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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十八話 ~人形使い~

 一方初汰とユーニは、泥人形使いの老婆と戦闘を開始していた。


「はぁはぁ、くっそ、意外と素早いな」

「初汰、ここは敵の本拠地だ。地の利も向こうにある。むやみやたらに剣を振るな」

「でも、攻撃しねーと!」

「違う、こういう時は手数じゃない。一撃にすべてを込めるんだ」

「一撃に……全てを……」


 初汰は右手に握る剣をじっくり見た。


「何を話しとるんじゃぁ~? ほれぇ」


 老婆は両手を軽く左右に振る。するとそれに伴って二体の泥人形が初汰とユーニに近付いてくる。


「来やがった!」

「剣を振るな、いいなっ!?」

「ふ、振るなだって!?」

「そうだ、避けて好機を見つけるんだ。一瞬の隙をつけ」

「……。やってみるよ」


 泥人形は初汰に一体、ユーニに一体とマンツーマンで攻撃を仕掛けてくる。

 初汰は言われた通り剣を構えず、ただひたすらに攻撃を避け続ける。それはユーニも同様であったのだが、違う点が一つあった。初汰は攻撃を避けながら後退していたが、ユーニは避けながら本体である老婆に近付いていたのであった。


「くそ、うざってーな!」


 初汰は右ストレートを打ってきた泥人形に対し、その腕を切り落とそうと剣を振った。

 ――その瞬間、老婆は右手を上げ、宙で指を細かく動かすと、泥人形の右腕は直角に折れ、初汰の顔面目掛けて飛んでくる。


「うおっ!」


 初汰は咄嗟にそれを剣でガードし、弾き飛ばす。


「はぁはぁ、ちくしょう……」


 初汰は泥人形から距離を取り、額の汗を拭う。


「はあっ!」


 ユーニが声を上げ、初汰はすぐにそちらを見た。するとユーニが剣を一振りし、泥人形の首がふっ飛んだところであった。


「一瞬を狙った……一撃」


 ユーニは初汰に言ったことを実践してみせた。


「分かったか、初汰っ?」


 ユーニは振り返らず、背中で語る。


「ふぁふぁ、やるのぅ。しかし泥は無限ですじゃ」


 老婆は左手の五指を巧みに操り、泥人形を復活させる。


「げっ、復活はやっ!」

「初汰、よそ見をするな!」


 ――初汰がよそ見をしていると、初汰と戦闘していた泥人形が詰めてきていた。


「うおっ、あぶね!」


 初汰は間一髪避け、剣を構える。


「良いか初汰っ、タイミングだ。分かったな?」

「タイミング。だな」


 ユーニの目の前で静止していた泥人形には再び頭が成形され、ユーニはそれを見て剣を構えた。


「行くぞっ!」


 ユーニは構えた剣で泥人形の攻撃をいなす。


「うし、俺もやるぞ!」


 初汰は気合を入れ、敵の攻撃に備える。泥人形はすぐに攻撃を仕掛けてきた。攻撃は単調で、避けるのは容易であった。それ故に反撃のチャンスは何度もあったのだが、初汰はぐっと我慢する。


「ふぁふぁ、いつまで逃げるつもりだい?」


 老婆は両手を器用に動かし、初汰とユーニが近づいてこないように泥人形を操る。

 ユーニは先ほどと同様に、攻撃を避けながら老婆に近付いて行く。そのせいか老婆の集中もユーニ側の泥人形に向いていた。


「ちくしょう、舐めやがって」


 初汰もユーニ負けまいと、泥人形の手ぬるい攻撃を避けながらじわじわと老婆に詰める。


「ふぁふぁふぁふぁ、二人ともようやるじゃないか」


 老婆は手を抜いていたようで、初汰が近づいてくると右手を素早く動かして泥人形の攻撃を加速させる。


「いきなり早くなりやがった!」


 初汰は再び攻撃を避けながら後退し始める。


「初汰っ! 怯むなっ! お前なら出来るっ!」

「わーってるよ!」


 そうは言ったものの、ただ前のめりになっただけで老婆には一向に近付いていない。


「くそ!」


 初汰は剣を強く握り、泥人形に仕掛ける。


「まだ早いぞ初汰っ!」


 ユーニが声をかけるが、既に初汰は攻撃を始めてしまっていた。


「うおぉぉお!」


 初汰は泥人形の頭部を飛ばし、老婆に向かって走り出す。


「覚悟しろババア!」


 初汰は右手で構えていた剣を両手で持ち、老婆に斬りかかる。


「ふぁふぁ、血気盛んじゃのぅ」


 老婆が右手をくいっと軽く上げると、初汰のすぐ後ろから泥人形が出現する。そして初汰は羽交い絞めにされる。


「なんだよ! 離せ!」

「今助けるぞっ!」


 ユーニは初汰の方を向き、泥人形に背中を向ける。すると老婆はすかさずその背中目掛けて泥人形を動かす。


「ふぁふぁ、背中ががら空きじゃよ」

「お前は寝てろっ! ふんっ!」


 ユーニは裏拳をするように剣をぶん回し、泥人形の上半身を切り落とす。


「今行くぞっ!」


 ユーニは老婆のすぐそばまで来ていたが、初汰を助けるために引き返す。


「はぁぁあっ!」


 ユーニは目にもとまらぬ速さで剣を振り、泥人形の両腕を落とす。


「やれ、初汰っ!」

「おうよ!」


 自由を取り戻した初汰は、右手の剣を握り直すとユーニの動きに倣って泥人形の上半身を切り落とす。


「やるな、初汰っ!」

「おう、こんくらい余裕よ」

「さぁ、次は本体を叩き切るぞっ」

「おう、行くぜ!」


 二人は老婆に向かって走り出す。


「ふぁふぁ、まだまだこれからじゃよ」


 老婆は両手を宙で泳がせる。指揮者のように両手を振ると、今しがた切られたはずの泥人形が復活し、再び二人に襲い掛かる。


「挟み撃ちか!?」

「大丈夫だ、先ほど同様一人一体だ。今度は焦るなよ」

「わ、わーってるよ」


 二人は背中合わせで剣を構える。そこに二体の泥人形が同時に飛び掛かる。


「受け止めるぞっ!」

「あいよ!」


 初汰とユーニは剣を横に構え、泥人形の攻撃を受け止める。


「こっからどーすんだ!?」

「ギリギリまで引き付けるんだっ!」


 初汰は言われた通り、力を調整して攻撃を受け止めている剣を自身に近づけて行く。


「合図したら横に抜けろ。いいなっ?」

「分かったけど……なるべく早く頼む」

「ふぁふぁ、いつまでそうしているんじゃ?」


 老婆は両手を一気に下に下ろす。すると泥人形の力が急激に増し、それによって二人は膝を深く曲げる。その時、


「今だっ!」


 ユーニの合図で二人は横に抜ける。すると力一杯飛びかかっていた泥人形は、急に対象が無くなったことにより、勢い余って泥人形同士でぶつかり合う。


「やるぞ初汰っ!」

「おう!」


 二人は横に抜けたことにより、泥人形の背後を完璧に取った。そしてがら空きになった背中に斬りかかる。


「うおぉぉお!」

「はあぁぁあっ!」


 初汰とユーニは掛け声とともに泥人形の首をはねる。泥人形に体は静止し、二人はすぐさま老婆に向かって走り出す。

 老婆もすぐに泥人形を復活させようとするが、復活までには少し時間を要すようで、両手を何度も上に向かって動かすが、泥人形は起き上がらない。


「間に合うか!?」

「間に合わせるんだっ!」

「え、うわぁ!」


 ユーニは空いている左手で初汰を持ち上げ、老婆に向かって投げる。


「うわぁぁあ!」

「ふぁふぁ、まさかそう来るとはねぇ」


 老婆は泥人形を起こそうとする手を止め、飛んでくる初汰に備える。


「これなら間に合うぜー!」


 初汰は空中で体制を整え、剣を前に突き出す。


「このまま飛んでれば……」


 勢いを計算し、剣を構えているだけで老婆に届くと踏んだ初汰は、体と剣を一直線にし、自分自身を矢に扮して真っ直ぐ飛ぶことだけを意識した。


「ふぁふぁ、惜しかったのぅ」


 老婆は両手を沼地に付け、もぞもぞと指先で何かをすると、両手を一気に上に引き上げた。すると老婆の上げた手とともに、大きな泥の壁が出来上がる。


「うお、ちょちょ! 止まってくれ!」


 しかし初汰はどうすることも出来ず、そのまま泥の壁に剣を突き刺す。


「大丈夫か初汰っ!?」

「俺は平気だけど、剣が抜けねーんだ!」

「今行く、剣は一旦見捨てろっ!」


 ユーニは大股でどんどん初汰に近付いて行く。


「ぐぬぬ! ぬーけーろー!」


 初汰は両手で剣を抜こうとするが、鍔まで飲み込まれておりなかなか抜くことが出来ない。


「ふぁふぁ、そのままお前も飲み込んでやるわい」


 壁の向こうから老婆の声が聞こえてくる。


「けっ、やれるもんならやってみな!」

「ふぁふぁふぁふぁ、後悔するでないぞ?」


 ――老婆がそう言うとすぐ、泥の壁がむくむくと大きくなっていき、すぐに初汰の頭上まで伸びあがった。


「おいおい、嘘だよな……?」


 頭上に覆いかぶさった泥の壁はそのまま落下を始め、初汰を包み込んでしまう。それは丁度ドーム状に初汰を包み込んだ。


「初汰っ! 間に合わなかったかっ……」


 ユーニは一足遅くその場に到着する。


「ふぁふぁ、残念じゃったのぅ。このままでは酸欠でおさらばじゃ」


 老婆はそう言いながら泥で出来たドームの後ろから姿を現す。


「貴様、よくぬけぬけと姿を現せたな?」

「ふぁふぁ、あんたを倒すためじゃ」

「ははははっ! 面白いっ」


 ユーニはいきなり笑ったかと思うと、すぐに真剣な顔に戻って剣を構えた。


「ふぁふぁ、いきむな。一瞬じゃよ」


 老婆も両手を前に出す。


「おい! これどうなってんだ!」


 ドームの内壁を叩きながら初汰が叫ぶ。


「静かにしろ! 叫べば酸素が減るぞっ!」


 ……。ユーニの声で沼地は静まる。ユーニが一歩前に出る。水面は足に吸い付くようになだらかな波紋を描き、老婆はそれを細めで見ながら構え直す。


「はあっ!」


 老婆からはまだほど遠い場所で、ユーニはいきなり剣を振った。するとその太刀筋に沿って白い光が生まれ、それが形を整えると前方の老婆に向かって飛び出す。


「ふぁふぁ、厄介じゃのぅ」


 老婆は先ほど初汰の対処をした時と同様、両手を沼につけ、指先でぬかるんだ地面を少し触ると、両手を上げて泥の壁を作り上げる。


「これなら攻撃は届かないじゃろ」

「そんなもの、すぐに断ち切ってしまうぞっ! ふんっ!」


 ユーニは剣をもう一振りし、もう一発斬撃を飛ばす。

 一発目が泥の壁に当たる。斬撃は衰えることなく泥の壁の奥深くにどんどん進んでいく。


「ふぁふぁ、なんて威力じゃ……」


 老婆は泥の壁を離れ、姿を現す。するとその場所を予知していたかのように斬撃が既に老婆に向かって飛んできていた。


「な、なんじゃと!?」

「初汰のドームが左にある以上、貴様は右に出ると分かっていたぞ」


 老婆はすぐに両手を沼地につける。


「やめておけ、間に合わんぞ」


 ユーニがそう言いながら左手を斬撃にかざすと、斬撃は加速して老婆に飛んでいく。


「これを使うしかないようじゃ……」


 老婆は両掌を合わせ、力を練るように少し掌を擦り合わせると、両手を大きく開く。すると指と指との間に太いゴム紐のようなものが生じる。それはまるでエキスパンダーのようであった。


「な、なんだっ。アレはっ!」

「ふぁふぁ、自分の斬撃はしっかり自分で処理してもらおうかねぇ」


 斬撃が老婆の両手の間に伸びる紐に引っかかると、老婆の眼前まで斬撃は迫ったものの、それは反動を利用し、速度を増してユーニに迫る。


「な、なんということだっ! まさか斬撃をそのまま跳ね返すとはっ!」


 ユーニは一瞬怯んだが、その斬撃から逃げることはなく、むしろその斬撃に向かって走り出す。


「はぁぁあっ!」


 ユーニは跳ね返された自らの斬撃を真っ向から受け止める。


「はぁぁあっ! ふんっ!」


 ユーニは斬撃を受け切ったのち、そのまま剣を振りぬいて再び斬撃を飛ばす。


「ふぁふぁ、懲りぬやつじゃ」


 老婆は再び両掌を合わせ、斬撃を待つ。


「その状態だと何もできないようだな?」

「なんじゃと……?」


 ユーニは斬撃を飛ばすとすぐ、その斬撃を追って走り出す。


「二手同時は受けきれまいっ!」


 ユーニは放った斬撃と並走し、老婆に斬りかかる。

 老婆はユーニの攻撃に合わせて両手を開く。


「ふぁふぁ、両方とも受けきってやるわい」


 ――ユーニは老婆の広げる紐に触れないように剣を振り下ろす。


「空振りじゃと?」


 ユーニが空振りをしたことで、紐には斬撃が先に振れる。そしてその斬撃に合わせ、ユーニはアッパーカットのように剣を振り上げる。


「同じ部分を狙ったじゃと!?」


 ブツンッ!

 一部分に集中して攻撃を仕掛けたことにより、老婆の張っていた紐が切れる。


「貰ったっ!」


 ユーニは切り上げた反動を利用して、そのまま剣を振り下ろす。


「ふぁふぁ、まだ手は残ってまずぞ!」


 老婆は攻撃を躱そうとはせず、ユーニに向かって一歩踏み出す。そして斬りかかるユーニの両肩に両手を添えた。


「な、なんだ……。何が起こったのだっ!?」


 ユーニは剣を振り下ろし、刃が老婆に当たる寸前と言う所で急に体が凝固してしまう。


「ふぁふぁ、言うたじゃろ。まだ手が残っておると」

「はははっ。そ、そう言うことか……。初汰っ! 伏せろ!」


 ユーニは何かに納得したと同時に、初汰に向かって叫び始める。老婆はすぐに初汰を捕らえているドームの方を見た。すると斬撃がドームの方にも放たれており、すでにドームに刃が入り始めていた。


「ふぁふぁ、そちらも手を打っていたようじゃな」

「ははっ。保険はかけておくものだ」


 ザパーン!

 ドームの上方が切り落とされ、大きな水しぶきならぬ泥しぶきが上がった。


「はぁはぁ、苦しかったぁ~!」


 初汰はドームから脱出すると大きく深呼吸をする。


「初汰っ……! 気張れよっ……!」

「おう! ……ってなんでババアの横にいるんだよ!」

「ふぁふぁふぁふぁ、あんたに仲間が斬れるかね?」


 老婆は両手は広げ、泥人形を扱うように指を器用に動かす。するとその動きに連動するようにユーニが歩き始める。


「初汰……剣を拾え」

「嘘、だろ……」

「早く拾えっ!」


 ユーニの叫び声に正気を取り戻した初汰は、ドームに刺さっている木の枝を引き抜き、剣に変化させた。

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