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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十七話 ~コンビネーション~

 老人は体勢を低く保ったまま動き出さない。攻撃を待っているようであった。


「どうしますか、獅子民さん?」

「私の能力は、仲間を守ったときに受けたダメージを力に変換するものだ。なので一度リーアに注意を引いてもらいたい」

「分かりました」

「心配はするな。ちゃんと私が守る」

「えぇ、それも分かっていますよ」

「よし、では行くぞ!」

「はい!」


 リーアは左手のみで連続して三発火の玉を撃つ。それを切り落とすため、老人はリーアの方を見る。


「まだ行きますよ!」


 リーアは立て続けに氷魔法で作った氷柱を三発放つ。


「量で勝負ですかな?」


 老人は一番近いものから順に落としていく。そして最後の一つが切り落とされる。


「はぁはぁ、掠ってもいないわ」

「残念だが、この量じゃ甘いですぞ」


 老人は余裕の表情を見せる。


「はぁはぁ、一気に撃ち過ぎたわ……」


 老人もリーアが疲れていることに気が付いたか、体の向きをリーアに向けたまま右手を僅かに動かす。

 それを見計らっていた獅子民は、老人とリーアの間に割り込み攻撃を受けようとする。しかし老人の方が数秒早く攻撃を開始しており、このままでは攻撃を喰らうと感じたリーアは、時魔法を発動した。

 ほんの数秒間、時間をスローにすると、リーア自ら獅子民の背後に回ったのち時魔法を解除した。

 スパッ。スパッ。

 斬撃は二度飛んできた。二発とも獅子民の頬や肩を掠めただけで大ダメージにはならない。


「なんだ、今少し……」

「大丈夫ですか? 獅子民さん」

「あ、あぁ。私は大丈夫だ。おかげで少し力が溜まったぞ」


 獅子民は少し違和感を感じたが、気に留めている暇もなく、すぐ老人の方を向く。


「ほう、良いコンビネーションですな」

「生憎私は遠距離攻撃の手段が無いのでな」


 獅子民はなるべく注意が自分に向かないよう、自分は接近しないと攻撃を出来ないアピールをする。


「お気の毒ですな」


 老人はそれならと言わんばかりにリーアを狙い始めた。


「狙い通りですね」

「うむ、後はじりじり近づきながらやるぞ」

「はい」


 獅子民は会話を終えるとすぐ、リーアから離れて老人に近付き始める。それに合わせてリーアも歩き始める。


「地道に詰める手段ですな……」


 そうと分かっても老人はその場から引こうとせず、むしろ強気にその接近を待った。

 老人に少し近づくと、リーアは再び魔法を放つ。火と氷の魔法を二発ずつ放った。もちろんいとも簡単に切り落とされるが、老人の注意はリーアが引き続けていた。


「はぁはぁ、私の魔法は通用しないようですね……」

「今更ですかな? 君はもっと利口に見えるがの」


 老人は疲れを見せるリーアに向かって再び剣を抜く。すると獅子民もそれに合わせてリーアを守る。


「……ほう」


 老人は何かを察したようにそう呟くと、ゆっくりとレイピアを抜いた。


「あら、抜刀術はおやめになるのですか?」

「少し疲れたのでの」


 老人は抜いたレイピアを何度かしならせ、剣先を獅子民に向けた。


「あからさま過ぎたかも知れん」


 獅子民はリーアにだけ聞こえる声で話しかける。


「えぇ、力は溜まりましたか?」

「うむ、半分ほどは溜まったと思う」

「分かりましたわ。前衛を頼みますわ」

「うむ、任せておけ」


 獅子民はリーアの前に入る。その動きに合わせて老人の剣先も宙を漂う。


「私が相手をしよう」

「ほっほっ、待ってましたぞ」


 老人はニコリと笑うと、レイピアを構える。そして老人から攻撃を仕掛ける。


「早い! しかし二度もやられんぞ!」


 獅子民はレイピアをギリギリまで引き付けて見切ると、攻撃の手段を断つためにレイピアの刀身に噛みつこうとする。


「ほっほっ、やらせませんぞ」


 老人は手首を返す。するとレイピアは蛇のようにしなって獅子民の噛みつきを躱す。そしてそのままレイピアはリーアに向かって行く。


「なに! 狙いはリーアか!」


 獅子民は危険を察知し、前足で強く沼地を踏みつける。すると老人の足元がぬかるみ、バランスを崩した老人の攻撃はリーアの頬を掠めただけに終わった。

 老人は追撃を恐れて獅子民とリーアから距離を取る。獅子民はリーアの斜め前に着き、リーアは息を整える。


「大丈夫か、リーア?」

「えぇ、掠っただけです。それより獅子民さん、今力を?」

「うむ、少し使ってしまった」

「残りは大事に使わなくてはいけませんわね」

「力を合わせて倒すぞ」

「はい」


 息が整ったリーアは風魔法を放つ。それは老人の頭上に放たれ、巨木の枝を切り落として物理的な攻撃に移る。


「ほう、そう来ましたか」


 老人は枝を捌くために上を向く。それと同時に獅子民が走り出す。

 獅子民はがら空きになった脇腹に向かって飛ぶ。老人は素早く枝をカットし、そのうちの一本を左手でキャッチする。そしてキャッチした鋭利な枝を獅子民に向かって突き出す。しかし獅子民は急停止し、左にステップを踏む。すると獅子民がいなくなったその場から火の玉が現れた。


「ふふ、やはりそう来ましたか」


 リーアはそう言いながら口角を少し上げる。

 実は相手の行動を読んだリーアは、獅子民を壁にしてその背後に火の玉を追わせていたのであった。


「やはり利口でしたな」

 老人は慌てて左手を引く。それによって少しバランスが左崩れになる。そこにすかさず獅子民が地震を起こす。


「ふんっ!」

「また地震ですと!」


 これによって老人は完璧にバランスを崩す。獅子民はそのチャンスを逃さず、再びレイピアを折りにかかる。


「やらせませんぞ!」


 老人は左手に持っていた枝を捨て、腰の左側に下げている鞘を押し飛ばす。


「なに、鞘を!」


 獅子民はレイピアへの攻撃をやめ、飛んできた鞘を口でキャッチすると、すぐさま噛み砕いた。

 その隙に老人は体勢を立て直し、バックステップを踏んで距離を取る。


「ほっほっ、やりますな」

「ふっ、そちらもな」


 獅子民は銜えていた鞘を放り投げる。


「これで抜刀術は無くなりましたね」


 リーアは獅子民の近くに駆け寄りながらそう言う。


「うむ、そうだな」

「私も魔法を畳みかけますわ」

「頼んだ」


 リーアと獅子民が会話をしていると、老人はさきほどリーアが落とした木の枝を数本拾い上げていた。


「こちらも飛び道具を使わせてもらいますぞ」


 老人は左手に小枝を数本持ち、右手でレイピアを構えた。


「このフェーズで終わらせましょう」

「そうだな、体力的にもここがピークだ」


 リーアと獅子民は慣れない沼地での戦闘により、疲労が溜まっていた。いつ膝をついてもおかしくない状態であった。


「行きますぞ!」


 老人は先ほどまで行っていたフェンシングのような構えを止めるどころか、全く構えず走り出す。それと同時に小枝を数本投げる。


「私が落とします!」


 リーアは火の玉で小枝を迎撃する。


「よし、彼は私に任せろ!」


 獅子民はリーアを信じて老人に走り向かう。

 獅子民に向かって飛ぶ小枝は、宙で火の玉と接触して塵となる。そして獅子民が走ることによりその塵は吹き飛んでいった。


「正面から私に勝てるかの?」

「やってみなければ分からんだろ!」


 獅子民は真っ向から飛び掛かる。それに合わせて老人もレイピアで突きを狙う。


「間に合って……!」


 リーアは魔法を撃つ手を止め、クローキンスから借りたナイフを老人に向かって投げた。そしてすぐさま風魔法を唱え、ナイフを加速させる。


「ちっ、あれじゃ間に合わねぇ」


 クローキンスはポケットに忍ばせていた円盤型の機械を取り出した。


「これじゃ間に合わないわ……」


 リーアは両手を胸の前で組み、通常の魔法とは違う詠唱を始める。


「我投じたナイフを加速させたまえ、汝に我が生命の一部を授ける……」


 リーアは時魔法を唱え、投じたナイフを更に加速させる。


「ちっ、何が起こったんだ……?」


 時魔法の存在を知らなかったクローキンスは、ボタンを押すことを忘れて加速していくナイフを眺めていた。


「喰らえぇ!」


 獅子民が突き出されたレイピアに噛みつこうとしたとき、加速したナイフが老人のレイピアを弾く。


「何じゃと!」


 弾かれた老人の右腕は見事に上がり、獅子民はがら空きになった腕に噛みつく。

 ――しかし老人は左手に小枝を一本隠し持っており、獅子民の頬を目掛けて振る。


「ぐっ、またか!」


 獅子民は押し切ろうとするが、速度を見てもよくて相打ちであった。


「ちっ、これで終わりだぜ」


 カチッ。

 クローキンスは円盤の中心部にあるボタンを押した。すると老人に弾かれたナイフが宙で回転し、刃先が老人に向くと背中目掛けて飛び出す。


「これで終いじゃ!」

「負けんぞお!」


 ザクッ!


「ごふっ。なん、じゃ……?」


 ナイフは見事老人の背中に刺さり、老人は獅子民にもたれかかった。


「な、なにが起きたんだ……?」


 目の前の敵に集中していた獅子民は、すぐに状況が掴めない。


「ゴホッゴホッ。大丈夫ですか……?」


 リーアは膝に手をついて、少量の血を吐きながら獅子民を見た。


「リーア! なんだ、なにがどうなっているのだ?」

「ちっ、とにかく俺たちの勝ちってことだ」


 クローキンスはリーアに肩を貸し、獅子民のもとに向かう。


「み、見事な連携でしたぞ……」


 老人は力を振り絞って立ち上がる。そして背中に左手を持っていき、ナイフを抜いた。


「これは……。そうか、最初私にタックルしたのはこのためか……」


 老人はナイフと一緒に、クローキンスが持っている円盤型の機械より一回り小さいものを取った。


「ちっ、これとそのナイフは特殊な磁気で繋がっていてな。こいつとそのナイフだけが引き合う様になっている。つまりこれは磁気発生装置ってことだ」


 クローキンスは左手に持っている磁気発生装置を振って見せた。


「そうか、そうだったのじゃな……」


 老人はナイフをクローキンスに投げる。クローキンスはそれを難なくキャッチする。


「ちっ、そっちの小さい円盤は捨てておけ」


 老人が投げる前にクローキンスはそう言った。


「ほっほっ……完敗じゃ……」


 老人は両手を沼地につき、四つん這いになった。


「何故私たちを襲ったのだ?」


 獅子民は目の前で項垂れる老人に声をかける。


「私の使命はお坊ちゃんを守ることです。本当に、それだけなのです……」


 老人は涙を一滴垂らした。それは沼地に落ち、小さな波紋を起こした。


「そのお坊ちゃんが村の疫病の元なのか?」

「はい……。しかし命令に背けば坊ちゃんの両親が……」

「そうだったのか……」


 獅子民はこれ以上の詮索を止めた。


「ですが、あの村を助けるのが私たちの使命です……。喧嘩腰には行きません。なので会わせてはいただけないでしょうか?」


 クローキンスに連れられ、獅子民の横に来たリーアが持ち掛ける。


「そうですな……あなた方なら……」

「その前に応急処置だけ……」


 リーアはそう言うと、かがんで背中の血を止め、ガーゼをしいて包帯で巻いた。


「なぜ敵の私に……」

「あなたから悪意を感じなかったからですわ」

「ほっほっ、これは本当に完敗じゃ」


 老人の手当てを終え、リーアは立ち上がる。


「この奥にいるのですか?」

「はい……」


 老人は立ち上がろうとするが中々腰が上がらない。


「ちっ、あんた名前は?」


 クローキンスは手を差し伸べながらそう言った。


「ほっほっ、私はランドル坊ちゃんの執事をしております。リックと申しますじゃ」


 老人はクローキンスの手を借りながらそう伝える。


「ちっ、俺はクローキンスだ。リック、覚えておくよ」


 クローキンスはリックが立ち上がるのを確認すると、さっさと歩いて奥に向かって行く。


「私はリーアです、こちらが獅子民さん」

「すまぬな。ああいう奴なのだ」

「ほっほっ、分かっております。さぁ、坊ちゃんのところに行ってください。私にあなた方を止める力は残っておりませんでの」

「えぇ、ありがとうございました」

「次に会うときは仲間であって欲しいものだ。それではな、リック殿」


 クローキンスの後を追って獅子民とリーアも歩き出した。リックはそんな三人の背中を眩しそうに眺めていた。


「彼らなら坊ちゃまを……救えるかも知れませんな……」


 リックは希望の光でその三人が眩しく見えるのだと察知して、つい独り言が口をついたのであった。

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