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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百七十話 ~覚醒~

 圧倒的な力の差を見せつけた直後。加えて武器を構えて戦闘態勢に入っているにもかかわらず、初汰と獅子民の視線が自分に向いていないことに気付いた海周は、すぐにその視線を追って玉座の方を見た。


「なに……。あの小娘、死んだはずじゃ……」


 現代へ戻ってくるためにリーアの体力もろとも全ての魔力を吸い尽くしたと思っていた海周は、彼女と彼女の胸元で輝いているブローチを見て眉をひそめた。


「リーア、意識が戻ったのか……?」


 到底彼女に届くとは思えない微かな声を絞り出すと、初汰は再度立ち上がろうと試みる。しかし身体は言うことを聞かず、首から上を動かして彼女の行く末を見守ることしか出来なかった。


「彼女の息はあったのか?」


 視線はリーアから外さずに獅子民がそう聞いた。


「あぁ、リーアはまだ生きてた」

「という事は、今まさに、彼女は何かをしようとしているのか……?」

「なら、尚更時間を稼ぐ必要があるみたいだね」


 二人の話を静かに聞いていた花那太は、ここでようやく口を挟んだ。そして先ほどからずっと宙に浮遊させていた斧と槍を海周にバレないようにゆっくりと動かし始めた。


「初汰。どちらにせよ、お前はここで少し休んでいろ。そしてリーアから目を逸らすな。この場で彼女のことを一番理解しているのはお前なんだからな」


 獅子民はそう言うと、リーアから視線を外して海周の方へ戻した。


「君の合図で動き出す……」


 獅子民が低く小さい声で花那太にそう伝えると、彼は小さく頷いて槍を敵の死角に回し、斧をわざと見えやすい位置まで移動させた。そして海周が視線をこちらに戻そうとした瞬間を狙い、花那太が大きく頷いて合図を出した。

 ――その合図を受けた獅子民は真っすぐに走り出した。するとその足音に反応した海周は真っ先に獅子民を捉える。しかしその視界の端に花那太の操る斧が見えたので、海周はひとまず斧の射程外へ逃れるために少しだけ右にずれた。


(もらった……!)


 その動きを読んでいた花那太はそう思いながら右手をクイっと手前に引いた。すると海周の死角を蠅のように悉く飛び回っていた槍が頸椎目掛けて真っすぐに飛んだ。

 ――完全に攻撃は命中する。三人がそう思ったのも束の間、槍は空を切って地面に突き刺さった。そしてその直後、槍に視線が向いていた獅子民の目の前に、海周の姿があった。


「甘いな」


 それだけ呟くと、海周は左手で強烈なボディブローを繰り出した。体力が完全に戻っていない獅子民はそれをもろに喰らい、今走って来た距離をそのまま吹っ飛ばされ、初汰の前に転がった。


「おっさん……!」

「ガハッ! はぁはぁ、私は、大丈夫だ……」


 呼吸を整えながらそう言うと、獅子民は無理矢理立ち上がった。


「あっちの斧にもっと工夫を凝らしておくべきだったな」


 海周が左手で斧を指し示しながらそう言った直後、人差し指から闇魔法が弾丸のように飛び出し、斧を撃ち落とした。


「これで時間稼ぎは終わりか?」


 立ち上がれない初汰、ボロボロの獅子民、武器を失った花那太。三人の表情をそれぞれゆっくり見た後に、海周は片微笑みながらそう言った。


「ま、まだだ。私はまだ、やれるぞ……」


 獅子民は武器を構えて威嚇をするが、それは誰がどう見ても虚勢であった。


「分かってないようだな。さっきの攻撃でお前を殺すことも出来たんだぞ」


 冷酷な声を放つ海周の顔には、既に笑みなど存在していなかった。余裕の佇まいから溢れ出る殺気と、それを証明するかのような低い声音。それを目の当たりにした獅子民の心には氷の棘が深く刺さり、恐怖を植え付けられた獲物は一歩も動けなくなってしまった。


「オッサン、もう退いてくれ。アイツ、本気で殺すつもりだ」

「分かっている……。だが、退くわけにはいかない」

「ダメだ……。オッサンまで、失うわけにはいかねーんだ!」


 身体は悲鳴を上げ、恐らく気力だけでそこに立っているであろう獅子民の背中を見た初汰は、声を張って立ち上がろうと試みる。しかし事態は好転せず、初汰はその場に倒れ込んだ。


「負けを認めろ。そして俺の下で働け」


 右手に持っているシミターを下げると、海周は三人に向かってそう言い、話を続けた。


「お前たち含め、咎人たちに悪い思いをさせるつもりはない。この世界。いや、並行世界全てを掌握するため、俺に力を託せ」


 海周のその問いに進んで答える者はいなかった。勿論この事態を想定していた海周は何も言わず、何も感ぜず、何もアクションを起こそうとはしなかった。ただ単純に、誰かのリアクションを待った。一方獅子民と花那太は今すぐにでも反対の声を上げたかったのだが、こんな奴に従うくらいならここで死に果てる方がマシだ。だったら、この時間を活用して少しでも傷を癒そうと考えた。そうして十数秒ほどの沈黙が過ぎ去った頃合い。


「ふざけんじゃねー。誰がお前に手を貸すもんか。俺はなー、世界掌握なんて興味ねーし、お前の下で動くつもりもねー。そもそも、お前に負けるつもりもねーからな!」

「ふん、威勢だけは一丁前だな。だがその状態で何が出来る」

「俺は、まだ、戦える……。俺がやらなきゃ、ダメなんだ……。頼む、動いてくれ……!」


 初汰が祈るようにそう呟いた瞬間。

 ――その祈りに呼応するようにリーアの胸元についているブローチが激しく光り始めた。それを目にした獅子民は構えていた両腕を下げてその光に見入った。するとブローチは煌々と光を湛えたままリーアの頭上に舞い上がり、彼女の体に光の粉を撒いた。かと思うと、今度は粒子の軌跡を残しながら初汰の頭上まで飛んでいき、倒れている彼の全身に光の粉を撒くとリーアのもとへ戻って行った。


「何だ、この光は……」


 不可解な光の挙動に対して何も出来なかった海周は、リーアの近くを飛び回っている光を睨みながら唸るような声を漏らした。


『魔力を戻す時が来たようですね。さぁ、リーア。もう起きる時間ですよ』


 リーアを庇護するように飛んでいた光の粒子は声に似た囁きを玉座の間に残すと、次第に人の形へと変貌していった。そして間もなく女性の姿を持った光の粒子は、リーアを縛っている拘束具一つ一つに手をかざし、その一つ一つを解除していった。


「どうやって拘束を……!」


 このままでは時の魔女に逃げられる。そう思った海周が玉座の方へ走り出そうとしたその時、


「待て! お前の相手は俺だぁぁぁぁ!」


 雄叫びと共に背後から初汰が襲い掛かる。

 ――寸前で死角から迫る初汰のジャンプ斬りに気付いた海周はギリギリのところで攻撃を受け止めると、二人は鍔迫り合いにもつれ込んだ。


「クソガキが……。俺の邪魔をするなぁ!」

「言っただろ。お前に負ける気はねーって!」


 光の粉を授かった初汰からは、先ほどまで立ち上がることすらままならなかったとは思えないパワーがあふれ出していた。


『リーア、目を開けなさい。彼が貴女の助けを待っています。そして何より、彼が大事なのでしょう。だから目を覚ましなさい』


 人を象った光の粒はそっと右手を伸ばし、リーアの額に触れた。すると光は人型を失い、再びバラバラの粒子となってリーアの身体に振りかかり、そして彼女の身体に浸透していった。


『母は信じていますよ。貴女がこの力を正しく使えると……』


 優しく柔らかな言葉を残し、光の全てがリーアの身体に染み渡った。そして一瞬だけ彼女の身体を光のベールで包んだその瞬間、固く閉じられていたリーアの瞳が徐に開いた。


「あの光がお前にどんな力を与えたのかは知らないが、何をしても無駄な抵抗だということを分からせてやる!」


 若干初汰が優勢かと思われた鍔迫り合いの最中、海周は力強く言い放ちながらシミターを右手一本で持った。それを見た初汰はここぞとばかりに力を込め、創治から譲り受けた剣を海周の眼前まで押し付けて行く。しかしもうあと一歩というギリギリのところで耐久されてしまい、その間に海周の左手には闇の力が集まっていった。


「これがお前の本当の実力だというなら、少し拍子抜けだな!」


 右手一本で攻撃を耐え続けていた海周は、闇を纏い終えた左手を固く握り、初汰の腹部を狙って鋭いパンチを繰り出した。対して初汰はあと一押しで海周に大ダメージを与えられるのは確定していた。しかしこのパンチを喰らったら大ダメージどころか瀕死になってしまうと瞬時に判断し、この場は一旦バックステップで攻撃を回避して海周から距離を取った。


「流石に刺し違えるという選択肢は取らなかったか……。まぁそれが妥当か」


 お互いにノーダメージで鍔迫り合いを終えると、海周は初汰の様子を伺いながらシミターを構えるのだが、そこでようやく異変に気が付いた。


「な、なに……。どうなってる……!」


 確かにシミターを構えたはずなのだが、右手には何故か花束が握られており、反るように伸びていた刃はどこにも無かった。


「詳しくは説明するつもりはない。でも、これが俺の本当の力だとは言っておく」

「ふん、面白い。斬撃を喰らわせた部分を別の物とすり替える力か。それとも、別の物に変える力か?」


 海周のその問いに対し、初汰は剣を構えて応えた。


「まぁいい。どちらにせよ、喰らわなければ何ともないからな」


 くだらないマジックを見せられて失望したような声音でそう言うと、海周は右手に握っている花束をその場に捨てて右手を広げた。すると再び黒く歪んだ空間が現れ、そこから黒に染まった剣と五角形の盾を取り出し、右手に剣を、左手に盾を装備した。

 何でこの期に及んで攻撃を受け止める盾を……。と考え込んでいると、それと当時に彼の背後で動き出しているリーアの姿が視界に入った。幸い海周はまだ気付いていないようなので、初汰はなるべく彼女の方を見ないようにした。そしてリーアなら必ずこの状況を見て察してくれるはずだと信じ、時間を稼ぐために攻撃を仕掛けた。


「はぁぁぁぁ!」


 無謀に正面から迫って来る初汰を見ると、海周は不敵な笑みを浮かべた。そして左手の盾を前面に構え、向かい来る初汰にタイミングを合わせてシールドバッシュを繰り出した。対する初汰はその突然のシールドバッシュに思わず剣を振り下ろした。すると転生の力を宿した剣は見事に盾を捉え、盾を木の板に転生させた。これで盾は無くなった。と思ったのも束の間、今度は右手の剣が初汰に襲い掛かる。しかし剣を完全に振り下ろしてしまっている初汰は無防備で、とてもガードが間に合う体勢では無かった。このままではもろに喰らう。そう思った次の瞬間。

 ――突然初汰の足元に穴が生じた。そしてその穴が初汰をすっぽり飲み込んだかと思うと、玉座の方からドサッというカーペットに何かが落ちる音が聞こえた。対象を見失って攻撃を止めた海周はゆっくりと玉座の方に振り返る。するとそこには、亜空間へ繋がる謎の穴と、その下で尻餅をついている初汰。そして両手に紫色のオーラを纏ったリーアが立っていた


「信じていたわ。助けに来てくれるって。ありがとう、初汰」


 リーアはそう言いながら初汰に手を差し伸べる。


「いってぇ~。もっと優しく助けてくれても良いのに」

「……はぁ、前言撤回。自分で立ちなさい」


 そう言って初汰の手をはたき落とすと、リーアは海周の方に視線を戻した。


「何しやがった」

「彼をワープさせただけに過ぎないわ」


 気丈にそう答えると、リーアは開いていた両手をぐっと固く握った。すると先ほどまで開いていた穴が跡形もなく消え去った。


「ふん、面白い。お前たち二人の新たな力、どっちも俺の物にしてやる」


 海周はそう言うと、左手に装備している木の板を投げ捨て、剣を両手で構えた。


「聞いて、初汰。私はまだ完全にこの力を扱えないわ。とりあえずお母様から聞いた初歩的なこと。さっきやった、時空を歪めて短いワープホール作り出すこと。それだけしか出来ない」

「なるほどな。つまり、穴に入れば穴から出て来れるってことだよな」

「簡単に言うとそうね」

「それだけ分かれば十分だ。準備は?」

「いつでも良いわ」


 二人は早口に会話を終えると、互いに頷いて見せた。そして初汰は剣を構え、リーアは両手にオーラを纏って戦闘態勢に入った。

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