第十八話 ~最下層~
クローキンスは地下一階に上がり、牢獄内に響く足音を追っていく。音からして、虎間は右の道に進んだようであった。クローキンスも右の道に進み、虎間にバレないように距離を詰めていく。
そして虎間は出口への一本道に入り、ブラックプリズンを出ようとする。それを止めるため、クローキンスは右の曲がり角から少し銃口を出し、わざと出口の鉄はしごを撃った。
バンッ! キィン!
「なんだ? こっちは早く帰りたいってのによ」
虎間は気だるそうに低く声を出し、一本道を振り返る。しかしそこに人影はない。
「おい、誰かいるんだろ!? 俺だって知ってて止めたんだよなぁ!?」
虎間は威嚇するように怒鳴る。それによって少し脇腹の出血が増す。
「ちっ、そこから動くな。わざと外したのは分かってるな?」
クローキンスが虎間の威嚇に答える。虎間はクローキンスの返事に笑った。
「ダハハハハ! そうだな、今なら俺を殺せたかも知れないからな!」
「下手に動けば撃つ。距離からしてもお前の方が不利だ」
クローキンスは慎重に会話を進める。
「誰だか知らねーが、手短にしてくれ。見ての通り急いでるからな!」
虎間は余裕の表情でクローキンスに答える。
「こっちもそのつもりだ」
「じゃあ早く聞け、なんだ、政治の不満か?」
「ちっ、近いかもな。……お前が起こしたアヴォクラウズの内争についてだ」
「あぁ~、アレか。アレがどうした!?」
「なぜ工業地区を狙った?」
「んなの簡単だ。謀反を起こされないようにだ。国家軍が出来た以上、古臭い、銃。なんかはいらないからな」
バンッ!
クローキンスはついカッとなって発砲する。虎間は鼻で笑うと、左手を少し前に出す。そしてすぐに手を固く閉じる。
「所詮弾丸。俺の前では無力だ」
虎間は左手を広げた。すると弾丸は粉になり、地面に向かって散っていく。
「ば、馬鹿な……」
「こんな力があるんだ。みみっちい武器なんて必要ないだろ。国家軍にキメラ、それに幻獣十指。これで事足りるんだよ」
この時クローキンスは、敵わない。そう思ってしまった。
「用は済んだか? 俺は急いでるんだ」
「…………」
「終わりなんだな。じゃあ俺は行くぜ、バルグロウの息子」
――クローキンスは考える間もなく、バルグロウ。と、自らの姓が呼ばれたことにより残弾を全て発砲していた。
しかし弾丸は全て虎間の左手に捕らわれる。クローキンスの射撃スキルが高いが故に、軌道を読まれてしまったのだ。
「良い腕してんな~。どうだ、俺の軍に入るか?」
虎間はニヤニヤしながらクローキンスに申し立てる。
「お前が俺に忠義を誓うなら、工房をもう一度建ててもいいぞ?」
…………。二人は沈黙する。囚人の呻きや独り言が空気中に舞う埃のように鬱陶しい。
「じゃあもう少し情報をやる」
早くことを済ませたい虎間が切り出す。
「実はな、今王権を争って水面下で各軍が動き出してる。俺もそうだ。そこでだ、俺が王になった暁にはお前の工房なんぞすぐに建て直せる。そう言う交渉だ」
…………。クローキンスは答えない。虎間は痺れを切らして一歩前に踏み出る。
「ちっ、動くなと言ったはずだ!」
クローキンスは歩き出した虎間をすぐに警戒した。
「悪くない話だ……。加えて一つ聞こう。『各軍』と言うことは、内部分裂が始まっているということだな?」
「あぁ、そうだ。お前も上に住んでたんなら知ってるよな? 王直属の幹部。そいつらが密かに軍を作り始めてるんだ。その一人が――」
「お前と言うことだな。虎間」
「そう言うこった」
「お前の軍の戦力は?」
「幻獣十指もいる。それに俺が鍛えた精鋭揃いだ」
「ちっ、なるほどな。内情はよく分かった。……だが、断らせてもらう」
「良いのか? こんなチャンス二度と無いぞ? 俺が勝てば、お前は即幹部クラスだ。それでもか?」
「ちっ、そんなもんじゃ動かねーよ。俺が欲しいのはお前の命だ」
「ケッ、くせーこと言いやがって。今すぐにでも殺してやりたいが、お前の気が変わるかも知れねー。生かしておいてやるよ。だが覚えとけ、次はねぇからな」
虎間はそう言うと、脇腹を抑えていた手を放し、梯子を上っていった。
「ちっ、なんて奴だ。しかし主犯格はやはりあいつだった。……親父、俺は必ずあいつを殺す……」
クローキンスは覚悟を自分に言い聞かせるように呟いた。
バタンッ!
虎間が姿を消してすぐ、今度は地下二階へ向かう階段前の扉が強く閉まる音がする。クローキンスはすぐに地下二階への階段がある方向を向いた。すると大剣を背負った青年が、左胸を抑えてこちらに歩いてくるのが見えた。クローキンスはすぐさま右の道に隠れこみ、青年が出てくるのを待った。
ザッザッザッザッ。
足音はゆっくりとして重い。相当体力を消耗しているようだ。と、クローキンスは推測した。
青年が左の道から姿を現し、そしてそのまま出口に向かう一本道に入る。足取りは相変わらず重い。
バサッ。
青年は一本道に入るとすぐ、その場に倒れた。クローキンスは少し戸惑ったが、リボルバーをリロードして、倒れた青年に近付く。
息はしている。どうやら寝ているようであった。クローキンスは大剣に触れないよう、青年の素性を探った。すると、左手人差し指に赤いマニキュアが塗られているのを見つけた。
「ちっ、なんだ、マニキュアか? それに、この指だけ……か?」
クローキンスは他にも何か無いかと探ったが、その他に目立つものは無かった。
「う、ううん……」
青年は今にも意識を取り戻しそうであった。クローキンスは足音を立てずに引き返し、地下二階への続く階段に戻る。
「あいつ、確か下に向かった奴だったよな……あの体力の消耗具合……まさか!?」
クローキンスは瞬間に初汰と獅子民の危険が感じられ、走って地下二階へ向かう。
…………。そのころ初汰と獅子民は、地下五階へ続く階段をゆっくりとすすんでいた。
「どこまで続いてるんだ。この牢獄は」
「分からん。あってもあと二階ほどだと思うが……」
獅子民が先導し、その後ろにナイフを持った初汰が続いた。右手は相変わらず不自然な高さを保っていた。
「腕は平気か?」
「おう、こんなの平気だよ。いっつつ」
「あまり無理はするなよ。最下層には恐らく見張りの強敵が待っているはずだ」
「クソ、俺も右手が動けば……。っぐ、いって~」
初汰は右腕に力を入れようとするが、かえって痛みが倍増するだけであった。
「ここは私に任せろ。遅れはしっかり取り戻したい質でな」
「へっ、過度な期待はしないようにしとくぜ」
「いざとなったらお前を食うぞ?」
「いやいやいや、嘘嘘。期待してますよ!」
初汰と獅子民は、深手は負ったもののお互いが気遣い合って元気を取り繕っていた。
そして二人は階段を下り切った。
「なんだ? 今までと違って暗いな……」
初汰が呟いた通り、地下五階に松明は設置されておらず、足場の悪い中進むことを余儀なくされた。
「相変わらず足場は悪いようだ。初汰、こけるなよ」
「こけねーよ。オッサンこそ気を付けて歩けよな?」
二人は急に悪くなった足場に苦労した。足取りはやけに遅くなり、一歩ずつ地面を踏みしめる音だけが聞こえてくる。この階には他の囚人がいないようであった。
「オッサン? 大丈夫か?」
初汰は定期的に獅子民の安否を確認した。それほど辺りは暗く、心を不安にした。
「大丈夫だ。お前は自分のことを気にしていろ」
獅子民は初汰を励ますように声をかける。
…………。二人は時折声を掛け合いながら一本道と思われる道を進んだ。
「あれ、少し明るくないか?」
初汰と獅子民の目の前には、ぼんやりと明かりが映る。
「うむ、松明が一、二本あるようだな」
「それにアレって、牢屋だよな?」
「そのようだな。あそこに大罪人がいるのかもしれん。気を引き締めよう」
「おう」
明かりを見つけた二人は、先ほどよりも軽い調子で足を運ぶ。それは牢屋に近付くにつれて顕著になり、牢屋を目前にしたときは既に速足となっていた。
そして二人は牢屋の前に立った。
「誰かいるか?」
「いるなら姿を見せてはくれぬか?」
初汰と獅子民は牢屋内に向かって声をかける。しかしすぐに返事は来ない。
「流石にこんなところに閉じ込められてたら、もう死んでるか……」
「なかなか厳しいかもしれんな」
二人は小さなため息をついて牢屋を少し離れる。その時――
「待ってくれ……!」
牢屋内から、振り絞るような弱々しい声が二人の足を止める。
「誰かいるのか!?」
初汰はすぐに牢屋へ引き返し、左手で牢屋の鉄格子を掴んだ。すると直ぐに奥から人影が現れた。
「待ってくれ……。助けに来てくれたんだろ? 私も出来る限りは尽くす。だから出してくれ」
奥から現れた人影は、真っ白に染まった髪と髭をぼうぼうに蓄えた、やせ細った男性であった。
「えっと、大丈夫ですか!?」
「あぁ、私は大丈夫だ……ゴホッゴホッ」
初汰は直感で、この人は悪い人じゃない。と感じた。
「すぐにでも出したいのですが……」
「そうか……まだあの男に出会っていないようだな」
「あの男、ですか?」
「そうだ、この地下牢獄を取り締まっている男だ。そいつが全ての牢屋に魔法をかけている」
「そう言うことだったのか……じゃあそいつを倒さないと」
「そうだ、私はここから出られない」
「なるほど、承知した」
獅子民も話を聞くために戻ってくる。
「ライオン? キメラか?」
男は特別驚く様子も無く、目を細めて獅子民を見てそう言った。
「いや、オッサンは特別らしい」
「ほう、なるほどな。そうだ、近づきの印にまずは自己紹介をしよう。私は網井戸曜周よろしく」
「あ、俺は雪島初汰っていいます」
「私は獅子民雅人だ」
初汰と獅子民も続いて名を名乗る。
「獅子民? 今そう言ったな?」
しかし獅子民の名を聞くと、曜周はもう一度聞き直した。
「うむ、そうだが?」
「本当にライオンにされていたとは……ゴホッゴホッ」
「本当に、とはどういうことだ?」
獅子民はすぐに聞き返す。
「上で聞いたんだ。お前の魂が抜かれてライオンに入れられたって」
「ま、待ってくれ。私はお前を知らなければ、上にいたことなんて一切無いぞ?」
「嘘だよな……? いや、本当らしいな」
曜周は全てを理解したように口を噤んだ。
「おい、人間違いではなさそうだが?」
獅子民は不自然に黙った曜周を問いただす。
「あの力は健在か? 『変換の力』は」
「な、なんだそれは?」
「……人間違いなはずはない。おそらく君は記憶を失っている」
「わ、私がか!?」
獅子民は初対面の男に告げられたその言葉に、自らの言葉を失う。
「オッサン、平気かよ?」
「あ、あぁ。大丈夫だ……」
獅子民は明らかに考え込んでいた。
「獅子民、私は協力するぞ。君の記憶の復旧に」
曜周の声に嘘の色は感じられなかった。
「それならば、今すぐに私の情報をくれ」
獅子民は挑戦てきな口調で曜周に近寄る。初汰はその迫力に押されて少し後ろに下がった。
「勿論だ。まずは『変換の力』についてだ。君は『咎人』と俗に呼ばれている者の一人だ」
「私が咎人だと……!?」
「そうだ、だが君の能力は、そんなレッテルとはかけ離れていた」
「そ、そうなのか。それで」
獅子民が曜周を催促した直後であった。
「オッサン後ろ!」
背後を見張っていた初汰が声をあげた。
「なんだ!?」
獅子民は気になる気持ちを抑えて振り返った。すると先ほどまで真っ暗だった道が小さな炎で明るくなっていた。さらにそれは獅子民を目掛けて飛んできている。
「魔法か!?」
初汰と獅子民は左右に目一杯広がり、曜周がいる牢屋に火の玉が飛ばないようにする。
ボォン!
火の玉は左右の壁にぶつかり、煙を立てる。
「大丈夫か! ゴホッゴホッ!」
曜周はせき込みながら煙の中に目を凝らした。
「俺は平気だぜ」
「私もだ」
初汰が早く気付いたこともあり、二人は無傷でその攻撃を凌ぐ。そしてすぐに次の攻撃に備えたが、それ以降魔法は飛んでこない。
「ど、どういうことだ?」
「あいつだ……」
初汰が困惑していると、牢屋内の曜周がぼそりと言った。
「ここを取り締まる監獄長だ。あいつは『五賢者』と呼ばれる、賢者の中でも優れた者しか与えられない称号を持つ一人。ルーズキン・バッドボル」
「だぁ~! 次から次へと分かりづらい情報が!」
初汰は左手で頭を掻いた。
「五賢者か……。手練れなのだな?」
「獅子民……。あぁそうだ」
曜周は少し悲哀を帯びた声で答えた。
続いて曜周が敵の情報を話そうとしたとき、道の奥で再び赤い炎が浮かんだ。
「来る!」
初汰と獅子民は身構えた。しかし火の玉はドンドン速度を増し、牢屋に直撃した。
「ぐわぁ!」
曜周は衝撃で尻もちをついた。
「あいつ、なんて野郎だ!」
「落ち着け初汰。こちらからは相手が見えない。焦るな」
獅子民はすぐに初汰を落ち着かせる。
「大丈夫か、曜周殿?」
「呼び方は変わらないな……。あぁ、大丈夫だ」
曜周は苦しそうに立ち上がる。
「今の私に出来るのはこのくらいだ。少年こっちに来るんだ」
曜周は手招きをして初汰を呼び寄せた。
「何すか?」
「右腕を出すんだ」
「え、は、はい」
初汰は恐る恐る右腕を鉄格子に通した。すると曜周はその右腕に優しく触れる。
「よし、完了だ」
「えっと、何したんすか?」
「力を入れてみれば分かる」
初汰は言われたとおりにした。すると、なぜか右腕に力が宿る!
「なんでだ!? 治癒魔法か!?」
「それは後でゆっくり話そう。さぁ、まずは奴を倒して脱獄させてくれ」
「任せな!」
初汰は上階で拾った白骨を右手に持ち替え、短刀を利き手で握りなおす。
「よし、俺は準備オーケーだ」
「私もだ」
獅子民も姿勢を深くし、戦闘態勢に入っていた。
「獅子民、お前は少年の前に出て、敵の攻撃から少年を守るんだ。簡単に伝えられるのはここまでだ。理屈を話すと長くなる。君に宿っていた本能を見せてくれ」
曜周は態勢を深く保つ獅子民の背中にそう言った。
「初汰を守る……だな」
獅子民がアドバイスを復唱していると、再び火の玉が数個浮かび上がった。
「マズい、曜周殿! 私はお前も守るぞ!」
獅子民は迫りくる火の玉を物ともせず、初汰と曜周の前に立つ。
ボゥン!
火の玉は全て獅子民に直撃した。爆風によって獅子民の姿は捉えられない。
「オッサン!」
「獅子民!」
…………。煙が晴れてくると同時に、その中から独り言が漏れ出す。
「これが変換の力……。力が湧いてくるぞ……!」
「そうだ。その背中こそ、俺が見た獅子民雅人の背中だ!」
曜周は鉄格子を鷲掴みにしてそう言った。




