第八話 ~轍~
「どこからでもかかって来な」
自らの身に宿す青い炎を剣にまで転移させると、男はそれを構えてスフィーたちを睨んだ。
「あたしが前に出るっす。ロークさんはフィーラちゃんを、クロさんは援護を頼むっす」
「分かりました」
「あぁ」
大まかな作戦を伝えたスフィーは、ひとまず風魔法は見せずに武術のみで挑むことに決め、真っすぐ走り出した。
「なんだ、舐められたもんだな……」
スフィーたちには聞こえないように小さく呟くと、男は剣を右手に、左手には青い炎を纏い、真正面から走り来るスフィーに思い切り剣を振り下ろした。
――想定外の斬撃が飛んできたが、スフィーは慌てずに攻撃を見切り、軽やかなステップで敵の左側に回避した。そしてがら空きになっている横っ腹目掛け、苦無での突きを繰り出した。
「思ったより早いが……!」
右手の剣は完全に振り下ろした体勢で、左腕を思い切りぶん回して裏拳をスフィーに仕掛ける。しかしスフィーはそれも読んでおり、途中で突きを止めて体勢を低くし、左手を地面に着いた。そしてその腕を軸に、右足での鋭い蹴りを敵の左脇腹に喰らわせた。
「ぐっ……!」
それほど深くは無いが、確実にダメージは入った。そう実感したスフィーはすぐさま足を引っ込めてしゃがんだ状態に戻ると、ウサギの脚力を駆使して後方に飛び退いた。
「クソ……。まだ思うように動かないな……」
スフィーが退いたことを視認した男は左手でスフィーの蹴りが入ったところを少しだけ撫でると、ゆっくり剣を構え直した。
「ちっ、動きは大分ノロいようだな」
「それに、結構タフそうですね」
「みたいっすね。けど、アレが本気とも限らないっすからね」
「あぁ、もう少し様子を伺うか」
クローキンスはそう言うと、連結銃を素のまま構えて装填されている弾丸を連続で放った。
――対して男は左手を前に出した。すると胸の石が青白く光り、左手から青いオーラが広がった。そして弾丸がそのオーラに達すると、ゴムに着弾したかのように勢いが完全に吸収され、そのまま空中に静止した。
「銃士か。これ以上魔力を消耗するわけにはいかないな……」
前に出していた左手を下げると、それと共に空中で静止していた弾丸が地面に落ちた。すると先ほどまで弾丸を受け止めていた青いオーラは鱗粉のように男の周りを漂い、胸の石に戻って行った。
「あの石。もしかして……」
胸の石を睨みながらスフィーがとある嫌疑を抱いたその時、それを遮るように男が走り出した。かと思うと、その直後に大きく地面を蹴り、青い炎の翼で宙に舞った。
「情報は全て貰って行く!」
空中に浮遊しながらそう言うと、男は最後方にいるロークに切っ先を向け、そのまま急降下を始めた。
「ロークさん!」
「ちっ、間に合わねぇ……!」
近距離戦闘を仕掛けていたスフィー。そして援護の為に射線を確保していたクローキンスは共にロークから少し離れた場所におり、その思いもよらぬ奇襲に身体が追いつかなかった。
「大丈夫です、任せてください! はぁぁぁぁ!」
二人の不安を他所に、ロークは気合の掛け声とともに両腕を自分の前でクロスする。そして次の瞬間、急降下して来た男はそのままロークに突っ込み、とてつもない風圧と砂埃が発生した。
「ロークさん! 大丈夫っすか!」
風が止んでスフィーが顔を上げると、そこには大きな岩壁に剣を突き刺して立っている男がおり、その背後には岩壁を支えているロークと、顔色一つ変えずに立っているフィーラがいた。
「フッ、こいつは良い魔力が吸えそうだ」
岩に突き刺さっている剣をそのままにして一度距離を取ると、男は再び飛び上がり、岩壁の裏に回ってロークの背後から急襲を仕掛ける。対してロークは岩から手を離してすぐさま振り向き、もう一度岩魔法を唱えようとするが、それを遮るように男は青く燃える羽根をロークに浴びせる。
「くっ!」
羽根は弧を描いてロークの太腿や腕に突き刺さり、確実に集中力を削ぐ。そして防御が間に合わないまま男が目前まで迫って来た。しかし――
「やめて!」
フィーラがロークと男の間に割って入り、大きく両手を広げながらか細く叫んだ。すると男は時が止まったかのように攻撃を止め、数秒後に高く飛翔した。
「ちっ、逃がすか!」
リロードを終えたクローキンスは手早くスコープを連結銃に取り付け、羽根を狙って発砲した。しかしそれが届くよりも早く男は動き出し、やがて射程外まで移動するとそのまま飛び去って行った。
「大丈夫っすか?」
敵が完全に遠ざかったことを確認したスフィーは、苦無をホルダーにしまいながらロークのもとに駆け寄った。
「はい、大丈夫です。攻撃はどれも浅かったので」
先ほどまでロークの手足に刺さっていた羽根は原型を失い、線香花火のように地面に落ち、プスプスと音を立てながら消えた。
「フィーラちゃんは?」
「……だいじょうぶ」
小さな声で答えると、スタスタとロークの傍に寄り添い、そして服の裾を掴んだ。
「ちっ、軽傷で済んだようだな」
「はい。……その、すみません。僕が足を引っ張ってしまって」
「いや、そんなことないっすよ。向こうも、なんというか、殺気が無かった気がするっす。ね、クロさん?」
「あぁ。試してるようだったな、俺たちを。そして自分自身を」
「そうっすよね。ま、とにかく今は休める場所を探してロークさんの応急処置をするっす」
何とか襲撃を免れたスフィーたちが一段落ついたと安心していると、再び草を踏み分ける音が聞こえた。それに反応した一行が振り返ると、そこには前哨基地でスフィーたちを牢屋にぶち込んだ隊長が、傷付いた兵士を抱えて立っていた。
「話がある。救急セットも貸してやるから、基地まで付いて来い」
突然現れた大男は一方通行の交渉を取り付け、今来た道を戻って行ってしまった。
「どう、しますか?」
「付いて行くっす。ロークさんの応急処置をするためにも。それに何より、今は敵対してる場合じゃないと思うっす。あたしたちも、多分あの人も」
スフィーはそう言いながらロークを助け起こした。
「ちっ、気は進まねぇが仕方ねぇ。聞き分けが無いようなら、すぐにアイツを拘束するからな」
渋々了承したクローキンスはリロードを終えた連結銃をホルダーに戻し、スフィーからロークを受け取って肩を貸すと、大男に続いて基地に引き返した。スフィーは少し難しい顔をしていたものの、すぐにいつもの笑顔を取り戻し、フィーラをおんぶして二人の後を追った。
スフィーたちが戦闘を開始する少し前、フェルム宅に滞在していた初汰たちにも動きがあった。
「とりあえず、フェルムさんが何か知ってるかもしれないってオッサンに伝えたら、城に来て欲しいってさ」
ダイニングでフェルムの準備を待っていた初汰は、ようやく通信が繋がった獅子民との会話の結果をリーアに伝えていた。
「そうね。まずは獅子民さんの指示に従って城に戻りましょう。私たちもちゃんとした情報が得られたわけではないし、獅子民さんも交えて、フェルムさんには知っていることをしっかりと話してもらいましょう」
「確かに、結局俺たちもアレ以降何も聞き出せてないしな」
「ごめん~、お待たせ」
二人の会話が一段落ついたところで、奥の部屋からフェルムが出て来た。彼女は装いを改め、トップスは胸元を隠す程度で腹部を露出しており、ボトムスはひらひらと揺れ動く薄く軽い素材で出来たスカートを纏っていた。加えて衣服の所々には煌びやかな装飾とベールとが付属しており、その姿はまるで踊り子のようであった。
「だ、大分薄手だな……」
目の行き場を失った初汰は少々目を泳がせながらそう言った。
「あぁ~、やっぱり? でも、私本体が出向くとなると、この衣装じゃないと動きづらいし、燃えちゃうのよね~」
フェルムは服装の説明をしながらベルトを巻くと、腰の左右に付いているホルダーの中身を確認して、「準備完了!」と言った。
「はい、それではアヴォクラウズに戻りましょう」
「オッケー! それじゃ、城まで私の背中に乗せてってあげる。付いて来て」
そう言うフェルムの後に続いて家を出ると、三人は小さな森を抜けて平原まで来ると、フェルムがそこでフェニックスに変化し、初汰とリーアはその背中に乗り、アヴォクラウズ目指して飛び立った。
数分の空の旅を終えた三人は正門に降り立った。
「そんじゃ、こっからは俺たちが先に行くよ」
「うん、よろしく~」
役目を交代して初汰とリーアが先を歩き、獅子民が待つ玉座の間まで移動すると、丁度王室に戻ろうとしている獅子民と出くわした。
「お、オッサン!」
「おぉ、もう来たのか。では、こっちに入ってくれ」
少し駆け足で獅子民の後を追った三人が王室に入ると、そこにはもう一人客人がいた。
「か、花那太……!」
「この声は、初汰?」
車椅子を見た初汰が思わず名前を呼ぶと、それに反応して車椅子がくるりと反転して、腰かけている花那太が三人と顔を合わせた。
「今は少しでも情報が欲しいと思ってな。幻獣十指を生み出した彼にも来てもらったのだ」
「そっか、元気で良かったよ」
「うん、クローキンスさんのところでお世話になってるんだ」
「そうだったのか。ったくアイツ、何も言わねーで……」
「フェルム、彼が一緒でも大丈夫か?」
久しぶりの再会に水を差すのは気が引けたが、獅子民は王として、その場を仕切る責任があったので、初汰とリーアの背後にいるフェルムにそう問いかけた。
「……大丈夫よ」
彼女らしからぬ冷ややかな調子で答えると、円卓まで歩み寄り、花那太からは一番遠い椅子に腰かけた。それに続き、この会議が円滑に進むよう、初汰とリーアは二人の間に割って入るように空いている座席に着いた。
「ではまず、二人が知っていることから話してもらおうと思っているのだが、頼んでも良いか?」
自らも席に着いた獅子民は、左右に掛けている花那太とフェルムの様子を伺うように切り出した。
「……きっと彼よ。私より先にフェニックス実験の被検体になった、エルクス・レイガードよ」
初汰、獅子民、リーアの三人は、その名前にピンと来るはずも無かったが、ただ一人、花那太だけは小さく息を吐いた。
「それは、無いよ……。彼はあの時、確実に死んでいる……」
申し訳なさそうに顔を俯け、膝の上に置く両手を固く握りしめた花那太は途切れ途切れに答えた。
「じゃあなに。私の他にフェニックスの適合者がいるってこと? それとも、私がもう一人いるとか?」
挑発的に熱を帯びた視線と声が花那太に降りかかる。しかし全面的に自らの非を理解している花那太は少しだけ言葉を探し、再び口を開いた。
「前者はあり得ないけど、後者ならあり得るかもしれない」
花那太の思いもよらぬ発言に、その場にいる全員が刮目し、その続きを待った。
「あの頃、僕はこの世界に生物を……。いや、生物兵器を増やすために、むやみやたらと創造の力を使って架空の生物を生み出していたんだ。そしてみんな知っての通り、幻獣十指が生まれた。けどその裏で、実用段階までに至らない失敗作が数体いて、その中にシェイプシフター。またはミミックと呼ばれている擬態を得意とした生物がいたんだ。つまり何が言いたいかというと、そのミミックが盗み出されていたとしたら、死んだはずの人間に擬態することも出来るだろうし、今こうして生きている僕たちにだって擬態できる。はず……」
「はず? なんか歯切れがわりーな」
「うん……。実はその力を試す前に、ミミックは突然没になっちゃったんだ。王の命令でね」
「ってことは、俺がやった海周が偽物だった可能性もあるのか?」
「いや、それは無いかな。王の命令を受けた直後、彼の思惑にハマりたくなかった僕はアヴォクラウズ以外に設けていたもう一つの研究所にミミックを隠して、そこでずっと管理していたからね。彼の手には触れていないよ」
「それでは少しおかしいです。そこまで完璧に管理が出来ているのならば、何故貴方はミミックが擬態している。なんて言い出したのですか?」
リーアの的を射た質問には全く動じず、花那太は僅かに身体をリーアの方に向けて答えた。
「それは、管理しているのが僕だけじゃ無かったからです」
「もう一人いるってことか……?」
「うん。もう大体想像がつくと思うけど、僕の手助けをしてくれていた彼女。和場優美だよ」
その場にいる全員に聞こえるよう、花那太は険しい表情を浮かべた顔を左から右へと振りながら、半年振りにその名を口にしたのであった。




