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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百六十五話 ~兄弟~

 駆け出した勢いそのままに、ユーニは聖剣を振り下ろした。

 ――すると刃がバーンに届くよりも前に、高練度の闇魔法に阻まれた。どれだけ力を込めようとも、闇の壁にヒビが入る気配すらしてこない。そしてその壁の向こう側には、悠然と立ち尽くしているバーンがいた。もはや双剣を構えずとも、戦闘態勢に入らずとも、バーンの意志そのものとなった闇魔法は彼の思うままに動き、形を変え、守りを固めた。


「これが、真の闇……」


 思い、考えるだけでその通りに動いた闇魔法を目の前にし、バーンはそう呟いた。


「もう魔法などでは無い。これは俺の手足だ!」


 バーンが声を荒げると、壁から数本の黒い剣が現れた。そして壁に斬りかかっているユーニに剣先を向けて間もなく、数本の剣が一斉に襲い掛かった。


「バーン! 闇に呑まれるなっ!」


 剣が向かって来ようとも、ユーニは少しもガードを固める気は無く、両腕に力を込めて壁を壊そうと踏ん張り続けた。そして闇の剣がユーニの全身を貫こうとしたその時、握っている聖剣がカッと光り、そのまま光はオーラとなってユーニの全身を包み込んだ。

 ――聖剣から発された光がユーニを包み込んだ次の瞬間、数本の剣が甲高い音を立てて弾け飛んだ。剣はユーニに届くよりも前に、見えない壁にぶつかったようであった。


「ふっ、そうこなくてはな」


 自らと同様、光の壁を無意識に発動させた兄の姿を見て、バーンはそう呟いた。


「戻って来いっ、バーン。私はっ――」

「黙れ! これは俺自身が決めた道だ!」


 バーンはそう言って双剣を振り上げると、ユーニの脳天目掛けて思い切り振り下ろした。

 空を切りながら迫る双剣。しかしユーニは頑としてガードを固めようとはしない。そうして何も対処をせずにいると、当然の如く双の鋭牙がユーニの両肩を斬り落とそうと降りかかった。


「ならばっ! 私も私が思う道を貫くっ!」


 ユーニがそう言うとともに、彼と聖剣から発する光が更に強まった。その眩さに集中力をかき乱されたバーンの手元は狂い、僅かに攻撃が逸れ、加えて闇魔法も弱まった。すると忽ち闇の壁は崩壊し、ユーニの握る聖剣がバーンの胸に向かって直進してきた。


「くっ、魔法が乱れたか……!」


 振り切った双剣はユーニの左肩を掠めて行き去った。しかしバーンからすると攻撃を外したことはどうでも良く、闇の壁を破壊してそのまま突き進んでくる聖剣の一撃の方が留意しなくてはならなかった。

 ――バーンは瞬時に集中力を高め直すと、すぐに闇魔法を胴体にのみ纏い、鎖帷子のようにした。するとその直後、強力な光を纏っている聖剣がバーンの左脇腹を擦過し、ユーニとバーンはすれ違い、そして背中合わせで立ち止まった。


「ぐあっ……! 闇を纏ったというのに、この威力か……」


 光の刃が擦れた部分は焼けるように痛んだ。帷子のように纏っていた闇魔法もその一部のみが白色に侵されており、バーンは思わず膝を着きそうになったが双剣を杖のようにして身体を支え、なんとか体勢を整えて振り返った。その先には既にこちらを見ているユーニが立っており、左肩には何とか喰らわせた斬撃が実り、闇魔法がメラメラと蝕んでいた。


「闇を消し去る。これが私の覚悟だっ!」


 ユーニはそう言うと、左肩で細部を蝕むように燃えている黒い炎を右手で抑えた。すると右手から白い光が発し、その直後にそっと右手を放すと、闇魔法は跡形も無く消え去っていた。


「ふん、たかが相殺する程度、俺にも」


 バーンは兄に倣い、右手を左脇腹に持って行き、勢いよく患部を掴んだ。そして闇魔法で白の侵食を抑え込もうとするのだが、逆に白い聖なる光がバーンの右手に移り始めた。


「なに! 抑え込めない、のか……?」


 白色に侵食された右掌を見て、バーンは冷や汗をかきながら吃驚した。


「他者を蹂躙し、他を征服するためだけに力がある訳では無い。私は、私が持っているこの力は、他者を助けるために使うっ! 私は、お前を助けるためにこの剣を振るうっ! バーン、お前もかつてはそうだっただろう。守るべきものがあればこそ、その剣を握ったのではないかっ!」

「違う! 俺は強くなりたかっただけだ。守るべきものなど、荷物にしかならん。誰かと背中を合わせずとも戦える力。それを得る為に俺は剣を取ったのだ」


 バーンは感情を露にしながらそう言うと、再び双剣を構えた。


「……そうかっ。そう言うのならば、兄として全力で今のお前を否定しよう。そして教えてやる。強さとは何たるかをっ!」


 ユーニはそう断言すると、聖剣を構えて走り出した。一歩、また一歩と進むたびに彼の全身から発する光は強まっていき、そしてエントランスの央ほどに至る時分にはまるで光の球がバーンに迫っているようであった。


「どれだけ光を纏おうが、核は一つだ。その核を、兄者を討つ」


 僅少の戦慄きはあったものの、バーンは己の身を焦がさんとする闇の炎を纏うことでその恐怖を拭い去った。そして鎧武者の如きオーラを顕出するとその巨大な双剣を向かい来る光の球目掛けて振り下ろした。

 もはやどちらが攻撃を仕掛けているのか、どちらが守りを固めているのか。そんな次元の話では無かった。戦闘開始時、瞬く間にエントランスを染めた白い光と黒い闇は、ユーニとバーンが激しくぶつかることで再び息を吹き返した。光が渦巻き、闇が渦巻き、やがて混沌の潮流に二人は呑まれ、エントランス中央から、そしてこの戦いから、もう一歩も退くことは出来なくなっていた。


「兄者さえいなければ、もう、俺を否定する奴はいない。この戦いで、あなたを越えてみせる!」

「まだ負けてたまるものかっ! 闇の力に呑まれている弟に負けるなど、殊更あり得んわっ!」


 ユーニがそう叫んだ次の瞬間、言葉とは相反し、闇の双剣が光の球を真っ二つに切り裂いた。


「もらった!」


 ――二つに割れた光の球の中枢には、無防備なユーニがいた。バーンはその核に狙いを定め、振り下ろした双剣を構え直し、鋭い突きを繰り出した。最期の一撃がユーニの心臓に吸い付いて行く。まるでそこまでの道筋が遠い昔から定められていたように。それにも関わらずユーニは一歩前に踏み出し、バーンの攻撃を真っ向から受け止めようとする。それに対して弟は躊躇いを見せない。剣先を逸らせない。


「それほどまでに私が憎いかっ……。だが、私の勝ちだっ!」


 ユーニはそう言うと、両腕を大きく広げた。そしてすぐに拍手をするように両腕を自分の眼前で打った。

 ――すると先ほど斬撃で二つに割れたはずの光の半球が、ユーニとバーンの左右に現れた。それはそのままユーニの両腕の動きに呼応し、二人の身体を包み込んだ。


「な、に……! 熱い! 身体が、焼ける……!」


 真っ白い光の球体に閉じ込められたバーンは、その熱さに思わず双剣を落とした。そして全身に纏っていた闇が浄化されていき、自らの身体が白く、光に漱がれていくのを感じた。


「それは、お前が闇の力で傷つけてきた者たちの痛みだっ。そして、お前自身の痛みだっ」

「ぐはっ……! こんなもの、闇魔法で……!」


 痛みに耐えながら、魔法を練るために集中力を高める。しかし全身から出でる黒い炎は光に呑まれていくばかりで、バーンの身体を守ることは出来ない。


「諦めろ。と言っても無理な話だろうなっ。しかしどれだけ闇魔法を練ろうとも、お前の身体から闇が取り除かれていくだけの話だっ」

「……ふっ、力に溺れようとも、力を取り入れようとも、兄者には勝てないのか。ならば」


 バーンはそう呟くと徐に右手を伸ばし、双剣の一方を拾い上げた。そして剣先を自らの腹部に向けた。


「介錯は任せた」


 そう言って自害を図ろうとするバーンだが、剣を最高点まで振り上げたその時、ユーニが剣を弾き飛ばした。


「逃げるなっ! 敗北は死では無いっ! 傷は敗者の証では無いっ! 負けても、傷付いても、それでも信念の為に生き抜くっ! 自分の弱さを認め、再び歩き出す力。それが強さだっ!」

「兄……者……。俺はまだ……」

「あぁ、また共に、私と歩き直そうっ」


 ユーニはそう言うと、バーンに微笑みかけた。それに対し、バーンも柔らかな表情を見せた。何年振りかに見たその笑顔を浮かべたまま、バーンは気を失った。


「がはっ! 無理をしすぎたかっ……」


 戦いが終わり気が抜けると、ユーニはその場に片膝を着いた。そしてバーンの身体を蝕む闇が全て浄化したことを確認すると、聖剣を収めた。


「無事か、シグ殿!」


 出入口の向こう側から声がした。ユーニがその方をちらりと見ると、その先には車いすを押して来る獅子民がいた。


「これは……。何があったのだ……」


 大破している鉄柵門、吹き飛んでいる二枚のドア、門柱に寄り掛かっているスフィーに出入り口で倒れているシグ。そしてその先のエントランスで座っているユーニを見て、獅子民はそう呟いた。


「ここで激しい戦闘があったみたいですね」


 ぼやけている視界でも分かるくらいに損傷が激しいようで、辺りに目を配らせている花那太がそう呟いた。


「そのようだな。ひとまず私はユーニ殿の様子を見て来る。ここで待っていてくれ」


 獅子民はそう言うと、車いすのハンドルから手を放してエントランスに向かった。

 残された花那太は目を閉じて周囲の音に耳を澄ませた。スフィーの呼吸とシグの呼吸は聞こえる。どうやら二人は無事みたいだ。そんなことを考えていると、他にも聞こえてくる呼吸があった。誰だろうかと集中を改めると、微かに笑い声が聞こえた。


「私が出来ることは全てしたつもりですが……。ふふ、この様子では敗色が濃いですね。それでは、私は遠くで結果を見守らせていただきます」


 ハッキリとはしていないが、女の声でそう聞こえてきた。それを聞いた花那太はすぐに優美だという事に気付いた。しかし一人で追えるはずも、今更彼女に会える勇気も無く、彼は何も聞かなかったことにした。そして車輪に両手を添えると、自らの力でエントランスに向かって前進した。


「向こうの二人は大丈夫そうでしたよ」


 花那太はエントランスの中央で屈んでいる獅子民の背中に向かって声を掛けた。


「そうか。こちらも大丈夫だ」


 振り返った獅子民はそう言うと、その背後からユーニが顔を覗かせた。


「すまない。海周を取り逃したっ。今は初汰が一人で追っているっ」

「初汰が一人で?」

「あぁ、誰か援護に回すつもりだったのだが、生憎この有様でなっ……」

「なら僕たちが行きましょう、ね、獅子民さん」

「うむ、我々ならまだ余力がある。行こう」

「申し訳ない。回復したらすぐに私も向かうっ。そうだ、これを初汰に」


 ユーニはそう言うと、腰に下げている聖剣を取り、獅子民に手渡した。


「聖剣を?」

「えぇ、きっと力になるはずですっ」


 力強い目つきでそう言うので、獅子民はそれ以上何も言い返さずに聖剣を受け取り、頷きを返して立ち上がった。そして花那太のもとへ戻ると、聖剣を花那太の膝にそっと置いた。


「君が持っていてくれ。車いすを全力で押すためには少し手が足りないからな」

「はい、分かりました」


 そうしてユーニの意志を継いだ二人は、海周と初汰を追って階段を上がって行き、二階の開け放たれているドアの奥へと消えて行った。


「頼むぞ、初汰っ。君なら出来るっ。真の力を持っている君ならっ……!」


 ユーニは小さくそう呟くと、その場に倒れ込んだ。


 その頃、迷路のような城内を走り回っていた初汰と海周は、玉座の間へと続く大廊下にたどり着いていた。


「はぁはぁ、もう諦めろ! 俺はどこまでもついて行くぞ!」

「ふっ、諦めるだと? これだからバカは」

「んだと!」

「お前はここまで連れて来られたんだよ。俺の身体を生き返らせる儀式の場にな!」


 曜周の口を使ってそう語ると、海周は背後にある大扉を引き開けた。すると重厚な扉は轟々と音を立てながら開き、神々しい玉座が遠目に見えた。そしてその椅子の上には、気絶しているリーアが座っていた。


「リーア……!」

「さぁ、再会の時間だ。俺は愛しの我が身体と、お前は時の魔女とだ。ハーッハッハッハッハッ!」


 そう言い終えた海周はおどろおどろしい笑い声を上げながら、百八十度向きを変えて玉座に向かって歩き始めた。一方初汰はその背中と、彼の向こう側に見える無防備なリーアの姿を目にしたまま少しの間立ち尽くした。動き出そうと思っていても、足が言うことを聞かなかったのである。そう、彼は久しぶりに恐怖心を抱いたのであった。しかしその感情に気付いていない初汰はすぐに気を取り直し、リーアを救い出すために力強い一歩を踏み出した。

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