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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百六十三話 ~光のもとへ~

 睨み合うこと数十秒、ついにバーンが動き出した。バーンは片方の剣を鞘に収めると、一本の剣を両手で持って構えた。すると忽ち両手から黒い炎が舞い上がり、瞬く間に剣を包み込んだ。そして渦を巻くように柄から剣先へと黒い炎が集中していき、最終的には黒い火球が出来上がった。バーンは火球が完成したことを確認すると、剣を振り上げ、黒い火球を初汰の足元に叩きつけた。


「うわっ!」


 直撃してはいないものの、しっかりと練られた闇魔法の威力はとてつもなく、初汰は後方に吹き飛んだ。何とか受け身を取ってすぐに立ち上がるのだが、先ほどまで目の前に立っていたバーンは既に城へ向かって走り出していた。


「待て! 逃がさねーぞ!」


 少しでも早く追いつくため、初汰は剣を収めて走り出す。

 バーンの背中を追い、噴水広場を越えた辺りで大破している鉄柵門が視界に入って来た。バーンは勢いを殺さず、ボロボロになっている鉄柵門を難無く通過し、吹っ飛んで倒れている両開きのドアを踏み越して城のエントランスに消えて行った。初汰もそれに続いてエントランスに飛び込もうと鉄柵門をすり抜けたその時、倒れている玄関ドアと共に横たわっているスフィーを見つけた。


「スフィー! 大丈夫か?」


 駆け付けて抱き起すと、スフィーはすぐに意識を取り戻した。


「うっ、うぅ。……初汰。曜周さんは?」

「ここにはいない」

「中っす。城の中に、曜周さんとユーニさんがいるはずっす」

「分かった。俺が様子を見て来る」


 初汰はそう言うとスフィーを抱え上げ、玄関口からは比較的遠い門柱までスフィーを運び、そこに彼女を座らせた。


「ここで休んでてくれ」


 そう言い残すと、初汰は剣を引き抜いてエントランスに飛び込んだ。するとそこにはバーンが立っており、その奥のホール中央にはユーニがうつ伏せで倒れていた。そしてその更に奥、左右の階段から上がった先にある吹き抜けの二階には曜周が立っていた。


「馴染む、馴染むぞ。この身体は! ハーハッハッハッ!」


 高らかに笑い声を上げるその姿は、明らかに曜周では無かった。


「お前、次は曜周さんの身体を奪ったのか!」

「黙れ! 自分の身体で世界を救えるならこいつも本望だろ。バーン、そのガキを連れて来い。この身体が手に入った以上、半殺しでも構わない。やれ!」


 バーンに指示を出すと、曜周は背後のドアを押し開けてその奥に消えて行った。


「承知しました」


 既に去っている背中にそう呟くと、バーンは双剣を抜いて振り返った。


「クソ、結局やり合うのかよ」


 剣を構える前に、まずはスペース確保とユーニさんを助けねーと。と考えた初汰は、バーンが襲い掛かって来るよりも前に広いエントランスの右側を大きく迂回し、ホール中央のユーニのもとへ駆け寄った。


「ユーニさん! 起きてくれ!」


 バーンの動向に目を光らせながら、初汰は空いている手でユーニを揺さぶって声をかけた。


「ぐっ、うぅ……」


 微かに反応はあったが、眉間にしわを寄せているだけで瞳を開ける気配はない。


「諦めろ。我々の勝ちだ」


 双剣に黒炎を纏わせると、バーンは一歩ずつ初汰に詰め寄って来る。


「ダメだ。このままじゃ共倒れになっちまう……」


 時折呻き声は上げるのだが、目覚める気配が無かったので初汰はユーニの前に立って剣を構えた。


「そんな役立たずを庇ってどうする?」

「役立たずなんかじゃない。ユーニさんはきっと目を覚ます」

「ふん、青くさい。理想ばかりでは何も変えられないぞ!」


 願望を一刀両断すると、バーンは双剣に纏っている黒い炎を交互に飛ばした。初汰は向かって来る闇魔法を剣で叩き斬り、一陣を凌いだ。しかし間髪入れずに闇魔法の第二陣が初汰を襲う。

 バーンは初汰を弄ぶかのように、何度も何度も黒い炎を放つ。対する初汰も負けじと魔法を跳ね返すのだが、今握っている剣は所詮再生の力で蘇らせた木の枝に過ぎず、初汰の両手は力の代償として少しずつ火傷を負っていく。

 その後数十秒間攻撃を耐え続けていた初汰だったが、ついに剣が弾かれた。黒い火球が飛んで行くとともに剣が宙を舞い、フロアに落ちると同時に剣は木の枝に戻った。


「はぁはぁ、クソ……」

「貴様の負けだ。……しかしそこまでして兄者を庇いたいというのなら、大人しく付いて来い。今回は見逃してやる」


 一度攻撃の手を止めると、バーンは冷酷にそう言った。


(ちくしょう、どうすりゃいい……。こいつに付いて行けば、ユーニさんは助けられるし、恐らく海周のところに行けるはず。でも、そんな素直に付いて行って良いのか……?)


 敵のことをじっと睨みながら、初汰は考えを巡らせた。しかし正解択が見出せず、直ぐに答えることは出来ない。


「さぁ、選べ。時間はないぞ」


 そう言うと、バーンは再び双剣を構え、切っ先を初汰に向けた。


 光の波動が生じる十数分前、市街で倒れていたシグと花那太はようやく意識を取り戻していた。


「……ください。起きてください」

「初汰……。初汰……!」


 誰かの声で意識を取り戻した花那太は、初汰の名前を呟きながら飛び起きた。


「大丈夫ですか?」


 目覚めて辺りを見回すと、そこには現実が広がっていた。戦闘で破壊された家屋や、その瓦礫で出来た山、所々で上がっている煙、そして目の前には、目が霞んでいても分かるほど、額から血を流しているシグがいた。


「シグか……。君の方こそ、血が……」

「あぁ、これなら大丈夫ですよ。もう傷口は塞がってます」


 シグはそう言うと、額に伝っている血を爪で掻いた。すると血はポロポロとカスになり、そこいらに散っていった。


「そうか、なら良かった……。初汰は……」

「はい、連れて行かれたみたいです」


 自分で言葉にしたくないようだったので、シグは言下にそう答えた。


「彼を助けないと」

「そうですね。行きましょう」


 シグはそう言って花那太を立ち上がらせると、すぐ近くまで持ってきていた車いすに誘導して座らせた。


「悪いね。車いすまで持ってきてもらっちゃって」

「いえ、気にしないでください。ところで、僕にくれた薬ってまだ余ってますか?」

「え、あぁ。まだ数個余っているよ」

「代わりに貰っても良いですかね。それがあれば空を飛べると思うので」

「分かった。でも使い過ぎない方が良いよ。身体に――」

「はい。でも、初汰を助けるのが優先です」


 シグはそう言って微笑むと、花那太から丸薬の入っているケースを受け取り、ポケットに入れた。


「とりあえず、獅子民さんがいるところに戻ってみないかい?」


 シグが歩き出す前に、花那太がそう言った。


「ですね。まだ戦っている可能性もあるし」


 花那太の提案に同意すると、シグは車いすを押し、ここに来るまでに辿って来た道を引き返し始めた。

 トンネルのようにぽっかり筒抜けになっている住宅の連なりを真っすぐ抜けると、すぐに獅子民と虎間が戦っていた場所に戻って来た。逃げる直前と何ら変わりはしていないが、明らかに静かであった。そして開けた市街の中央には、黒い塊が見えた。ひとまずそこを目指して車いすを進める。


「これはなんだ……」


 黒い塊の前に着くと、シグは一度車いすから離れて塊の傍らに屈んだ。黒の正体は獅子民が羽織っていたコートであり、続いて塊の正体を調べるためにコートをめくる。


「虎間……! 死んでいるのか?」


 胸部に耳を当て、呼吸も確かめる。どちらも止まっている。獅子民が勝利したことを確信し、コートを掛けた意味がきっとあると考えたシグは静かにコートを戻し、立ち上がった。


「倒れていたのは虎間でした。きっと獅子民さんは近くにいますよ」

「そうか、虎間に勝ったのか」

「はい。でも相当消耗してると思うので、獅子民さんを見つけて、三人で城に向かいましょう」

「分かった。君に任せるよ」


 花那太がそう言ったので、シグは虎間の死体をそのままにしておき、まだこの付近にいるであろう獅子民を探すために車いすの背部に戻った。


(ちょっと、血の匂いがするよ)


 再出発しようとしたその時、シグの脳内でファグルの声が響いた。声に出して答えようか迷ったが、きっと虎間の血の匂いと勘違いしたのだろう。と考えたシグはファグルの声を無視して歩き出すのだが、すぐにファグルの声がシグの足を止めた。


(お~い、聞こえてるんでしょ。ちゃんと獅子民の血の匂いだからね)

「本当か?」

(本当だって。何回か戦って、彼の血の匂いなら覚えてるよ)

「分かった。案内してくれ」


 小声でやり取りをすると、シグはファグルの案内に従って車いすを押し始めた。

 市街はこんなにも開けているのだが、獅子民の姿は一向に現れない。まさかファグルに嘘をつかれたのかと疑い始めたその時、一台の小型飛空艇が視界に入った。


「アレは、虎間が乗って来た小型飛空艇か」

(あそこから血の匂いがする)

「分かった。ひとまずあの小型飛空艇を見てみよう」


 シグはそう答えると、車いすから手を放し、真っすぐ小型飛空艇に向かった。小型飛空艇は真横を向いており、左側にハンドルが来ていた。遠目でも分かる通り、誰も乗ってはいない。ということは……。と、シグは小型飛空艇のサドルに両手を乗せ、向こう側を見た。するとそこには両腕から血を流している獅子民が倒れていた。


「獅子民さん……!」


 ファグルが言った通り、獅子民は確かに小型飛空艇の近くにいた。発見したシグは慌てて小型飛空艇の向こう側へ回り、安否を確認した。……弱いながらも脈はあり、呼吸も微かにしている。戦いの反動と出血で気絶しているだけのようであった。しかしこのままでは死んでしまうと感じたシグは、まず獅子民を仰向けに寝かせ、ポケットからケースを取り出した。そしてケースから丸薬を一粒出すと、獅子民の口に放り込んだ。

 …………獅子民が丸薬を飲み込んでから一分少々、薄っすらと瞼が上がってきた。その僅かな隙間から覗く黒目がゆっくりと動き、シグの顔を捉えた。


「こ、ここは……?」

「大丈夫ですか、獅子民さん?」

「あぁ。私は大丈夫だ。確か虎間を倒して、小型飛空艇のところまで来たのだが……」


 獅子民はうわ言のようにそう呟きながら、自力で上体を起こした。そして辺りを見回すと、次第に現状が分かってきたようで、数秒後にはすくりと立ち上がった。


「そうか、ここに来て意識を失ったのか」

「みたいですね」

「ところで、先ほどまで全身に力が入らなかったのだが、君が処置をしてくれたのか?」

「いえ、彼に丸薬を貰ったんです」


 シグはそう言うと、花那太の方を見た。


「なるほど、リーカイ殿が作ってくれた丸薬か」

「はい。それで、これから城に向かおうと思っていたのですが、動けそうですか?」

「うむ、薬が効いている今なら大丈夫だ。むしろ今のうちに向かってしまおう」

「分かりました。彼は僕が連れて行きます。獅子民さんは飛空艇でも?」

「それで行こう」


 獅子民はそう言うと、早速小型飛空艇に跨った。シグはその横を抜けて行くと、花那太のもとに戻った。


「獅子民さん、無事でした。今から一緒に城へ向かって飛びます。準備は良いですか?」

「あぁ、いつでも」

「分かりました。では行きますよ」


 シグがそう言うと、彼から伸びる影が体内に入り込み、黒い翼が生えた。そして徐に飛び上がると、花那太を車いすごとガッチリ掴み、城へ向かって羽ばたいて行く。獅子民もそれに合わせて小型飛空艇を起動すると、シグの後を追って飛び上がった。

 それから間もなくのことであった。三人が目指す城で大きな光の波動が生じたのは。


「なんだ、今のは……!」


 飛空艇を操縦しているにも関わらず、獅子民は城の方にばかり気を取られてしまった。それはどうやらシグも同じだったようで、飛行が少し不安定になっていた。今すぐにでも意見を照らし合わせたいところだったが、流石にそこは二人ともクレバーであり、獅子民とシグはひとまず城がある大陸にたどり着いてから話を進める選択を取った。

 そうして三人は城のある大陸上空にたどり着くと、ひと際目立っている噴水を見つけたので、その近くに着地した。


「さっきのは何だったんだ?」


 小型飛空艇を下りるや否や、獅子民はそう問うた。


「いや、僕にも分かりません。この目で確かめるしかないみたいです」

「そうか、分かった。ならば君が先に行ってくれ」

「僕で良いんですか?」

「申し訳ないが、私の両腕では車いすを押すくらいのことしか出来ない」


 渋い顔で獅子民がそう言うので、シグはすぐさま了承し、城へ向かって走り出す。

 壊れている鉄柵、吹っ飛んで倒れているドア。それを見たシグは迷わず城のエントランスに飛び込んだ。するとそこでは、切っ先を向けているバーンと、向けられている初汰、そしてその背後に倒れているユーニがいた。


「さぁ、選べ。時間は無いぞ」


 初汰に切っ先を向けたまま、バーンがそう言った。

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