第十七話 ~地下決戦~
初汰と獅子民は、先ほどの戦闘を見てしまったことにより、少し足がすくんでいた。
「来ないの? じゃあ、行くよっ」
ファグルは大剣を強く握って走り出す。しかし先ほどのスピード感はない。初汰はこれならやれると剣を強く握りしめた。
「行くぜぇ!」
「ま、待てっ!」
獅子民は冷静さを欠いた初汰を止めようとしたが、既に初汰は立ち向かっていた。
「正面から来るか。なら俺も正面から叩き切ってあげるよ!」
ファグルは直進する初汰に大剣を振り下ろした。
――それを捉えた初汰は、瞬間に右に移動して攻撃を回避する。
「へぇ、やるじゃん」
振り下ろされた大剣は、凄まじい音とともに地面に穴をあける。
「なんて馬鹿力だ……」
「褒め言葉と取っておくよ」
ファグルは大剣を構え直すとともに、両足に力を入れる。
「ちょっとマジで行くよ」
――そう言ったと同時に、ファグルの姿が初汰の視界から消える。
「どこ行った――」
初汰は構える暇もなく、いつの間にか懐に潜り込まれていた。するとファグルは大剣の柄で初汰を空中に突き上げる。
「ぐはっ!」
初汰の両足が地面から離れる。それを視認したファグルは、柄で突き上げた流れのまま上段で大剣を構える。
「終わりっと!」
ファグルは宙に浮いた初汰に大剣を振り下ろす。
――しかしその瞬間、ファグルの背中に強い衝撃が走る。獅子民が頭突きをしたのであった。
「いっつ!」
ファグルは体制を崩される。それに加えて大剣の重みで体が右によろける。
宙に浮いていた初汰は、追撃を喰らわずに済み、そのまま地面に尻もちをつく。
「大丈夫か?」
すぐに獅子民が駆け寄る。
「だ、大丈夫だ……。ゴホッゴホッ!」
鳩尾に近い部分を攻撃されたらしく、初汰は苦しそうに呼吸をする。
「なぜ先に行った、強敵だと言っただろう!」
「わ、悪かったって。意外とノロマだったからよ」
「ワザとに決まってるだろ!」
「ゴホッ、あぁ、完璧に罠だったよ」
初汰は息を整えながら立ち上がり、ファグルの方を見る。獅子民も眼つきを鋭くし、ファグルがよろけた方を見た。
「おっとっと、そーいや忘れてた。獣臭いやつを」
ファグルは大剣をわざと地面に刺し、転ぶのを阻止する。
「二体一でしっかりお前を倒してやるからな!」
「ふーん、別に一匹増えたところで……」
「数的有利には変わりねぇ!」
「まぁ、俺としてはグラムの餌が増えてくれて嬉しいよ」
ファグルは不気味な笑みを浮かべる。そして恍惚とした表情で大剣を眺める。
「奴は相当あの剣を気に入ってる。なるべく本体を攻撃するぞ」
獅子民が小声で初汰に話しかける。
「確かに、さっきの戦いでも急に人が変わったからな」
「もちろん、アレに切られるヘマもするなよ」
「あぁ、わーってるよ」
ファグルは大剣に魅入られており、初汰と獅子民の会話は全く耳に入っていない。
「完璧な剣だ。今すぐ君たちを屠ってあげるよ」
既に初汰と獅子民は戦闘態勢を取っていた。相手が油断していたとは言え、格上の敵に仕掛けることは愚策だと、二人は攻撃を仕掛けずにファグルを待った。
「来いよ! 今度は見切ってやる!」
「あまり挑発するなよ」
「うんうん。どうやらこのグラムに早く切られたいらしいね。今すぐ切ってあげるよ」
ファグルは大剣を構えた。初汰と獅子民はさらに姿勢を低くして、臨機応変に対応できるようにする。
――先ほど同様、ファグルの姿は一瞬にして消える。次の瞬間には初汰と獅子民の間に入り、まずは獅子民を蹴り飛ばす。
「ぐぉ!」
そして大剣で初汰に切りかかる。
「早いっ! けど!」
初汰はファグルの攻撃を予測して、あらかじめ先に動き出していた。
ガキンッ!
大剣が接触した瞬間、広い円柱型の部屋に鋭く高い音が響いた。そして、
「うあぁぁぁっ!」
初汰が悲痛の叫びをあげた。初汰は右手を抑えて片膝をついた。その右手に握る柄の先には、真っ二つにされた刃が残っていた。
ヒュンヒュンヒュンヒュン……ザクッ。
折れた刃は空中で数回回転し、地面に刺さるときは木の枝に戻っていた。
「はぁはぁ、っぐ……腕が……」
初汰の右手は完全に折れていた。しかしあの攻撃を防いでいなかったら、今頃は胴体が真っ二つになっていたであろう。
「なーんだ、脆い骨だな。それとも力入れすぎちゃったかな? クハハハハ!」
ファグルは勝利を確信したように笑った。そして足元に刺さる木の枝を見つける。
「なにこれ、木の枝? これに魔法でもかけて戦ってたのか? そりゃ腕折れるよ」
ファグルは再び笑った。どうやら再生の力自体知らないようであった。
「そんじゃ、死んでもらおうかな」
ファグルは急に笑いを止め、初汰の前に立つ。
「おい! 貴様は何も学習せんのか?」
蹴り飛ばされた獅子民が、ファグルを挑発する。
「あぁ~、また忘れてた」
ファグルは初汰に背を向けるようにして振り向いた。そして獅子民と対峙する。
「私が相手をしよう」
「グラム、ライオンの血を吸えそうだぞ」
ファグルは舌なめずりをし、少し口角をあげる。そしてゆっくりと獅子民に近付く。
「アンタも限界だろ? 結構いいところ蹴ったし」
「ふっ、あんな蹴りで倒れんさ」
「強がってるの?」
「強がりではないさ、蹴られる瞬間に少しあたりどころをずらしただけだ」
「ふーん、じゃあ俺が蹴ったのは、肩とかかな?」
「貴様の想像に任せよう。さて、次はこちらの番だ!」
獅子民は突如走り出し、暗闇の中に消えていく。
「ん、なに、逃げたの?」
ファグルは獅子民の行動が不可解で仕方なかった。
「どこ行ったんだ? 暗がりから奇襲するつもりか?」
ファグルは首を振って獅子民を探す。しかし気配すらも感じない。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「なに!?」
突如囚人の叫び声が上がる。しかし円形なのが災いして、声の出所は分からない。
「クソ、どこだ!?」
ファグルは焦って首をさらに振る。
「うあぁぁぁぁ!」
またしても声が上がる。
「何が起きてるんだ!?」
ファグルは少し冷静さを欠いているように声を荒げたが、しっかり大剣を構えて準備は万端であった。
「力は補充させてもらった。行くぞ!」
獅子民の声が牢獄に響く。ファグルはこの状況を楽しむように、笑顔を見せる。
「やるぞグラム。獣狩りだ」
ザッザッザッザッ!
獅子民が走る音が響く。ファグルは足音に振り返り、迎撃態勢をとる。ぼんやりと獅子民の影が松明の弱い光に照らされて露になり始める。ファグルは獲物を見つけると、大剣の先を獲物に向けてその出現を待った。
――ついに、両者肉眼で捉えられる範囲に入り、互いに攻撃を仕掛ける。ファグルは大剣での突きを繰り出し、獅子民は大口を開けて鋭い牙を光らせた。
ガキッ! キンッ!
獅子民は大剣の先端を噛み、刃を受け止めると、そのまま体を捻ってグラムの先端をへし折った。
「グ、グラムが!?」
ファグルは突きを繰り出したことによって数歩前に歩く。それと行き違いで、飛び掛かった獅子民はファグルの背後に着地する。
「プッ! まだまだこれからだ」
獅子民は折った剣先を吐き捨てた。
「やってくれたな……。グラムを……」
ファグルは全身から力が抜けたように立ったまま、項垂れたままそう言った。
「さぁ、行くぞ!」
獅子民は早く勝負をつけようと、休まずに仕掛ける。
――しかし既にファグルの姿はそこになかった。
「なに!? どこに行った!?」
獅子民は走り出した足を止め、辺りを見回す。しかしすぐに姿を捉えることが出来ず、獅子民は初汰のもとに向かった。
「初汰、大丈夫か?」
「あぁ、右手が折れただけだ……」
「どうだ、動けそうか?」
「大丈夫。痛みは引いてきた」
初汰は右手を微妙な高さに上げながら、獅子民とともにファグルを探す。
「オッサン、どこに行ったか見てないのか?」
「すまん、目を離したつもりは無いのだが」
「クソ、どこから攻撃してくんだ!?」
初汰は怒りに任せて吠えたてるが、右手に痛みが走る。
「落ち着け初汰。お前は自分の身を守ることを考えろ」
獅子民は初汰の前に立ち、警戒心を高める。しかしファグルの気配を捉えることは出来ない。
「雑魚どもが調子に乗るなよ! 今すぐお前らの血を吸ってやる!」
ファグルの雄叫びで囚人たちがどよめく。初汰と獅子民は全方向に集中し、精神を研ぎ澄ます。
「まずはお前からだ……」
――初汰の背後からファグルの声が聞こえる。初汰は痛みを堪えて振りむく。すると大剣はすでに振り上げられており、防ぐ術の無い初汰は回避を試みるのだが、痛みのせいか動きが鈍い。
「ぐっ、間に合わね――」
「初汰!」
獅子民はすぐさま初汰の左横につき、初汰に体当たりをして無理矢理に吹き飛ばす。
――ほんの僅かな差であった。少し獅子民の反応が遅れたことにより、大剣は丁度獅子民に向かって振り下ろされる。
「ぐあぁぁぁぁ!」
獅子民は大剣に切りつけられた衝撃で背後に吹っ飛ぶ。
「大袈裟だな。今の感覚は掠っただけだ……」
ファグルは地面に突き刺さった大剣を抜き、倒れる初汰と獅子民を見る。
「血は少しだけ吸えたか……」
獅子民を切ったことにより、グラムの剣先が再生していく。
「少し足りないが、限界がきたらしい……」
ファグルはそう言うと、項垂れて立ち止まった。そしてすぐに咳き込みながら左胸を抑える。
「ゴホッゴホッ! クソ、また……。まぁいいけど、二人は仕留めたようだしね……」
ファグルは大剣を背中に収め、獅子民に近寄る。
「生きてるんでしょ?」
「う、ううぅ……」
「あんたキメラってわけじゃなさそうだよね。人間の形態に戻らないってことは」
「おい、まだ俺は戦えるぞ!」
初汰は獅子民にトドメが刺されると思い、気を逸らすために挑発する。
「黙っててよ。場合によっては君たちを生かしてあげるからさ」
「場合によってはだと?」
「うん、このライオンが、俺の知ってるある男だったら助けてあげる。だから名前を、ね?」
「な、名前だけでいいのか?」
「名前聞けばすぐに分かるから」
「わ、分かった。オッサンの名前は、獅子民雅人だ」
「クッ、クハハハハ! よかったね~。君たち持ってるよ。ならここにもう用はないかな。じゃあね……」
ファグルは獅子民の名を聞くと、左胸を抑えたまま上り階段の方へ向かって行った。
「待てっ! ぐっ、クソ……」
初汰はすぐに追おうとしたが、右手の痛み、それに獅子民を心配して踏みとどまった。
ファグルはそのまま振り向きもせず、鉄扉を開けて階段を上って行ってしまった。
「オッサン!」
初汰はそれを確認すると、すぐに倒れる獅子民のもとに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
顔を覗き込むと、剣先が左目を掠めたようで、顔面の左側から血が流れ出ていた。
「う……初汰か。奴は?」
「オッサンの名前を言ったら帰っちまった」
「わ、私の名を……?」
「あぁ、とりあえず今は助かったみたいだ」
「よく分からんがそうらしいな。……初汰、なにか拭くものは無いか?」
「服の袖くらいならあるけど……汚いよな?」
「いや、それでもいい。傷は浅い、問題は血を拭わねば前が見えぬことだ」
「そうなのか、分かった。目、閉じてろよ」
初汰は右袖を引きちぎり、そっと獅子民の左目周辺を拭く。
「よし、すまない助かった」
獅子民はゆっくり左目を開け、何度か瞬きする。
「大丈夫か?」
「うむ、問題ない。少し痛むがな。お前の腕ほどではない」
「そっか、にしてもどうする? このまま進むのか?」
「それしかあるまい。お前は自衛出来るようにここらの骨を拾っておけば良かろう?」
「ちょっと試してみるよ」
初汰は足元に転がる白骨を拾った。すると簡単な自衛ならそつなくこなせそうな短剣に変わった。
「これなら左手でもいける」
「よし、それでは下に参ろう。援護は無理にせんでいいからな」
「分かった。さっさと根源を倒してリーアに腕を治してもらわねーと」
初汰と獅子民は立ち上がった。ファグルがなぜ自分たちを見逃したのか。二人はそのことを真っ先に考えてはいたが、二人とも口にはせず、仲間の救出を優先し、下り階段に向かって歩き出した。
…………時は少し遡り、初汰と獅子民が階段を下ってすぐの地下二階……。
「ちっ、何となく檻を閉め切らなくて正解だった。さて、あの虎間とかいう男。探らせてもらおう……」
クローキンスは静かに牢屋を出て行き、虎間を追って地下一階へ上がった。




