表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
178/204

第百六十九話 ~最後の対話~

 ――次元の渦に飲まれる直前から生じていた頭痛が勢いを増してきた。今となっては瞼の向こうの眩さよりも、頭をガンガンと打つ痛みの方が鬱陶しく感じられてきた時分、頭痛にばかり気を取られていた初汰の耳に微かな声が聞こえて来た。


「初汰、聞こえるか……。初汰……」


 誰の声だろうか。低くて落ち着く優しい声。恐らく男性の声だ。


「まだ気が付かないのか? おかしいな、俺の予想だとこのくらいで起きるはずだったんだが、もう少し時間を設けるべきだったかな……」


 暗い視界の少し先から、クスッと笑みが漏れてしまいそうな独り言が聞こえてくる。このまま聞こえないフリをするのはどこか申し訳ない気がした初汰は、ゆっくりと瞼を開けた。

 ――射るような光が視界に溢れる。始めはぼんやりとしていた人型のキャンバスは徐々に徐々に明暗の色を授かっていき、忽ち全身が色付いた。


「創治さん……」


 目の前に立っている男の全身を見て、初汰は彼の名前を呼んだ。


「どの面下げてって感じかな? その、詳しい状況は分からないが、どちらにしても申し訳ないことをしたと思っている。本当にごめん」


 創治はしっかりと初汰の顔を見て言うと、その言葉たちを締めくくるように数秒間頭を下げ、ゆっくりと頭を上げた。固く結んでいる唇と、面目さなそうに下がる眉を目にした初汰は何か言葉をかけようと思ったが、彼が自分の父親なのかと思うと、突然脳内から言葉が消えて行った。


「そうだよな。こんなダメ親と口を利きたくない気持ちは分かる。だけどここにお前が来たという事は、成長したお前の姿を見て、俺が俺の意志を以ってお前の力を解放したというわけだ。だからどんな風に真実を伝えられていようが、そしてどんな風に別れていようが、今ここにいる俺はお前の本当の力を説明しなくてはならない」


 一度そこで区切ると、創治は初汰の顔を数秒見つめた。初汰はその問いかけに対して小さく頷いて応え、少し間を置いてから口を開いた。


「確かに良い別れ方では無かったし、未だにあなたが俺の父さんだとは思えない。だけど何だろう。創治さんが俺の本当の父さんなんだって考えたら、凄くホッとして、心が温かくなったんだ。それで、言葉が見つからなかったというか……」

「そうか……。そうか、ありがとう初汰。強くて優しい子に育ったんだな……」

「お、おう。まぁな」


 初汰は照れ隠しに笑いながら後頭部を軽く掻いた。


「いつかは来ると思っていたが、正直予想以上だったよ、初汰。これなら俺が力を解放したのも分かる。今のお前なら、きっと『転生の力』を上手く扱えると思うよ」

「て、転生……?」

「そう、転生の力だ。再生の更に上を行く、転生の力。それがお前の本当の力だ」

「それはそんなに危険な力なのか?」

「あぁ、なるべく手短に教えるよ」


 そう言うと少しだけ間を置き、呼吸を整えた後に創治は話し始めた。


「まずは再生の力についてだが、これは既に死んでいる木の枝やら石ころやらを、自分の身体を犠牲にして剣だったり爆弾に再生できる力だったろ?」


 初汰はその問いに頷いて応えた。


「そして転生の力。これは『生きているもの、死んでいるものに関わらず、違うものとして生まれ変わらせることが出来る力』なんだ。もしかしたら他にも隠された力があるかもしれない。だが、俺が知っているのはここまでだ」

「違うものに、生まれ変わらせる力……」

「そうだ。俺が転生の力を初めて見たのは、お前が三歳になるかならないかくらいの頃だ。地べたに座っているお前のもとに来た一匹の猫にお前が触れた瞬間、パッと光が生じた。慌てて俺が近づいて見ると、先ほどまで猫だったはずの生物が、犬に変わっていたんだ。明らかにお前から意志を感じなかった。つまり無意識に力を発動させていた。そう察知した俺は、すぐに契約の力を発動させてお前の力を抑え込んだ。その際に行った契約が、『お前の力を封じる代わりに俺との記憶を全て消すこと。そして解放の条件が、俺本人の口からお前に俺が父親だと認識させること』だったんだ。つまり俺がお前に会わないまま死んでしまえば、お前は本当の力を得ることは出来なかった。しかしそれでは契約が平等にならない。だからもう一つ契約を結んだ。それが、『もしもお前が俺と再会できたなら、俺は無条件に数時間生き返り、転生の力を解放するか否か決める。そして答えを出した後、俺はこの世から消滅してここへ流れて来る』という契約だった。これがあることによって、例え俺が死んでいたとしても、お前に本当の力が戻るように天秤を整えたんだ。ま、それでも大分不利な契約だったけどな」


 創治がそこまで説明すると、右肩から光の粒子が飛び始めた。


「そろそろ時間みたいだな……。そうして契約の力を使った俺は、例の機械と魔女の力を借りて次元の渦を発生させ、向こうの世界で平和に暮らしたいという男女と共に、お前を向こうの世界に送ったんだ。俺一人の勝手でお前の人生を狂わせてしまってごめんな」

「ううん、今更そんなこと気にしないよ。こうして創治さんと、父さんと再会できて良かった。今はそれだけで十分だよ」

「そうか。お前は本当に、良い子に育ったんだな」


 そう言う創治の瞳には沢山の涙が溜まっていた。そして杯からこぼれた雫は頬を伝って地に落ちた。


「初汰、最後にこれだけは伝えておく。転生の力は人智を越えている。むやみやたらに使って良い力では無い。その力で生態系を崩すなんてことをしたら、お前は人では無くなってしまう。だから、力に溺れず、最期まで人であってくれ」

「もちろん! よし、そうだ。契約しよう!」

「契約?」

「うん、俺と父さんで契約。『転生の力は、人を助けるために、この世界を守るために使う!』って」

「ハハ、そうだな」


 親子は笑みを交わし合うと、同時に右手を差し出した。そして小指を突き出すと、二人は指切りげんまんをした。


「ここぞって時だけだぞ」

「分かってるって。だからその、見守っててくれよな」

「もちろんだ。お前と交わした最初で最後の契約だからな」


 目の前に立つ父がそう言うと、足元から砂のように形が失われ始めた。


「うーん、俺が言い出しっぺだけど、やっぱり契約ってのは固いかも」

「ハハ、そうだな。最初で最後の約束。こっちにしておこう」

「うん、だね。嘘ついたら、何が良いかな」

「最初で最後だからな。……消滅するようにでもしとくか?」

「いやいや、怖いって」

「ふっ、最後の冗談だよ。まぁそれはさておき、罰なんて必要ないと俺は思う。だってお前には、間違った道を正してくれる仲間がいる。だろ? だから俺は何も心配してない。仲間を信じて、自分を信じるんだ」


 創治はそう言うと指切りげんまんを解き、四肢の中で唯一残されている右手を固く握り、初汰の胸をトンと叩いた。


「あぁ、そうだよな。俺を想ってくれる人がいる。だから、俺は強くなれる」

「そうだ。その気持ちを忘れるな、息子よ」

「うん、ありがとう。……父さん」

「ずっと、見守っているぞ……。初汰……」


 そう言う父の手を優しく両手で包もうとしたその時、創治の全身はまたしても光の粒となって天へ駆けて行った。初汰はその粒子を追って遥か上空を見つめながら、右手を軽く胸に添えてギュッと拳を結った。


「父さん、見ててくれよ……!」


 初汰がそう呟くと、辺りが一気に白んだ。すると目の奥がじんわりと温かくなっていき、初汰は瞳を閉じた。そしてその後何回かに渡る光闇の明滅を経て、全身に蘇って来た痛みで目をカッと見開いた。

 ――まだ慣れぬ視界には、先ほどと変わらず玉座の間が映った。場所も移動していないようで、玉座の前、リーアの足元で倒れていた。初汰は痛む身体を無理矢理持ち上げ、なんとか立ち上がってレッドカーペットの方を見ると、そこにはハルバードを掴んだまま仁王立ちをしている海周がいた。


「まだ意識が戻ってないのか……」


 そう呟きながらリーアと曜周の容態を診ようと足を少しずらした瞬間、爪先で何かを蹴る感覚が伝わった。初汰がすかさず視線を下ろすと、そこには創治が使っていた剣が落ちていた。


「……父さんの」


 初汰は独り言ちながら剣を拾い、それを右手に持った。そうしてまずはリーアの傍に寄って脈を測った。……弱くはあるが、確かに脈打っている。……呼吸もしている。ひとまずは安心して彼女の傍を離れようとしたその時、彼女の右手に装着した生命の指輪が光っていることに気が付いた。まさかと思ってすぐに曜周のもとへ寄って脈を測ると、思った通り、彼の脈は止まっていた。


「そんな……。過去へ飛んだときは二人とも生きてたはず。それで念の為に指輪をリーアに……。そうか、海周の死体を生き返らせるときにリーアの体力じゃなくて曜周さんのが……。いや、違うな。あの時はまだ身体を乗っ取られてたはず、つまり、過去の世界で俺らが戦っている最中に……!」


 そのような結論に至った初汰は、倒れている曜周の首元からそっと手を引いて立ち上がった。


(曜周さんは、俺たちに託したんだ……)


 彼の想いを察知した初汰は覚悟を決めた。絶対に海周を止めるという覚悟を。


「なんだ、お前の方が先に目覚めてたのか」


 二人の様子を伺い終えると、丁度海周の意識が戻ったようで少し離れた場所から声がした。


「お前には罪を償ってもらう」

「ふっ、やけに強気だな。お前が得た本当の力ってやつはそんなに凄いもんなのか?」

「一撃だ……。一撃だけでも食らわせられれば……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、玉座前の数段を下りて創治が使っていた剣を構えた。


「そっちも本気だろうからな。こっちも全力で行くぞ……」


 海周はそう呟くと、右手にハルバードを持ち、左手には闇のオーラを纏った。


「闇魔法……?」

「一度俺に掌握された奴の力は、俺も扱えるようになる。百パーでは無いがな!」


 そう言い切るか否かのタイミングで、海周は左手を大きく振って黒く燃え上がる球体を初汰の足元に投げつけた。

 ――集中力を切らしていなかった初汰は、横に飛ぶことで何とかその攻撃を回避した。着弾地点には黒い炎がメラメラと残り、そのままレッドカーペットを焼き尽くしてしまいそうであったが、程なくして火は収まった。


「魔法を使うならこいつは少々使いづらいな」


 そう言ったかと思うと、海周はハルバードを持ったまま右腕を開いた。すると右手の辺りに黒い渦が生じ、ハルバードはそこへ飲み込まれた。かと思うと、今度はその渦から刀身が湾曲している剣、シミターが現れ、海周はそれを右手に持った。


「これなら動き易い。行くぞ、クソガキ!」


 ハルバードを持っていた時よりも遥かに動きが軽い。海周はその素早さであっという間に初汰の目の前まで駆け寄ると、シミターで連撃を繰り出す。初汰は冷静に一回一回の攻撃を見切って攻撃を弾き、隙あらば反撃を狙った。

 ――そして敵が突きを繰り出した瞬間。初汰は攻撃を弾くのではなく、すんでのところで刃を回避して反撃の剣を振るう。しかしそれを読んでいたのか、海周は闇のオーラを纏っている左手を剣の軌道に合わせると、オーラを盾のようにして初汰の斬撃を弾き返した。そうして互いに攻撃を逸したので、二人は弾きの反動を素直に受けて一度距離を取った。


(はぁはぁ、気が抜けねー。少しでも気を抜いたらアウトだ……)


 息を整えながら心の中でそうぼやくと、初汰は再度集中力を高めて剣を構え直した。


「ハッハッハッハッ! 真の統制者を決めるに相応しい戦いだ!」


 昂った笑みを見せると、海周は狂気に満ちた瞳で初汰を睨み、休む間もなく襲い掛かった。

 一息つく間に初汰の目の前まで迫って来た海周は容赦ない連撃を浴びせる。敵も身体が馴染んできたのか、先ほどよりも素早く剣が飛んでくる。初汰は何とかガードを固めて刃が届かないようにはするものの、到底回避するのは不可能であった。

 そのまま防御を固めて反撃を狙っていたその時、突如初汰の右脇腹に何かがめり込んだ。チラリと視線を落として見ると、脇腹には敵の左足が直撃していた。それを視認したのも束の間、初汰は海周の蹴りを食らい、レッドカーペットを転がって玉座の間入り口まで吹き飛ばされた。


「がはっ! ゴホッゴホッ!」


 蹴りは受け止められなかったものの、紙一重で受け身に成功した初汰はすぐに立ち上がった。しかしダメージは相当なもののようで、脇腹を抑えずにはいられなかった。


「剣だけが俺の攻撃手段とは限らねぇぞ、ガキが」


 海周はそう言うと、左手を初汰に向かってかざした。すると闇のオーラがじわじわと増幅していき、最終的には人間一人を軽く呑み込めるくらい大きな球体となった。


「お前の力、見せてみろ!」


 海周は声を荒げながら左手を振りかぶった。そして初汰に狙いを定めると、その腕をゆっくり下ろした。

 あのデカさじゃ完全に避けきれねー。でも、やるっきゃねー! もうすぐ放たれようとしている闇の球体を見た初汰が、そう覚悟を決めた瞬間。


「――初汰、無事か!」


 出入り口の方から声が聞こえた。初汰が振り返ると、そこには車いすに腰かけている花那太と、その背後に立つ獅子民がいた。


「おっさんに花那太! なんつうバッドタイミング!」

「なんだ、この邪気は……。何かが迫ってきている」

「そうだよ! このままじゃまとめて……」


 消し飛ばされる。と言いかけた初汰の目に、花那太の太腿に乗っている聖剣が映った。


「これだ。花那太、借りるぞ! こっち持っててくれ」


 そう言うと、花那太の返事も聞かずに聖剣を手に取り、創治から貰い受けた剣を花那太の太腿に置いた。そして迫り来る闇の球に正面から向き直ると、聖剣を地面に突き刺した。


「頼む! ユーニさん、力を貸してくれ! だぁぁぁぁ!」


 聖剣を地面に刺し、その柄に両手を添えた初汰は想いを込めながら雄叫びを上げた。するとその声と想いに応えるように聖剣が光り出した。そして忽ち玉座の間の出入り口を塞いでしまうほどの大きな光の壁が出現し、間もなく闇の球が壁に直撃した。

 ――とてつもない衝撃が光の壁にぶち当たり、初汰の全身を震わせる。しかしここで根負けするわけにいかない初汰は、聖剣をしっかりと握って踏ん張り続ける。そして十数秒間耐えきると、完全に震動が収まったので聖剣から両手を放した。


「まさか、正面から受け切るとはな……」


 ダメージ必至だと思っていた海周は少しだけ動揺を見せたが、すぐにシミターを構え直した。


「へっ、へへ。何とか守り切った……」


 初汰はそう呟くと、聖剣を杖にして立ち上がろうとするのだが、着いた片膝が微動だにしない。


「初汰、丸薬を飲んで体力を回復しておけ」

「少しだけでも、僕たちが時間を稼ぐよ」


 手負いの二人はそう言って初汰の前に立つと、獅子民は丸盾を構え、花那太は斧と槍を描いてそれを宙に舞わせた。


「ふん、手負いの雑魚二人に何が出来る」


 余裕の面持ちでそう言うと、海周はいつでもかかって来いと言う風にシミターを構えた。


「だ、ダメだ。二人とも、俺以上に戦える状態じゃ無いだろ」


 戦いに向かおうとしたその時、背後から聞こえる初汰の言葉に二人は内心ぎくりとした。しかしここでむざむざと退くわけにもいかない獅子民が意地を張って海周と対峙していると、海周の背後で徐々に大きくなる光の存在に気付いた。


「アレは、なんだ?」


 そう言う獅子民の視線の先を見てみると、初汰の瞳にはリーアが映った。しかしそれよりも、彼女の胸元で神々しく光るブローチの方が初汰の目線を釘付けにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ