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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
外伝 ~花鳥風月~
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第二話 ~密談~

 暑苦しい工房を抜けて最奥にあるドア前まで辿り着くと、クローキンスはそのドアを開いて二人をその部屋に案内した。室内はこじんまりとしており、手前にローテーブルとソファが向かい合っており、右奥のほうには大きめのデスクが、そしてその上には雑多な部品が散らばっていた。その他にはやや大きめの本棚や小さめの冷蔵庫がデスクの付近に設置されていたり、左手にはいくつかの窓と申し訳程度の観葉植物。それと丁度今入って来たドアの向かい側に裏口となっている鉄製のドアが設置されていた。


「ここは?」


 部屋をぐるりと見回した獅子民が声を上げた。


「俺の部屋だ」

「それっぽいっすね」


 ぶっきらぼうに答えるクローキンスに反し、スフィーは感情を表に出しながらそう答えた。


「ちっ……。まぁ部屋と言っても、個人の作業部屋みたいなもんだ。客も大してこないしな」


 久しぶりに相対したスフィーのテンションをやり辛そうにしながら、クローキンスは来客用に準備していたソファに腰かけ、ローテーブルを挟んだ向かいに設けてあるもう一方のソファを顎で示した。入り口の傍に立っていた二人はそれに促され、対面のソファに腰かけた。


「で、わざわざ何のために来た」

「そうだったな。では、単刀直入に言う。我々を手伝ってほしい」

「手伝う?」

「うむ、その……。また戦うことになるやも知れぬが、聞いてくれ」


 騙して引き込むことも考えたが、それではやはり王としての威厳が、そして何より自分の信条を曲げることになると思い直した獅子民は素直に実情を語った。


「……簡単に言うと、こんなところだ」

「ちっ、なるほどな」


 クローキンスはそれだけ言うと黙りこくった。そしてしばらく考え込んでいると、静かな室内に弾けるような、勢いの良い音がテンポよく響いた。それは少しの間隔を置き、もう一度行われた。どうやら裏口がノックされたようであった。クローキンスは二人の顔を交互に見て確認を取った後、すくりと立ち上がって裏口を開けた。すると、


「おぉ、いるじゃないか! いるんだったらさっさと開けんか!」


 元気な大声と共にギルが入って来た。


「ギル殿!」

「なんじゃ! 王が見えていたのか」

「お久し振りです。それと、堅苦しい呼び名はやめてください」

「そうは言われても、わしだけ特別というわけにもいかんしな。獅子民さん。くらいには改めようかのう」

「その方がこちらも話しやすいです」

「それじゃあ獅子民さん、もう一人連れて来とるんで会って行ってくだされ」


 ギルはニコニコと笑みを浮かべながらそう言うと、踵を返して裏口から出て行った。かと思うと、すぐに車いすを押して戻って来た。そこに座っていたのは、そこにいる皆が知る顔であった。


「花那太くん。君も元気にしていたのか!」

「この声は、獅子民さん? 王がここに来ているんですか?」


 花那太は驚きながらそう言うと、目を細めて辺りを見回し、獅子民のところで視線を留めてじっと見つめた。


「半年前は輪郭も全体像も見えなかったけど、どうやら思った通りの人みたいだ」

「なに、私が見えているのか?」

「はい、この二人のお陰で」


 脇に立っているギルと既にソファに戻っているクローキンスのことを見た後に、花那太は笑顔でそう返し、話を続ける。


「半年間、丘の上にあるギルさんの家に置いてもらっていたんです。その上リーカイさんから貰った薬と、創作の力を全く使っていないこともあって、本当に少しずつですが、視力が戻って来たんです。その代わりに、クローキンスさんの開発を手伝っている。というところです」

「ほう、そうだったのか……。皆元気で何より。いや、むしろ顔を出していなかった私の方こそすまない」

「良いんじゃ良いんじゃ! わしたちは何も気にしとらん。落ち着いたから顔を出してくれたんじゃろ?」

「ま、まぁそんなところっす!」


 獅子民が答え辛そうにしていたので、スフィーが代わりに答えた。


「そうかそうか。わしたちはこれから街の改修作業に行って来るから、ゆっくりしていっとくれ」


 ギルと花那太は軽い会釈をすると、クローキンスに二言三言挨拶をして裏口から外に出て行った。そして間もなく鉄の扉が重々しい音と共に閉まると、静寂が再び忍び入って三人の首を締めた。


「……ちっ、やってやる」

「へ? 今、やるって言ったっすか?」


 数秒間の沈黙の末、唐突に返答が来たことに驚いたスフィーは声を裏返しながら聞き返す。


「あぁ。今動けば、ここまで敵は来ないってことになる。だろ?」


 少しだけ前傾姿勢を取ったクローキンスは、テンガロンハットの下から鋭い視線を光らせ、獅子民に訴えかける。


「絶対とは言い切れない」


 数秒間言葉を選んだ獅子民はそう切り出す。


「だが、早ければ早いほど、争いを未然に防げる確率が上がると私は考えている」


 と、続けて自らの率直な意見を述べた。それに対してクローキンスは突き刺さるような視線を送り続けたが、一歩も退く気配を見せず、真っすぐに睨み合って来る獅子民の意志を汲み取り、ソファにもたれかかった。


「ちっ、出発はいつだ」

「明確な日時はまだ決まっていないが、二人の準備と小型飛空艇の準備が整い次第、という所だ」

「分かった。準備は済ませておく」


 そう言うとクローキンスは立ち上がり、部屋の右奥にある自らのデスクに腰かけた。


「それでは、我々はこれで失礼する」

「クロさん、改めてよろしくっす!」

「ちっ、挨拶をしてる暇があったらさっさと準備を済ませろ」

「不愛想は相変わらずっすね」

「ハッハッハッ。しかしクローキンス殿の言っていることも正しい。いち早く真偽を確かめて、平穏な日々を送ろうではないか」

「まぁ、そうっすね。それじゃクロさん。準備が出来たらまた連絡するっす」


 スフィーはそう言いながらクローキンスのデスクに歩み寄ると、通信機をそっと置いて獅子民のもとに戻り、二人は改めて挨拶をして部屋を後にした。


「クロさんが急に心変わりしたように感じたのは、あたしだけっすかね?」


 工房を出て少し歩いた辺りでスフィーは突然立ち止まり、思い出したかのように疑問を投げかけた。


「うむ、確かに心変わりしたように見えたな。しかし彼の気持ちを察するに、もうこの街を壊されたくない。大切な人を失いたくない。という思いが強く反映されているように思えたな。きっとギル殿が来たことで、気が変わったのだろう」

「なるほど、確かにそうっすね!」

「あぁ、だが私も一つ引っかかっていることがある」

「なんすか?」

「意志の強い彼が守るべきものを見失うはずがない。にもかかわらず、何故最初の答弁では口ごもったのか。という事だ」

「うーん、確かに。クロさんだったら、未然に防ぐために偵察隊を送るという意図には気付いていたはずっすよね」

「うむ。何か他に事情があるのやも知れんな……」


 獅子民とスフィーはその後もクローキンスの思惑を勘繰ったが、一向に答えが出る様子も無く、ロープウェイに乗って城に戻った。

 一方その頃工房の一室ではクローキンスが小さなため息をついていた。


「ちっ、街を守るためとは言え、流石に答えを早まったか……?」


 肘から下が全く動かない右腕をデスクに乗せ、それを恨めしく睨みながらそう呟いた。そうしてしばらくの間チアノーゼを起こしたような青みがかった肉を眺めると、ふと気を取り直して引き出しを開き、そこからスフィーに貰った物とは別の通信機を取り出した。


「……ちっ、俺だ。クローキンスだ。ちんたらリハビリしてる暇が無くなった。今すぐ来れるか? ……あぁ、頼む。出来れば五日以内。いや、三日以内にでも動かせるようにしたい。あぁ、工房で待ってる」


 交渉が成立したクローキンスはさっさと通信を切り、今しがた利用していた通信機を手早く引き出しにしまった。そして自由に動く左腕でデスクの上に散らばっている部品を端に寄せると、椅子を少しだけ退いてデスクの下に腕を伸ばし、そこからボロボロのケースを引っ張り出してそれを机上に乗せた。


「あと少し。この治療が上手く行けば、またコイツを握れるはずだ……」


 所々皮が逆立っているケースの表面を撫でながら独り言をこぼすと、クローキンスは全身の力が何かに奪われたかのようにぐったりと椅子にもたれかかった。そして天井を見上げ、瞼を閉じ、全神経を右腕に集中させる。肩から二の腕にかけて体温が上昇する。次いで肘の辺りが微かに熱を帯びる。が、そこで神経が断線してしまっているかのように、手までは熱が届かない。クローキンスの額に汗が滲む。次第に眉間に皺が寄り始め、左手を固く結ぶ。それを振り上げてデスクに叩きつけようとしたその時、ドアがノックされた。クローキンスはその音で目を見開き、大きく深呼吸をしてからノックに応える。


「ちっ、入ってくれ」


 一呼吸置いたクローキンスが落ち着き払った声でそう言うと、間もなくドアが開いた。


「こんにちは。まさか貴方から呼び出しを受けるとは思いませんでしたよ」


 微笑みを浮かべて入室してきたのはライレットであった。


「時間をかけても確実に治したいと仰っていたのに、何かあったのですか?」


 洒落た革靴が小気味よく床を叩く。その軽妙な音と共に近づく声はデスクの向こう側で止まった。


「ちっ、急用だ」

「……それだけ、ですか? 確かに匿ってもらっている上に生活する場所も与えられている身としてはこれ以上突っ込むべきではないと分かっています。しかし初めて処置する際にもお伝えした通り、百パーセント治る見込みがある療法では無い故、本当に急を要する事態ではない限り、余り急ぐことは推奨いたしません。それに――」

「ちっ、もう止めろ。話すから」


 どこで息継ぎをしているのか分からない程の早口で捲し立てるライレットを制すると、クローキンスは睨むように前方を見た。するとライレットは満足そうに柔らかな笑みを浮かべ、クローキンスが話し始めるのを静かに待っていた。


「ちっ、ついさっき王が来たんだ」

「え、獅子民様が直々に?」

「あぁ、それで……」


 クローキンスは言葉を選びながら慎重に話を進めていった。西の方で不穏な動きがあるという事や、秘密裏に行われる計画であるという事など、口外するなと釘を刺されていた部分は濁しながら簡易的に治療を急ぎたい旨を伝えた。


「ふむ、なるほど……。王自ら頼みに来たという事は、きっと僕には話せないこともあったのでしょうね」


 ライレットも馬鹿では無いので、クローキンスの話に多少の秘匿があったことを認めながらも、全てを飲み込んでそう答えた。そして少し黙り込んだ後、再び口を開いた。


「……分かりました。協力します。その代わり、僕が城下町に戻れるよう、王に取り入ってもらいましょうかね」

「ちっ、お前」

「何て、冗談ですよ。僕はこの街に残り、贖罪を果たさなくてはなりませんからね。さて、話は決まりましたが、その腕をどうやって数日で治療しましょうかね。勿論応急処置的な話ですので、完治は無理ですが」

「ちっ、何度も言うな。それは分かってる」

「元はと言えば、貴方が無理矢理魔力を解放したから、魔力が右腕に偏って残ってしまったのですよ? 本来魔力と言うものは順を追って少しずつ少しずつ慣らしていくモノなのですからね」

「ちっ、その話はもう何度も聞いた。それにそもそも、お前が暴走しなけりゃアレも使わなくて済んでた」

「ゴホンッ。た、確かにそうですね。ですから、最大限のことはさせていただきますよ」

「で、今のところ何か案はあるのか? 今まで通り、魔力コントロールの訓練をするってわけじゃ無いよな?」

「はい。それでは到底間に合いませんからね。僕みたいに魔力をコントロールできるのなら、腕を諦めてこれを付けてみる価値はあったのですが」


 ライレットはそう言うと、真っ白いコートから左腕をスッと出した。クローキンス同様肘から下が動かなくなったライレットの左腕は、半分が鉄に成り変っていた。


「ちっ、設計した本人を前にしてよく言えたもんだな」

「いえ、皮肉りたくて言ったわけではありません。これが本当に優れているから言っているのですよ」


 まるで生まれた時からそうだったかのように、鉄製の左手を自由自在に動かしながらライレットはそう返した。


「ちっ、とにかく、俺はそいつを付けらんねぇから別の方法を考えるぞ」

「はい。……そう言えば、僕と戦った時に使用した魔力を吸い上げるアタッチメントはどこに?」

「アレはあの戦いで壊れた。もうない」

「なるほど。アレならば溜まっている魔力を吸い出せると思ったのですが」

「ちっ、吸い出したら身体が動かなくなるだろ」

「確かに、魔力は気力と結びついていると考えられています。しかし雪島初汰や、獅子民様のような例もあります。僕が思うに、人間は魔力が無くても生きていけると思っています」

「……じゃあ、右手を自由に動かせるってことか」

「理論上の話ではありますが」

「ちっ、分かった。それも一つの案として取って置こう」


 その後ソファの方へ移動した二人は、日が暮れるまで他の案を考え続けるのであった。

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