第二十九話 ~足止めの凶報~
初汰は変化させた剣を構え、ゆっくりと近づいてくるユーニを見入った。
「わざとじゃないんすよね?」
「済まぬ。体が言うことを聞かないのだ」
「やるしかねーみたいだな……」
初汰は覚悟を決め、剣を握る手に力を入れる。
「行くぜぇ!」
「来いっ!」
「ふぁふぁ、新しい人形はどこまで持つかねぇ」
老婆は両手を宙で遊ばせる。それによってユーニが剣を構えて走り出す。
「すげー迫力だ……」
初汰は大股で近付いてくるユーニに圧倒される。
「初汰、しっかり構えるんだっ!」
「やっべ!」
大柄なユーニは、初汰は叩き潰すように剣を振り下ろす。
キンッ!
初汰はそれを正面から受け止めるが、初回の衝撃だけで両膝が地に着きそうであった。
「ぐぬぬぬぬ……」
「大丈夫か初汰っ?」
「はい、なんとか……」
ユーニが心配の声をかけるのとは裏腹に、老婆に操られてどんどん初汰を押し潰していく。
「ぐっ、くっそぉぉ……。負けらんねーのに……」
「その踏ん張り方ではだめだ。もっと腰を入れるんだ」
「腰……? こうか?」
初汰は言われたとおり、体幹をしっかり保ち、体の芯を通すとそれをしっかり腰で支えた。すると押し負けていたはずの初汰が立ち上がり始めた。
「そうだ初汰、良いぞっ」
「お、おぉ! なんとなくわかった気がする!」
「ふぁふぁ、なにか言ったのかのぅ。一旦離れるんじゃ!」
老婆は両手を引く。するとそれに反応したユーニは数歩後ろに下がる。それによって初汰は少しバランスを崩す。
「初汰っ。構え直すんだっ!」
「わーってるよ!」
初汰はすぐに体制を立て直す。しかしそれよりも先に操られたユーニが走り出していた。
「初汰、避けろっ!」
「早っ!」
初汰はその場にしゃがんだ。すると剣が頭のてっぺんギリギリを掠め、髪の毛数本が宙に舞った。
「良い反応だ」
「あ、あっぶねぇー」
初汰は剣が通り過ぎたのを確認すると、立ち上がって少し距離を取った。
「ふぁふぁ、良い反応だねぇ」
「あたりめーだ! アンタみたいに腰が曲がってないんでね!」
「ふぁふぁ、小僧、いい度胸してるね」
老婆はそう言いながら両手を少し上げ、十本の指をバラバラに動かした。見えない紐で繋がれたユーニはそれによって動き出す。
「行くぞ初汰っ!」
「え、ちょっとやる気になってるじゃん」
ユーニは剣を構え、初汰目掛けて走り出す。当然初汰も剣を構える。
ユーニは直進し、剣を大きく振り上げた。そしてそれを初汰に振り下ろす。
キンッ!
初汰はそれを正直に受け止める。
「ぐっ、流石に一撃が重い……」
「初汰、聞くんだ……」
鍔迫り合いをしていると、ユーニが小さい声で話しかけてきた。
「な、なんだ?」
「実はな、少しだけ奴の制御から逃れることが出来る」
「え、マジかよ?」
「あぁ、しかしほんの少しだ。タイミングは委ねる。私の両肩についている紐を切って欲しいんだ」
ユーニは少し肩を動かし、細い紐をちらつかせた。
「これを切ればいいのか?」
「あぁ、そうだ。私はいつでもオーケーだ」
「分かった。任せとけ」
二人は会話を終え、互いに剣を弾き合い距離を取る。
「ふぁふぁ、なかなかしぶといねぇ。でも、紐も馴染んできたころだ。そろそろ本気で行かせてもらおうかねぇ」
老婆は両手を激しく舞わせる。すると先ほどとは思えない速度でユーニが攻撃を仕掛けてくる。
「うおっ! 早い!」
「初汰、ヤバいぞ。紐が馴染みつつある。早く切らなければっ!」
「わーってるけど、近づけねーよ!」
「一瞬だ。敵の一瞬をつくんだ」
「そうか。老婆が疲れた瞬間か!」
「そうだっ!」
ユーニは振り上げていた剣を勢いよく振り下ろす。初汰はタイミングを見てバックステップで回避する。ユーニが振り下ろした剣は沼地に突き刺さり、大きな水しぶきを上げる。
「おい、これじゃねーのか?」
初汰は何か思いついたようにそう言った。そして自分からユーニに斬りかかる
「ふぁふぁ、ついに覚悟が決まったようだねぇ」
老婆も初汰の攻撃に合わせてユーニを操作する。
キンッ!
初汰とユーニは再び鍔迫り合いの体制となる。
「ユーニさん。水しぶきなんてどうすか?」
「ははっ、良いんじゃないか? 思う様にやってみるんだ」
「なんか楽しんでます?」
「いや、そんなことはないぞ? それより、もう敬語じゃなくていいぞ」
「あ、すんません。忘れてました……」
「ははっ、いいんだよ。さぁ、タイミングはいつだ?」
「おう、じゃあお言葉に甘えて、次で行くぜ!」
「よし、任せておけっ!」
ユーニは老婆の操作によって剣を薙ぎ払い、初汰と距離を取る。
「ふぁふぁ、次で終わらせてやるかのぅ」
老婆は両手を素早く動かす。するとその動きと等速でユーニが動き出す。
「よし、やってやるぜ……」
初汰はユーニが剣を振り下ろすのを待った。ギリギリまで待った。そしてユーニが剣を振り下ろした瞬間、初汰は短いバックステップを踏んだ。
バシャーン!
大きな音とともに激しい水しぶきが起こる。初汰はそれに乗じて一気にユーニの目の前に詰める。
「ふぁふぁ、目隠しかい? 甘いねぇ」
老婆は両手を引こうとする。しかし両手はまったく動かず、岩に紐を括りつけているような感覚に陥る。
「な、なんじゃ? う、動かない……」
「初汰っ! 切るんだっ!」
「うぉぉお!」
初汰は剣を両手で構え、ユーニの両肩スレスレで素振りをする。
ブツン。ブツン。
右肩と左肩近くを剣が通るとき、何かが切れるような音がする。
「よし、動ける……よくやったぞっ!」
ユーニは剣を構え直し、初汰の横につく。
「ふぁふぁ、なんて馬鹿力じゃ……。まだ完璧に支配出来ていなかったようだねぇ」
老婆はそう言いながら両手を軽く振った。
「どうやら今ので両手が麻痺しているらしいぞ」
「なら速攻するまでだろ!」
「行くぞっ!」
二人は敵が行動不能と見ると、すぐ攻撃に転じた。
「ふぁふぁ、どうやらここまでのようじゃ」
二人は剣先を老婆に向けた。
「はぁはぁ、降参しろ!」
沼地を猛ダッシュした初汰は息が上がっていた。
「誰に雇われたのだっ?」
ユーニはそう言いながら剣先を喉元に近付ける。
「雇われたんじゃないさ……。私らは勝手に坊ちゃまを守っていただけですじゃ」
「坊ちゃま? 誰だそりゃ?」
「この沼の支配者ですじゃ」
「分かった。ならばそいつと話をつけるまでだ」
ユーニはそう言うと、剣を鞘に収めた。
「おい、良いのか?」
「何がだ?」
「えっと、この婆さんこのままで……」
「なぜ殺す必要がある。彼女に戦意はない」
初汰はそう言われて目の前の老婆を見た。老婆は両手ぶらりと下げ、微笑していた。
「名を聞いておこう。貴女と、その沼の主の名を」
「私めはミックと申しますじゃ。坊ちゃまの名前は、ランドル。ですじゃ」
「情報感謝する。それでは」
そう言うとユーニは老婆の横を通り、奥に進んでいく。
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
初汰も剣を戻し、先を歩くユーニを追って走り出した。
「ふぁふぁ、どうか坊ちゃまの暴走を止めて下され……」
老婆は俯きながらそう呟いた。
「ユーニ! 本当にあのままでいいのか?」
「あぁ、目を見れば分かる。あの方は私たちを試していたんだ」
「試した?」
「そうだ。私たちの力を試したんだ。つまりこの先には、強敵が待ち構えているということだ」
「な、なるほど……?」
初汰は半ば理解出来ていなかったが、何となく返事をした。
「気を引き締めていくぞっ! ははははっ!」
「お、おう!」
ユーニのテンションに流されて、初汰も声を上げる。そして二人は沼地を直進していった。
二人がしばらく歩くと、少し開けた場所が目に入った。
「お、ここ少し広いな」
「ようやく迷路から脱出できたということかっ……?」
初汰とユーニは警戒しながらその開けた場所に近付いて行く。
パシャパシャ。
二人が足音を潜ませていたせいか、やけに大きな足音が右方から聞こえる。
「誰か来たみたいだな」
「そのようだな。我々は隠れて動向を伺おう」
初汰とユーニは近くの巨木に身を隠し、右方から出て来るであろう何かを待った。
耳を澄ますと、足音が複数人だということに気が付く。
「この足音は……三人、いや、四人はいるか……?」
「おいおい、マジかよ。そんなに相手したくないぜ?」
二人が小声で会話を交わしていると、右方から近付く足音がどんどん大きくなってくる。
「この先にランドルと言う少年がいるのかしら……?」
「うむ、あの老紳士の言ったことを信じるしかあるまい」
初汰にはどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ、この声って……」
初汰は声の主を探ろうと、少し前のめりになる。すると少し足音が立ってしまう。
「そこにいるのは誰だ……」
見慣れた拳銃が初汰に向けられる。
「クローキンス! リーア!」
それに続けて初汰が獅子民の名を呼ぼうとしたとき。
「し、獅子民さん!?」
初汰を退ける勢いでユーニが立ち上がる。その音に獅子民とリーアも反応する。
「ん? 初汰じゃないか! それと……」
「初汰! それにユーニさん!」
「ユーニ……?」
獅子民は聞いたことの無い名前に顔を傾げた。しかしユーニは大股で獅子民に近付いて行く。
「お久し振りですっ! 獅子民さんっ!」
「う、うむ。し、しかしだな。私には何が何だかさっぱり……」
「ライオンにされて下に落とされたと、話は全て伺っておりますっ!」
ユーニは獅子民の前に来ると、片膝を立てて忠誠を誓う騎士のように改まった。
「い、いや、私は……」
獅子民はアイコンタクトで訴えるが、初汰たちは見てすらいなかった。
「リーア、その、ごめんな、置いて行っちゃって」
「……別に、気にしてないです」
「いや、明らかに拗ねてるだろ」
「いいえ、そんなことないですわ」
「ちっ、んなこと言ってないであいつを助けてやれよ」
クローキンスは顎で獅子民の方を示した。
「え、じゃあ何て言えばいいの?」
「そうですよ。あの間にどうやって立ち入るのですか?」
「ちっ、知らねーよ」
クローキンスはそう言うと歩き出してしまった。
「あ、クローキンス行っちまった」
「はぁ、じゃあ私たちでどうにかするしかないわね」
リーアはため息をつくと、獅子民とユーニのもとに向かった。
「あの、そろそろ目的地に向かいませんか?」
「うむ! そうであった! 懐古するのはこの件が終ってからにしようではないか!」
「ははははっ! 相変わらず仕事に対して熱心なのですね。分かりました。行きましょう」
ユーニは立ち上がりながら大笑いした。記憶にない獅子民はただただ苦笑いをしてその場を凌いだ。
「そ、それでは行こうか」
獅子民はいつものように先頭を歩き始める。そのあとに続いてリーア、初汰、ユーニと続いた。クローキンスは少し歩いたところで立ち止まっており、合流すると獅子民のすぐ後ろについた。
「ははっ! これまた相変わらずだな」
ユーニは一人楽しそうに獅子民の背中を見てそう言った。
「ユーニってあんなだったっけ?」
「少なくとも、初めて会ったときはもっと厳格でしたわ」
「どうしたんだっ、二人とも?」
最後方を歩くユーニが二人の会話に参加しようとする。
「いやいや、何でもないぜ?」
「そうか! ははははっ!」
後ろ三人が話している中、クローキンスも獅子民に話しかけていた。
「おい、あいつとはどんな関係なんだ?」
「ん? 私に聞いているのか?」
「ちっ、そうだ。あいつとの関係を覚えてないのか?」
「すまない。よく覚えていないのだ」
「そうか……。ならあいつが『元国家騎士団団長』だったことも覚えてないってことだな?」
「な、そ、そうだったのか……。そんな方がなぜ私を……」
「ちっ、何も覚えてないんだな」
「すまない……」
各々の会話が終ると、初汰がいきなり立ち止まった。
「どうかしたの、初汰?」
「いや、これがさ……」
初汰はそう言いながら、スワックから貰ったテレポーター兼テレフォンを取り出した。
「これが振動してるんだ」
初汰はそう言ってリーアに見せた。
「何かしら? ボタンを押してみたら?」
「そうしてみっか」
初汰は言われて通り、釦の中心部を押してみる。
ザッ、ザザッ。
【き……るか?】
「お、通信だ! なんだ? どうかしたのか?」
初汰がそう言うと、前を歩いていた獅子民たちも引き返してくる。
【聞こえるか!?】
「曜周さん?」
電話の主は曜周であった。
【良かった! 繋がったか!】
「おう、どうしたんだ?」
【敵襲だ! サスバ村に敵が殴りこんできた!】
「なんでだよ! サスバ村は見えないんじゃなかったのかよ!」
【私には分からない! とりあえず救援を要請したいんだ!】
「クソ! どうすんだよ! こっちだって忙しいのによ!」
初汰はテレポーターを地面に叩きつけようとする。
「ちょっと初汰! 落ち着いて!」
リーアがそれを止めようとしたとき、それよりも前にユーニが初汰の腕を掴み、手に持っているテレポーターを取り上げた。
「あ、あ、聞こえるかっ!」
【だ、誰だ? いや、この際誰でもいい! 救援を頼めるか!?】
「任せておけっ! 今行くぞっ!」
ユーニはテレポーターの中心部を押そうとする。
「待つんだ! 君が行く必要は無い」
獅子民が吠えると、ユーニはその手を止める。
「獅子民さん、悪いが、私は困っている人たちを助けるために下りてきたのだ。これは渡せません」
「……そうか、ならばユーニ殿、サスバ村を頼むぞ」
「はあっ! 行って参りますっ!」
ユーニはそう言うとテレポーターのボタンを押す。するとユーニの体が光だし、次の瞬間にはユーニの姿が無くなっていた。
「おおっと!」
初汰は沼地にドボンする前にテレポーターをキャッチする。
「よし、したら俺も行くぜ!」
初汰もユーニに続いてテレポートしようとする。そして初汰がボタンを押そうとした瞬間、クローキンスがテレポーターを奪い取る。
「うぉ、おい、クローキンス」
【聞こえるか!? テレポート出来るのは二人までみたいだ!】
クローキンスがテレポーターを奪い去ると、そこから曜周の声が聞こえる。
「だってよ、じゃあもう一人は俺で良いな」
「ちょっと待てよ!」
「ちっ、お前には村助けの任があるだろ。そっちに集中しな」
クローキンスはそう言うと、テレポーターのボタンを押す。
「い、行っちまった……」
「……初汰、ユーニさんとクローキンスさんなら大丈夫よ」
「そう言うことじゃねぇんだよ……」
「初汰よ、私も二人の安否が気にかかる。だが、今私たちに出来るは、仲間を信じて前に進むだけだ」
獅子民はそう言うと先を歩き出した。
初汰はその背中から目を逸らすようにリーアを見る。するとリーアは黙って目で訴えた。
「……分かったよ。今はこの沼の主を倒す!」
「えぇ、行きましょう」
リーアは軽く微笑むと、初汰の手を取って歩き出した。
一方サスバ村では……。
「た、助けてくれぇ~!」
「情報なら渡す! 命だけは~!」
市場は火に包まれ、アーチを彩っていた花々は地に落ち、逃げ回る群衆に踏み荒らされていた。
「ねぇ、今は何が起きているの?」
アーチの前で止まる車いすの青年はそう言った。
「今はですね。一つの村が燃えています」
「そうか……人は死んでるか?」
「えぇ、耳を澄ませてみてくださいませ。貴方様の大好きな悲鳴が聞こえてくるはずです」
「……本当だ。悲鳴が聞こえるよ。醜い人間の悲鳴が……」
「それでは行きましょうか。酒場はこの村の奥です」
「うん、そうしようか」
女性は車いすを押し、青年とともに燃え始めたアーチの下を通った。




