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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十二話 ~巨木と木人~

 ぬかるんだ足場に苦戦を強いられ、歩き疲れた初汰たちは並んでいる巨木から伸びる根っこに上った。


「はぁ、予想以上に沼地は疲れるな……」

「そうね、ここの奥地となると相当な体力が必要ね」

「うむ、しかし道中で元国家軍の者に会えるやも知れん」

「そうっすね。でも進めば戦闘になる可能性もあるっすよね。この足場じゃ不安っす」

「ちっ、その時は逃げることに集中しろ」


 クローキンスはそう言いながら棒状のラムネを口にくわえた。


「あ、そーか。クローキンスは銃持ってるもんな。じゃあ遠慮なく逃げるわ!」

「まったく……。私は魔法でクローキンスさんを援護しますわ」

「ちっ、こんなとこで魔法なんか使ったら、それこそ歩けなくなるぞ?」

「その時は初汰が担ぎますから」

「えぇ!?」

「戦わないならその位してもらわないとね?」


 リーアは首を少し傾けながら笑った。


「それもそうっすね、あたしもなんか手助けできること考えとく!」

「私は私自身の力の再確認もしたい。なるべく前に立たせてくれ」

「でしたら隊列を決めましょう」


 リーアの提案で、バランスの良い隊列を出し合う。

 …………。数個案が出た結果、先頭は獅子民、それに続いてスフィーとクローキンス。続いてリーア、そして最後尾に初汰。と言う並びになった。


「うむ、これなら上手くカバーし合えるな」

「俺最後尾かよ~」

「ちゃんと後ろ見張っててよ?」

「うぃーす」


 初汰はやる気なく返事をする。


「最後尾は責任重大なんだからね?」


 リーアは目を鋭く細めて初汰を見る。


「は、はいっ!」


 初汰は敬礼してそれに応える。


「あたしはクロさん守りつつ索敵って感じかな?」

「うむ、そうだな。些細なことでも報告してくれ」

「りょーかいっす」

「クローキンス殿には前後の射撃支援を頼みたい」

「任せておけ、この位置なら申し分ない」


 初汰が少し不満を漏らしたものの、この隊列が一番やりやすいという結果に至ったのであった。

 そして一行は、早速その隊列を組んで沼地に再侵入した。


「はぁ~、もう疲れてきた~」

「ちょっと初汰、しっかりしてよね?」

「んなこと言われても、歩きづれーし」

「前の三人を見習ってほしいわ」


 リーアは呆れて初汰の相手をやめる。そして前の三人の背中を見る。


「どうだスフィー、物音はするか?」


 獅子民は静かに歩みながら問う。


「んー、今のところはあたしたちの足音だけっすね」

「そうか、逆に不安を煽られるな……」


 獅子民は周囲を警戒しながらゆっくりと沼を進む。

 するといつの間にか、初汰たちの周りからは巨木が遠ざかり、取り付く島もない状態となっていた。


「ありゃ、休めるところねーじゃん」

「はぁ~、すぐ休むことばかり考えて……。早くユーミル村の人たちを助けなきゃいけないし、もしかするとこの道中で幻獣十指の一人に会うのかもしれないのよ?」

「そうだけどさ~、休むのも大事。てきな?」

「……もう知りません」

「え、ごめんごめん! すみません!」

「ちょっと静かに!」


 初汰とリーアの会話を遮ったのはスフィーの声であった。その声で全員が足を止め、声を潜ませる。


「……なんだろこの音」

「どうしたのだ?」

「なんかこう……ぼこぼこ。って感じで、ぶくぶく?」


 スフィーの言葉通り、ほかのみんなにもその音が聞こえ始める。


「な、なんだこの音?」

「気味が悪いわね……でも……」


 全員が辺りを見回すが、沼地から何かが出てくる様子はない。


「ぼこぼこ言うからてっきりこの中にとか思ってたけど……」

「ちっ、さすがに潜める沼じゃねーな」


 クローキンスは危険を察知して拳銃を腰から抜く。


「なんすかね……これはどこで鳴って――」


 スフィーが耳を澄ましていると、ボトッ。と、沼に木の破片が刺さり、そして沈んでいった。


「えーっと……スフィーさん、まさか……」

「そうっすね……これは完璧に……」

「ちっ、上だな」


 全員が上を向く。すると沼地を覆う様に巨木の枝が伸び、その梢が徐々に膨らんでいくと、それは人型になって降ってきた。


「うわー、なんじゃこりゃ!」

「き、気持ち悪い……」


 リーアは両手で口を覆いながら目を逸らす。


「うげーなんすかこいつら」

「そんなことを言っている場合なのか? 人型になる前に撃ち落とした方がいいのでは?」

「ちっ、その通りだな」


 クローキンスは空いている左手をウエストバッグに入れ、手探りでパーツを取り出す。むげんの森で使用したのと同じ、細長いバレルとスコープを取り出し、梢から垂れ落ちようとしている人型の何かを撃ち落とし始める。


「ちっ、多いな……」


 しかしその数は多く、クローキンス一人では捌ききれない。

 その時、沼に落ちてきた人型の何かが蠢きだし、そして立ち上がった。


「なんなんすかこいつら!」

「知らねーよ!」


 人型の何かは全身が緑色に染まっており、木目が巨木そのものであった。


「お、恐らく巨木から生まれた木人……」


 リーアは顔を歪めながら推察する。


「なるほど、ちゅーことは火が効くんじゃないか?」

「燃えたままこっちに来たらどうするの?」

「あ、それは考えてなかった……」

「初汰、とりあえず足止めをして。私はクローキンスさんと上の根源を叩くわ」

「分かった! よし、俺はリーア守るから、スフィーとオッサンはクローキンスを頼む!」

「承知!」

「りょーかいっす!」


 隊列の通りに全員は行動を開始した。リーア巨木に引火しないように風魔法で梢を切って落とし、クローキンスは高速回転の弾丸で梢から生るものを破壊した。一方初汰たちは、リーアとクローキンスがし損ねた木人の足止めに回った。


「とりあえず手足切っとくか!」


 初汰は腰に引っかかていた木の枝を持ち、それを剣に変える。獅子民とスフィーは武器が無く、体術で応戦する。


「むっ、動きづらいな……」

「足が言うこと聞かなくてイライラするっす!」


 獅子民とスフィーは敵を破壊できず苦戦した。


「くっそ、足止めは出来ても一人じゃ捌けねぇ!」


 一方初汰は、剣で相手を静止させることは出来るが、手が間に合わなくなってきていた。


「ちっ、切りがねぇな」

「そうですね、お互い無駄撃ちは避けたいところですが……」


 リーアとクローキンスも体力と残弾を考慮して、的確に一発一発を当てていくが、敵の増殖は収まらない。


「このままではこちらだけが消耗する! いったん退こう!」


 獅子民は振り返って全員に声をかける。


「だな!」

「足場も悪いですし、英断だと思います」

「ちっ、俺がしんがりと務める。お前らは先に退け」

「クロさんだけじゃキツイっすよ!」

「ちっ、いいんだよ。さっさと行け」

「スフィー、ここはあいつに任せよう! 俺たちじゃ逃げながら攻撃できないしな」

「……分かったっす」


 隊列をそのまま反転し、初汰を先頭に先ほどの巨木を目指す。


「クローキンス殿、頼むぞ」


 獅子民は通り際に声をかけたが、クローキンスは答えない。

 全員が沼地を戻って少ししたころ、クローキンスも後退をしながらけん制を始める。木人たちも沼地のためにそこまで機敏には行動できず、一定の距離を保ちながら初汰たちの後を追う。その時にクローキンスは不可解な点に気が付いた。


「……敵がさっきから同じ数だな。これが限度なのか?」


 木人の増殖は止まっていた。クローキンスは一体の木人を撃った。頭部が破壊された木人はずぶずぶと沼に沈んでいく。そしてクローキンスは上を見る。すると木人が一体生成され始める。


「ちっ、なるほどな」


 クローキンスは銃をしまい、背後を見ることなく初汰たちのほうに向かって歩き始めた。


「おい、あいつ銃しまったぞ!」

「むう……何かに気づいた。と信じたいが」


 クローキンスは余裕の表情で沼の中を進む。その足取りは軽そうにも見えた。その背後からは木人がぞろぞろと続いていたが、木人たちは巨木に近づくにつれて歩く足を緩めていった。


「木人たちが止まったっす!」

「えぇ、そうね。なにか理由があるのかしら……」


 クローキンスを追っていた木人たちは足を止め、そしてしばらくすると先ほど戦闘が行われていてた場所に引き返し始めた。


「ちっ、やっぱりな」


 クローキンスはしたり顔で初汰たちのもとに戻ってきた。


「助かったぞ、クローキンス殿」

「……なにか分かったのですか?」


 リーアは包み隠さず直球で聞く。


「あぁ、多分ここではすべてがこの巨木たちの栄養になる」

「そうなのか!?」

「ちっ、あくまでも予想だ。そして出てくる木人にも限りがある。死んだ奴は沼に沈み、それを巨木が食らう、そしてまた生成される。これが予想だ」

「そうですね。見ていた感じ私もそう思います」

「リーアも気づいてたっすか?」

「なんとなくよ。無限はあり得ないと思っていただけ」

「そう言われればそうだよな。無限沸きだったら奥地に行けねーし」

「ちっ、ともかく対策を練るしかない」

「うむ、そうだな」


 初汰たちは振り出しに戻り、休憩をとっていた巨木で再び作戦会議を始める。


「私とクローキンスさんは人型が成型されるまえに撃ち落としていましたが、あれは無意味だった。ということですかね?」

「ちっ、そうかも知れないな。結局落ちて沼に沈む。そしてまた生成が始まる」

「ならば、下に落ちてきたやつらだけを相手にすればよい。ということだな?」

「話の流れからしてそうだな」

「でも、下のを倒してもまた増殖するんすよね?」

「うむ、そうだな」

「じゃあ近づいてきたやつから順に倒せばいいんじゃね?」


 場は静まった。


「え、えっと……すんません」

「ちっ、いや、それもそうだ。湧いてくるところは決まっている。となると歩いて逃げながら戦闘し、近づいてきたやつだけを倒す。そうすりゃ木人のスタート地点はどんどん遠のいていく」

「そうですね、まさか初汰からいい案が出るとはね」

「え、俺のおかげ!?」

「そうよ、これなら奥地に行きながら木人の相手もできるわ」

「よっしゃー! 早速これで行こう!」

「ただ! 相手をするのは最後尾の初汰とその前の私よ?」

「あ、あぁーなるほどねー」


 獅子民とスフィーは索敵、それの援護にクローキンスが回るため、実質二人で木人の相手をしなくてはならない。それを聞いた初汰は少し考えた。


「やってくれるか? 初汰」

「仕方ねーもんな。やるよ。今は前に進むことが大事だし」

「お願いするっす!」

「ありがとう初汰。援護は私に任せて」

「お、おう!」


 意見がまとまったところで、一行は木人がうろつく沼地に足を踏み入れる。


「まずは今出ている二十体ほどの木人を倒すぞ。それは私とスフィー、それにクローキンス殿が受け持つ。それを徐々に後ろのリーアと初汰に移していこう」

「はい、それでいいと思います」

「うっし! 任せとけ!」


 巨木から離れ、先ほどクローキンスが追われなくなった地点までたどり着くと、木人たちは一斉に初汰たちのほうを見て、歩き出す。その動きは盲目であり、初汰たちを倒すためだけに生まれた機械のようであった。


「まずはあたしたち!」

「ちっ、なるべく弾丸は温存させてもらうぞ」


 長く戦闘はせず、一度二度攻撃をするとすぐに前に歩き出す。あくまでも歩くのが優先であった。

 獅子民、スフィー、クローキンスは木人たちが湧く巨木の梢下を通り過ぎ、振り向かずに直進する。


「初汰、そんなに構わなくていいわ!」

「分かってるけど心配でさ!」


 初汰は相手の足を切り、そして首を落とした。すると木人はただの木片となって沼に沈んでいった。


「もう湧き始めてやがる」

「ほら、早く行くわよ」


 リーアは初汰の手を無理矢理に引っ張って前に進む。前方の三人は歩くことを優先し、どんどん奥地へ進んでいく。距離はさほど開いてはいないのだが、足場の問題もあり初汰とリーアは徐々に引き離されていく。


「初汰、構いすぎよ。その距離なら攻撃は躱せるわ」

「でもよ、追いつかれたら元も子もないじゃん」

「近づいてきた奴だけって話でしょ!」


 リーアは初汰の腕から手を離した。


「ちょ、悪かったって!」


 先に歩き出したリーアを追って初汰も歩き出す。しかしその感覚は平地と違ってなかなか縮まらない。

 するとリーアがいきなり立ち止まり、初汰の方を振り返る。


「初汰、獅子民さんたちは確かにこっちに歩いて行ったわよね?」

「え、あ、うん。多分……」

「これはどういうこと……」


 リーアは再び前を向く。そして初汰も視線をリーアよりもっと奥に当てる。それを見て初汰も立ち止まった。なんと巨木の根っこが盛り上がり、大きな壁が生じていたからであった。


「おいおい、嘘だろ!」

「どうやら分断されたようね」

「オッサン! スフィー! クローキンス!」


 …………返事は無い。初汰とリーアはそそり立つ巨木の根に歩み寄る。


「クソ! どうやったら動くんだ!」


 初汰は根っこを力強く殴る。しかしそれはびくともしない。


「やめましょう、体力を消耗するわ。私たちは別の道で奥を目指しましょう」

「そうだな、向こうも早く気付いてくれると良いんだけど……」


 初汰とリーアは迂路を探すために振り向いた。すると放置していた木人がすぐそこまで近づいていたことにも気が付いた。


「クソ、こいつら忘れてた!」

「面倒だけど相手しながら探りましょ」

「はぁ、そうすっか」


 初汰は迫ってきていた木人を二三体倒し、道を開けるとリーアとともに道を引き返し始める。


 一方獅子民サイドでは……。


「ここまでくれば大丈夫だろう。皆は大丈夫か?」

「だいじょぶっす」

「オーケーだ」

「うむ、初汰とリーアは……」


 獅子民は振り返って遠くを見た。まず最初に巨木の根で出来た壁が目に入る。そしてその壁元にいる人影を二人確認する。


「ついてきているようだな。ではここで待つとするか」

「はいっす!」

「…………」


 クローキンスは黙って腰の拳銃に手を添えた。

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