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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十五話 ~足音の先で~

 木の上を歩き始めた三人は、高所を歩いていることにより、先ほどより周囲を警戒しながら進んでいた。


「なんかすげー目立ってる気がするな」

「そうね。でも私たちを追ってくる木人はもういないわ」

「そうだけどよ~、なんか嫌なんだよな」

「ははっ! 意外と神経質なのかな?」

「い、いや! そういうことじゃ無いすけど!」


 ユーニのツッコミで場の空気が少し和む。


「あ、そうだ! ユーニさんはなんでそんなに剣の扱いが上手なんすか?」


 初汰は無理矢理話を逸らす。


「う~ん、剣の扱いか……う~ん」


 ユーニはそう言うと、言いづらそうに口ごもった。


「あの、無理にお話しなさらなくても……」


 初汰が気を遣った台詞を言えないので、リーアが代わりに言葉をかける。


「いや、実はな……少しだけ国家軍に属していたんだ。今はそれを後悔している」

「……あ、えっと、そうだったんすか」


 聞いた張本人の初汰は、気まずそうに受け答える。


「それで剣の扱いには長けている。だがこの剣は無作為に振りたくない。もう刃についた血を拭いたくないのだ……」


 今まで明るく振舞っていたユーニだが、声の調子を落として腰に下げている剣の柄を力強く握っていた。


「えっと、すんませんでした」

「ははっ、良いんだよ! それを償うために旅をしているんだから」

「不躾な対応ですみません」


 リーアは初汰の言動に見かねて謝罪を入れる。


「ははっ、良いんだ良いんだっ! 暗い話はおしまいだ」

「初汰、ここはフェアに行くわよ」


 国家軍に属していた目的の人物を見つけた今、リーアは小声で初汰に耳打ちする。


「お、おう。分かった」

「私から行くわ」


 リーアはそう言うと、一度小さな咳ばらいをして話始める。


「実は私も上にいたんです。しかし戦争を止めたくて……」


 リーアは伝えるべき情報を選別して今までの経緯を説明した。アヴォクラウズから降りてきた理由。反乱軍を結成していたこと。そして幻獣十指の一人を倒したこと。リーアはここまで説明すると口を閉じた。スパイの可能性も含め、囚人だった曜周のことは隠した。


「そうか、貴女も強い意志をもって降りてきたのだな。それにその意思がすでに行動に示されているとは」


 ユーニは感心はしているものの、二人に背中を向けたまま話を聞き終える。


「して、幻獣十指は手強かったか?」

「はい、仲間がいなければ勝てませんでした」

「確かに強かったな。でも仲間がいたから……勝てたな……」


 初汰の声は段々と沈んでいった。


「その、ごめんなさい初汰……」


 過ちに気づいたリーアはすぐに謝る。


「俺が覚えている限り、アイツは死なない」

「そうね……」

「仲間を失ったのか……。その痛み、忘れるなよ。初汰」

「は、はい!」


 ユーニの言葉は強く優しく初汰を包んだ。初汰はそれを感じ取り、力強く答えた。


「私、重い空気にしてしまって……」

「ははっ、気にするな。私だって傷心話をしてしまったからな」


 ユーニはリーアが謝るよりも先に二人を慰めた。


「はい、ありがとうございます」

「俺、頑張ります」

「よし、これで気合も十分だな! ははははっ!」


 ユーニにつられて初汰とリーアも微笑む。またしてもユーニのおかげで和やかなムードを取り戻した三人は、真っすぐ歩き続けたのち、ついに神木の上部を賑やかにしていた木の葉が見え始める。


「そろそろこの木を降りるときのようだな」

「あ、本当だ。もうそんなに歩いたのか」

「ここからは気張らないとね」


 歩く木の幹は徐々に細くなり、枝分かれし始めていた。それを見た三人は神木から降りる準備を始めた。


「よし、先に私が降りよう」

「リーアは最後な。何か見えたら教えてくれ」

「えぇ、分かったわ」


 ユーニが先陣を切って沼地に入る。それに続いて初汰が沼地に両足を踏み入れた時、周りの木々がざわめき始めた。


「な、なんだ!?」

「二人とも止まってください!」


 リーアの声で二人は静止する。 

 木々は尚もざわめいている。三人が静止したことにより、静けさは倍増しであった。


「リーア、なにか見えるか?」

「いえ、今のところ」

「なんだっていきなり木が揺れ始めたんだ?」

「分からないわ……」


 初汰とリーアが会話をする中、ユーニは黙って辺りを見回していた。


「しっ、静かにするんだ……」


 ユーニは立ち止まりながらそう言う。初汰とリーアは黙ることでそれに従う。


「耳を澄ませるんだ……。聞こえてくるはずだ……」


 ユーニの助言に二人は耳を澄ませる。

 パシャパシャパシャパシャ。

 沼地を走り来る一人分の足音が二人の耳に届く。


「あ、足音だ……!」

「本当だわ……一人のようね」

「いや、よく聞くんだ」


 ユーニは険しい顔のまま少し身をかがめた。

 パシャパシャ。パシャパシャ。

 先ほどの足音から少ししたのち、続いて二人の足音。それに加えて人間とは思えない足音が一つ。


「初汰、これはもしかして……?」

「あぁ、オッサンたちかもしれないな」

「オッサンとな?」

「さっき話してた他の仲間だ」

「なるほど、ということは、君たちの仲間さんも私たちが聞いた足音を追っていると予想したほうが良さそうだな」

「ってことはつまり、そいつが元凶か!」


 初汰は自己解決するや否や、激しい波紋を起こしながら足音がした方向に走り出す。


「ちょっと初汰!」


 すぐに追いかけようとリーアは沼地に入る。


「待つんだ、罠の可能性もある。ここは私が行こう。君は距離を取ってゆっくりついてくるんだ」

「わ、分かりましたわ」


 ここまで冷静な判断を下せる人物が近くにいなかったこともあり、リーアは少し驚きながら返事をした。

 リーアの返事が聞こえるとすぐ、ユーニは急いで初汰の後を追った。


「待つんだっ!」

「うおっ!」


 ユーニは歩幅が大きく、すぐ初汰に追いつくと肩をグイっと引っ張った。


「なにすんだ!」

「落ち着けっ! 足音はこちらに近付いている。つまりは挟み撃ちに出来るということだ」

「挟み撃ち!? ……た、確かに」


 初汰は落ち着いて足音に耳を澄ませた。するとユーニが言った通り、足音はどんどん初汰たちに近付いていた。


「だからここで待つんだ」

「わ、分かったよ」


 初汰は落ち着きを取り戻し、その場に立ち止まった。すると冷静になった初汰の目の前には、盛り上がった巨木の根だらけになっていることに気が付いた。それはまるで根で出来た迷路のようであった。


「何だよこれ……」

「足音はこの中だな」

「こっち側に出てくる確証はあるのかよ?」

「それは……無い。しかし聞け、足音を」


 確証はないものの、ユーニの力強い言葉に初汰は黙って足音を待つ。

 パシャパシャパシャパシャ……。

 足音は出口寸前で止まった。


「お、おい、止まったぞ?」


 初汰はそう言いながらじりじりと前に出て行く。


「待て、罠かもしれんぞ」

「……でも……」

「なんだ?」

「でも、目の前にいる奴を倒せば村のみんなを助けられるかもしれないんだぞ!」

「だが、私たちが負けたら本末転倒だっ!」

「だからって逃げんのか!?」

「……!」

「俺は、俺には、これしか出来ねーからよ……」


 初汰はユーニの手を振り払い、巨木の根で出来た迷路に入っていく。


「私は……また……。いや、違う。前に進むときが来たのだっ!」


 ユーニは自らを鼓舞するようにそう呟くと、走り行く初汰の背中から目を離さず、そのあとを追った。


「何か動きがあったのね……。私も追いかけなきゃ」


 少し離れて見ていたリーアも二人の後を追って迷路に足を踏み入れた。


 一方獅子民たちは……。


「はぁはぁ、奴はどこに行ったのだ……」

「いつの間にか根っこに囲まれてるっす」

「ちっ、ここに入った途端奴の動向が掴めなくなったな」

「もしやここが本拠地なのやも知れんな」


 獅子民らも足音を追った末、根で出来た迷路に迷い込んでいた。


「ちっ、足音も無くなったな」

「どうするっすか?」

「とりあえずは纏まって行動するしかないようだ」


 獅子民がそう言うと、奥の方からまばらに足音が聞こえてくる。


「む、突然こんなに足音が……!?」

「もしかしたら、初汰たちもここに来たんじゃないっすか!?」

「ちっ、あり得るな。ひとまず合流するのも手か」


 三人は足音がする奥を目指して歩き出す。

 盛り上がった根は視界を悪くさせため、三人は右往左往して根を避けながら前に進んでいく。すると、


「っ! 違う足音がしたっす!」


 スフィーはそう言うと、突然一人で走り出してしまう。


「待てスフィー!」


 獅子民はすぐにスフィーを追おうとしたが、左から近付く違う足音を耳にする。


「誰だ!?」


 獅子民はスフィーの背中から目を逸らし、左方に戦闘態勢を取った。


「この声、獅子民さんですか?」


 そう言って木の根から姿を現したのはリーアであった。


「リーア!」

「ちっ、今度は本物のようだな」


 獅子民とクローキンスは警戒を解いてリーアに近付く。


「やっぱり皆さんもここにいたんですね」

「ちっ、分かってたのか?」

「えぇ、足音が聞こえたの。獅子民さんたち以外にも一つ」

「そうだったのか、実は私たちもその足音を追ってここに入ったのだが、その正体を逃してしまってな」

「それでは分からず仕舞いってことなのですね?」

「ちっ、残念だがそうだ」

「ところで、スフィーはどうしたのかしら?」


 リーアは二人の後ろを背伸びをしながら覗き見る。


「すまない、ついさっきはぐれてしまったのだ」

「もしかして私の足音で……」

「……」

「ちっ、まぁ……」


 獅子民は目を逸らし、クローキンスはラムネを口にくわえた。


「……すぐに探しましょう」

「そ、そうだな!」

「ちっ、行くか」


 三人は足音の正体を突き止めるため、プラス、スフィー捜索のために歩き出そうとしたとき


「確かこっちに走っていった気がするのだが……」

「ちっ、そうだったか?」

「ふふ、お二人とも冗談がお好きなのですね……。冗談……ですよね?」

「……」

「……」


 獅子民とクローキンスはまたしても目を逸らした。


「はぁ、とりあえず歩きましょう……」

「うむ」


 三人は無音の迷路を何の手掛かりも無く歩き出した。

 足音を聞くためか、三人はしばらく黙って沼地を歩いて行く。するとその沈黙を裂くように、沼に大きな何かが落ちる音が響く。


「何事だ!?」

「ちっ、巨大モンスターでも出てきたか?」


 三人の近くに何かが落ちてきたようで、三人は振動に耐えながら辺りを見回す。


「この振動……何が落ちてきたの?」


 振動が徐々に収まってくると、リーアは目の前にある根の影から剣の柄が飛び出していることに気が付く。


「誰かいるの!?」


 リーアの声に反応し、ぴちゃぴちゃと足音を立てながら一人の老人が姿を現した。白髪をオールバックにしており、襟足の左端だけを伸ばして三つ編みに結っている。背筋はしゃんとしており、髭も生やしておらず、清潔で凛々しい顔つきをしている。


「あなたは誰?」

「執事。とだけ言っておきましょう」


 老人はそう言うと、タキシードのジャケットを正した。


「そこを通してもらえんかね?」

「それは出来ません」

「ちっ、撃つぞ?」


 クローキンスはそう言いながら既に銃を構えている。


「ほっほっ、喧嘩っ早いですな」

「ちっ、冗談じゃないからな?」


 バンッ!

 銃声は迷路全体に響いた。それは初汰とユーニにも聞こえていた。


「今の銃声……!」


 初汰は立ち止まって音の行方を探る。


「初汰っ! やっと追いついたぞ」

「今の聞こえたよな?」

「あぁ、銃声が」

「俺の仲間のなんだ」

「仲間のか、しかし反響してどこからなのか分からないな」

「クソ、元凶はどこにいるか分からねーし、あいつらの場所も分からねー。ハハッ。やっぱり失敗だったかな」

「初汰よ、自分の決断に惑うな。お前が選んだ道だ」

「……そうだよな。俺は前に進むしか出来ねぇ」


 初汰はユーニの顔を見た。ユーニはそれに応えるよう力強く頷く。

 ――その瞬間、初汰たちの近くでも沼に何かが落ちてきたような音がし、微振動が起こる。


「なんだ今の音!」

「少し揺れているようだな」


 初汰は振動に足を踏ん張っているが、ユーニは悠然と立っている。

 そして振動が収まると、音がした方角の根から老婆が現れる。腰はだいぶ曲がっており、杖をついている。髪は灰色で、てっぺんでお団子ヘアにしており、顔はしわくちゃであった。


「婆さん、もしかしてあんたが落ちてきた音じゃないよな?」

「ふぁふぁ、なんのことかえ?」

「初汰、間違いないぞ」

「敵ってことだな」

「困ったのぅ。すぐ敵とみなされてしもうた」


 老婆は根の影から全身を出すと、杖で強く地面を突く。すると沼がボコボコと音を立て、泥人形が二体生まる。


「今度は泥かよ!」

「また切りの無い戦いが始まりそうだな」

「老婆を叩けば終わる話だろ」

「ははっ、そうだな。よし、一体ずつ相手をするぞ」

「おうよ」


 初汰は木の枝を剣に変化させ、ユーニは白い剣を抜いた。


「さて、こちらも始めようかねぇ~」


 老婆はそう言うと再び地面に杖を突く。するとそれを合図に泥人形が動き出す。すると――

 バンッ!

 再び銃声が沼地に響いた。


「ちっ、こいつは本物だ……」


 銃口は凛と立つ老人に向けられている。しかし銃弾は老人に掠りもしていない。

 カチャン。

 老人は構えていたレイピアを静かに収めた。

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