第七話 ~火の鳥~
一方、自らが滞在している島で噴火が起きているとは露知らず、スフィーたちは数十分ぶりの外気と日光を浴びるために奮闘していた。
「もう少しだ! てめぇら気張れ!」
外で統率を取っているであろう男の声が牢屋まで届く。
「あたしたちも頑張るっす!」
「ですね。せめて一本!」
その声を聞き受け、スフィーとロークも魔力を最小限の出力にしつつ、最大限の凝縮で練り続ける。そして両者の魔力が纏まったタイミングで、一本の鉄棒の下部に狙いを定める。
「行くっすよ!」
「はい!」
掛け声とともに魔力を解放すると、まずは回転ノコギリような風魔法が鉄棒の一部に発生する。しかし風魔法だけでは鉄棒の芯まで届かないため、そこを土魔法で囲い込み、圧縮していく。すると金属と金属が擦れ合う耳を塞ぎたくなるような高音が数秒間鳴り続け、程なくして弾けるような音が鳴ると高周波の音が止んだ。
「切れたみたいっすね」
スフィーがそう言って魔法を解いたので、ロークも魔法を解いた。すると先ほどまで魔法に包まれていた鉄棒の一部は、見事に切断されていた。
「ちっ、後はこいつを引き抜くだけだな」
魔力を使って疲弊している二人に代わり、クローキンスが前に出た。そしてタケノコくらいに残っている鉄棒を両手でしっかりと握り、思い切り踏ん張った。しかしそれだけでは抜けなかったので、クローキンスは両腕の袖を少しだけ捲って再度臨んだ。すると一回目の試行で緩んでいたのか、鉄棒はすんなりと引き抜かれた。
「抜けたぞ」
「流石っす、クロさん! それじゃ、フィーラちゃんから」
牢屋の後方にいたフィーラを連れて来ると、今ほど鉄棒を抜いて出来た穴からフィーラを這い出させた。そしてそれに続いてスフィー、ローク、クローキンスと牢屋から抜け出すと、丁度そのタイミングで外でも動きがあった。
「見えてきました!」
細く射し込んでいた光が、その声と共に一気に太い光線となって洞窟内に流れ込む。中にいた四人は思わず目を背け、目が慣れ始めたところでようやく顔を上げると、人一人が通れるくらいまで瓦礫がどかされた階段がそこにあった。そしてその先には、こちらを覗き込む影が二つ。
「さぁ、早く!」
「またいつ崩れるか分からねぇ!」
外の声に促され、四人は牢屋を抜け出した順番で一人ずつ階段を上がり、そして外へ抜けて行った。
「はぁ~、助かったっす~。フィーラちゃんは大丈夫そうっすか?」
「はい。大丈夫そうです」
ロークは自分の背後でぬいぐるみを抱きしめているフィーラを見た後にそう返した。
「無事でしたか!」
全員助け出したことを確認し終えた二人の男が歩み寄って来た。
「はいっす、本当に助かったっす!」
「いえいえ、俺たちの船に乗せていたお客さんが囚われちまったんで、ずっと助け出す機会を伺ってたんですよ」
「まさかもう二人いるとは思いませんでしたけど」
二人の男が笑いながら四人の安否を喜んでいると、そこへ大道具を抱えた数人の男たちが姿を現した。
「お! 助け出せたのか!」
「へい、キャプテン! 細かいのが上手いこと挟まってただけみたいで、こいつはダメになっちまいましたが、何とか助け出せました!」
片方の男はそう言いながら自分の右手に持っている欠けた剣を持ち上げた。
「そうかそうか、それ一本で済んだんなら良しとしよう。こいつを使わなくて済んだんだからな!」
大笑いしながら大砲をポンポンと叩いているふくよかな男を見て、スフィーとロークは苦笑いを浮かべ、この二人が頑張ってくれて良かったと心底思うのであった。
「ほら、クロさんもお礼言って。そしたらこの揺れの原因を探しに行くっすよ」
「ちっ、めんどくせぇ」
テンガロンハットに積っている砂埃を丁寧に払い、それを被って船長と相対したクローキンスは数秒間静止した。かと思うと、先に声を上げたのは船長側であった。
「あ、あんた! あんたもしかして、クローキンスか?」
数歩近付いたかと思うとすぐに膝を曲げ、テンガロンハットの下からクローキンスの顔を覗き込む。するとそれで確信を得たようで、矢継ぎ早に話を続ける。
「やっぱりそうだ! 俺だよ俺、キャプテン・マロウ!」
名乗られずともその存在にいち早く気付いていたクローキンスは、何も言わずにハットのつばを右手でつまみ、小さく会釈をした。そしてマロウと大砲の横を抜け、一人先に歩いて行ってしまった。
「あっ、クロさん! ……申し訳ないっす。ちょっと口下手な人で」
「いや、良いんだ。俺が知ってる旦那のままで良かったよ」
「そ、そうっすか?」
「あぁ。あの人のおかげで俺たちは救われたからな。感謝してるんだ」
「根はいい人っすからね!」
「おうよ! その通りだ!」
マロウがそう言うと、彼の周りにいる元海賊船員たちが同意の雄叫びを上げた。
「この通りってこった」
「皆クローキンスさんに感謝しているんですね」
「当たりめぇだ! ところで話は変わるんだが、アンタたちはこれからどうするんだ? もしもマイントに戻るってんなら、俺の船に乗せていくぜ」
「気持ちはありがたいっすけど、あたしたちは今の地震を調べて、もう一度あの隊長さんに会わなきゃならないっす」
「そうか、分かった。そんならもう一つ恩返しだ。今何が起きてるか簡単に説明してやる」
マロウはそう提案すると、部下たちに大砲を片付けるのと他数点の指示を出した。そしてその後、「そこにある兵士たちのタープテントで待ってるから、旦那を呼んできてくれ」とスフィーに伝えて先にテントへ向かってしまったので、スフィーはすぐさまクローキンスを呼び戻し、それから四人はマロウがいるテントに集まった。
「クロさん、もっとこっちに来たらどうっすか?」
テントの端っこに立っているクローキンスにそう言うが、彼は頑として動かない。
「まぁまぁ、良いってことよ。それより早いとこ情報を教えねぇとな」
今や商船の船長となったマロウは、無駄話をするよりも先に利のある話をするべきだと考え、蓄えた黒ひげを撫でながら、早速数十分前に起きた出来事を大まかに説明し始めた。
まず始めに地震が発生し、その次に小さな爆発。そしてその直後、火山からとてつもない地鳴りが聞こえたかと思うと、次の瞬間には噴火が起きていたという。しかし不思議なことに、噴き出した炎は下へ下へと流れてくるわけでも無く、故意に止められているかのように山腹で堰き止められ、再び火口へ戻って行った。そして間もなく、その火口から火を纏った鳥が飛び立った。と、マロウは見た全てを四人に伝えた。
「ひ、火を纏った、鳥、っすか……?」
唾の飲み込み方を忘れてしまったかのように、スフィーは言葉を詰まらせながら聞き返す。
「あぁ、確かにありゃ火を纏った鳥だったぜ」
「そんな馬鹿な……。フェルムは記憶の祠で待っているって言っていたし、そもそもこんな遠くに一人で来るとは思えない……」
スフィーと同様にロークも驚きを隠せないようで、心境を前面に出しながら呟いた。
「なんだ、もしかしてアンタらの知り合いなのか?」
「知り合いというか……」
「親友っす!」
ロークが言葉を濁したのに対し、スフィーはキッパリとそう言い切った。
「そうか、そうだったのか……」
「キャプテン!」
少し暗い雰囲気が広がり始めていたところに、数人の部下が駆け寄って来た。
「ありました。お三方の荷物です! ……多分」
自信があるのかないのか、先頭の船員がそう言うと、後方に控えていた三人の船員がスフィー、クローキンス、ロークの前まで歩いて来た。そしてそれぞれが持っている荷物を目の前の相手に差し出した。
「助かるっす! にしても、よくこれがあたしの荷物だって分かったっすね」
「えっ、あぁ、それがですね。律儀に分けてあったんですよ。情報が書かれた紙と一緒に」
「紙と一緒に? なんでわざわざ……。ま、とにかく助かったっす!」
ホルダー付きのベルトを腰に巻きながら、スフィーは再度礼を述べた。
「良いってことよ! それより、早く火山に向かった方がいいかも知れん。もしかしたら、火の鳥討伐なんておっ始めてるかも知れねぇからな」
「そうっすね。そうさせてもらうっす」
マロウたちのおかげで命も装備も情報も得ることに成功したスフィーたちは、タープテントを出た。
「改めて、ありがとうございました」
グローブを装着し終えたロークは、頭を下げてそう言った。
「気ぃ付けて行けよ。旦那も、どうかお元気で」
「ちっ、お前に心配されるまでもねぇよ。……でも、助かった」
小さく、そして早口にそう言うと、クローキンスは火山の方角に歩き出した。
「クロさん、待ってくださいっす! 本当に助かったっす。それじゃ!」
慌ただしく辞去を述べると、スフィーは彼の背中を追って駆け出した。それに続き、ロークもペコペコと頭を下げて挨拶をすると、フィーラをおんぶして二人の後を追った。
「だ、旦那が、旦那が俺に、礼を……! 行ってらっしゃいませ、旦那ぁ!」
マロウは感激の涙を流しながら周囲にいる船員たちに事実確認を行ったが、そんなことよりもクローキンスに見送りの言葉を贈らなくてはと考え直し、誰かの答えを聞くよりも前に叫び声を上げて一行を見送った。
そうして元海賊たちの手厚い見送りを背に受けたスフィーたちは、基地の後方にあった小さな森を抜け、火山のふもとに辿り着いた。山の斜面はゴツゴツとした砂利道になっており、ここに来るまでに生えていた草木は綺麗さっぱり消え失せていた。
「ロークさん、大丈夫っすか?」
「はい、大丈夫です。僕が連れて来ると決めた以上、責任を持ってこの子を守ります」
「分かったっす。それじゃあこのまま――」
山を駆け上がろうと言うつもりだったスフィーは突然口ごもった。そして口元に人差し指を持っていき、静かに。とジェスチャーした。すると微かに、クローキンスとロークにも聞き取れるレベルに、ガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえて来た。となると当然、三人は木々が茂っている後方を振り向く他ない。
「ちっ、念のため構えておけ」
小さく指示を出したクローキンスは、既に連結銃を握っていた。
「オッケーっす」
「分かりました。フィーラ、僕の後ろに隠れてて」
少女を自分の背後に下ろすと、ロークは両手をグーパーしてからファイティングポーズを取った。
いよいよ音が目の前に迫って来た。これは確実に何かが来ると察知した三人が本格的に構えると、木の葉を散らしながら男が飛び出してきた。と言うよりかは、投げ出された。受け身を取るでもなく、顔面から地面に落ちた男は微弱な呼吸をしながら右腕を上げるが、その腕はブルブルと震えていて目的が定まらない。
「この服装。基地にいた兵士ですかね?」
「恐らくそうだと思うっすけど」
「た、すけ、て……」
倒れている兵士の声を聞いたスフィーは、苦無をホルダーに戻して走り出そうとした。しかしそれよりも早く、兵士が投げ出された場所からもう一人男が現れた。
「なんだ、まだ残ってたのか」
雑木林から出て来た若い男は無感情にそう言うと、右手をサッと前に出し、掌を倒れている兵士に向けた。すると兵士の身体が薄青く光り、その光が煙のようにゆらゆらと立ち上がり、男の方へと吸い込まれていく。
「うっ、あぁ……!」
「ふん、所詮雑兵か。だが、こいつに比べてあんたらは魔力がありそうだな」
男は自信ありげにそう言うと着ていたシャツを脱ぎ捨てた。そして露わになった上半身を見て、三人は息を吞んだ。身体の至る所に火傷の跡があり、胸の辺りには大きな青白い石がはめ込まれていたのであった。
「さぁ、構えろ。それとも、無償で俺に魔力を献上するか?」
「ちっ、なわけあるか」
「よし、そう来なくてはな」
男は足元に転がっている兵士の死体から剣を引き抜き、魔力を高めた。すると全身から青いオーラが立ち上がり、それは次第に炎へと変わって行った。そして最終的に炎は背中へと集まり、青い双翼を成した。
「青い炎……! とにかく今はやるしかないっすね」
火の鳥の正体が分かったことに安心しつつも、今は目の前に立ちはだかる脅威を退けるべく、スフィーは気を引き締め直して再度苦無を構えた。




