第百六十八話 ~明かされる関係~
対峙した二人は互いに間合いを保ちながら、自分が手にしている得物を細かく動かし、絶妙な心理戦を仕掛け合う。しかし互いにそんな小手先の技術でなびくわけもなく、二人はこの睨み合いだけで互いの冷静さと力量を認め合った。
「そろそろにらめっこは仕舞いだ」
海周はそう言いながら玉座の前に設けられている数段の階段を下りた。そしてハルバードを右手に持つと、姿勢を低くして走り出した。その姿は標的を狙う狩人同然。瞬きもせずに凝視する眼差しは呪縛のように創治の身を固まらせた。
――するとその一瞬を見逃さず、海周は創治の懐に潜り込んだ。そして右手一本でハルバードを大きく振り、創治の左脇を捉えた。そんな刹那の中、間一髪で左脇腹に剣を滑り込ませることに成功した創治だが、遠心力も乗っているハルバードの強力な攻撃を受けきれず、身体は右方へ吹っ飛んで行った。
「ギリギリ防いだか。まぁ挨拶代わりにしては良い一撃だったかもな」
吹っ飛んで倒れている創治を見ながらそう言うと、海周は首をぐるりと回した後にハルバードを持ち直して歩き始めた。一方大ダメージを負った創治はフラフラと揺れながら立ち上がり、なんとか剣を構えた。
「なんだ、結構キツそうだな」
悪い微笑みを湛えながら、海周は少しずつ迫って来る。
「ふっ、大口を叩いた以上、もう少し踏ん張らなくてはな……」
創治はぼそりと呟くと、一歩、そしてまた一歩前に踏み出し、鋭く海周を睨んだかと思うと、それと同時に走り出した。
余裕ぶっている海周の目の前まで駆け寄ると、創治は右から左からと素早い連撃を繰り出した。しかしその連撃は一発一発的確にハルバードで受け止められ、海周本体に刃が届くことは無い。
「なんだ、お前もまだ本調子じゃないのか?」
攻撃を受け止める海周は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「なにせ、丸々一か月近く眠っていたもんだからな!」
その言葉に合わせて強烈な一振りをお見舞いすると、ガードをしているとはいえ、海周は数メートル後方に弾き飛ばされた。
「やはり手を抜いていたか」
「手を抜いていたわけでは無い。ただ、様子を見ていただけだ」
「一発目もわざと喰らったわけか?」
「さぁな」
「ふん、まぁいい。何にせよ、俺はお前を殺すだけだ」
そう言ってハルバードを振り回すと、両手で構えて走り出した。すると同時に、今回も凄まじい覇気が海周の全身から発せられた。しかし創治とて何度も気圧される器ではない。今度こそはしっかりと剣を構え、正面から向かい来る海周の攻撃に備えた。
――そして海周の振り下ろしたハルバードを創治が受け止めた瞬間、強烈な衝撃波が周囲に広がった。
「ぐっ……! なんて威力なんだ……!」
「どうした。耐えるので精一杯か?」
海周はそう言うと、更に力を込めてハルバードを押し付けて来る。すると斧の部分がぐっと眼前に迫り、あわや目を潰されるという寸前で創治は何とか耐え切り、強烈な攻撃を受け止めた反動で痺れていた両手に力を入れ直して海周を押し返し始める。
「お前も何か力を持っているんだろ? 何故使わない?」
「力なんて無くても、お前を倒せるってことだ」
「いや、違うな。お前は俺を倒せる強力な何かを秘めてる」
「何故そう言い切れる」
「あのガキだ。アイツに触れるといつも別の誰かの力を感じていたが、それが今分かった。お前と剣を交えたことでな」
「……その力の持ち主が俺だ。と言いたいのか?」
「あぁ。だが、答えなんてあっても無くてもどっちでも良い。あのガキに何かしらの力が掛かっていて、それにお前が関わっているのはほぼ確実だからな」
そうして海周が話に夢中になっていることに気付いた創治は、突然鍔迫り合いから剣を引き、右足で強力な蹴りを食らわせて海周と距離を取った。
「ふん、はいそうです。と言ってるようなもんだな」
蹴り飛ばされた海周は余裕の笑みを浮かべながらそう言うと、ハルバードを構えて創治の顔色を伺った。
(このままでは全員やられてしまう。しかし契約の力を使うには時間が足りない。どうすれば……)
似たような言葉を頭の中で何回も何回も繰り返していると、一瞬だけ海周から視線を逸らしていた。するとその隙を狙われ、気が付いた時にはもう目の前まで敵が迫っており、強烈な薙ぎ払いを喰らって後方に吹っ飛んだ。此度も辛うじてガードを間に合わせたものの、恐らく肋骨が折れているくらいには大ダメージであった。そうして吹っ飛ばされた創治は初汰の目の前まで転がり、呻き声を上げながらなんとか身体を起き上がらせた。
「くだらねぇ」
「な、に……?」
「どいつもこいつも何故迷う。叶いもしない理想ばかり掲げ、守り切ることも出来ないのに他者を助けようとして、自ら不幸をループさせているようなもんだ。自分の信念に従っていれば、迷わず剣を振るえるというものを」
「理想を掲げることの何が悪い! 迷う事の何が悪い!」
「……っ!」
創治のその言葉に初汰はゆっくりと顔を上げ、そしてボロボロになっている創治の背中を見た。
「迷いや悩みのせいで他者と戦うこともある。そしてその中で傷付き、傷付けることもある。だけど、人間っていうのは、最後まで迷い、悩み、考え続けるべきなんだ。絶対が無いこの世界で、少しでも理想の世界へたどり着けるように、少しでも多くの人が救われる世界になるために、俺たちは迷いながらも、道を切り拓くために剣を握っているんだ!」
「……ふん、戯言を」
どれだけ心を込めようとも、何度も立ち上がろうとも、海周には全く響いていないようであった。すると創治がそれに反論をするよりも前に、背後から声が聞こえて来た。
「……だよな。そう、だよな」
「初汰?」
微かに振り返って見ると、先ほどまで両膝を地面に着いていた初汰がゆっくりと立ち上がっていた。
「俺は決めたんだ。綺麗事を現実にしてみせるって。二人を助けるって!」
初汰はそう言うと、足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、剣に再生した。
「創治さん、ごめん。俺、勝手に諦めてた」
「いいんだ、自分で気付けたんだからな。だけど、もう少し早い方が嬉しかったかな」
微笑みを浮かべながらそう言う創治の横へ着くと、初汰は早速剣を構えた。
「青臭い奴らだ。その理想、まとめてぶっ潰してやるよ!」
ハルバードを両手で構えると、海周は猛然と突進し始めた。
「よし、まずは散開しよう。そして狙われた方が敵の注意を引き付け、もう片方が隙を突こう」
「りょうかい!」
創治の冷静な指示を受けると、初汰は左へ、創治は右へと広がり、まずは敵を錯乱させる行動に移った。
「やはりそう来たか。だが、これは好都合だ……!」
この戦法は大方読めていたようで、海周はそう呟きながら初汰が逃げた方へ直角に向きを変えると、一瞬にして初汰の横まで追いついた。そしてハルバードを右手一本で構えると、頂端の槍部分で初汰に攻撃を仕掛け始めた。
一突き目は頭部を狙い、二突き目は胴体を狙い、三突き目は再び胴体を狙って来た。しかしどの攻撃も走りながら片腕で行われているせいか精度を欠いており、集中して避けるほどのことでは無かった。
「流石に当たらんか!」
海周はそう言いながら右手を引き、初汰の走りを妨害するように進行方向の少し前を狙ってハルバードを振り抜いた。
――するとハルバードは丁度初汰の目の前に斧の刃が向く形で壁に突き刺さった。このまま走れば両目が餌食になってしまう。即座にそう判断した初汰はスライディングで何とかハルバードを回避したが、滑り終えたところで今まで走っていたスピードも死んでしまい、すぐさま立ち上がり、振り返りながら剣を構えた。
「まずはお前も、あの死にかけと同じ状態にしてやる」
海周はそう言いながらハルバードを引っこ抜き、にやりと笑みを浮かべながら矛先を初汰に向けた。
「へっ、そう簡単に行くと思うな!」
初汰はそう意気込むと、右手で剣を構えて走り出した。
「馬鹿が。こいつのリーチを舐めてやがるな」
真正面から向かって来る初汰を見てそう呟くと、海周は獲物が罠にかかるのを待つ狩人のように、静かにハルバードを構えて初汰を待った。
そして初汰が間合いに入ったその瞬間、海周は何の予備動作も無しにハルバードを突き出した。予兆無しでこの勢いならば、まず回避することは困難だ。と考えた海周は初汰の胴体狙って真っすぐにハルバードを振り切った。
――海周の一突きが初汰の胸部を捉えたと思った次の瞬間、突如初汰の姿が視界から消えた。
「なっ、どこに……!」
そう呟いた直後、自分の懐に潜り込んでいる初汰と目が合った。
「もらった!」
――無防備になっている海周の胴体目掛けて、初汰は鋭い斬り上げを繰り出した。それを寸前のところで視界に捉えた海周は既にバックステップを踏んでいた。しかし初汰の攻撃は思いのほか深く踏み込んでおり、剣先が腹部から胸部まで一気に駆け上がった。
「手応えはあった……!」
攻撃を終えた初汰はすぐに剣を構え直して海周の方を見た。すると海周はハルバードを杖代わりにして、空いている左手で傷口から垂れる血を僅かに拭ってその血を見た。
「ガキが……」
目の色を変え、地底から響いてくるような低い声でそう呟くと、海周はギロリと初汰を睨んだ。その視線から危険を察知した初汰はすぐに距離を取ろうと考えたが、その思考とは裏腹に全く足が動かない。するとその間に海周が一気に距離を詰め、初汰を殴り飛ばした。
「ぐはっ!」
顔面をぶん殴られた初汰は十数メートル吹っ飛び、先ほどまでいたレッドカーペットの近くまで戻された。
「まさかお前に斬られるとはな」
倒れている初汰に一歩ずつ近づく海周の表情は、静かな怒りに満ちていた。
「へ、へへ。いつまでも甘く見てるからそうなるんだ」
吹っ飛んだ際に後頭部を打ったのか、中々立ち上がれない初汰は海周を見上げながらそう言った。
「確かにな。だが、今の一撃が何を意味するかお前は分かってないみたいだな。いいか、もう手加減は無しってことだ」
「だから何だって言うんだ。お前が本気で来たって、俺はそれを越えて行くだけだ」
「ふっ、立てもしない奴が何を言う」
軽い脳震盪で初汰が立ち上がれないことに海周は気付いていた。海周は真剣な面持ちのまま初汰を持ち上げると、ゆっくり玉座に向かって歩き出した。
「出て来い、春日創治! こいつに掛かっている力を解け!」
「俺に? おい、何のことだ!」
海周のハッタリかとも思ったが、どうにも嘘に聞こえなかったので、初汰は声を荒げながら海周の腕を掴んだ。しかしまだ調子が安定せず、両腕に全く力が入らない。
――初汰が弱々しくもがいていると、突然海周が初汰を玉座の方へ投げ飛ばした。そしてハルバードを横に構えてそれを上に向けると、そこへ創治が落ちて来て回転斬りを繰り出す。海周はそれをハルバードで受け止めると、激しい火花を散らした後に創治を弾き返した。
「やはり、気を伺っていたか」
玉座と初汰の前に着地を決めた創治に向かってそう言うが、彼は何も答えない。
(くっ、マズいな、左手の感覚が……。もう迷っている時間はないということか……)
身体の限界が来ていることを悟り、創治は心の中で独り言ちた。すると答えずに黙りこくっている創治の代わりに初汰が口を開いた。
「創治さん、俺に掛けてる力ってなんだよ!」
背後からしたその声に、創治は再び迷った。しかし、迷い、悩み、考えた果てに、答えを出さねばならない時もある。一つ大きく深呼吸すると、創治は未来へ進む覚悟を決めた。
「……君の力を制御している」
「ど、どうやって……。俺たちは今日、初めて会ったはずなのに……」
「そうだな。だが、いつかこの日が来ると俺は分かっていた。つまり、こうして俺たちが出会えたのは運命であり、必然だったんだ。そしてこの数時間、君を試させてもらった。君、いや、初汰、お前の戦っている姿を見て、話をして、覚悟を知って、分かった。お前は何かを守るために、変えるために剣を握れる強さを持っている。力を行使する意味を心得ている。だから、俺はお前を信じることにする」
創治がそう言った直後、突然玉座の横にある機械が作動し、赤い光が部屋に満ち始めた。
「俺とガキが戦っている間にセットしていたか……。まぁいい、どうせ戻るつもりだったからな……」
海周はそう呟くと、ハルバードを地面に立てて創治の動向を伺った。
「私はもう長くない。この身体も、契約の力で保っていたにすぎないからな」
創治はそう言うと、敵に背を向けてしゃがみ込み、初汰と目線を合わせて微笑んだ。すると彼の全身から光の粒子が飛び始め、だんだんと姿が薄くなり始めた。
「初汰。何もしてやれない父さんでごめんな」
創治がそう言い切ったかと思うと、彼の全身は光の粒子となって天に昇って行った。そしてその場には彼が握っていた剣が落ち、カラン。という虚しい音だけが響いた。
「と、父さん……?」
理解が追いつかず、どの感情も湧いてこないまま、玉座の間には赤い光が満ちていった。初汰はたった一言本能のままに呟くと、じわじわと広がっていく頭痛と赤い光の眩さに目を伏せた。そしてその後間もなく、玉座の間にいた四人は再び次元の渦に飲み込まれた。




