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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百六十七話 ~契約と掌握~

「こ、ここは……?」


 つい数秒前に自分の身体を包み込んだ紫色の光が何をもたらしたのか。初汰は心の声を漏らしながら再び辺りを見回した。

 しかしその他に目新しい発見も無く、このまま見ているだけでは埒が明かないと思った初汰は注意を払いながらひとまず玉座へと向かって歩き出した。


「大丈夫か、リーア?」


 声を掛けながら歩み寄るが、彼女から返事は無い。軽く彼女の身体を揺すってみるが、それでもリーアは目覚めそうになかった。相当強力な睡眠薬か何かを飲まされたのか。あるいはこの玉座か横にある機械に仕掛けがあるのかもしれない。そう思った初汰は玉座と機械の周りをぐるりと一周して怪しい所が無いか見回した。しかし目立った点も無く、こうなったら触って調べるしかないと機械に触れた瞬間。

 ――バチッ。という静電気が発生した時に似た音と共に、初汰の身体は数メートル後ろに飛ばされた。


「いってぇ……。やっぱり不用意に触るもんじゃねーか」


 ただ飛ばされただけでそこまでダメージは無かったので、初汰はすんなりと立ち上がり、再び玉座の前に立った。そして今度は玉座に触れてみる。……特に反応はない。続いて触れそうなところから順に触っていき、最終的にはリーアを縛している拘束具が残った。流石にこれは臭いな……。と思いはするものの彼女を助けるために触らないわけにもいかないので、初汰は覚悟を決めて拘束具に触れた。

 ――すると全身にビリッと電気が走り、その衝撃に思わず拘束具から手を放した。


「いって。くそ、今はどうしようもねーのか……?」


 電撃を受けた右手をブンブンと振りながら三度玉座と機械を眺めていると、ドアの向こう側からバタバタと廊下を走り行く足音と、何やら揉めているような騒ぎ声が聞こえて来た。その騒ぎを聞いた初汰は思わず跳ね上がり、彼らがこの部屋に入って来ない事を祈りながら、しかし話は聞きたいのでドアの近くに行って身を屈め、耳を澄ませた。


「大変だ! 侵入者がいるらしい!」

「侵入者だと? 創治様の事件があってから間もないというのに。またか」

「あぁ、だけど、遭遇した全員の記憶が曖昧なんだ」

「記憶が曖昧だと? じゃあどこに向かったか分からないってことか?」

「そうなんだ。だから安置所がある行き止まりの地下は後回しにして、上階から探し回ってみようって話だ」

「分かった。俺も行く」


 ドアの向こう側にいる男たちはそう言うと、先ほどよりも騒がしく足音を立てながら去って行った。彼らの足音が遠のいて行くのを聞きながら、初汰はゆっくりと立ち上がった。


「侵入者……。きっと海周のことだよな。あいつが過去に来た理由。それが推理できれば行き先も分かるはず……」


 そう呟きながら一度リーアのもとに戻ると、初汰は自分の顎を右手で撫でた。


「確か、自分の身体が戻るとか何とか言ってたよな……。でもユンラン老師の話だと、海周の本体は既に死んでるはず……。そうか、ってことは安置所か!」


 先ほど兵士の話にもたまたまその単語が出ていたこともあり、初汰はすぐに海周の目的地が閃いた。


「少し待っててくれ。すぐ戻るから」


 リーアの手を握りながらそう言っていると、玉座に当たっている太腿に玉座とは違う何かが当たっている感触を覚え、初汰は左手をポケットに突っ込んだ。そして中に入っている何かを摘んで手を引くと、二歩の指は生命の指輪を取り出していた。


「曜周さん、俺、信じるからな」


 少しの間指輪を眺めていた初汰はそう呟くと、リーアの右手薬指に生命の指輪をはめた。


「リーア、これ預かっててくれ」


 最後に一言そう声を掛けると、初汰は地下にある安置所を目指して走り出した。

 恐る恐るドアを開け、辺りに誰も居ないことを確認した初汰はそっとドアの隙間から廊下に抜け出した。そして自分の記憶を頼りに、一階、また一階と下って行き、最終的に見覚えのある螺旋階段に辿りついた。よし、あと少しだ。そう思って階段を最後まで下ると、見覚えのある暗い地下道が視界に飛び込んできた。加えてすぐに魔法の扉が無いことにも気付き、やはり過去の世界なのだなと思いつつ、初汰は地下道へ足を踏み入れる。

 今回は本城から地下へ赴いたこともあり、数十歩も進むとすぐに安置所へと続く道が現れた。過去の地下道はどこも整備されておらず、安置所への道は隠されていなかった。記憶が確かなら、この先に安置所があるはずだ。そう思った初汰は迷わず直進した。

 すると間もなく、少しだけ広い空間に出た。以前見た安置所と比べるとそこまで大きくも無く、綺麗でもない。しかし他の場所よりは部屋として整えられていた。


「推理が当たってたらここにいるはず……」


 初汰がそう呟きながら部屋を見回すと、すぐに不自然な二台のベッドが目に付いた。ここにベッド? そう思いながらも、初汰は並べられている二台のベッドに近付いて行く。そしてまずは空っぽのベッドを目にし、その奥に並べられているもう一台のベッドに目をやると、そこには点滴を受けている男性が横たわっていた。


「まだ生きてるのか?」


 そう呟きながらベッドの真横に歩み寄り、眠っている男の顔を覗き込んだところで初汰は思わず声を上げた。


「か、春日創治……! 死んだはずじゃ……」


 恐怖なのか、緊張なのか、不安なのか、明確な感情は分からずとも、複雑な感情が渦巻いているというのは分かった。そんな感情を抱いたまま、初汰はそっと右手を伸ばし、創治が息をしていることを確認した。


「息をしてる……!」


 そう呟くや否や、初汰は両手で創治の左腕を掴み、その身体を揺すった。しかし彼は静かに寝息を立てているのみで、目覚める気配は無い。


「起きない。植物状態か何かなのか……。でもそうだよな、もしここでこの人が生きてたら歴史がおかしくなっちまうし、多分このまま……」


 嫌な予測ばかりが先行してしまったので、初汰は考えることを止めて創治の左手を両手で包み込み、静かに祈りを捧げた。

 ――するとその瞬間、どこからともなくこの世の物とは思えない光が初汰と創治を照らした。太陽光でも人工の光でもないそれは少しの間二人の全身に降り注ぎ、そして『契約成立』という言葉を残して光は消え去った。


「何だったんだ、今の光は。それに、なんか言ってたような……」


 創治の手を握り、天井を見回しながらそう呟く初汰。するとその言葉に応えるように、創治が軽く初汰の手を握り返した。その予期せぬ反応に初汰が驚いていると、間もなく創治は双の目を開いて初汰の方を見た。


「君は……。まさか、こんなことが、あろうとは……」


 途切れ途切れに創治は言葉を紡いだ。初汰は創治の手を握りながら少しだけ横にずれ、仰向けに寝ている創治の顔を覗き込んだ。


「あ、えっと、俺は雪島初汰。決して怪しいものでは……」

「ハハ、分かっているよ。怪しい人が仮死状態の人間の手を優しく握るとは思えない」

「あ、すんません」


 そう言うと、初汰は素早く手を引いて両膝の上に置いた。


「いや、良いんだよ。それで、今はどういう状況かな?」

「えーっと、話すのが難しいというかなんと言うか……」


 そこまで言って初汰が言葉を濁している間に、創治は上体を起こして辺りを見回した。そして自分が王として国を治めていた時代の安置所を眺め、隣の空っぽになっているベッドを見て、創治が先に口を開いた。


「君が来た時から隣のベッドには誰も?」

「あ、はい。誰もいませんでした」

「そうか。ちなみに今は何年だ」

「えっと、それが、信じてもらえないとは思うんですけど、俺、未来から来たんです。だから、何年とかは分からなくて……」

「未来から……」


 創治はそう呟くと、小刻みに頷いた。そして、


「分かった。いや、完全に理解したわけでは無いが、突っ込むとややこしくなるから今は目を伏せておこう。それで初汰、君はなんでこの時代に?」

「俺は、海周の策略に巻き込まれてこの時代に来ました。でも海周の本体は既に死んでるはずですよね?」

「あぁ、確かに死んでいるはずだ」


 創治はそう言いながらあの夜の襲撃者の姿を思い浮かべ、その男こそが海周という名前なのだとようやく知ることが出来たと思いつつ、言葉を続けた。


「だが、もしも特殊な魔法を使う者が味方に居るのだとしたら、死体が蘇生する可能性はある」


 そう言った瞬間、初汰の頭にはすぐリーアの姿が思い浮かんだ。


「特殊な魔法? それって、時魔法。とか?」

「知っているのか? なら話は早い。海周という男は死体を蘇らせようとしているのかもしれない。時魔法の使い手がいる場所へ急ごう」

「それならきっと、奴は玉座の間に戻ってるはずです」

「決まったな。玉座の間へ急ごう」


 創治はそう言うとベッドから飛び出した。そしてベッドの下に手を伸ばすと、特注の剣を取り出し、それを左手に携えて駆け出した。その一連の動作を最後まで見守った初汰は走り出した創治の後に続き、二人は玉座の間へ急いだ。

 走り出して間もなく、一秒も無駄に出来ないと思った創治はすぐに口を開いた。


「戦う前にこんなことを言うのも難だが、正直俺は戦えるほどの実力が無い」


 あまりに突然のことで、初汰が返す言葉を選んでいる間に創治が話を継いだ。


「君も向こうの世界から来たんだろ?」

「え? は、はい」


 何故分かったのか聞こうとしたのだが、そもそも転移するための機械を作った張本人なのだから、知っていても不思議では無いのか。と思った初汰は何も聞き返さずに黙った。


「俺もその口でね。特別な力を持ってる。さっき変な声を聞いただろ? 俺が目覚める少し前」

「はい。聞きました。契約成立、だったかな」

「そう、それが俺の力。俺は『契約の力』って呼んでる。これはなかなか癖があってね。相手側が納得してくれる条件を提示しないと発動しないんだ」


 創治はそう言うと、クスクスと笑った。


「なんか、もどかしい力ですね」


 笑っている創治に釣られ、初汰も思わず笑いを零した。


「そうなんだよ。人智の及ばない凄いことも可能に出来る力なんだけど、何せ戦闘には向いていなくてね」

「ですね」

「とまぁ、何を言っても言い訳にしかならないんだが、足を引っ張らないようにはするよ」


 そう言うと、創治は僅かに振り向いて初汰の顔をちらりと見た。


「いや、俺の方こそ、足手まといにならないように頑張ります!」


 初汰がそう言って笑顔を返すと、創治の微笑んでいる横顔が一瞬だけ見えた。その笑みはどこか寂し気で、優しかった。それを目にした初汰は何故か声を掛けたくなり、すぐに口を開いた。


「あの、契約って、どんな内容だったんですか?」

「あぁ、それはね――」


 創治が初汰の質問に答えようとしたタイミングで、二人は玉座の間がある階にたどり着いた。すると廊下の向こう側には番兵の頭を鷲掴みして持ち上げている男の姿があった。それは紛れもなく、曜周の身体を乗っ取っている海周であった。そしてその肩には生気を失った男が担がれており、それこそが、海周の死体なのだと二人は瞬時に悟った。


「待て、海周!」


 質問の答えを聞くよりも前に、初汰はそう叫んで走り出す。しかし海周は聞く耳を持たず、無視して玉座の間へと入って行く。


「大丈夫ですか?」


 玉座の間へたどり着くよりも前に、初汰は倒れている番兵のもとへ駆け寄って声を掛けた。


「あ、あぁ。俺は何ともないよ。でもなんでこんなところで倒れていたんだろう……」


 初汰に引き起こされた番兵は、そんなことを口にしながら去って行った。


「彼の様子は?」


 そこに創治が追いつき、初汰にそう問いかけた。


「大丈夫みたいです。けど、なんか様子がおかしかったです」

「どうやら、直接問い質すしかないみたいだね」


 創治はそう言いながら初汰の瞳を見つめたので、初汰はそれに頷いて応え、二人は海周を追って玉座の間へと駆け込んだ。すると彼は既に玉座の前に立っており、こちらを睨んで二人を待ち構えていた。


「海周! 外にいた兵士に何をした!」

「あまり騒ぎ立てるな。こっちは死にかけなんだからな」


 そう言うと、海周は数秒間項垂れた。そして突然、通電した玩具のように再び頭を上げると、二人を見据えた。


「外の兵士のことなら気にするな。俺の力で少しだけ弄っただけだ」

「弄った。だと……?」


 創治は顔色を曇らせてぼそりと呟くと、あの夜のことを思い出した。すんなり城へ侵入出来たのも、ローウェルの身体を操っていたのも、ユンランが何も出来なかったのも。全て海周という男に備わっている謎の力のせいなのか。と考えを巡らせた。


「そうか、そうだな。お前もいるし、教えてやるよ」


 暗い表情をしている創治のことを見ながらそう言うと、海周は言葉を続けた。


「一度だけだが、人間の頭に触れればそいつを思いのままに操れる力。意識を持っている人間を掌握できる力。それが俺の才だ。つまり、さっき廊下にいた雑魚も、俺が少しばかり掌の上で転がしただけだ」

「お前、何様のつもりだ!」


 その言葉に腹を立てた初汰が走り出そうとしたその時。


「動くな! この娘を殺すぞ」


 海周はそう言って初汰の動きを封じ込めた。そして初汰と創治のことをじっと見つめながら、海周はゆっくりと行動を開始した。まずは玉座の横で寝ている自分の死体を引きずり、玉座の目の前に持ってきた。続いてリーアが息をしていることを確認し、最後に機械のもとへ向かい、青いボタンに人差し指を添えた。


「アレは……。まだ完全に魔力を取り込めていないはずだ。初汰、一気に叩くぞ」


 機械を見た創治は小さい声で指示を出した。初汰はそれに頷いて応え、二人が走る準備を整えた次の瞬間。


「残念だったな。こいつは少し改造してるんだ」


 海周はそう呟くと、青いボタンを押した。

 ――すると次の瞬間、リーアの身体から一瞬にして紫のオーラが抜き取られ、機械に吸収された。そしてその直後、機械から青色の光が線状に放出し始め、間もなく海周の死体目掛けて降り注ぐ。一本、また一本と光が死体に集まる度、眩さが増していき、ついに二人は玉座にたどり着く前に目を伏せた。

 それから数秒後、眩さに目を伏せてしまっていた二人は、ドサッ。という何かが絨毯に落ちた音を聞いて瞼を開いた。そして音がした方を見ると、そこには先ほどまで生気を逸していたはずの死体が、海周が、玉座の前に立ち尽くしており、曜周の身体は力なく機械の傍に倒れていた。


「あぁ、自分の身体は馴染むな……。それに、犠牲者が多ければ多いほど、達成感も湧いてくる……。クックック、ハーッハッハッハッ!」

「り、リーア……? 曜周さん……?」


 この一瞬にして、初汰は自分の全身から希望やら光やら活力といった前向きな力全てが弾け飛んでしまったような気がした。しかしそれでも、一縷の輝きを逃さぬために初汰は二人の名前を呼んだ。


「初汰、しっかりしろ! 初汰! ……くっ、このままでは戦闘どころでは無いか」


 震えている初汰の両肩を持ち、目線を合わせて何度も彼の名前を呼ぶのだが、初汰の焦点が創治に合うことはない。それを認めた創治は、初汰を十数メートル後方まで引っ張って運んだ後、彼の前に立って剣を抜いた。


「はーあぁ、こんなに愉快なのは久しぶりだ。その上、この手で、お前を殺すことが出来るとはな。春日創治」


 笑い終えた海周はそう言いながら振り返り、創治のことを睨んだ。


「海周。だったな。悪いが、お前の好きにはさせない。俺の命が果てようとも、この三人は絶対無事に返す」


 力強くそう言うと、創治は鞘をその場に置いて剣を両手で構えた。


「まとめて相手しても良かったが、その様子じゃあガキは動けそうにないか。まぁいい。この身体で殺す一人目はお前だと決めていたからな。じっくりいたぶってやる」


 海周はそう言うと、右腕を静かに広げた。するとその広げた掌から禍々しい黒い渦が生じ、そこから漆黒のハルバードが現れた。海周はそれをキャッチすると、大仰に振り回して構え、創治を激しく睨みつけた。

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