第二十一話 ~山岳を超えて~
ブラックプリズンでの戦闘で疲れが溜まっていたのか、初汰だけならまだしも、獅子民もまだ眠っていた。
「ふふ、よく寝ているわね」
ここ数日気持ちが張り詰めていたリーアだが、久しぶりに自然な笑みを浮かべた。
「そうっすね、あたしももっと頑張らないとっ!」
スフィーも声が戻ったことで、数日前の元気を取り戻し始めていた。
クローキンスは両手を後頭部に当て、テンガロンハットを深く被ったまま微笑した。
スタッフルーム奥にある厨房では、スワックが朝食の準備を始めており、食欲をそそる香ばしい匂いが部屋に行き渡っていた。そしてその匂いで初汰は目を覚ました。
「うあ~あ、もう朝か……ってなんだこの匂いは?」
「初汰、起きたのね?」
「おう、まだ眠いけどな」
「スワックさんが朝食の準備をしてくれてるっすよ」
「スフィー、お前声が!」
「しーっ、獅子民さんが起きるわ」
リーアは人差し指を唇に軽く添え、初汰を静める。
「わ、わりぃわりぃ」
初汰は後頭部を掻きながら謝罪する。
初汰が起きて間もなく、奥の扉が少し開き、スワックが顔を覗かせた。
「朝食の準備が出来ました。お持ちしますか?」
「ナイスタイミング! 食いますよ!」
「ちょっと初汰! すみません、よろしくお願いします。獅子民さんも起こしておきます」
リーアは初汰を叱りつつ、スワックに丁寧な言葉で返す。
「う、ううん、もう朝か……?」
少し騒ぎすぎたのか、起こす前に獅子民は自力で目覚めてしまった。
「おっす、オッサン」
「おはようございます」
「おはよっす獅子民っち」
三人は目覚めた獅子民に声をかける。
「皆既に目覚めていたのか、寝坊するとは情けない」
「いえ、たまにはゆっくりと休むのも大切ですよ」
「そうっすよ~」
リーアとスフィーはすかさずフォローを入れる。
「ふっ、そうだな。感謝する」
獅子民も起きたので、初汰とクローキンスも丸テーブルを囲う。そしてすぐに朝食が運ばれてくる。
「お、皆さん起きてますね」
料理を運んできてのは曜周であった。
「曜周さん、手伝ってたんすか?」
「ここに居候させてもらうからね。少しは手伝わないと、はっはっはっ」
曜周は一日休んだことで、既に一人で歩けるほど体力を回復していた。
朝食が丸テーブル一杯に並べられると、スワックと曜周も席につき、獅子民の号令で食事を始める。
「ごほん。いただきます!」
朝食をとり始めてすぐ、珍しくクローキンスが口を開く。
「ちっ、そうだ。一つだけ伝え忘れていた」
「ん? なんだ?」
「実はな、あの大剣を持っていた男、あいつも幻獣十指かもしれん。左手人差し指に赤いマニキュアが塗ってあった」
「あいつもだったのか……」
「うむ、納得のいく実力だな」
戦闘を交えた初汰と獅子民は、小刻みに頭を縦に振った。
「クーバーにあの大剣の男。これで十指は二人目ですね」
リーアは話を簡単にまとめる。
「その二人は倒したのかい?」
曜周が全員に問う。
「いや、クーバーってやつだけだ」
「そうか、流石にファグルは無理か……。そうだ、ついでに幻獣十指のことも伝えておこう」
曜周は思い出したように手を打った。そして話を続ける。
「これはあくまでも私が牢獄に囚われる前の話だが、幻獣十指は各地に散らばっている。国家軍を抜けて独立した者もいれば、国家軍に属したままのやつもいる。一人一人の力は侮れないが、奴らには協調性が足らん。そこが弱点だ」
「うむ、確かに実力は相当なものであった」
「へぇ~なるほどね。良い話を聞いたぜ」
「と言うことは、各個撃破。が好ましいですね」
「そう言うことになる。しかし全員が国家側とは限らない。一人だが、国家に不信感を抱いている奴を知っている。そいつが何と、ユーミル村にいるかもしれないのだ」
曜周はスワックの顔をちらりと見る。
「はい、昨日情報が流れてきまして、その国家に不信感を抱いている男がユーミル村にいる。という内容です。噂ですので行って確かめるしか無いのですが……」
スワックは軽く頭を下げる。
「そうか、助かったぞ。これでユーミル村に行く理由がまた一つ増えた」
「そうだな、結局目的地なんだから都合良いな」
「そうっす! むしろスワックさんの情報のおかげで俄然やる気が出たっすよ」
「ありがとうございます」
アヴォクラウズ打破のため、新たな情報を得た一同は朝食をすぐに済ませ、一秒でも早くユーミル村に向かおうと準備を始めた。
「少年、少しいいか?」
「ん? なんすか?」
曜周に呼ばれ、初汰は準備の手を止めて歩み寄る。
「一つだけ気に留めておいてほしいことがある。あの少女についてだ」
曜周は準備を進めているリーアのほうを見た。
「リーア?」
「あぁ、間接的にの話だが、なるべく君たちは大怪我をしないように努めてあげてほしい」
「ケガつったって、そりゃ俺だってしたくはないけど、リーアが治癒魔法を使えるからつい甘えちまうんだよなぁ~」
「治癒魔法、か」
「あ、分かったぞ! 魔力イコール体力ってやつだなぁ~? 分かった分かった。なるべく魔法は使わせないようにするよ!」
初汰はそういうと、さっさと話を切り上げて準備を再開してしまう。
「……獅子民には伝えておくべきだろうか」
「みんな、準備はできたか?」
曜周が獅子民を呼ぼうとしたその時、獅子民は曜周に背を向けて出発確認を取り始めてしまった。
「俺はいいぜ~」
「私も大丈夫です」
「あたしもっす」
「ちっ、遅いぞ、早くしろ」
全員準備が完了しているどころか、クローキンスはすでに扉の前で待っていた。
「うむ、それでは行こうか!」
「獅子民、少しいいか?」
出立しようとする獅子民を、曜周が引き留める。
「……皆は外で待っていてくれ」
「おう、分かった」
「はい、お世話になりました」
初汰たちはスワックにお辞儀をして、酒場を後にする。
「それで、どうかしたのか?」
「あぁ、リーアという少女についてだ」
…………曜周は初汰に話したことと同じことを話し、獅子民も了承する。
「うむ、分かった。なるべくリーアに負担がかからぬよう善処しよう」
「よろしく頼む。私の早とちりだといいのだが……」
「そうだな。私もそう願うばかりだ……それでは、行くとするよ」
「あぁ、お前も早く記憶が戻るといいな」
「ふっ、今は今で楽しんでいるさ」
獅子民は曜周に扉を開けてもらい、酒場を出る。
「それでは行ってくる!」
獅子民はスワックと曜周に出立を告げ、先頭を歩き仲間を連れてサスバ村のアーチをくぐった。
一行は一日ぶりの山岳に赴くと、先日登ったのと同じ道を着々と進んでいく。そして山岳の頂上に訪れると、昨日は存在していた大きなクレーターは消え、その部分には本来あるべき姿の頂上が存在していた。そこで登ってきた道を振り向くとサスバ村が小さく見えた。
「結構距離あるんだな~」
「そうね。ここを下ってしまったら村も見えなくなるわ」
「なんか、悲しいっすね」
「そうも言ってられんがな、さぁ、行くぞ」
獅子民を先頭に再び歩き始める。傾斜はそこまで急ではないが、足に負担がかかるのは否めない。獅子民は無駄なケガを恐れてゆっくりと、慎重に下山した。
「山岳ってだけあって結構長いよな~」
「ちっ、無駄口叩いてないでさっさと歩け」
「歩いてるばっかじゃつまんねーじゃん」
「我儘言わないの、もう少しで平原に出るわ」
「そうだぞ、急いては事を仕損じる。だ」
「わーってるよ」
「あ! あれって目的の村じゃないっすか?」
スフィーの声に全員が顔を上げる。するとそこにはサスバ村よりも大規模な村が見えた。
「アレがユーミル村か!?」
全員の足取りが軽くなる。そしてそこからは休憩を取ることなく真っ直ぐ歩き続ける。
ユーミル村には大きな門が構えており、門番が二人立っていた。初汰たちは、またか。と思いながらも門番二人がいる門前にたどり着いた。
「すいませ~ん。村に入りたいんすけど」
初汰は軽いノリで門番二人に話しかける。
「お、久しぶりの訪問だな」
「そうだな、久しぶりの仕事だな」
「お話し中失礼します。ここ数日村からの出入りは無かったのですか?」
「えぇ、来る者もいなければ、出る者もいませんよ」
「むぅ、それは何かあったのですか?」
「……」
「……」
門番の男たちは黙りこくった。
「ちっ、話せないなら村長に聞くまでだ」
クローキンスは強引に門を通ろうとする。
「ま、待ってください! 話します!」
「実はですね。村の中で感染症が流行っていまして……」
「なにが原因で感染するのか不明なので、誰も村からは出していないのです」
「じゃあ村にも入れないってことか?」
「勧めてはいません。ただ入りたいのなら……と言う感じです」
「いや、入るやついないだろ!」
「困りましたね……。どうしましょうか獅子民さん」
「うーむ、ほかに何か情報はありませぬか?」
男たちは顔を見合わせて考えている。そして間をおいて答えた。
「一人だけ外出を許可しました」
「出入りしてるじゃんか」
「いえ、その人は感染もなく、薬を探してくれると志願してくださったのです。それも元国家軍の人だそうで……」
「む、元国家軍とな?」
「はい、そうですが」
「獅子民さん、もしかしたら」
「うむ、そうだな。私たちも薬探しに協力しよう」
「いいのですか!?」
「おう、当ったり前よ!」
「ありがとうございます! これが地図なのですが、この先にある沼地にその元凶が潜んでいると村長は踏んでいます。ここから帰った傭兵の顔色がなんだかおかしく、気付いた時には既に……」
「まかせるっす! 薬も、その国家軍の人も一緒に連れ帰るっすよ!」
「すまない、感謝する」
こうして一行は、ユーミル村を目前にして門前払いを喰らった。しかし目的の人物もその沼地に向かっているらしく、初汰たちにとっては好都合であった。
「よし、では沼地に向かうとするか」
「はいっす!」
「おう! さっさと国家軍の奴と薬を見つけちまおうぜ!」
「ちっ、面倒なことになったな……」
「今回ばかりは私に治せるとも限らないので、沼地のものに不用意に触らないでくださいよ」
「わーってるって。行こうぜ~」
初汰は地図を持って先頭を歩く。リーアはそれを心配して初汰の横について地図を覗き込んだ。その二人に続いて獅子民。その後ろにクローキンスとスフィーがいた。
「あの……」
スフィーは横目でクローキンスを見ながら言う。
「……なんだ?」
「えっと、ありがとっす……」
「ちっ、何言ってるかさっぱりだな」
「曜周さんに言ってくれたみたいだったから……」
「ちっ、黙って歩け」
「じゃあもういいっす!」
スフィーとクローキンスはぎこちなく会話した。拗ねたスフィーは走って初汰とリーアのもとに向かう。
「あまり喧嘩はするなよ。クローキンス殿?」
獅子民はスフィーの代わりにクローキンスの横に着く。
「ちっ、聞いてたのか?」
「いや、なんとなくだ」
「ちっ、輪を乱すつもりはない」
「分かっているさ。私だけでは全員の面倒は見れん。私は君を信頼しているよ」
獅子民はそう言うと、クローキンスの少し前を歩きなおした。
「ちっ、信頼。ね」
一行ははぐれることの無いように纏まって平原を移動した。
歩いて行くうちに、リーアは徐々に足元がぬかるんでいることに気が付く
「さっきより足元が不安定じゃない?」
「そーか?」
「言われてみれば歩きづらいっすね」
「既に私たちは沼地に足を踏み入れているのかもしれないな」
「沼地では冷静な判断が求められます。しっかり気を持ってくださいね。特に初汰」
「俺?」
「はい、先走らないように気を付けて下さいね」
「うぃーす」
ユーミル村から真っすぐ北に進んで数十分。足元は目に見えるほどぬかるみ始めていた。それと同時に目の前には、マングローブのように大きな木が数本生えているのが見える。
「すげ~、でっか」
「初汰、触らないでよ?」
「わ、分かってるよ!」
「でも触りたくなる気持ちも分かるっすね~」
「そうだな、自然の力だけでこんなにも育つとはな」
数々の巨木に圧巻され、沼地を入ってすぐのところで立ち止まる。
「また僕の庭に侵入者が……。困るな~」
沼地に入っていく一行を、巨木に隠れて見つめる少年がいた。少年は沼地を軽快に、飛ぶように走っていき、沼地の奥に消えた。すると少年が隠れていた巨木が静かに動き出し、初汰たちの退路を断った。
「ん? 今なんか動いたか?」
「いえ、何も動いていないと思いますが?」
「ん~、そっか。ここってこんなに暗かったかな?」
「ちっ、そんなことより足元に注意しろ」
「それもそうだな」
初汰たちは退路を断たれたことに気が付かず、足元に気を取られながら沼地を進み始めた。




