握る手に力を入れる。


「行くぜぇ!」

「来いっ!」

「ふぁふぁ、新しい人形はどこまで持つかねぇ」


 老婆は両手を宙で遊ばせる。それによってユーニが剣を構えて走り出す。


「すげー迫力だ……」


 初汰は大股で近付いてくるユーニに圧倒される。


「初汰、しっかり構えるんだっ!」

「やっべ!」


 大柄なユーニは、初汰は叩き潰すように剣を振り下ろす。

 キンッ!

 初汰はそれを正面から受け止めるが、初回の衝撃だけで両膝が地に着きそうであった。


「ぐぬぬぬぬ……」

「大丈夫か初汰っ?」

「はい、なんとか……」


 ユーニが心配の声をかけるのとは裏腹に、老婆に操られてどんどん初汰を押し潰していく。


「ぐっ、くっそぉぉ……。負けらんねーのに……」

「その踏ん張り方ではだめだ。もっと腰を入れるんだ」

「腰……? こうか?」


 初汰は言われたとおり、体幹をしっかり保ち、体の芯を通すとそれをしっかり腰で支えた。すると押し負けていたはずの初汰が立ち上がり始めた。


「そうだ初汰、良いぞっ」

「お、おぉ! なんとなくわかった気がする!」

「ふぁふぁ、なにか言ったのかのぅ。一旦離れるんじゃ!」


 老婆は両手を引く。するとそれに反応したユーニは数歩後ろに下がる。それによって初汰は少しバランスを崩す。


「初汰っ。構え直すんだっ!」

「わーってるよ!」


 初汰はすぐに体制を立て直す。しかしそれよりも先に操られたユーニが走り出していた。


「初汰、避けろっ!」

「早っ!」


 初汰はその場にしゃがんだ。すると剣が頭のてっぺんギリギリを掠め、髪の毛数本が宙に舞った。


「良い反応だ」

「あ、あっぶねぇー」


 初汰は剣が通り過ぎたのを確認すると、立ち上がって少し距離を取った。


「ふぁふぁ、良い反応だねぇ」

「あたりめーだ! アンタみたいに腰が曲がってないんでね!」

「ふぁふぁ、小僧、いい度胸してるね」


 老婆はそう言いながら両手を少し上げ、十本の指をバラバラに動かした。見えない紐で繋がれたユーニはそれによって動き出す。


「行くぞ初汰っ!」

「え、ちょっとやる気になってるじゃん」


 ユーニは剣を構え、初汰目掛けて走り出す。当然初汰も剣を構える。

 ユーニは直進し、剣を大きく振り上げた。そしてそれを初汰に振り下ろす。

 キンッ!

 初汰はそれを正直に受け止める。


「ぐっ、流石に一撃が重い……」

「初汰、聞くんだ……」


 鍔迫り合いをしていると、ユーニが小さい声で話しかけてきた。


「な、なんだ?」

「実はな、少しだけ奴の制御から逃れることが出来る」

「え、マジかよ?」

「あぁ、しかしほんの少しだ。タイミングは委ねる。私の両肩についている紐を切って欲しいんだ」


 ユーニは少し肩を動かし、細い紐をちらつかせた。


「これを切ればいいのか?」

「あぁ、そうだ。私はいつでもオーケーだ」

「分かった。任せとけ」


 二人は会話を終え、互いに剣を弾き合い距離を取る。


「ふぁふぁ、なかなかしぶといねぇ。でも、紐も馴染んできたころだ。そろそろ本気で行かせてもらおうかねぇ」


 老婆は両手を激しく舞わせる。すると先ほどとは思えない速度でユーニが攻撃を仕掛けてくる。


「うおっ! 早い!」

「初汰、ヤバいぞ。紐が馴染みつつある。早く切らなければっ!」

「わーってるけど、近づけねーよ!」

「一瞬だ。敵の一瞬をつくんだ」

「そうか。老婆が疲れた瞬間か!」

「そうだっ!」


 ユーニは振り上げていた剣を勢いよく振り下ろす。初汰はタイミングを見てバックステップで回避する。ユーニが振り下ろした剣は沼地に突き刺さり、大きな水しぶきを上げる。


「おい、これじゃねーのか?」


 初汰は何か思いついたようにそう言った。そして自分からユーニに斬りかかる


「ふぁふぁ、ついに覚悟が決まったようだねぇ」


 老婆も初汰の攻撃に合わせてユーニを操作する。

 キンッ!

 初汰とユーニは再び鍔迫り合いの体制となる。


「ユーニさん。水しぶきなんてどうすか?」

「ははっ、良いんじゃないか? 思う様にやってみるんだ」

「なんか楽しんでます?」

「いや、そんなことはないぞ? それより、もう敬語じゃなくていいぞ」

「あ、すんません。忘れてました……」

「ははっ、いいんだよ。さぁ、タイミングはいつだ?」

「おう、じゃあお言葉に甘えて、次で行くぜ!」

「よし、任せておけっ!」


 ユーニは老婆の操作によって剣を薙ぎ払い、初汰と距離を取る。


「ふぁふぁ、次で終わらせてやるかのぅ」


 老婆は両手を素早く動かす。するとその動きと等速でユーニが動き出す。


「よし、やってやるぜ……」


 初汰はユーニが剣を振り下ろすのを待った。ギリギリまで待った。そしてユーニが剣を振り下ろした瞬間、初汰は短いバックステップを踏んだ。

 バシャーン!

 大きな音とともに激しい水しぶきが起こる。初汰はそれに乗じて一気にユーニの目の前に詰める。


「ふぁふぁ、目隠しかい? 甘いねぇ」


 老婆は両手を引こうとする。しかし両手はまったく動かず、岩に紐を括りつけているような感覚に陥る。


「な、なんじゃ? う、動かない……」

「初汰っ! 切るんだっ!」

「うぉぉお!」


 初汰は剣を両手で構え、ユーニの両肩スレスレで素振りをする。

 ブツン。ブツン。

 右肩と左肩近くを剣が通るとき、何かが切れるような音がする。


「よし、動ける……よくやったぞっ!」


 ユーニは剣を構え直し、初汰の横につく。


「ふぁふぁ、なんて馬鹿力じゃ……。まだ完璧に支配出来ていなかったようだねぇ」


 老婆はそう言いながら両手を軽く振った。


「どうやら今ので両手が麻痺しているらしいぞ」

「なら速攻するまでだろ!」

「行くぞっ!」


 二人は敵が行動不能と見ると、すぐ攻撃に転じた。


「ふぁふぁ、どうやらここまでのようじゃ」


 二人は剣先を老婆に向けた。


「はぁはぁ、降参しろ!」


 沼地を猛ダッシュした初汰は息が上がっていた。


「誰に雇われたのだっ?」


 ユーニはそう言いながら剣先を喉元に近付ける。


「雇われたんじゃないさ……。私らは勝手に坊ちゃまを守っていただけですじゃ」

「坊ちゃま? 誰だそりゃ?」

「この沼の支配者ですじゃ」

「分かった。ならばそいつと話をつけるまでだ」


 ユーニはそう言うと、剣を鞘に収めた。


「おい、良いのか?」

「何がだ?」

「えっと、この婆さんこのままで……」

「なぜ殺す必要がある。彼女に戦意はない」


 初汰はそう言われて目の前の老婆を見た。老婆は両手ぶらりと下げ、微笑していた。


「名を聞いておこう。貴女と、その沼の主の名を」

「私めはミックと申しますじゃ。坊ちゃまの名前は、ランドル。ですじゃ」

「情報感謝する。それでは」


 そう言うとユーニは老婆の横を通り、奥に進んでいく。


「あ、ちょっと待ってくれよ!」


 初汰も剣を戻し、先を歩くユーニを追って走り出した。


「ふぁふぁ、どうか坊ちゃまの暴走を止めて下され……」


 老婆は俯きながらそう呟いた。


「ユーニ! 本当にあのままでいいのか?」

「あぁ、目を見れば分かる。あの方は私たちを試していたんだ」

「試した?」

「そうだ。私たちの力を試したんだ。つまりこの先には、強敵が待ち構えているということだ」

「な、なるほど……?」


 初汰は半ば理解出来ていなかったが、何となく返事をした。


「気を引き締めていくぞっ! ははははっ!」

「お、おう!」


 ユーニのテンションに流されて、初汰も声を上げる。そして二人は沼地を直進していった。

 二人がしばらく歩くと、少し開けた場所が目に入った。


「お、ここ少し広いな」

「ようやく迷路から脱出できたということかっ……?」


 初汰とユーニは警戒しながらその開けた場所に近付いて行く。

 パシャパシャ。

 二人が足音を潜ませていたせいか、やけに大きな足音が右方から聞こえる。


「誰か来たみたいだな」

「そのようだな。我々は隠れて動向を伺おう」


 初汰とユーニは近くの巨木に身を隠し、右方から出て来るであろう何かを待った。

 耳を澄ますと、足音が複数人だということに気が付く。


「この足音は……三人、いや、四人はいるか……?」

「おいおい、マジかよ。そんなに相手したくないぜ?」


 二人が小声で会話を交わしていると、右方から近付く足音がどんどん大きくなってくる。


「この先にランドルと言う少年がいるのかしら……?」

「うむ、あの老紳士の言ったことを信じるしかあるまい」


 初汰にはどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、この声って……」


 初汰は声の主を探ろうと、少し前のめりになる。すると少し足音が立ってしまう。


「そこにいるのは誰だ……」


 見慣れた拳銃が初汰に向けられる。


「クローキンス! リーア!」


 それに続けて初汰が獅子民の名を呼ぼうとしたとき。


「し、獅子民さん!?」


 初汰を退ける勢いでユーニが立ち上がる。その音に獅子民とリーアも反応する。


「ん? 初汰じゃないか! それと……」

「初汰! それにユーニさん!」

「ユーニ……?」


 獅子民は聞いたことの無い名前に顔を傾げた。しかしユーニは大股で獅子民に近付いて行く。


「お久し振りですっ! 獅子民さんっ!」

「う、うむ。し、しかしだな。私には何が何だかさっぱり……」

「ライオンにされて下に落とされたと、話は全て伺っておりますっ!」


 ユーニは獅子民の前に来ると、片膝を立てて忠誠を誓う騎士のように改まった。


「い、いや、私は……」


 獅子民はアイコンタクトで訴えるが、初汰たちは見てすらいなかった。


「リーア、その、ごめんな、置いて行っちゃって」

「……別に、気にしてないです」

「いや、明らかに拗ねてるだろ」

「いいえ、そんなことないですわ」

「ちっ、んなこと言ってないであいつを助けてやれよ」


 クローキンスは顎で獅子民の方を示した。


「え、じゃあ何て言えばいいの?」

「そうですよ。あの間にどうやって立ち入るのですか?」

「ちっ、知らねーよ」


 クローキンスはそう言うと歩き出してしまった。


「あ、クローキンス行っちまった」

「はぁ、じゃあ私たちでどうにかするしかないわね」


 リーアはため息をつくと、獅子民とユーニのもとに向かった。


「あの、そろそろ目的地に向かいませんか?」

「うむ! そうであった! 懐古するのはこの件が終ってからにしようではないか!」

「ははははっ! 相変わらず仕事に対して熱心なのですね。分かりました。行きましょう」


 ユーニは立ち上がりながら大笑いした。記憶にない獅子民はただただ苦笑いをしてその場を凌いだ。


「そ、それでは行こうか」


 獅子民はいつものように先頭を歩き始める。そのあとに続いてリーア、初汰、ユーニと続いた。クローキンスは少し歩いたところで立ち止まっており、合流すると獅子民のすぐ後ろについた。


「ははっ! これまた相変わらずだな」


 ユーニは一人楽しそうに獅子民の背中を見てそう言った。


「ユーニってあんなだったっけ?」

「少なくとも、初めて会ったときはもっと厳格でしたわ」

「どうしたんだっ、二人とも?」


 最後方を歩くユーニが二人の会話に参加しようとする。


「いやいや、何でもないぜ?」

「そうか! ははははっ!」


 後ろ三人が話している中、クローキンスも獅子民に話しかけていた。


「おい、あいつとはどんな関係なんだ?」

「ん? 私に聞いているのか?」

「ちっ、そうだ。あいつとの関係を覚えてないのか?」

「すまない。よく覚えていないのだ」

「そうか……。ならあいつが『元国家騎士団団長』だったことも覚えてないってことだな?」

「な、そ、そうだったのか……。そんな方がなぜ私を……」

「ちっ、何も覚えてないんだな」

「すまない……」


 各々の会話が終ると、初汰がいきなり立ち止まった。


「どうかしたの、初汰?」

「いや、これがさ……」


 初汰はそう言いながら、スワックから貰ったテレポーター兼テレフォンを取り出した。


「これが振動してるんだ」


 初汰はそう言ってリーアに見せた。


「何かしら? ボタンを押してみたら?」

「そうしてみっか」


 初汰は言われて通り、釦の中心部を押してみる。

 ザッ、ザザッ。


【き……るか?】

「お、通信だ! なんだ? どうかしたのか?」


 初汰がそう言うと、前を歩いていた獅子民たちも引き返してくる。


【聞こえるか!?】

「曜周さん?」


 電話の主は曜周であった。


【良かった! 繋がったか!】

「おう、どうしたんだ?」

【敵襲だ! サスバ村に敵が殴りこんできた!】

「なんでだよ! サスバ村は見えないんじゃなかったのかよ!」

【私には分からない! とりあえず救援を要請したいんだ!】

「クソ! どうすんだよ! こっちだって忙しいのによ!」


 初汰はテレポーターを地面に叩きつけようとする。


「ちょっと初汰! 落ち着いて!」


 リーアがそれを止めようとしたとき、それよりも前にユーニが初汰の腕を掴み、手に持っているテレポーターを取り上げた。


「あ、あ、聞こえるかっ!」

【だ、誰だ? いや、この際誰でもいい! 救援を頼めるか!?】

「任せておけっ! 今行くぞっ!」


 ユーニはテレポーターの中心部を押そうとする。


「待つんだ! 君が行く必要は無い」


 獅子民が吠えると、ユーニはその手を止める。


「獅子民さん、悪いが、私は困っている人たちを助けるために下りてきたのだ。これは渡せません」

「……そうか、ならばユーニ殿、サスバ村を頼むぞ」

「はあっ! 行って参りますっ!」


 ユーニはそう言うとテレポーターのボタンを押す。するとユーニの体が光だし、次の瞬間にはユーニの姿が無くなっていた。


「おおっと!」


 初汰は沼地にドボンする前にテレポーターをキャッチする。


「よし、したら俺も行くぜ!」


 初汰もユーニに続いてテレポートしようとする。そして初汰がボタンを押そうとした瞬間、クローキンスがテレポーターを奪い取る。


「うぉ、おい、クローキンス」

【聞こえるか!? テレポート出来るのは二人までみたいだ!】


 クローキンスがテレポーターを奪い去ると、そこから曜周の声が聞こえる。


「だってよ、じゃあもう一人は俺で良いな」

「ちょっと待てよ!」

「ちっ、お前には村助けの任があるだろ。そっちに集中しな」


 クローキンスはそう言うと、テレポーターのボタンを押す。


「い、行っちまった……」

「……初汰、ユーニさんとクローキンスさんなら大丈夫よ」

「そう言うことじゃねぇんだよ……」

「初汰よ、私も二人の安否が気にかかる。だが、今私たちに出来るは、仲間を信じて前に進むだけだ」


 獅子民はそう言うと先を歩き出した。

 初汰はその背中から目を逸らすようにリーアを見る。するとリーアは黙って目で訴えた。


「……分かったよ。今はこの沼の主を倒す!」

「えぇ、行きましょう」


 リーアは軽く微笑むと、初汰の手を取って歩き出した。


 一方サスバ村では……。


「た、助けてくれぇ~!」

「情報なら渡す! 命だけは~!」


 市場は火に包まれ、アーチを彩っていた花々は地に落ち、逃げ回る群衆に踏み荒らされていた。


「ねぇ、今は何が起きているの?」


 アーチの前で止まる車いすの青年はそう言った。


「今はですね。一つの村が燃えています」

「そうか……人は死んでるか?」

「えぇ、耳を澄ませてみてくださいませ。貴方様の大好きな悲鳴が聞こえてくるはずです」

「……本当だ。悲鳴が聞こえるよ。醜い人間の悲鳴が……」

「それでは行きましょうか。酒場はこの村の奥です」

「うん、そうしようか」


 女性は車いすを押し、青年とともに燃え始めたアーチの下を通った。

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