第十五話 ~予想外の再会~
睨み合いは数秒間続き、ついに痺れを切らしたエルクスが走り出した。とその瞬間、ほとんど同時にダゴットも走り出していた。フェルムはそのどちらかが動き出すのを待っていたが、まさか二人同時に動き出すとは思っておらず、少しだけ遅れて行動を開始した。
「ローク、援護頼むわ!」
「任せて!」
快活に答えたロークはすくりと立ち上がり、両掌を胸の前で合わせ、詠唱を始めた。すると間もなくフェルムとダゴットの周囲に拳ほどの大きさをした岩石群が飛び回り始めた。
「小細工を……!」
走りながら嫌味を垂れると、エルクスは左手から青い火球を数発放った。真っすぐダゴットに向かった火球は命中したかのように見えたが、それらは全てロークが操る岩石群に防御されていた。
「なるほど。面白い」
このまま正面からやり合っても勝機が無いと見込んだエルクスは、背中に翼を生やして突風を起こし、ダゴットとフェルムの視界を奪いながら後方へ飛び退いた。
「なかなかやるな」
「感心してる場合じゃないわよ」
体勢を立て直したフェルムは少し鋭い言葉でダゴットを諫めると、今度はフェルムが両手の鉄扇を広げて攻撃を仕掛ける。
――走り出すとともに自らの周囲に複数の火球を浮遊させると、フェルムはそれと共に真っすぐエルクスに突っ込んだ。
「ふざけてるのか? いや、ここでパワーを測らせてもらう!」
フェルムの後ろにダゴットとロークが続いていないことを確認したエルクスは、剣を構え、翼を広げ、そして羽ばたきとスタートダッシュを合わせ、驚異のスピードでフェルムとの真っ向勝負に打って出た。
――二人は各々の武器を得意の角度から打ち込み、一本の剣と二本の鉄扇が互いに完璧な角度で交わった。
「予想以上だな」
「まだまだこれからよ!」
鍔迫り合いをしながらフェルムは自らの周囲に纏っていた火球をゼロ距離で射出した。と同時に、それに合わせて自分は後方へ飛び退き、火球の爆発から逃れた。
全六発の火球を受けたエルクスには黒煙が纏わりついていた。しかし次の瞬間。蒼炎の翼が勇ましく広がると共に煙は霧散した。
「ま、この程度の攻撃じゃやられてくれないわよね」
「同じ炎魔法で翼に傷が付くとはな……。少し甘く見過ぎていたようだ」
エルクスは誰にも聞こえないように呟くと、表情を更に険しくしてから右手に剣を構え、左手には炎で作った盾を装備した。
「顔つきが変わったな」
ようやくフェルムのもとに合流したダゴットは、槌を構え直しながら呟く。
「ごめん、フェルム。魔法間に合わなかった」
「平気平気。でも、次はみんなで合わせるわよ」
少し遅れて合流してきたロークと短く会話を交わすと、フェルムはエルクスをじっと睨んだ。
「どうする、フェルム。きっと君の魔法じゃあの防御は貫けない」
「そうね。やれないことも無いけど、私の魔法が吸収される可能性もあるし、ここはやっぱり……」
フェルムはそこまで言うと、チラリとダゴットのことを見て、
「アナタに決めてもらうわ」
「……分かった」
「あくまでも、親子でケリを着けさせるためにってわけじゃ無いからね。考えた結果、アナタの攻撃が一番通るってだけで」
「あぁ、分かってる。任せろ」
「えぇ、よろしくね。で、ロークは、引き続き援護をお願い。それと、最後の一撃を入れる時、彼の槌にアナタの岩魔法を合わせてあげて」
「うん。分かった」
「私が陽動するから。じゃ、行くわよ!」
その場でくるりと舞って見せると、再びフェルムの周りには数個の火球が浮遊した。それを完全に詠唱し終えると、今度はゆるりと弧を描くようにしてフェルムは走り出した。
「何か企んでいるようだな……」
フェルムたちの出方を伺っていたエルクスは、フェルムの動向に注視しながらも、その視界の端にダゴットとロークが映るような位置取りをしてフェルムが来るのを待った。
「流石に自分から飛び込んで来るほど馬鹿じゃないみたいね……」
なるべくダゴットとロークから距離を取ったフェルムだが、それでもエルクスの絶妙なポジショニングのせいでなかなか二人を視界から外すことが出来なかった。このままではエルクスと自分との距離が開くだけだと悟ったフェルムは、突然進路を切り返し、エルクスに向かって行った。
「なら、戦いながらあの二人を死角に回す!」
今回は身の回りに浮遊させていた火球を牽制のためにエルクスに送り込みながら、フェルムはその懐に潜り込もうとする。対してエルクスは火球の一個一個を的確に剣で切り捨て、突進してくるフェルムとは微妙な距離感を保ちつつ、残りの二人を監視し続けた。
フェルムの陽動だけじゃ敵を翻弄し切れない……。攻めきれないフェルム。そして完璧な守勢を見せるエルクス。そんな進展のない攻防を眺めていたロークはそう感じ、ヘイトがこちらへ向かない程度に魔法で援護をすることに決めた。まずは簡易的な岩魔法を唱え、それを検証がてらに一発放ってみた。
――死角か死角でないか。岩魔法はギリギリの入射角でエルクスに迫る。そしてその鋭利な先端がエルクスの背中を捉えたとロークが確信した次の瞬間、そこに青い炎を纏った盾が現れ、岩魔法を弾き落とした。
「甘いな。それとも急いたか……?」
盾で魔法を弾いたエルクスは、その左腕に盾を戻した。しかしその一瞬の手間は確実にフェルムにチャンスを与えた。フェルムはここぞとばかりに火球を三つ放つと、一気に駆け出した。そして大きく跳躍しながらクルクルと宙で舞い、その身に真紅の炎を纏い、やがてハリケーンのような壮大な炎の渦と共にエルクスへ襲い掛かる。
「俺と同等の炎魔法か。いや、それ以上……!」
急接近する巨大な炎の渦に対抗し、エルクスも魔力を振り絞る。ほとんど全ての魔力を盾に集約させて巨大な炎の盾を作り上げると、エルクスはそれを自らの目の前に構えた。そして間もなく、紅蓮の炎を纏うフェルムと、紺碧の炎で出来た盾を構えるエルクスは真正面から激突した。
――するとその衝突で激しい熱波が周囲に吹き荒んだ。それは数十メートル離れていたダゴットとロークがいる場所まで及び、二人はその余りの熱さに身を伏せて熱波から逃れた。
「くそ。これじゃ近付けねぇ……」
「僕が岩魔法で壁を作ります。それを遮蔽にしながら前進しましょう」
ロークは伏せながら岩魔法を唱えると、二人の目前に大きな岩がせり上がった。そしてロークの操作でその岩をずるずると動かしながら、二人はエルクスの背後に迫って行った。
「なんて魔力なの……。でも、私は負けない!」
「くっ、やはり俺以上か……? だが、ここで負けるわけには!」
一方衝突を続けている当人たちは、更に魔力を高めて火力を増幅させる。すると紅と蒼の炎は一層強まり、それに伴って周囲の熱気も二倍、三倍と膨れ上がって行った。
「な、なんて熱気だ……。これ以上近づいたら、僕の岩魔法ごと……」
二十メートルほど近づくことに成功したロークであったが、そこで本能が、これ以上進んではいけないとストップをかけた。
「ここで待機します。これ以上は危険です」
「分かった。機を伺う」
文句を言うことなくロークの指示に従うと、ダゴットは岩壁のギリギリまで身を寄せ、時折顔を覗かせて標的の隙を狙った。
そんな隠密行動があるとは露知らず、エルクスは盾の向こう側で自らの蒼炎を覆い尽くさんばかりに広がり続ける紅蓮の炎から瞳も意識も逸らすことが出来なかった。
「なんでだ。フェニックスの力を得たはずの俺が、ただの炎魔法に負けるのか……? いや、違う。俺が……。俺が、特別じゃない、のか……?」
ふとそんな予感がエルクスの脳裏を過った直後、激しい頭痛がエルクスを襲った。それによって集中力が揺らぎ、エルクスの炎が弱まった。するとその隙に乗じ、フェルムは最大火力でエルクスを押し切り、盾もろとも後方に吹っ飛ばした。
「ぐあっ!」
盾で威力が減衰していたのは確かだが、それでもフェルムの百パーセントに近い一撃は猛烈で、エルクスは十数メートル吹っ飛ばされた後、地面に這いつくばったままなかなか立ち上がれないでいた。するとそれを岩の裏で監視していたダゴットは、槌を構えて岩裏から飛び出した。
「チャンスだ。合わせてくれ!」
「は、はい!」
出際に伝えられたダゴットの言葉を受けてロークも慌てて岩裏から飛び出した。すると第一に彼を迎えたのは、荒れ地に根強く残る暑熱であった。一瞬その熱風に怯んだロークだが、目の前を行くダゴットは少しも臆せずエルクスに向かっていく。ロークはその背中を見て自らも気合を振り絞ると、ダゴットの槌に纏う岩魔法を詠唱しながら駆けた。
「はぁはぁ……。何だったんだ。さっき一瞬過った寒気は……」
自分とフェルムの炎でかいた汗なのか、それとも先ほどの寒気で溢れた冷や汗なのかは定かでなかったが、エルクスは額に滲んだ汗を拭い、魔力をほとんど使い果たしてクタクタになった身体を無理に起こした。そしてそのまま立ち上がろうとした時、後方から接近する足音にようやく気付いた。
「覚悟しろ。紛い者!」
ダゴットはそう言って飛び上がると、両腕に全力を込めて槌を振り上げた。それを少し後ろから見ていたロークはその行動に合わせて一気に岩魔法で槌をコーティングし終えると、ダゴットはエルクスに向かって落下しながら槌を振り下ろした。
「と、父さん……?」
「なに?」
数秒後には巨大な槌がエルクスの全身を叩き割ろうという瞬間、エルクスの口からダゴットを動揺させる一言が零れた。しかし全体重と重力が加算された巨大な槌は止まることを知らず、狙い通りの地点へ叩き付けられた。
「上手くいった……!」
「これで、エルクス兄さんも静かに眠れるわよね……」
砂煙に浮かぶダゴットの姿を見つめながら、フェルムとロークはそれぞれ独り言ちた。しかしその後、晴れ行く砂煙の中にもう一つの人影を認め、二人はそれに視線を釘付けにされた。そこには確かに、エルクスが無傷で座っていたのであった。
「エルクス、お前……」
寸前でコースをずらし、エルクスの真横に深い穴を穿った槌を放り捨て、ダゴットは身を屈めた。そして武骨な手でその肩に触れようとするのだが、エルクスはそれを払い除け、両手で頭を抑えて呻き声を上げた。
「うっ、うぅ……。俺は、俺は……」
「エルクス。思い出したのか?」
ダゴットはつい先刻払われた手を再びエルクスに伸ばすと、今度はその右手はエルクスの左肩にそっと添えられた。
「父さん……なのか……?」
「良かった。エルク――」
ダゴットの顔に笑みが宿ろうとしたその時、エルクスの右手がダゴットの首を鷲掴みにした。
「俺はあなたの帰りをずっと待ってたんだ。その真意も今では大分変ったけど、もしかしたらこの再会が一番良かったのかもしれない」
エルクスは自分の親だと承知で右手に力を込めた。すると五本の指がダゴットの首にめり込み、そこから青いオーラがぐんぐんとエルクスの胸元にある石へと吸収されていった。
「エ、エルク、ス……。す、すまな……」
切れ切れのダゴットの言葉が言い果たされるよりも前に、ダゴットは意識を失った。するとエルクスはその巨体を右腕一本で持ちながら立ち上がると、抜け殻のように脱力したダゴットをロークの方に投げつけた。
「ここからが本番だ……!」
右手をグッと握り締めたエルクスは、フェルムを睨んでそう呟いた。
一方、ライレットと対峙していたスフィーとクローキンスサイドでも、戦闘が勃発しようとしていた。
「ちっ、ライレット、お前……」
「どうしたのですか? 全て計画通りじゃないですか」
「なんだと?」
「クロさん。どういう事っすか?」
クローキンスとライレットの会話に割り込んだスフィーは、既にその両手に苦無を構えていた。
「お前は黙ってろ。説明は後で――」
「無理っす。今説明してもらうっす」
「おやおや、仲間割れですか」
「ちっ、クソ……」
疑いを晴らすために。そして目の前の敵を排除するために。クローキンスは右手を連結銃に伸ばし、それを抜いた。そして高速で照準をライレットに合わせると、クローキンスはトリガーに指をかけた。
――発砲音が空にこだまする。しかしその照準と弾丸の先は、スフィーの足元に向いていた。
「く、クロさん。どういう事っすか……? 答えるっす!」
答えないクローキンスに逆上したスフィーは右手の苦無を投げた。すると風魔法を纏ったそれはクローキンスの右腕を掠めて衣服を切り裂き、その正体を暴いた。
「その右腕……! やっぱり、月花晶石っすね」
詰問を続けるスフィー。不敵に微笑むライレット。そしてそれに挟まれて何も答えずにいるクローキンスの右腕には、月花晶石が埋め込まれた特殊なギプスが装着されていた。




