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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第二章 ~ブラックプリズン~
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第十八話 ~最下層~

 クローキンスは地下一階に上がり、牢獄内に響く足音を追っていく。音からして、虎間は右の道に進んだようであった。クローキンスも右の道に進み、虎間にバレないように距離を詰めていく。

 そして虎間は出口への一本道に入り、ブラックプリズンを出ようとする。それを止めるため、クローキンスは右の曲がり角から少し銃口を出し、わざと出口の鉄はしごを撃った。

 バンッ! キィン!


「なんだ? こっちは早く帰りたいってのによ」


 虎間は気だるそうに低く声を出し、一本道を振り返る。しかしそこに人影はない。


「おい、誰かいるんだろ!? 俺だって知ってて止めたんだよなぁ!?」


 虎間は威嚇するように怒鳴る。それによって少し脇腹の出血が増す。


「ちっ、そこから動くな。わざと外したのは分かってるな?」


 クローキンスが虎間の威嚇に答える。虎間はクローキンスの返事に笑った。


「ダハハハハ! そうだな、今なら俺を殺せたかも知れないからな!」

「下手に動けば撃つ。距離からしてもお前の方が不利だ」


 クローキンスは慎重に会話を進める。


「誰だか知らねーが、手短にしてくれ。見ての通り急いでるからな!」


 虎間は余裕の表情でクローキンスに答える。


「こっちもそのつもりだ」

「じゃあ早く聞け、なんだ、政治の不満か?」

「ちっ、近いかもな。……お前が起こしたアヴォクラウズの内争についてだ」

「あぁ~、アレか。アレがどうした!?」

「なぜ工業地区を狙った?」

「んなの簡単だ。謀反を起こされないようにだ。国家軍が出来た以上、古臭い、銃。なんかはいらないからな」


 バンッ!

 クローキンスはついカッとなって発砲する。虎間は鼻で笑うと、左手を少し前に出す。そしてすぐに手を固く閉じる。


「所詮弾丸。俺の前では無力だ」


 虎間は左手を広げた。すると弾丸は粉になり、地面に向かって散っていく。


「ば、馬鹿な……」

「こんな力があるんだ。みみっちい武器なんて必要ないだろ。国家軍にキメラ、それに幻獣十指。これで事足りるんだよ」


 この時クローキンスは、敵わない。そう思ってしまった。


「用は済んだか? 俺は急いでるんだ」

「…………」

「終わりなんだな。じゃあ俺は行くぜ、バルグロウの息子」


 ――クローキンスは考える間もなく、バルグロウ。と、自らの姓が呼ばれたことにより残弾を全て発砲していた。

 しかし弾丸は全て虎間の左手に捕らわれる。クローキンスの射撃スキルが高いが故に、軌道を読まれてしまったのだ。


「良い腕してんな~。どうだ、俺の軍に入るか?」


 虎間はニヤニヤしながらクローキンスに申し立てる。


「お前が俺に忠義を誓うなら、工房をもう一度建ててもいいぞ?」


 …………。二人は沈黙する。囚人の呻きや独り言が空気中に舞う埃のように鬱陶しい。


「じゃあもう少し情報をやる」


 早くことを済ませたい虎間が切り出す。


「実はな、今王権を争って水面下で各軍が動き出してる。俺もそうだ。そこでだ、俺が王になった暁にはお前の工房なんぞすぐに建て直せる。そう言う交渉だ」


 …………。クローキンスは答えない。虎間は痺れを切らして一歩前に踏み出る。


「ちっ、動くなと言ったはずだ!」


 クローキンスは歩き出した虎間をすぐに警戒した。


「悪くない話だ……。加えて一つ聞こう。『各軍』と言うことは、内部分裂が始まっているということだな?」

「あぁ、そうだ。お前も上に住んでたんなら知ってるよな? 王直属の幹部。そいつらが密かに軍を作り始めてるんだ。その一人が――」

「お前と言うことだな。虎間」

「そう言うこった」

「お前の軍の戦力は?」

「幻獣十指もいる。それに俺が鍛えた精鋭揃いだ」

「ちっ、なるほどな。内情はよく分かった。……だが、断らせてもらう」

「良いのか? こんなチャンス二度と無いぞ? 俺が勝てば、お前は即幹部クラスだ。それでもか?」

「ちっ、そんなもんじゃ動かねーよ。俺が欲しいのはお前の命だ」

「ケッ、くせーこと言いやがって。今すぐにでも殺してやりたいが、お前の気が変わるかも知れねー。生かしておいてやるよ。だが覚えとけ、次はねぇからな」


 虎間はそう言うと、脇腹を抑えていた手を放し、梯子を上っていった。


「ちっ、なんて奴だ。しかし主犯格はやはりあいつだった。……親父、俺は必ずあいつを殺す……」


 クローキンスは覚悟を自分に言い聞かせるように呟いた。

 バタンッ!

 虎間が姿を消してすぐ、今度は地下二階へ向かう階段前の扉が強く閉まる音がする。クローキンスはすぐに地下二階への階段がある方向を向いた。すると大剣を背負った青年が、左胸を抑えてこちらに歩いてくるのが見えた。クローキンスはすぐさま右の道に隠れこみ、青年が出てくるのを待った。

 ザッザッザッザッ。

 足音はゆっくりとして重い。相当体力を消耗しているようだ。と、クローキンスは推測した。

 青年が左の道から姿を現し、そしてそのまま出口に向かう一本道に入る。足取りは相変わらず重い。

 バサッ。

 青年は一本道に入るとすぐ、その場に倒れた。クローキンスは少し戸惑ったが、リボルバーをリロードして、倒れた青年に近付く。

 息はしている。どうやら寝ているようであった。クローキンスは大剣に触れないよう、青年の素性を探った。すると、左手人差し指に赤いマニキュアが塗られているのを見つけた。


「ちっ、なんだ、マニキュアか? それに、この指だけ……か?」


 クローキンスは他にも何か無いかと探ったが、その他に目立つものは無かった。


「う、ううん……」


 青年は今にも意識を取り戻しそうであった。クローキンスは足音を立てずに引き返し、地下二階への続く階段に戻る。


「あいつ、確か下に向かった奴だったよな……あの体力の消耗具合……まさか!?」


 クローキンスは瞬間に初汰と獅子民の危険が感じられ、走って地下二階へ向かう。


 …………。そのころ初汰と獅子民は、地下五階へ続く階段をゆっくりとすすんでいた。


「どこまで続いてるんだ。この牢獄は」

「分からん。あってもあと二階ほどだと思うが……」


 獅子民が先導し、その後ろにナイフを持った初汰が続いた。右手は相変わらず不自然な高さを保っていた。


「腕は平気か?」

「おう、こんなの平気だよ。いっつつ」

「あまり無理はするなよ。最下層には恐らく見張りの強敵が待っているはずだ」

「クソ、俺も右手が動けば……。っぐ、いって~」


 初汰は右腕に力を入れようとするが、かえって痛みが倍増するだけであった。


「ここは私に任せろ。遅れはしっかり取り戻したい質でな」

「へっ、過度な期待はしないようにしとくぜ」

「いざとなったらお前を食うぞ?」

「いやいやいや、嘘嘘。期待してますよ!」


 初汰と獅子民は、深手は負ったもののお互いが気遣い合って元気を取り繕っていた。

 そして二人は階段を下り切った。


「なんだ? 今までと違って暗いな……」


 初汰が呟いた通り、地下五階に松明は設置されておらず、足場の悪い中進むことを余儀なくされた。


「相変わらず足場は悪いようだ。初汰、こけるなよ」

「こけねーよ。オッサンこそ気を付けて歩けよな?」


 二人は急に悪くなった足場に苦労した。足取りはやけに遅くなり、一歩ずつ地面を踏みしめる音だけが聞こえてくる。この階には他の囚人がいないようであった。


「オッサン? 大丈夫か?」


 初汰は定期的に獅子民の安否を確認した。それほど辺りは暗く、心を不安にした。


「大丈夫だ。お前は自分のことを気にしていろ」


 獅子民は初汰を励ますように声をかける。

 …………。二人は時折声を掛け合いながら一本道と思われる道を進んだ。


「あれ、少し明るくないか?」


 初汰と獅子民の目の前には、ぼんやりと明かりが映る。


「うむ、松明が一、二本あるようだな」

「それにアレって、牢屋だよな?」

「そのようだな。あそこに大罪人がいるのかもしれん。気を引き締めよう」

「おう」


 明かりを見つけた二人は、先ほどよりも軽い調子で足を運ぶ。それは牢屋に近付くにつれて顕著になり、牢屋を目前にしたときは既に速足となっていた。

 そして二人は牢屋の前に立った。


「誰かいるか?」

「いるなら姿を見せてはくれぬか?」


 初汰と獅子民は牢屋内に向かって声をかける。しかしすぐに返事は来ない。


「流石にこんなところに閉じ込められてたら、もう死んでるか……」

「なかなか厳しいかもしれんな」


 二人は小さなため息をついて牢屋を少し離れる。その時――


「待ってくれ……!」


 牢屋内から、振り絞るような弱々しい声が二人の足を止める。


「誰かいるのか!?」


 初汰はすぐに牢屋へ引き返し、左手で牢屋の鉄格子を掴んだ。すると直ぐに奥から人影が現れた。


「待ってくれ……。助けに来てくれたんだろ? 私も出来る限りは尽くす。だから出してくれ」


 奥から現れた人影は、真っ白に染まった髪と髭をぼうぼうに蓄えた、やせ細った男性であった。


「えっと、大丈夫ですか!?」

「あぁ、私は大丈夫だ……ゴホッゴホッ」


 初汰は直感で、この人は悪い人じゃない。と感じた。


「すぐにでも出したいのですが……」

「そうか……まだあの男に出会っていないようだな」

「あの男、ですか?」

「そうだ、この地下牢獄を取り締まっている男だ。そいつが全ての牢屋に魔法をかけている」

「そう言うことだったのか……じゃあそいつを倒さないと」

「そうだ、私はここから出られない」

「なるほど、承知した」


 獅子民も話を聞くために戻ってくる。


「ライオン? キメラか?」


 男は特別驚く様子も無く、目を細めて獅子民を見てそう言った。


「いや、オッサンは特別らしい」

「ほう、なるほどな。そうだ、近づきの印にまずは自己紹介をしよう。私は網井戸曜周(あみいどようしゅう)よろしく」

「あ、俺は雪島初汰っていいます」

「私は獅子民雅人だ」


 初汰と獅子民も続いて名を名乗る。


「獅子民? 今そう言ったな?」


 しかし獅子民の名を聞くと、曜周はもう一度聞き直した。


「うむ、そうだが?」

「本当にライオンにされていたとは……ゴホッゴホッ」

「本当に、とはどういうことだ?」


 獅子民はすぐに聞き返す。


「上で聞いたんだ。お前の魂が抜かれてライオンに入れられたって」

「ま、待ってくれ。私はお前を知らなければ、上にいたことなんて一切無いぞ?」

「嘘だよな……? いや、本当らしいな」


 曜周は全てを理解したように口を噤んだ。


「おい、人間違いではなさそうだが?」


 獅子民は不自然に黙った曜周を問いただす。


「あの力は健在か? 『変換の力』は」

「な、なんだそれは?」

「……人間違いなはずはない。おそらく君は記憶を失っている」

「わ、私がか!?」


 獅子民は初対面の男に告げられたその言葉に、自らの言葉を失う。


「オッサン、平気かよ?」

「あ、あぁ。大丈夫だ……」


 獅子民は明らかに考え込んでいた。


「獅子民、私は協力するぞ。君の記憶の復旧に」


 曜周の声に嘘の色は感じられなかった。


「それならば、今すぐに私の情報をくれ」


 獅子民は挑戦てきな口調で曜周に近寄る。初汰はその迫力に押されて少し後ろに下がった。


「勿論だ。まずは『変換の力』についてだ。君は『咎人』と俗に呼ばれている者の一人だ」

「私が咎人だと……!?」

「そうだ、だが君の能力は、そんなレッテルとはかけ離れていた」

「そ、そうなのか。それで」


 獅子民が曜周を催促した直後であった。


「オッサン後ろ!」


 背後を見張っていた初汰が声をあげた。


「なんだ!?」


 獅子民は気になる気持ちを抑えて振り返った。すると先ほどまで真っ暗だった道が小さな炎で明るくなっていた。さらにそれは獅子民を目掛けて飛んできている。


「魔法か!?」


 初汰と獅子民は左右に目一杯広がり、曜周がいる牢屋に火の玉が飛ばないようにする。

 ボォン!

 火の玉は左右の壁にぶつかり、煙を立てる。


「大丈夫か! ゴホッゴホッ!」


 曜周はせき込みながら煙の中に目を凝らした。


「俺は平気だぜ」

「私もだ」


 初汰が早く気付いたこともあり、二人は無傷でその攻撃を凌ぐ。そしてすぐに次の攻撃に備えたが、それ以降魔法は飛んでこない。


「ど、どういうことだ?」

「あいつだ……」


 初汰が困惑していると、牢屋内の曜周がぼそりと言った。


「ここを取り締まる監獄長だ。あいつは『五賢者』と呼ばれる、賢者の中でも優れた者しか与えられない称号を持つ一人。ルーズキン・バッドボル」

「だぁ~! 次から次へと分かりづらい情報が!」


 初汰は左手で頭を掻いた。


「五賢者か……。手練れなのだな?」

「獅子民……。あぁそうだ」


 曜周は少し悲哀を帯びた声で答えた。

 続いて曜周が敵の情報を話そうとしたとき、道の奥で再び赤い炎が浮かんだ。


「来る!」


 初汰と獅子民は身構えた。しかし火の玉はドンドン速度を増し、牢屋に直撃した。


「ぐわぁ!」


 曜周は衝撃で尻もちをついた。


「あいつ、なんて野郎だ!」

「落ち着け初汰。こちらからは相手が見えない。焦るな」


 獅子民はすぐに初汰を落ち着かせる。


「大丈夫か、曜周殿?」

「呼び方は変わらないな……。あぁ、大丈夫だ」


 曜周は苦しそうに立ち上がる。


「今の私に出来るのはこのくらいだ。少年こっちに来るんだ」


 曜周は手招きをして初汰を呼び寄せた。


「何すか?」

「右腕を出すんだ」

「え、は、はい」


 初汰は恐る恐る右腕を鉄格子に通した。すると曜周はその右腕に優しく触れる。


「よし、完了だ」

「えっと、何したんすか?」

「力を入れてみれば分かる」


 初汰は言われたとおりにした。すると、なぜか右腕に力が宿る!


「なんでだ!? 治癒魔法か!?」

「それは後でゆっくり話そう。さぁ、まずは奴を倒して脱獄させてくれ」

「任せな!」


 初汰は上階で拾った白骨を右手に持ち替え、短刀を利き手で握りなおす。


「よし、俺は準備オーケーだ」

「私もだ」


 獅子民も姿勢を深くし、戦闘態勢に入っていた。


「獅子民、お前は少年の前に出て、敵の攻撃から少年を守るんだ。簡単に伝えられるのはここまでだ。理屈を話すと長くなる。君に宿っていた本能を見せてくれ」


 曜周は態勢を深く保つ獅子民の背中にそう言った。


「初汰を守る……だな」


 獅子民がアドバイスを復唱していると、再び火の玉が数個浮かび上がった。


「マズい、曜周殿! 私はお前も守るぞ!」


 獅子民は迫りくる火の玉を物ともせず、初汰と曜周の前に立つ。

 ボゥン! 

 火の玉は全て獅子民に直撃した。爆風によって獅子民の姿は捉えられない。


「オッサン!」

「獅子民!」


 …………。煙が晴れてくると同時に、その中から独り言が漏れ出す。


「これが変換の力……。力が湧いてくるぞ……!」

「そうだ。その背中こそ、俺が見た獅子民雅人の背中だ!」


 曜周は鉄格子を鷲掴みにしてそう言った。

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