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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第三章 ~人食い沼~
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第二十一話 ~山岳を超えて~

 ブラックプリズンでの戦闘で疲れが溜まっていたのか、初汰だけならまだしも、獅子民もまだ眠っていた。


「ふふ、よく寝ているわね」


 ここ数日気持ちが張り詰めていたリーアだが、久しぶりに自然な笑みを浮かべた。


「そうっすね、あたしももっと頑張らないとっ!」


 スフィーも声が戻ったことで、数日前の元気を取り戻し始めていた。

 クローキンスは両手を後頭部に当て、テンガロンハットを深く被ったまま微笑した。

 スタッフルーム奥にある厨房では、スワックが朝食の準備を始めており、食欲をそそる香ばしい匂いが部屋に行き渡っていた。そしてその匂いで初汰は目を覚ました。


「うあ~あ、もう朝か……ってなんだこの匂いは?」

「初汰、起きたのね?」

「おう、まだ眠いけどな」

「スワックさんが朝食の準備をしてくれてるっすよ」

「スフィー、お前声が!」

「しーっ、獅子民さんが起きるわ」


 リーアは人差し指を唇に軽く添え、初汰を静める。


「わ、わりぃわりぃ」


 初汰は後頭部を掻きながら謝罪する。

 初汰が起きて間もなく、奥の扉が少し開き、スワックが顔を覗かせた。


「朝食の準備が出来ました。お持ちしますか?」

「ナイスタイミング! 食いますよ!」

「ちょっと初汰! すみません、よろしくお願いします。獅子民さんも起こしておきます」


 リーアは初汰を叱りつつ、スワックに丁寧な言葉で返す。


「う、ううん、もう朝か……?」


 少し騒ぎすぎたのか、起こす前に獅子民は自力で目覚めてしまった。


「おっす、オッサン」

「おはようございます」

「おはよっす獅子民っち」


 三人は目覚めた獅子民に声をかける。


「皆既に目覚めていたのか、寝坊するとは情けない」

「いえ、たまにはゆっくりと休むのも大切ですよ」

「そうっすよ~」


 リーアとスフィーはすかさずフォローを入れる。


「ふっ、そうだな。感謝する」


 獅子民も起きたので、初汰とクローキンスも丸テーブルを囲う。そしてすぐに朝食が運ばれてくる。


「お、皆さん起きてますね」


 料理を運んできてのは曜周であった。


「曜周さん、手伝ってたんすか?」

「ここに居候させてもらうからね。少しは手伝わないと、はっはっはっ」


 曜周は一日休んだことで、既に一人で歩けるほど体力を回復していた。

 朝食が丸テーブル一杯に並べられると、スワックと曜周も席につき、獅子民の号令で食事を始める。


「ごほん。いただきます!」


 朝食をとり始めてすぐ、珍しくクローキンスが口を開く。


「ちっ、そうだ。一つだけ伝え忘れていた」

「ん? なんだ?」

「実はな、あの大剣を持っていた男、あいつも幻獣十指かもしれん。左手人差し指に赤いマニキュアが塗ってあった」

「あいつもだったのか……」

「うむ、納得のいく実力だな」


 戦闘を交えた初汰と獅子民は、小刻みに頭を縦に振った。


「クーバーにあの大剣の男。これで十指は二人目ですね」


 リーアは話を簡単にまとめる。


「その二人は倒したのかい?」


 曜周が全員に問う。


「いや、クーバーってやつだけだ」

「そうか、流石にファグルは無理か……。そうだ、ついでに幻獣十指のことも伝えておこう」


 曜周は思い出したように手を打った。そして話を続ける。


「これはあくまでも私が牢獄に囚われる前の話だが、幻獣十指は各地に散らばっている。国家軍を抜けて独立した者もいれば、国家軍に属したままのやつもいる。一人一人の力は侮れないが、奴らには協調性が足らん。そこが弱点だ」

「うむ、確かに実力は相当なものであった」

「へぇ~なるほどね。良い話を聞いたぜ」

「と言うことは、各個撃破。が好ましいですね」

「そう言うことになる。しかし全員が国家側とは限らない。一人だが、国家に不信感を抱いている奴を知っている。そいつが何と、ユーミル村にいるかもしれないのだ」


 曜周はスワックの顔をちらりと見る。


「はい、昨日情報が流れてきまして、その国家に不信感を抱いている男がユーミル村にいる。という内容です。噂ですので行って確かめるしか無いのですが……」


 スワックは軽く頭を下げる。


「そうか、助かったぞ。これでユーミル村に行く理由がまた一つ増えた」

「そうだな、結局目的地なんだから都合良いな」

「そうっす! むしろスワックさんの情報のおかげで俄然やる気が出たっすよ」

「ありがとうございます」


 アヴォクラウズ打破のため、新たな情報を得た一同は朝食をすぐに済ませ、一秒でも早くユーミル村に向かおうと準備を始めた。


「少年、少しいいか?」

「ん? なんすか?」


 曜周に呼ばれ、初汰は準備の手を止めて歩み寄る。


「一つだけ気に留めておいてほしいことがある。あの少女についてだ」


 曜周は準備を進めているリーアのほうを見た。


「リーア?」

「あぁ、間接的にの話だが、なるべく君たちは大怪我をしないように努めてあげてほしい」

「ケガつったって、そりゃ俺だってしたくはないけど、リーアが治癒魔法を使えるからつい甘えちまうんだよなぁ~」

「治癒魔法、か」

「あ、分かったぞ! 魔力イコール体力ってやつだなぁ~? 分かった分かった。なるべく魔法は使わせないようにするよ!」


 初汰はそういうと、さっさと話を切り上げて準備を再開してしまう。


「……獅子民には伝えておくべきだろうか」

「みんな、準備はできたか?」


 曜周が獅子民を呼ぼうとしたその時、獅子民は曜周に背を向けて出発確認を取り始めてしまった。


「俺はいいぜ~」

「私も大丈夫です」

「あたしもっす」

「ちっ、遅いぞ、早くしろ」


 全員準備が完了しているどころか、クローキンスはすでに扉の前で待っていた。


「うむ、それでは行こうか!」

「獅子民、少しいいか?」


 出立しようとする獅子民を、曜周が引き留める。


「……皆は外で待っていてくれ」

「おう、分かった」

「はい、お世話になりました」


 初汰たちはスワックにお辞儀をして、酒場を後にする。


「それで、どうかしたのか?」

「あぁ、リーアという少女についてだ」


 …………曜周は初汰に話したことと同じことを話し、獅子民も了承する。


「うむ、分かった。なるべくリーアに負担がかからぬよう善処しよう」

「よろしく頼む。私の早とちりだといいのだが……」

「そうだな。私もそう願うばかりだ……それでは、行くとするよ」

「あぁ、お前も早く記憶が戻るといいな」

「ふっ、今は今で楽しんでいるさ」


 獅子民は曜周に扉を開けてもらい、酒場を出る。


「それでは行ってくる!」


 獅子民はスワックと曜周に出立を告げ、先頭を歩き仲間を連れてサスバ村のアーチをくぐった。

 一行は一日ぶりの山岳に赴くと、先日登ったのと同じ道を着々と進んでいく。そして山岳の頂上に訪れると、昨日は存在していた大きなクレーターは消え、その部分には本来あるべき姿の頂上が存在していた。そこで登ってきた道を振り向くとサスバ村が小さく見えた。


「結構距離あるんだな~」

「そうね。ここを下ってしまったら村も見えなくなるわ」

「なんか、悲しいっすね」

「そうも言ってられんがな、さぁ、行くぞ」


 獅子民を先頭に再び歩き始める。傾斜はそこまで急ではないが、足に負担がかかるのは否めない。獅子民は無駄なケガを恐れてゆっくりと、慎重に下山した。


「山岳ってだけあって結構長いよな~」

「ちっ、無駄口叩いてないでさっさと歩け」

「歩いてるばっかじゃつまんねーじゃん」

「我儘言わないの、もう少しで平原に出るわ」

「そうだぞ、急いては事を仕損じる。だ」

「わーってるよ」

「あ! あれって目的の村じゃないっすか?」


 スフィーの声に全員が顔を上げる。するとそこにはサスバ村よりも大規模な村が見えた。


「アレがユーミル村か!?」


 全員の足取りが軽くなる。そしてそこからは休憩を取ることなく真っ直ぐ歩き続ける。

 ユーミル村には大きな門が構えており、門番が二人立っていた。初汰たちは、またか。と思いながらも門番二人がいる門前にたどり着いた。


「すいませ~ん。村に入りたいんすけど」


 初汰は軽いノリで門番二人に話しかける。


「お、久しぶりの訪問だな」

「そうだな、久しぶりの仕事だな」

「お話し中失礼します。ここ数日村からの出入りは無かったのですか?」

「えぇ、来る者もいなければ、出る者もいませんよ」

「むぅ、それは何かあったのですか?」

「……」

「……」


 門番の男たちは黙りこくった。


「ちっ、話せないなら村長に聞くまでだ」


 クローキンスは強引に門を通ろうとする。


「ま、待ってください! 話します!」

「実はですね。村の中で感染症が流行っていまして……」

「なにが原因で感染するのか不明なので、誰も村からは出していないのです」

「じゃあ村にも入れないってことか?」

「勧めてはいません。ただ入りたいのなら……と言う感じです」

「いや、入るやついないだろ!」

「困りましたね……。どうしましょうか獅子民さん」

「うーむ、ほかに何か情報はありませぬか?」


 男たちは顔を見合わせて考えている。そして間をおいて答えた。


「一人だけ外出を許可しました」

「出入りしてるじゃんか」

「いえ、その人は感染もなく、薬を探してくれると志願してくださったのです。それも元国家軍の人だそうで……」

「む、元国家軍とな?」

「はい、そうですが」

「獅子民さん、もしかしたら」

「うむ、そうだな。私たちも薬探しに協力しよう」

「いいのですか!?」

「おう、当ったり前よ!」

「ありがとうございます! これが地図なのですが、この先にある沼地にその元凶が潜んでいると村長は踏んでいます。ここから帰った傭兵の顔色がなんだかおかしく、気付いた時には既に……」

「まかせるっす! 薬も、その国家軍の人も一緒に連れ帰るっすよ!」

「すまない、感謝する」


 こうして一行は、ユーミル村を目前にして門前払いを喰らった。しかし目的の人物もその沼地に向かっているらしく、初汰たちにとっては好都合であった。


「よし、では沼地に向かうとするか」

「はいっす!」

「おう! さっさと国家軍の奴と薬を見つけちまおうぜ!」

「ちっ、面倒なことになったな……」

「今回ばかりは私に治せるとも限らないので、沼地のものに不用意に触らないでくださいよ」

「わーってるって。行こうぜ~」


 初汰は地図を持って先頭を歩く。リーアはそれを心配して初汰の横について地図を覗き込んだ。その二人に続いて獅子民。その後ろにクローキンスとスフィーがいた。


「あの……」


 スフィーは横目でクローキンスを見ながら言う。


「……なんだ?」

「えっと、ありがとっす……」

「ちっ、何言ってるかさっぱりだな」

「曜周さんに言ってくれたみたいだったから……」

「ちっ、黙って歩け」

「じゃあもういいっす!」


 スフィーとクローキンスはぎこちなく会話した。拗ねたスフィーは走って初汰とリーアのもとに向かう。


「あまり喧嘩はするなよ。クローキンス殿?」


 獅子民はスフィーの代わりにクローキンスの横に着く。


「ちっ、聞いてたのか?」

「いや、なんとなくだ」

「ちっ、輪を乱すつもりはない」

「分かっているさ。私だけでは全員の面倒は見れん。私は君を信頼しているよ」


 獅子民はそう言うと、クローキンスの少し前を歩きなおした。 


「ちっ、信頼。ね」


 一行ははぐれることの無いように纏まって平原を移動した。

 歩いて行くうちに、リーアは徐々に足元がぬかるんでいることに気が付く


「さっきより足元が不安定じゃない?」

「そーか?」

「言われてみれば歩きづらいっすね」

「既に私たちは沼地に足を踏み入れているのかもしれないな」

「沼地では冷静な判断が求められます。しっかり気を持ってくださいね。特に初汰」

「俺?」

「はい、先走らないように気を付けて下さいね」

「うぃーす」


 ユーミル村から真っすぐ北に進んで数十分。足元は目に見えるほどぬかるみ始めていた。それと同時に目の前には、マングローブのように大きな木が数本生えているのが見える。


「すげ~、でっか」

「初汰、触らないでよ?」

「わ、分かってるよ!」

「でも触りたくなる気持ちも分かるっすね~」

「そうだな、自然の力だけでこんなにも育つとはな」


 数々の巨木に圧巻され、沼地を入ってすぐのところで立ち止まる。


「また僕の庭に侵入者が……。困るな~」


 沼地に入っていく一行を、巨木に隠れて見つめる少年がいた。少年は沼地を軽快に、飛ぶように走っていき、沼地の奥に消えた。すると少年が隠れていた巨木が静かに動き出し、初汰たちの退路を断った。


「ん? 今なんか動いたか?」

「いえ、何も動いていないと思いますが?」

「ん~、そっか。ここってこんなに暗かったかな?」

「ちっ、そんなことより足元に注意しろ」

「それもそうだな」


 初汰たちは退路を断たれたことに気が付かず、足元に気を取られながら沼地を進み始めた。

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