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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
外伝 ~花鳥風月~
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第九話 ~会議と交渉~

 和場優美。その名が王の居室に広がると、円卓を囲む数人は押し黙った。そんな時、場を修復するのは王の役目であった。


「……ということは、現状、ミミックが和場優美の手によって盗み出された。というのが一番濃い線と考えてよいのだな?」

「はい。ここに来て火山の話を伺ったその時から、僕はこの線が一番怪しいと睨んでいます」


 花那太は徐々に戻りつつある視界の中に獅子民の姿を捉え、力強く見つめながらそう答えた。


「そうか。ではひとまず、彼のことを信じて――」

「本当に良いんです? この人はアヴォクラウズ側の人だったんですよ?」


 獅子民の決定を遮るようにフェルムがそう言った。


「ならば、他に疑う線があるのか?」


 非情な問い返しではあったが、より真実に接近できる道を選ばねばならぬ立場である獅子民は、なるべく棘の無い言い方でフェルムに問い返した。


「もう一人のフェニックスとかミミックについての話は無いけど、彼への疑いならあるわ。和場優美と通じて、私たちをおびき出そうとしてる可能性とか」

「ふむ、確かにその可能性も考えられるな」


 花那太の意見に傾きかけていた議会は、フェルムの一言によってゼロに引き戻された。


「花那太。なんか言い返さなくて良いのか……?」


 隣に座っていた初汰は周りに聞こえないよう花那太に耳打ちをした。すると花那太は一度深呼吸をしてから、静かに語り出した。


「全て彼女が仰る通り。僕には不審な点しかない。それに、今ここで言葉だけの弁明をしたって何にもならないと思う。だからこそ、ここに居る全員で、納得のいく作戦を練りたい。と僕は思ってる」


 冷静に、そして淑やかに話し始めていたはずの花那太の声は、いつしか熱を帯び、終わり間際には演説のような力強さが宿っていた。その言葉と感情を聞き受けた初汰は快く賛同し、リーアも少し間を置いてから頷いた。そして獅子民は一度フラットな立ち位置に戻って花那太とフェルムの発言を真摯に見つめ直し、その結果、細かく頷いた。


「フェルム。君からすれば我々が彼の肩を持つように見えて不快かもしれないが、やはり今は数少ない情報から事件の真意を精査しなければならない。だからと言って難だが、花那太の情報から、君が納得のいく作戦を練る。という形で話を進めてみるのはどうだ?」


 この場に置いて最高決定権を持つ獅子民にそこまで腰を低くされてはフェルムも断り辛く、声には出さなかったものの、彼女は小さく頷いた。


「よし、では此度の敵は和場優美とミミック。という想定で、作戦を練って行こう」

「オッケー。つっても、俺は黙って聞く他ねーけど」

「そうね。私と初汰は敵の性質がハッキリと分からないので、今回は御三方の作戦指示に従うことにするわ」

「うむ、分かった。では二人とも、君たちが持っている限りの情報を教えてくれ。そこから防衛と偵察の補強を思案する」

「はい、分かりました」

「任せて、思い出すのは得意だから」


 花那太とフェルムは心に少々のわだかまりを覚えながらも、自らの正義を信じて情報を提供していった。


 アヴォクラウズでの会議が進展した一方、ボーバノでは交渉が行われようとしていた。


「適当に座れ」


 先に前哨基地に戻って来ていた大男は、タープテントの傍にある一番大きな椅子に腰かけており、あとから到着したクローキンスとスフィーにそう言った。


「それじゃ、お言葉に甘えて失礼するっす」


 見た感じ武装も解いているようだし、何より今はロークの応急処置とフィーラの安全を優先したいと思ったスフィーは少しだけ語気を強めて答えた。


「救急セット、借りても良いっすか?」

「あぁ。すまん、これを使え」


 大男はぶっきらぼうに答えると、足元にあった木箱を拾い上げてスフィーに手渡した。スフィーは思っていたよりも良い人なのかもしれない。何て事を思いながら感謝を述べ、椅子に深く腰掛けているロークのもとへ向かった。


「……ちっ、それで、用があって俺たちに絡んで来たわけだよな?」


 包帯を巻く音が明瞭に聞こえるほどの沈黙が続いていた折、クローキンスが切り出した。


「あぁ。そうだな。本当は処置が終わってから話そうと思っていたが、そう悠長にしていられないのも事実か……」


 独りで早合点をした男は、聞こえるか聞こえないか程度の声でそう呟くと、その場にいる全員の顔を見回し、そして立ち上がった。


「申し訳なかった」


 席を立つや否や、筋骨隆々な上体を折り曲げ、謝罪をした。その行動にスフィーたちが驚いていると、大男は顔を上げ、再び四人の顔を見回しながら話を続ける。


「今更謝罪を入れたところでどうにもならないことは分かっている。だが、俺のケジメとして、そしてこれからの交渉をフラットにするため、謝らせてくれ」


 男はそう言いながら再び頭を下げた。


「うーん……。話は聞いても良いっすけど、呑むかはまた別の話っすよ?」

「ちっ、おい。こっちは危うく生き埋めにされかけたんだぞ。その上対等な交渉を申し込んで来るなんて、その時点で話を聞く義理はねぇだろ」

「そうかもしれないっすけど、今のこの状況。協力できるならした方が良くないっすか?」


 スフィーはそう言いながら、タープテントの下で寝かされている負傷した兵士たちを見た。それに促されるようにクローキンスも兵士たちの現状を直視して、小さくため息をついた。


「……ちっ、勝手にしろ。俺は手伝わねぇからな」


 クローキンスは吐き捨てるようにそう言うと、タープテントから少し離れたところにある大木の根元に座り込んだ。


「ま、クロさんは置いといて、ひとまず話を聞くっすよ」


 こちらの様子を伺っているクローキンスを見た後に、微笑みを浮かべながら大男と対面したスフィーは彼の目の前にある背もたれの無い椅子に腰かけ、大男もスフィーに倣って先ほどまで座っていた椅子に腰を戻した。


「まず、あたしたちの名前……。と思ったっすけど、もう素性までバレてたっすね。それじゃ、そっちの名前を聞いても良いっすか?」

「俺はダゴット。察しがついているとは思うが、この基地の隊長をしている」

「ダゴットさんっすね。それで、早速取引の内容を聞いてもいいっすか?」

「あぁ。それじゃあ単刀直入に言う。俺と一緒に仲間の仇を討って欲しい」

「なるほど……」


 大体の予想はついていた。とは言え仇討ちだけが狙いとも信じ切れなかったスフィーは、相手の出方を伺うような微妙な返事をした。


「どうやら、あまり好感触では無さそうだな」

「別に、そう言うわけじゃないっすよ。むしろこの状況を見て、仲間想いの良い隊長だと思ってるっす」

「ならば何が不服だ?」

「勘繰るようで悪いっすけど、他に狙いがあるような気がしたからっす」

「そうか。お前は余り交渉に向かないタイプらしいな」

「なっ、それはどういう意味っすか!」

「いや、まぁいい。そうだな、真の狙いか……」


 ダゴットはそこまで言うと、軽く組んでいた両腕を更に堅固に組み直し、ギュッと眉間に皺を寄せて一層厳めしい顔つきになった。


「別に狙いって程の話でもねぇが、奴の正体が気になるんだ」

「確かに、あたしたちもそこは気になるっすけど……」

「案外疑い深いんだな。だが、本当にそれだけだ。俺はこの目で確かめなきゃならねぇ。ここを任された隊長として。そして――」


 彼が最後に何かを付け加えようとしたその時、突然夕空に稲妻が走り、轟音が鳴り響いた。


「な、なんだ!」


 応急処置を終えて仮眠に入っていたロークが飛び起きながら声を上げた。


「大丈夫、雷っす。でも、なんで急に……」


 傍らで全身を強張らせているロークを落ち着かせると、スフィーは空を見上げながら呟くように言った。


「ったく、次から次へと何が起きてやがるんだ」

「雨が降るような様子は無いっすけどね」


 テント内にいた四人も、少し離れた場所に座していたクローキンスも、突発的に発生した不思議な雷の為に天を仰いだ。するとそんな中、フィーラがすくりと立ち上がり、静かにタープテントの下から出て、


「お兄ちゃん……」


 と呟いたのであった。


「まさかこれ、ニッグの魔法って事っすか?」

「僕には分かりませんが、もしかしたらそうかもしれないですね。フィーラが反応しているのも気になりますし」

「なんだ、お前らの知り合いなのか?」


 空の様子を伺いながらニッグの話をしていると、それがダゴットに漏れ聞こえていたようで、少し前屈みになって問いかけて来た。


「はいっす。一応知り合いではあるっすけど」

「あの子のお兄さんなんです。旧友に呼ばれて、西の大陸に向かったのですが、なかなか帰ってこないので、彼女が心配して迎えに行きたいと言い出したんです」


 ニッグの存在とこの現状を手短に説明すると、ロークは少し顔を歪めて椅子に背中を預けた。


「じゃあ友好関係と考えていいんだな?」

「はい。大丈夫だとは思うっすけど――」


 スフィーとしては完全に和解しているつもりではあったが、当のニッグ本人が和解を承知しているという確証が持てなかったスフィーが少しだけ返答を濁した直後、通信機が振動した。幸いにも椅子に座ってズボンが密着していたスフィーはその微振動に気付き、ポケットから通信機を取り出して応答した。


「はい。あたしっすけど」

【ようスフィー。今ちょっと大丈夫か?】

「大丈夫っすよ」

【オッケー。それじゃ、オッサンに変わるわ】


 そう言って数秒間雑音が流れると、獅子民のマイクチェックが入った。


【あーあー、こちら獅子民】

「何かあったっすか?」

【うむ、実は今、花那太の協力で疑わしい生命体の存在が分かってな。そのことを報告しておこうと思ったのだ】

「そうなんすね。こっちも何個か話したいことがあるっすけど、ひとまずそっちの話から聞くっす」

【すまない。助かる。早速、疑わしい存在の話なのだが、どうやら最西端の無人島には旧アヴォクラウズ軍の小さな研究室があったらしくてな。そこにミミックという擬態を得意とする生命体がいたらしいのだ】

「ミミック……っすか」

【あぁ、そしてそのミミックを利用して、わ……うみが……】

「あれ? 獅子民っち?」

【……びが……だい、そちらに……】

「雷のせいっすかね。落ち着いたらまたこっちから――」


 今の状態ではまともに話も出来ないと思ったスフィーが通信を切ろうとしたその時、黒い雲の群れが夕刻の空を一気に覆い尽くし、雷鳴が轟いた。かと思うと、通信が強制的にシャットダウンした。


「あっ、切れたっす」

「アヴォクラウズからの連絡か?」

「はい、そうっす。報告によると、今回の件には擬態を得意としたキメラが関わってるみたいっす」

「……そうか。それで、協力の答えを貰っても良いか?」

「あ、そうっすね。端からあたしは協力する予定だったっすから、もちろんオッケーっす! ただ、あそこにいるクロさんには気を付けてください。仲間想いなんすけど、少し気が難しくて」

「あぁ、もとより邪な企みなど無いから問題ない」


 ダゴットはそう言って立ち上がると、出立の準備の為に大きなテントに向かって行った。


「なかなか腹の底が読めない方ですね」


 完全に聞こえないであろう位置までダゴットが移動すると、嫌味の無いサッパリとした調子でロークが切り出した。


「そうっすね。クロさんと衝突しなければ良いっすけど」

「ちっ、俺がなんだ?」

「く、クロさん! いつの間に……」

「野郎、何しにテントに戻った」

「多分、出発の準備の為にだと思うっすけど」

「ちっ、連れて行くことにしたのか……。まぁいい。この雷が止んだら――」


 テントの下で会話をしていると、鳴り続けていた雷鳴が突如勢いを増した。そして間もなく、耳を裂くような凄まじい音と共に稲妻が一閃、雑木林に落ちた。


「お兄ちゃん……!」


 つい先ほどまで不安そうに空を見上げていたフィーラは、何かを感じ取ったように走り出した。


「あっ、フィーラちゃん!」

「ちっ、追うぞ。お前はあの男に話をしとけ」

「は、はい! 分かりました!」


 ロークに言伝を残したスフィーとクローキンスは、雑木林へと吞み込まれていったフィーラの後を追って一目散に駆け出した。

 空は雲に覆われており、木々の密度が高い雑木林は一層暗くなっていた。しかしどうにかスフィーの聴力を頼りにフィーラの足音を追い、やがてスフィーが立ち止まったので、クローキンスも立ち止まった。


「フィーラちゃん、危ないから戻るっすよ」


 小さな背中に優しく語り掛けるが、少女は振り向かず、前方を一心に見つめている。その視線の先が気になった二人も雑木林の奥へ目を凝らしてみると、そこには槍を持った青年が立っていた。


「なるほど、ニッグがいたんすね」


 だったらとりあえず合流してしまおうと歩き踏み出そうとしたスフィーだが、その歩みは一瞬にして止まった。なぜなら、目の前数十メートル先に立っているニッグの左方に、全く同じ影が、つまり、もう一人ニッグが立っていたからであった。

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