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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
外伝 ~花鳥風月~
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第十一話 ~魂の再生~

 スフィー、ニッグ、フィーラの三人が前哨基地へ戻って来た頃には、既に日が落ちていた。タープテントの周囲にだけほんのりと火が灯っており、スフィーたちは真っすぐそこへ進んだ。


「ただいま戻ったっす」

「良かった。無事だったんですね」


 傷口が開かないようゆっくりと身体を起こしたロークは、顔に安堵の一色を浮かべて三人を迎えた。


「我々の出立を予期しての奇襲か……。用意周到な輩だな」


 スフィーたちが戻って来たことに対して全くの無感動でそう言うダゴットの左手には、彼の得物であろう大きな槌が握られていた。


「あたしたちの接近に気付いているかもしれないっすね」

「それはどうかな」


 スフィーの発言をすぐに打ち消すようにニッグが言った。


「じゃあどうしてニッグはこの島にいたっすか?」

「訳は今から話す。だから何か飲み物をくれ」

「ほらよ」


 ニッグの言葉に耳をそばだてていたのか、ダゴットはかなり早めのレスポンスを示し、ボトルを投げた。それをしっかりとキャッチしたニッグは水を一気に飲み干すと、ボトルの口を閉めて今に至るまでを語り始めた。


 事の始まりは約三十五日程前。フェルムとロークの住む家に居候していたニッグが付近の森で薪を集めていた時、いるはずもない人物が目の前に現れた。


「と、虎間……。生きてたのか?」


 突如現れた虎間に驚いたニッグは両手に抱えていた薪を全て落とし、槍を構える。するとその背後から、笑い声と共にもう一人現れた。


「お前も生きてたのか。和場優美」

「ごきげんよう。お久し振りですね、ニッグ」


 明るい声音と共に現れたのは、以前のメイド服から一変して、スパイのようなタイトなトップスとパンツを身に纏った和場優美であった。そんな彼女の表情は仮面を被っているかのような不動さと、氷のような冷たさを併せ持っており、加えてそこに生気の無い微笑を浮かべると、優美は虎間の横に立った。


「お前ら、いつから親しくなったんだ?」

「ふふ、まさか。親しいように見えますか?」

「見えはしないが。じゃあ逆に、親しく無いなら何故一緒にいる」

「一緒にいるわけじゃないの。彼は私に付いてくることしか出来ない人形なのですよ」

「人形?」

「そうです。これを使って私は……。と思ったけれど、これから先の説明はまだ出来ません。もしも可愛い妹さんとの明るい未来を望むのなら、最西端にある無人島に来てください」


 優美は淡々と用件を伝えて踵を返した。するとそれに続いて呻き声だけを上げていた虎間もニッグに背中を向け、優美に続いて森の奥へと消えて行った。これが和場優美とニッグの久方振りの会談であった。

 それから数日後、ニッグは旧友に会うという理由でフェルム宅を出た。そして単身最西端の無人島へと飛び立ち、その島にある形だけの港で和場優美と再会を果たしたのであった。


「来てくれたのですね」

「来ただけだ。条件によっては帰る」

「それは無理ですよ。あなただって片道切符だと知っててここへ来たのでしょう?」

「……詳しく聞かせてくれ」

「聞き分けが良くて助かります。こちらへ」


 そう言って易々と背中を向けた優美に怪しさを抱いたニッグではあったが、結局互いにアクションを起こすことなく、二人は誰も住んでいない廃村を抜け、起伏の激しい山岳地帯を歩き、そしてようやく出た開けた場所は凹凸の激しい荒野であった。そんな荒野の中心部には大きく窪んだクレーターがあり、優美がその斜面を滑り降りて行ったのを見て、ニッグも窪みに顔を覗かせた。するとそこには、手作り感満載の小さな倉庫みたいな研究所がひっそりと建っていた。


「降りて来てください」


 数十メートル下にいる優美はギリギリ聞こえるくらいの声でそう言った。ニッグは半ば罠かもしれないと思いつつも、彼女の後に続いて斜面を滑り降り、研究所内に踏み込んだ。


「こっちです」


 研究所は横に長かった。その反面、奥行きはとても狭く、入り口の対面は一面ガラス張りとなっており、その中では黒い影が無数に蠢いているように見えた。それはまるで、動物園や水族館の展示であるかのように、左右共にずっと奥までガラス張りの監視できる状況が続いていた。優美は薄暗い研究所内を右の方へ進んで行き、突き当りにある部屋に入った。


「ここで何をしてる」


 優美に続いて部屋に入ったニッグは冷静な口調でそう聞いたが、そこには少しだけ、不気味から来る畏怖が含まれていた。


「そうですね……。新しい生命の研究。です」


 部屋の中央にあるソファに腰かけ、ニッグをじっと見つめる優美の黒い瞳はどこまでも淀んでいて、微塵の光も感じさせなかった。


「またキメラ実験か」


 少々熱を帯びた声音でそう返したニッグだが、直ぐに全身の力を抜き、優美の話を待った。


「キメラでは無いです。言うなれば、魂の再生。でしょうか」


 そう言いながら優美は柔らかな笑みを浮かべてはいたが、ニッグはそこに優しさや人間の心などを感じ取れなかった。むしろ悪魔崇拝のような、心を奪われた恍惚的な危険性を感じ取った。


「……それで、その魂の再生とやらは成功したのか?」


 何か言わなければそのまま場の空気に呑み込まれそうになったニッグは、話を聞き出すために問い続けた。


「いいえ、まだ完全とは言えません。けれど、成功例もあります」

「そうか。それで、お前は何を企んでる?」

「そうですね、そこから話すべきでしたね。端的に言えば、国家転覆です」


 この異様な空間と彼女の異常な言動を見ていたせいか、その言葉はすんなりとニッグの中に溶け入った。


「アヴォクラウズの体制が整う前に叩くってことか」

「えぇ、そんなところです。どうです、私にお力添えして頂けませんか?」

「嫌だと言ったら?」


 様子見も兼ねて挑発的な態度を取ると、優美は虚ろな笑みを見せた。そしてソファに座ったまま、ニッグに向かって何かを投げた。

 ――湿っぽい感覚が右腕に張り付く。それを感じた瞬間にニッグは腕を大きく振り、腕に付いた何かを払い落とした。そして床に落ちたそれを見て、眉をひそめた。


「なんだこれ……」


 そこには黒紫色のスライムが落ちており、それはナメクジのような緩慢な動きで優美の足元へ戻って行った。


「見てなさい」


 優美はそう言うと、ポケットから掌に収まるほどの石を取り出した。そしてそれをスライム目掛けて落とした。

 ――するとスライムは一瞬にしてそれを包み込み、沸騰した水のようにブクブクと泡を立て始めた。かと思うと、それは見る見るうちに大きくなっていき、人型となり、最終的には目の前に鏡が現れたかのような精巧さで、もう一人のニッグが出来上がったのであった。


「なに……!」


 流石に身の危険を感じたニッグは背負っていた槍を素早く構えた。しかし目の前に出現したもう一人のニッグは何もしようとはしない。


「まだ学習中なのです。日が経てばあなたそっくりに仕上がります」

「こいつは何なんだ?」

「ミミックの一部ですよ。幻獣十指を生み出す裏で、諜報員として実験的に作られたの。実現はしなかったけれど」

「さっきの石は?」

「これは月花晶石。私がこの島で見つけて、私が名付けました。この石は、簡単に言えば魔力のタンク。ミミックは優秀ですが、魔力が尽きればドロドロの液体に戻ってしまうというデメリットを抱えていました。けれど、この石を仕込んでおけば、他人から魔力を吸い取って、無限に形を保っていられる。つまり無限の命を得られるのです。それに、ミミックは姿形だけでは無く、その人に宿っていた記憶も全て共有することが出来るので、先ほど言ったように、魂の再生が出来るということなのです」


 光の無い瞳で彼女は滔々と語った。ニッグはそれを脳内でしっかりと噛み砕き、時間をかけて理解した。数秒前に感じた悪魔崇拝的な恐怖はやはり間違っていなかったと心の中で思いつつ、ニッグは次の言葉を探した。


「この石とミミックがいれば、不死身の軍隊が作れて、死者の魂も蘇らせることが出来る。素晴らしいと思いません? この世から別れの悲しみが無くなるのですよ? ニッグ。私と協力して、不幸の無い世界を作りましょう?」


 無表情で訴えかけてくる優美を前にして、ニッグは冷や汗が背筋を伝わる感覚を長々と感じながら押し黙った。しかしその時、フィーラの姿が脳裏を過り、彼は答えを出す他無かった。


 ――と、ここまで話してニッグは黙り込んだ。


「あれ、どうしたっすか?」


 その先が気になるという所で話が止まったので、スフィーはすかさず問いかけた。するとニッグは思案気に一息つき、チラリとスフィーの方を見た。


「……協力するフリをして逃げだした。が、後は見ての通りだ。この島で追いつかれて、始末されそうになったところにアンタらが来た」


 ニッグは顔を伏せると、不機嫌そうでいて、しかしどこか申し訳なさの交じった口調で答えた。


「なるほど。これから乗り込むつもりだったから助かったっす」

「あぁ、そうか。それなら良かったよ。さっき逃がした奴が島に戻るよりも前に乗り込めると良いな」


 ニッグは味気ない答えを返すと、傍で眠そうに立っているフィーラを抱き上げた。


「ニッグは来ないっすか?」

「……もう関わりたくないんだ。フィーラだって完全に記憶を取り戻したわけじゃ無いしな」

「そうっすよね」

「悪いな。アンタらに押し付けるような形になって」

「いや、全然気にしてないっすよ。困った時はお互い様っす」

「ふっ、アンタらしいな」


 珍しく笑みを浮かべると、ニッグはフィーラを片腕で抱き、ポケットから小さな鱗を取り出してそれをスフィーに手渡した。


「俺たちは南の一番デカい大陸に向かう。直接来てくれても良いし、これに魔力を込めて俺に知らせてくれても良い。まぁ、用があったら好きな方で呼んでくれ」


 背負っていた重荷を全て下ろしたような安堵の表情で言うニッグに、スフィーは頷いて応えた。


「了解っす。今回はあたしたちに任せるっすよ」

「ありがとう」


 改めて礼を述べたニッグは深々と頭を下げた。そして静かに頭を上げると、もう一度だけ小さく頷き、ドラゴンに変化するために開けた場所まで移動した。


「アンタにだけは言っておく。本当にすまない。もう二度と間違えない……」


 スフィーの耳にだけ聞こえるように言うと、ニッグはドラゴンに変化してその背中にフィーラを乗せ、南の空へ消えて行った。基地に残されたスフィーはニッグが残した言葉の意味を考えたが、それよりも彼の真摯な思いがスフィーの心に満ちたので、彼女は深く考えることを止めた。そしてようやく、この場にクローキンスがいないことに気が付いた。


「あれ、そう言えばクロさんがいないっすね」

「一緒に戻ってくると思ってましたが」

「先に戻ったはずなんすけどね――」

「ちっ、少し離れた場所に居ただけだ」


 スフィーとロークが会話をしていると、それを遮るようにクローキンスが現れた。


「あ、いたんすね……」

「ちっ、お前らは警戒心が無さ過ぎる」


 ぶっきらぼうに言うと、クローキンスはタープテント内の椅子に掛けた。


「出発は明日の早朝にする。さっさと寝ておけ」


 大分暗くなって来たことを考慮してダゴットがそう言うと、彼は一人席を立ち、基地の尖塔に向かった。


「二人とも不器用っすね……。ま、今日の所は一休みしたほうが良さそうっすね」


 こうして先遣の初日を終えたスフィーたちは、タープテントの下で寝袋に包まれ、夜を明かすのであった。


 ――その一方。南の大陸に向かうニッグはスフィーたちに話した続きを鮮明に思い出していた。


「どうです、ニッグ?」

「……分かった。手は貸す。その代わり今回限りだ」

「えぇ、それでも良いですよ」

「ミミックの軍団が出来るまで、この島に人が来ないよう見張りをしてやる」

「悪く無いですね。ですがそれだけでは物足りませんね」

「他に何をすればいい」

「そうですね。まずはここの監視と護衛をして頂くのは確定として、時期が来たらここの噂を流してもらいます。そして、アヴォクラウズの兵隊がこの島へ来るよう誘導してください。その上で、あなたは自らの偽物と大立ち回りをして頂き、敵を錯乱してもらいます。これでアヴォクラウズはミミックに怯え、疑心暗鬼に陥るはずです……。良いですね。ひとまずはこの作戦で行きましょう」


 以前よりも更に冷たい笑みを浮かべる優美のその姿は、紛うことなく悪魔そのものであった。ニッグの身体は、本能は、それに対して汗をかくことさえ忘れ、彼女の指示に従う以外の行動が思いつかなかった。それでも、彼は最低限でも恐怖に抗うために、ミミックの成り立ちと和場優美の計画をスフィーに伝えたのであった。その結果、二重スパイのような立ち回りにはなってしまったが、ニッグにはそれ以外の方法が思いつかなかった。


(借りは必ず返す……)


 悔恨と星空の下、彼は大切な妹を背に乗せて南の大陸へ向かうのであった。

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