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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十三話 ~打開の一発~

 二人と思われる影はゆっくりとこちらに向かって来る。


「木人は撒いたっぽいっすね」

「うむ、しかしあんな大きな根は出ていたか?」

「ちっ、あんなものは無かった」

「退路は断たれたってことっすか?」

「進めば進むほど道が塞がれていくのか。奥地へ行くのは良いが、脱出が困難になりそうだな」


 獅子民は盛り上がった根を遠目にそう言う。


「ちっ、面倒だがそう言うことだな」

「それにしてもあの二人遅いっすね」


 スフィーがそう言ったことで、獅子民とクローキンスは歩いて来る二人の人影を見る。


「確かにそうだな」


 上半身を左右に大きく揺らしながら二人はゆっくりと近づいて来る。


「ちっ、さっきから思ってたんだが、なんだか妙だ」

「なにがっすか?」

「あいつがあんなに静かなわけが無い」

「うむ、確かに初汰らしくはないな」

「しんがりを務めてたんだ。何か大声で文句でも言いそうなもんだと思ってたが……」


 クローキンスは拳銃を静かに握る。獅子民とスフィーはクローキンスの言葉を聞いて、少し警戒心を高める。


「おい! そこで止まれ!」


 クローキンスは拳銃を握りながら声を張る。しかし初汰とリーアだと思われる影は足を止めない。


「いよいよ怪しくなってきたっすね」

「うむ、準備をしておこう」


 獅子民とスフィーも少し身構える。しかし三人は早とちりせず、相手をこちらに引き寄せて無駄な労力を割かないようにする。

 大分近付いてきたが、俯いているせいで顔は見えない。顔を除いた外見は全く一緒と言っても過言では無かった。


「ちっ、聞こえなかったのか? 止まれ!」


 それでも二人は止まらない。クローキンスは銃を抜き、二人に銃口を向ける。


「ちっ、止まらないなら撃つ。冗談じゃねーぞ」

「クロさん発砲はさすがに――」


 バンッ!

 クローキンスはスフィーの声を無視して発砲する。その弾丸は音とともに天高く上り、そして静まった。しかし二人はこちらに向かってくる。


「ちっ、やるぞ」

「は、はいっす!」

「それしか道は無さそうだな」


 三人は本格的に戦闘態勢をとる。獅子民とスフィーが前に出て、クローキンスは少し下がって後方支援に回る。


「何をしてくるか分からん。探りながら行くぞ!」

「りょーかいっす」

「ちっ、そっちに合わせる」


 クローキンスは拳銃のまま構える。獅子民とスフィーは動きづらい沼の中を動き出す。クローキンスの射線を開け、獅子民は右、スフィーは左、下がった真ん中にクローキンス。と三角形の陣形をとる。

 三人が散らばったことにより、前を歩いていたリーアらしき人物は右の獅子民に向かい、後ろを歩いていた初汰らしき人物は左のスフィーに向かう。


「よし、うまく分断できたぞ!」

「なるべく引き付けるっすよ!」

「ちっ、さっさと片付けるぞ」

「スフィーのほうを先に頼む!」

「任せろ、すぐに済ませる」


 クローキンスは狙いを定め、スフィーを追う初汰らしき人物を撃つ。

 バンッ!

 頭がキレイに吹き飛ぶ。すると足を止めてその場に立ち尽くす。クローキンスはそれを確認すると、次に獅子民を追うリーアらしき人物を撃つ。

 バンッ!

 こちらもキレイに頭を落とす。そして動かなくなる。


「よし、一旦集まるぞ」


 獅子民とスフィーはクローキンスのもとに戻る。


「ちっ、動かなくなっただけか?」

「先ほどの木人同様なら、沼に飲み込まれるはずだが……」


 三人は身構えたまま、立ち尽くす二人を監視する。

 ぼこぼこっ。


「何事だ?」

「ちっ、やっと死体回収か?」


 すると次の瞬間、初汰とリーアを偽っていた二人の両肩は小さな破裂を見せた。


「うわ! なんすか!?」


 三人は小さな破裂音を耳にして、前方に目を凝らす。

 すると破裂した両肩から徐々に皮膚が剥がれていく。


「ちっ、どういうことだ?」

「むう、今までの奴らとは様子が違うようだな……」


 肩から落ち始めた皮膚のようなものは、次第に色を失っていきそれは泥に変わった。上半身から泥の膜が剥がれていき、全身を覆っていた泥の皮が無くなり、初汰とリーアを偽っていた二人の正体があらわになる。


「ちっ、やはり木人だったか」


 泥が剥がれると、二体の木人が現れた。しかし先ほどの木人らとは違い、この二体の木人は沼に吸収されず立ち尽くしている。

 クローキンスは何かを察知したようにリロードを始める。

 ぼこぼこっ。再び沼地が泡を吹く。


「なにか来そうっすね」

「うむ、油断するなよ」


 泡は激しく沸き上がり、二体の木人を囲んで水面が揺れ始める。

 そして次の瞬間、水面が大きな波を立てて木人を包み込んだ。沼地で起こる波は濁流そのものであった。


「何が起きたっすか!?」

「二人とも、私につかまれ!」


 獅子民は濁流に飲まれぬよう、二人を自分のもとに集める。

 濁流は木人二体のみを包み、獅子民たちがいる地点までは届かなかった。


「とりあえず助かったな」

「そうみたいっすね」

「ちっ、そうでもないみたいだぞ」


 濁流が収まると、そこには二体の木人が立っていた。それも全身が再生され、先ほどとは違う泥を纏って現れた。男一体、女一体なことに変わりは無かった。


「先ほどとは違う風貌になったな」

「なにか関係があるんすかね?」

「ちっ、考えてる暇はねぇぞ」


 木人二体は泥を被ったことで勢いを取り戻し、三人に襲い掛かる。

 男型は逞しい体つきをし、髪の毛は短く上がっている。女型のほうは、肩ほどまで伸びた髪を揺らし、華奢な手足で沼地を力強く走ってくる。互いに顔はよく見えない。


「やるしかないっすね」

「私が前に出る!」

「ちっ、無理はすんなよ。足手まといになるだけだ」


 木人二体は俯いたまま一心不乱に向かってくる。獅子民はスフィーとクローキンスの前に立ち木人二体の進路を潰す。


「かかってこい!」

「あたしもやるっすよ!」


 スフィーもやる気満々で獅子民の横に立つ。


「私より前には出るなよ?」

「分かってるっすよ」


 木人はすぐそこまで来ていた。先を走る女型は沼からジャンプしたとは思えない跳躍力で獅子民に襲い掛かる。


「なに!? どうやってそんな跳躍を!」


 獅子民は普段からは想像できぬ重い身のこなしで間一髪回避する。


「大丈夫っすか?」

「スフィー!」

「え!?」


 一瞬目を逸らした隙に、男型の木人がスフィーめがけて襲い掛かっていた。女型同様、その跳躍力は計り知れなかった。

 獅子民はぬかるむ足場を暴れるようにしてスフィーのもとに向かう。


「うおぉぉぉぉ!」


 ぼごんっ!

 木人は高く舞ってその勢いを活かして拳を振るう。着地の衝撃で水しぶきがあたりに飛び散る。


「だ、大丈夫か?」

「あたしは大丈夫っす……って獅子民っち!」


 今の一撃を掠っており、右横腹から血を滴らせる。


「これくらいなら丁度いい傷だ。これで私も力が出せる」

「そ、そうなんすか?」


 獅子民の能力の全容を知らないスフィーは首を傾げた。


「ちっ、早く立て直せ!」


 クローキンスは拳銃を構え、一発ずつ弾丸をお見舞いする。


「すまない、クローキンス殿!」

「ちっ、いいから構えろ!」


 木人はクローキンスの射撃から立ち直り、すでに行動を開始している。

 獅子民は痛みを耐えながらスフィーの前に入る。


「まずは一体だ!」


 獅子民は両足に力を入れ、木人にも劣らない跳躍を見せる。

 木人に感情は無く、飛び掛かる獅子民を恐れもしない。そしてそのまま獅子民は女型の木人にのしかかる。再び大きな水しぶきが上がる。


「ちっ、スフィー、もう一体もやるぞ!」

「は、はいっす!」


 スフィーは後方を確認し、クローキンスの射線を取りながら男型の木人に接近する。

 ザバザバと大きな音を立てて近づいたが、木人はスフィーのことを気にも留めない。木人はただ真っすぐ前進し、今しがた水しぶきが起きた獅子民と女型の木人がいるところを目指しているようであった。


「これはラッキー!」


 スフィーは目一杯ジャンプし、沼地から足を出す。そして得意の蹴りを木人の背中に浴びせる。

 ――しかし木人はそれを察知し、急に振り返るとスフィーの右足を掴んだ。


「え……うそ」


 スフィーはそのまま木人の足元に投げ落とされ、すぐに木人はスフィーを押さえつける。


「んぼっ! ごぼぼぼっ!」

「ちっ、何やってやがる」


 クローキンスはウエストバッグからスナイパーバレルを取り出し、男型木人の腕を狙って狙撃する。

 バンッ!

 それは見事命中し、スフィーが勢いよく顔を出す。


「っは! はぁはぁはぁはぁ、助かったっす」

「ちっ、早く立て」


 木人は右腕を失ってもなお、怯まずスフィーに攻撃を続ける。

 スフィーはクローキンスの指示通りすぐに立ち、木人と距離を取る。


「ぐぬおぉぉぉぉ!」


 その時、水しぶきが上がった地点から獅子民が雄たけびを上げる。

 しぶきが収まったことにより、ようやく獅子民の姿を視野に捉えることが出来る。

 獅子民は襲い掛かった女型の木人を沼にめり込ませるようにして踏みつけている。木人はどんどん沼に沈んでいき顔面はぬかるむ泥で覆われ始めていた。


「ぬぁぁぁぁ!」


 獅子民が再び叫ぶと、踏みつけていた頭部がもぎ取れ、木人は首無しとなって沼に浮かんだ。


「はぁはぁ、変換するにはダメージが少なかったか……」

「獅子民っちすごいっす!」

「ちっ、おい、よそ見すんな!」


 男型の木人は左手一本でスフィーに襲い掛かる。


「うわっとと」


 スフィーは軽い身のこなしで攻撃を躱す。そしてすぐに踏み切り、強烈な蹴りを顔面に当てる。今度は綺麗に直撃し、木人の頭部は破損する。今回は頭部が半分破損しただけであったが、木人の動きは止まった。


「はぁはぁ、さすがに終わりっすよね……」

「そうであってほしいものだが」


 スフィーと獅子民の足元には、それぞれ倒した木人が浮かんでいた。


「ちっ、無駄に弾を消費しちまったな」


 クローキンスは素早くリロードし、拳銃を腰のガンホルダーに差した。

 沼に浮かぶ二体の木人は動かない。三人はしばらくそれを眺めた。


「ア、ガガガ、ラ」


 獅子民の足元にいる木人が喋り始めた。


「なに、喋るのか!? しかし首は……」


 獅子民は木人から距離を取る。


「ル、ラ、ルルド、ル」

「こっちもっすか!?」


 今度はスフィーの足元に浮く木人が声を出す。しかしどちらも首から上は無い。

 ぼこぼこっ。

 再び水面が音を立て始める。スフィーもその音で素早く後退する。

 そして二度目の濁流が起き、再び木人二体はそれに飲み込まれる。


「ちっ、ふざけやがって!」


 クローキンスは手際よく銃を抜くと、そのまま構える。しかし標準は定まらない。


「ランドル、ランドル……」


 泥に飲み込まれた二体の木人は、先ほどとそっくりそのままの様相で静まった濁流から姿を現す。そして先ほどよりも明瞭に言葉を発した。


「わ、がこ」

「ちっ、なんか言ってやがるな。おい、下がって来い!」


 クローキンスは獅子民とスフィーに指示をする。


「りょーかいっす!」

「うむ、その方がよさそうだな」


 獅子民とスフィーは木人が動き出すよりも前にクローキンスがいる地点まで下がった。


「ちっ、こいつを使うか……」


 クローキンスは左太ももに左手を伸ばし、ポケットのホックボタンを外すと数少ない真っ赤な銃弾を二発取り出した。そして拳銃のリボルバー部分を丸ごと外し、ウエストバッグにしまう。そしてそのままバッグから、こちらも真っ赤に染まったリボルバー部分を取り出す。

 カチッ。

 拳銃に新たなリボルバーをはめ、赤い銃弾を二発だけ装填する。


「戻ったっす!」


 獅子民とスフィーがクローキンスのもとまで戻ってきた。


「ちっ、下がってろ」

「え、でもクロさんを護衛しないと……」

「いいんだ、護衛はもう必要ない」

「……うむ、任せたぞクローキンス殿」


 クローキンスは黙って頷いた。

 すると木人が微かに動き始める。


「ちっ、こんなとこで消費するとはな……」

「ラ、ランド、ル」

「わ、わわ、が、むす、こ」

「ちっ、必殺って知ってるか……?」


 クローキンスは撃鉄を引いた。一発、そして素早く撃鉄を引いてまた一発。銃口からは僅かに煙が立っていた。クローキンスは銃口を口元に持ってくる。するとその時――

 バンッ!バンッ!

 着弾して数秒、二体の木人が木端微塵に吹き飛んだ。


「ふーっ。必ず殺すと書いて必殺だ……」


 クローキンスは銃口から立つ煙を一息して、ガンホルダーに拳銃を戻した。


「な、なんすか今の!?」

「凄まじい威力だ……」

「ちっ、こんな雑魚に使うとはな」


 クローキンスは不服そうであった。しかし局面が一変したのは事実であった。


「普通の弾丸じゃないっすよね?」

「ちっ、あぁそうだ。着弾後に爆発するように設計した。対象が人間でも木でも石でも関係ない」

「しかしこの威力では、もしや……」

「ちっ、ライオンの言う通りだ。限りがある」

「うむ、ならば打開策として温存しよう。なるべく私とスフィーで前衛を張る」

「そうとなれば、よ~し! やるっすよ!」

「ちっ、助かるよ」


 クローキンスはテンガロンハットの鍔を少し下げた。

 ぴちゃぴちゃ。

 三人が木人を退けて一安心していると、背後から沼地を走り行く足音が聞こえる。


「ん、誰っすか!?」


 スフィーはいち早く反応したが、すでに人影は見当たらない。


「聞こえたっすか?」

「うむ、確かに足音が」

「ちっ、どこかであの二体を操っていた。もしくは濁流を起こしていた黒幕か?」

「うむ、恐らくそのどちらかだろう。最悪の場合は二人組かもしれん。初汰とリーアが心配だが、奥地で合流できることを祈るしかなさそうだな」


 獅子民は来た道に聳え立つ巨木の盛り上がった根を見て言う。


「ちっ、とりあえずは足音の正体を追おう」

「うむ、そうだな」


 獅子民とクローキンスは先に歩き出した。


「……あたし、もっと頑張らなきゃ」


 スフィーは真剣な表情で呟くと、すぐに笑顔を取り戻して二人の背中を追った。

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