第二十六話 ~銃と剣~
老人はレイピアを収めると、柄から手を放し、直立で獅子民らの行動を待った。
「ちっ、舐めてるのか?」
クローキンスは銃を構えたまま威嚇する。しかし老人は答えない。
「ちっ、ふぅっ。まさか弾丸を切るとはな」
クローキンスは銃口から上がる煙を一息で吹き飛ばし、一度ガンホルダーに拳銃を戻した。
「本当にいたのですね……銃弾を切る剣の達人」
「目にも止まらぬとはこのことだな……」
三人は二発連続で銃弾を切り落とした老人を前にして、一歩後ずさる。
「協力せねば倒せそうにないな」
獅子民が小さな声で二人に話しかける。
「そうですね。私の魔法なんて当たる気がしません」
「ちっ、厄介な相手だ」
「うむ、しかしセオリー通りに行けば簡単に倒せるかもしれん。私が前に出る。援護を頼むぞ」
「えぇ、分かりましたわ」
「ちっ、任せておけ」
三人は獅子民を頂点に三角形のポジションを取る。リーアは左で魔法を唱え、クローキンスは右で拳銃を構えた。
「二人と一匹ですか。良いでしょう、何人いようと何匹いようと変わりないですぞ」
老人はそう言うと、柄を右手で握って腰を深くする。
「行くぞ!」
獅子民が走り出すとともに、クローキンスは発砲し、リーアは火の魔法を放った。
老人が右手を僅かに動かすと弾丸は切れ、もう一度右手を動かすと火の玉が消え、最期は獅子民に焦点を合わせる。そして右手を僅かに動かす。
スパッ!
右手のみを見ていた獅子民は僅かに動いたそれを見逃さず、顔を僅かに傾けていた。そのおかげで鬣を切られただけに終わり、獅子民は顔の傾きを直すと真っすぐ老人に走り向かう。
「ほう、避けましたか」
老人の右手は既に戻っており、次の攻撃を開始しようとしていた。
「ちっ、おい嬢ちゃん、今から撃つ弾丸を切り落とされる前に火の玉で撃ち落とせ」
「分かりましたわ!」
クローキンスはリーアの準備が整ったことを確認すると、弾丸を発射する。リーアはそれ目掛けて火の玉を放つ。
老人と獅子民の中間地点で弾丸と火の玉が交錯すると、大きな黒煙がそこからモクモクと湧き立ち、獅子民と老人は互いが見えない状態となる。
「ちょっと、あれで良いのですか!?」
リーアはすぐクローキンスに文句を言う。
「ちっ、これしか方法は無いだろ。ライオンの鼻を頼るしかねぇ」
クローキンスは獅子民を信頼して煙幕を焚いた。そのおかげで、老人は攻撃を中断した。
「クローキンス殿、助かったぞ……」
獅子民は独り言のようにクローキンスに感謝を述べ、猪突猛進する。そして煙幕が張られる前に老人がいたと思われる地点に辿り着くと身をかがめた。それこそ泥水が口に入るギリギリまで身を低くした。しかし煙幕が濃く、人影は認められない。
「クソ、予想以上に濃いな……」
獅子民が困惑していると、カチャン。という音が目の前数メートル先で鳴る。獅子体は即座に身を横に飛ばす。
スパッ!
「ぐっ!」
今度は獅子民の左後ろ脚を捕らえ、掠り傷を与えられる。
「少し回避が遅れてしまったか……」
獅子民は切られた傷を見たのち、黒煙の中を見渡す。
「これじゃあ手出しが出来ないわ」
「ちっ、そろそろ晴れるはずだ。準備しておけ」
クローキンスはそう言いながらスナイパーバレルを取り付け、リロードを行っていた。
「分かりましたわ」
リーアは命令口調のクローキンスを少し睨むと、すぐ魔法の詠唱に移った。
しかしクローキンスの予想通り、煙幕は徐々に薄まっていき、獅子民と老人のシルエットがぼんやり浮かび始める。
「見えましたわ!」
リーアは唱え終えた火の魔法を老人に向かって飛ばす。
投げると同時に、ボウッ。と音が鳴ったことにより、老人はすぐに体の向きを変えてリーアの方を向く。するとリーアと目が合うはずであったが、なんと老人は目を瞑っていた。
「み、見てないわ……」
「ちっ、今は音だけに全集中を注いでるのか」
老人はそっとレイピアの柄に手を添え、ゆっくりとそれを握った。そして体制を低くすると、右手を僅かに動かす。すると忽ち火の玉は二つに分裂し、沼に沈んでいった。
「何て精確な斬撃……」
「ちっ、これが抜刀術ってやつか」
老人の右手はすでに腰の鞘まで戻っていた。
「ほっほっ、どうやら煙が消えたようですな」
老人はそう言いながら目を開けると、獅子民、クローキンス、リーアの順に立ち位置を確認する。
「やはり先ほどの斬撃は当たっていたようですな」
老人はしゃんと立ちながら獅子民の足を見る。
「ぐっ、流石だな……そのレイピアも体の一部と言うことか」
「ほっほっ、有難きお言葉」
老人はそう言うと、軽くお辞儀をした。直るとすぐ右手を柄に戻し、体制を低くする。
「誰かさんと違って紳士だわ」
「ちっ、そうだな。それに加えて腕も立つ」
クローキンスは標準を老人に合わせたまま、一向に撃つ気配はない。弾丸が切られると分かっていたからこそ、クローキンスは敵の隙を伺っていたのであった。
「来ないのですか? ならば私から行きますぞ?」
老人はそう言うと、右手を僅かに動かす。
「来るぞ!」
一番老人の近くにいる獅子民が叫ぶ。その声でリーアとクローキンスも左右に散る。
……。数秒経ったが何も起きた気配が無い。
「二人とも、大丈夫か?」
「えぇ、私は何とも」
「ちっ、俺もだ」
「それはそうです。抜刀術だけが本分じゃないですからのう」
老人は鞘からレイピアの刀身をさらけ出す。それ即ち、三人は初めてレイピアの刀身を見たことになった。
「細長くしなやかな刀身ね……」
リーアの言う通り、レイピアの刀身は極限まで細長く作られており、その上鞭のように丈夫なしなやかさを備えていた。
老人はレイピアを軽く弄ぶと、刀身を地面と平行にし、剣先を獅子民に向けた。それはフェンシングの構えに似ていた。
「行きますぞ」
老人は軽い足取りで獅子民に近付いて行く。まるで平坦な道を走るように沼地を進んでくる。
「なに! 早い!」
獅子民は素早く構えるが、老人はすぐそこまで来ていた。
シュンッ。
レイピアはしなりながら空を切る。しなった剣先は弧を描いて獅子民に襲い掛かる。
「まだ躱せ――ぐぬっ」
攻撃を躱そうとしたとき、先ほど受けた傷が痛み、獅子民はガクッとバランスを崩す。
「獅子民さん!」
「ちっ、しょーがねぇ」
バンッバンッ!
クローキンスは二連射し、相手の意識を防御に寄せようとする。
するとその企み通り、老人はレイピアを獅子民から引き、クローキンスが放った弾丸を切り落とす。
「この状況で二発とも急所を狙っているとは、良い腕をお持ちだ」
老人は獅子民から距離を取ると、再びレイピアを構えた。
「ちっ、俺が時間を稼ぐ。ライオンを手当てしてやれ」
クローキンスはリーアの答えも聞かず、獅子民とリーアから離れる。
「おや、仲間から離れて……。では、あなたから始末させてもらいますぞ」
「ちっ、あぁ。それなら俺も好都合だ」
クローキンスは銃をしまい、獅子民とリーアが老人の死角に入るように歩き続ける。
「奇襲を狙っているわけではないようですな?」
「ちっ、当たり前だ。一対一でお前を倒してやる」
「ほう、あなたの銃で私を倒せるのかね?」
「……」
老人はクローキンスとの一騎打ちを買い、リーアと獅子民に背中を向けてクローキンスに体の正面を向けた。
クローキンスも程無くして立ち止まり、振り返って老人と対峙する。
「さぁ、銃を抜きなさい」
老人は先ほどと同じ構えでクローキンスを待つ。
「ちっ、あくまでも騎士道ってか」
そう言いながらしかし、クローキンスは銃を抜かない。
「どうするつもりだね?」
「ちっ、まだ銃は必要ない」
クローキンスはそう言うと、右の尻ポケットから手に収まるサイズの円盤型の何かを取り出した。
「それで私を?」
「……ちっ、楽しみは取って置け」
クローキンスは微笑した。それを見た老人も微笑する。
「では、参るぞ」
老人は軽いステップでクローキンスに近付いて行く。左右に振るわけでもなく、真っすぐクローキンスに向かう。
「ちっ、やるか」
クローキンスはそう呟くと、なんと老人に向かって走り出す。
「自棄を起こしたか……」
老人はレイピアをしならせてクローキンスの背中を刺そうとする。
クローキンスはそれを見ると更に加速し、体を前のめりにして老人にタックルする。
「何を!」
老人は手首を更に返し、抱きつくクローキンスの背中に剣先を掠らせる。
「くっ」
クローキンスは剣先が背中に刺さる寸前で横に飛び、横っ飛びしながら銃を抜く。
「……何をしなさった」
老人はクローキンスを隈なく見るが、右手に持っていた円盤を左手に持ち変え、それによって空いた右手に銃を握っているくらいの変化しか見受けられなかった。
「ちっ、なんだろうな」
クローキンスはまたも微笑しながら、円盤型の何かを一度ポケットにしまい、スナイパーバレルとウエストバッグにしまうと、その代わりに変わった形をしたナイフを取り出した。
「まさか剣でやり合うおつもりか?」
「ちっ、まさかね」
クローキンスはナイフの柄部分を拳銃の銃口に差し込み、リボルバー部分も取り外して新たなリボルバーをはめる。
「ちっ、一発で仕留める」
「ほう、その自信だけは認めよう」
取り換えたリボルバーはフレアガンのように一発しか入らない仕組みになっており、クローキンスはそこに大きな弾丸を一発込めた。
「準備は出来たかね?」
「ちっ、あぁ、あんたなら待ってくれると信じてたぜ」
クローキンスは外したリボルバーをウエストバッグに入れ、ポケットにしまった円盤を取り出した。
「いざ尋常に、参る!」
老人は軽やかなステップでクローキンスに近付く。
片やクローキンスは先ほどのように走らず、拳銃をしっかり構えた。
「ちっ、一発だからな……」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、クローキンスは標準を定めた。
バンッ! シュルルルル。
発砲と同時にナイフが飛ぶ。ナイフには紐が括りつけてあり、グラップルガンのように射線を明確に残していく。しかし、
「何処を狙っているのですかな?」
なんとナイフは大きく右に飛んでいた。クローキンスは正念場で大きく的を外し、ナイフはあらぬ方向に飛んで行ってしまった。しかしクローキンスは笑っていた。
「これで終わりですぞ」
老人はレイピアを真っすぐ伸ばしてクローキンスの顔面に剣先を合わせる。その時、クローキンスは左手に持っている円盤型の機械の中心部にあるボタンを押した。
「ちっ、帰って来るぜ?」
クローキンスのその言葉に、老人はすぐ振り返る。するとあらぬ方向に飛んだはずのナイフが老人目掛けて飛んできていた。
「な、なんじゃと!」
老人はすぐにレイピアを構え、飛んでくるナイフに備える。
クローキンスはその間にリボルバーを外し、バッグから通常のリバルバーを出して拳銃にはめる。そして拳銃を老人の後頭部に押し付ける。はずだった……。
「残念、読みが甘かったの」
そう言う老人は、空いている左手でナイフを掴み、レイピアの剣先をクローキンスの喉元に持ってきていた。
「ちっ、マジかよ」
剣先が喉に少し刺さる。
「降参かね?」
「ちっ、俺は降参だ」
「ほう、あのお嬢さん一人で何か出来ると?」
「ちっ、いや一匹忘れてるぜ」
クローキンスは構えていた拳銃をガンホルダーに戻し、両手を後頭部に添えながら後退した。
「とりあえず君には下がってもらおうかの」
「ちっ、言われなくても」
クローキンスは老人に背を向けて歩き出す。それと入れ違う形でリーアと獅子民が前に出る。
「ちっ、やれるか?」
「やれるかじゃないわ。やるのよ」
すれ違いざまにリーアはそう答えると、リーアと獅子民は老人と距離を取って正面に立った。
「傷は癒えたかね?」
「うむ、もう油断はせぬぞ」
獅子民は老人に睨みを利かせる。老人はそれを見て軽く頷くと、視線をリーアに移す。
「お嬢さんも戦うのかね?」
「あら、何度か切った火の玉。覚えてないかしら?」
「ほっほっほっほっ。分かりました。まとめて相手をしましょう」
老人は左手に持っていたナイフを軽く投げた。それはリーアの足元に落ち、リーアはそれが沈まないうちに掬い上げた。
「ちっ、護身くらいには使える。もっておけ」
クローキンスはリーアがナイフを返そうとする前に、後ろから声をかけた。
「すみません。お借りしますわ」
リーアはナイフを右手に持ち、左手には魔法を纏った。
「行くぞリーア」
「えぇ、いつでも」
老人はレイピアを鞘に収め、抜刀術の体制に入った。
「それでは参りますぞ」
老人は右足を前に出し、体を少し前屈させ、獅子民とリーアを交互に見た。




