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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百六十四話 ~芽吹く光と滾る闇~

 何が何だか状況が掴めないのだが、初汰がピンチであることには変わりない。無駄なことを考えるのは止め、シグはレイピアを抜いてバーンの背中に飛び掛かる。そして、

 ――完全に気配が消えていたのか、シグの奇襲は思いのほか成功し、レイピアはバーンの右肩に突き刺さった。しかしシグの体力は完全に回復しておらず、右肩を貫くには力が足りない。そうして貫くにも引き抜くにも手間取っている内に、バーンは一歩前に出てレイピアから逃れると、振り向きながら双剣でシグを吹き飛ばした。


「ぐあっ!」

「ふん、また貴様か」


 入り口まで吹っ飛んだシグを見て、バーンはそう呟いた。


「シグさん! 助けに来てくれたんですか!」

「あぁ、君を渡すわけにはいかないからね」


 息を整えながら立ち上がると、シグは再びレイピアを構えた。そしてこの場を打開できる妙案が無いか考えながら、少しずつ左側にずれて行く。


「どうした。尻込みしたか?」


 そう言う顔に変化は無いが、明らかにシグを煽り立てようとする気がその言葉から伝わって来た。


(言われっ放しは嫌なんだけど?)

「静かに。正面から向かうだけが戦いってわけじゃない」


 シグはそう言ってファグルを制すると、もう数歩左にずれた。するとようやく入り口から九十度くらい位置まで移動し終え、初汰とユーニの姿が鮮明に見えた。


「行くぞ、ファグル」

(お、ようやく出番?)

「しっかり耐えてくれよ」

(任せといてよ)


 先ほどバーンに殴られて口内を切っていたシグは口を窄めて血を溜め、それをレイピアに吐きかけた。するとレイピアは忽ち大剣に生まれ変わり、シグはそれを右腕一本で支えながら、左手をポケットに突っ込んで丸薬入りのケースを取り出した。

 流石に右腕一本では長い間大剣を支えきれないので、力づくで持ち上げ、右肩に担いだ。そして準備が整うと、シグは走り出した。

 走り出したシグを見てバーンも双剣を構えた。シグはそこに大剣を振り下ろすつもりで目の前まで駆け寄り、そして右腕一本で大剣を振り下ろす。白刃取りならば一発で取れてしまうほど鈍い攻撃ではあったが、その代わりに凄まじい威力でバーンに降りかかる。

 ――剣が槌で打たれたような、激しく鮮烈な音が響いた。バーンは双剣を重ねて構えてバツ印を作っており、その上にシグが振り下ろした大剣が重々しくのしかかっていた。


「力押しか?」


 少し幻滅したようにバーンはそう言ったが、シグからしてみれば、それこそ狙い通りであった。大剣の一撃をブラフに利用し、バーンの両手を塞ぐことに成功したシグは早速左手に持っている丸薬ケースを初汰に向かって投げた。それが彼のもとに滑り込んだのを確認すると、空いた左手も大剣の柄に添えて力を込めた。


「貴様、何を投げた!」

「さぁね。……初汰! それをユーニさんに!」


 大剣でバーンの動きを制御しながら、シグはそう叫んだ。


「わ、分かった!」


 初汰は答えながら丸薬ケースを拾い上げると、それを開いて丸薬を一つ取り出した。そして言われるがまま、丸薬をユーニの口に落とした。


「飲んでくれ、ユーニさん……!」


 あまり気は乗らないが、初汰はユーニの顎を抑えて無理矢理薬を飲み込ませた。すると次の瞬間、再び光の波動が生じた。しかし先ほどのように破壊性は無く、温かい光が当たりを包み、忽ちユーニの身体ふわりと宙に浮いた。


「なんだ、この光は……。疎ましい!」


 バーンはそう言うと、全身から黒いオーラを噴出し始めた。そして先ほどまで互角の鍔迫り合いをしていたのが一変、瞬く間にシグを弾き返し、宙に浮いているユーニの方を睨んだ。


「邪魔をするな。この世に光なんて必要ない!」


 そう言いながら双剣に闇の炎を纏うと、浮いているユーニに斬りかかる。

 ――しかし、何か見えない壁に阻まれ、バーンの繰り出した斬撃がユーニに届くことは無い。


「何だと。闇が無ければ存在も出来ない光風情が!」


 そう言って再び斬りかかろうとした瞬間、パッと閃光が走った。思わずその場にいる全員が目を伏せ、その間に光は収まった。そして視線をもとに戻してみると、そこには悠然と立っているユーニがいた。


「これは……。私の身体だっ……!」


 ユーニはそう言いながら掌を開けたり閉じたり、足踏みをしてみたり、首を一周させてみたりした。


「ユーニさんなんだよな? そうだよな!」

「あぁ。初汰、迷惑をかけてすまないっ!」

「良いんだよ。それより、目覚めて早速のところ悪いけど、協力してくれる?」

「もちろんだっ。私が奴を倒すっ!」


 喜びの表情を曇らせて真剣な眼差しでバーンのことを睨むと、ユーニはそう言って聖剣を構えた。すると完全に光を失っていたはずの聖剣がほんのりと白み、ユーニの手元で輝きを増していった。


「ふぅ、どうやら、間に合ったみたいだ……」


 シグが後ろに下がりながらそう呟くと、魔法の効力が切れ、大剣はレイピアに戻った。シグはそれを収めると、そのまま壁に背中を預けて座り込んだ。


「ありがとう、シグさん……。よっしゃ、こっからは俺たちの番だ!」


 吹っ飛ばされた木の枝を拾いながらシグに向かってそう呟くと、初汰はユーニの横に戻って枝を構えた。すると枝は剣に戻り、初汰の瞳にも炎が灯った。


「汚らわしい光め。我が闇で消し去ってやる! はぁぁぁぁ!」


 双剣を構えながら腰を深々と下げ、バーンは雄叫びを上げた。それとともに彼の周囲には黒い霧のようなものが立ち込め、エントランスに闇が満ちて行く。


「初汰。助太刀は頼もしいのだが、ここは私に任せてくれないかっ?」

「え、任せるって……」

「魔法を持たぬ君には危険すぎる。それに、君は追わねばならぬ相手がいるだろっ」

「ユーニさん」

「はははっ! 奪われていても私の身体だからな。戦況は理解しているつもりだよ。さぁ、早く行くんだっ!」

「……分かった。絶対負けるなよ!」

「もう負けんさっ。 はぁぁぁぁっ!」


 ユーニはそう言って初汰を遠ざけると、バーンに続いて雄叫びを上げた。すると彼の全身から、そして聖剣から、目を射る眩さも無く、溶けるような熱さも感じさせない柔和な光が溢れ出した。それはそのまま闇とぶつかり、互いの領土を侵されないように主張し合う。


「兄者。もう何をしても無駄だ。熟した闇の力を止められる者などいない。無論、自分自身でもだ」

「バーン、貴様の闇をここまで育ててしまったのは私だっ。ならば、私の身をもってその闇を葬ってやるっ!」


 二人は心の一部を吐露すると、互いに武器を構えた。するとそれに乗じて光と闇の強さも増し、エントランスはまるで白黒世界のようになってしまった。

 初汰はそんな二人の姿をしっかりと目に焼き付けると、階段を駆け上がり、海周が消えて行った扉の前に立った。そしてもう一度二人の姿を見て、城の奥に進んで行った。


(こんなところでうたた寝してる場合じゃないって! ちょっと、まだ俺は死ねないんだ! ……あぁ、もう。じゃあ自分で何とかするよ)


 何度語り掛けようともシグから反応が無いので、ファグルは先ほど大剣に変化した時に細工していた右腕に入り込み、その腕一本で何とかシグの身体を出入り口まで運び、エントランスから脱した。


(はぁはぁ、ふぅ~。ここならひとまず無事だな。あとはあの二人が来てくれるのを待つか)


 魔法の余力も完全に切れ、ファグルはシグの影に戻った。そして城の出入り口には気絶したシグだけが残された。

 辺りに散漫している光魔法から、微かにその様子を感じ取っていたユーニはわざと睨み合いを長くしていた。そして完全にシグの気配がエントランスから消えた瞬間、聖剣を握り直して走り出した。それに合わせてバーンも走り出し、二人は光と闇と同様に正面から剣を交えた。ユーニが振るう剣からは光の軌跡が、バーンの振るう双剣からは闇の軌跡が、それぞれ現れ出た。そして剣がぶつかる度、白い雫と黒い雫が辺りに散っていった。

 斬り合いは激しさを増していき、徐々にユーニが押され始める。このままでは単純に力負けすると感じたユーニは一度全力で斬り下ろし、バーンにわざとバックステップを踏ませた。


「まさかここまで力をつけているとはっ……」

「今のは久しぶりに覇気を感じた。しかし兄者、あなたはまだ甘い考えを捨てきれていないようだ」


 バーンはそう言うと双剣を構え直し、すぐに走り出した。そして容赦なく双剣を振りかぶるので、ユーニはそれに応じるしか無く、二人は再び鍔迫り合いにもつれ込んだ。


「ぐっ……。良い攻撃だっ……!」

「この期に及んで何を言う。それともなんだ、最期の戦いを楽しんでいるとでもいうのか!」


 未だ兄として接してくるユーニの態度がバーンの逆鱗に触れた。彼は猛々しく双剣を振るい、力づくでガードを崩そうとしてくる。


「戦いは、楽しむものではないっ!」


 それに負けじと、ユーニは真っ白い光を聖剣に纏い、叫び声と共に強烈なカウンターを振り返した。その反撃は見事にガードされたものの、バーンは数メートル後方に滑るようにして飛んでいった。


「ならば何故、敵の攻撃を褒めた」


 双剣をそっと下ろしたバーンは先ほどとは打って変わり、静かな声音でそう聞いた。


「……私にも分からないっ。ただ、これは癖のようなものだっ」

「癖か。やはり兄者もそうか。戦うことでしか、自分を証明できない。幻獣とのキメラにされたあの日から、我々には戦う以外に生きている価値は無かった。そうだろ?」

「違うっ。そう言った意味での癖では無いっ!」

「もう良い! 戯言は聞き飽きた。ここであなたを消し去り、闇の力を完成させてみせる。希望も、光も、この闇が全て呑み込んでくれよう!」


 バーンがそう言って双剣を構え直すと、より一層力を増した闇の炎がバーンの全身を包み、双剣を包み込んだ。


「ま、待てっ! バーン、それ以上は危険だっ!」


 ユーニは必死に弟を止めようと声を張り上げるが、もはやその声が届く余地はなかった。

 そして瞬く間にユーニの眼前に迫ったバーンは、双剣をクロスさせるように振り下ろした。予備動作からしてその攻撃が来ると分かっていたユーニは既に後方へ飛び退いていた。しかしそれにもかかわらず、バーンが振るった双剣は一瞬だけ長さを増し、闇の刃となってユーニの胸部を浅く斬った。


「なにっ……! 闇魔法の錬成度が急激に上がっているのかっ?」


 何とか傷を浅く済ませることに成功したユーニは敵を見ながら小さくそう呟いた。そして傷の具合を確認するために僅かの間視線を胸部に向けると、そこには真っ黒くただれたバツ印の火傷が出来上がっていた。


「間違いないっ。闇との一体化が始まっているっ……!」


 そう溢しながら視線を戻すと、更に苛烈な黒い炎を身に纏い、研ぎ澄まされた闇魔法によってリーチが増した双剣を握っているバーンが立っていた。


「もう、私の声は届かないのか……。これで、覚ますしか無いのかっ……?」


 右手に握っている聖剣を見やり、ユーニは心情を吐露した。すると聖剣は光を増し、みるみるユーニの身体に活気があふれて来た。


「そうかっ。そうだなっ。まずは突破口を切り拓かんことには、言葉も届かんっ!」


 自らを奮い立たせるようにそう言うと、ユーニはすくりと立ち上がり、聖剣を両手で構えた。


「きっと助ける。そしてきっと伝える。戦いの中で見つけた、戦う以外の生きる価値をっ! はぁぁぁぁ!」


 ユーニは雄叫びと共に走り出すと、バーンを吞み込んでいる巨大な暗黒に向かい、それを一刀両断せん勢いで光の剣を振り上げた。

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