第十五話 ~潜入~
初汰たちは数十分歩き続け、ずっと見えていたサスバ山岳にようやく到着した。
「はぁ~。思ったより遠かったな~」
「平原だと距離感が鈍りますね……」
「しかし本番はここからだからな」
息が上がる初汰とリーアに獅子民は激励の言葉をかける。
獅子民は息一つ荒げず、山岳への一歩を踏み出す。初汰やリーアもそれに続いて足場の悪い道を歩き始めた。
「はぁ~、にしても歩きづらいな~。なんでこんなところに移動するんだよ」
「こういう所だからこそ、誰も立ち入らず、いい隠れ蓑になるものだ」
「そうですよ、あえて、ここを選んでいるんですよ」
「ふ~ん、なるほどね~」
初汰は雑な返事をしながら道端の小石を蹴り飛ばした。それは小道の石にぶつかりながらころころと転がっていき、やがて大きな石に弾かれて道を外れた岩場に落ちた。
「いて!」
小石が消えた場所から声がする。
「やべ、誰かいたのか?」
初汰は心配しながらその先を覗き込む。するとそこには一人の青年が寝転がっていた。
「あ、あの~、すみませんっした……」
初汰は恐る恐る謝ったが、返答はない。よーく顔を覗き込むと、青年は寝入っていた。
「おいおい、こいつマジかよ……」
初汰は起きない青年を見て、思わず本音をこぼす。
青年の腰元には、異形な大剣が深く地面に刺さっており、禍々しいオーラをそれから感じ取った初汰は、すぐに仲間のもとに引き返した。
「あら、どこへ行ってたの?」
「いや、少し岩場を見てきただけだよ」
「そう……。あまりはぐれないでよ?」
「おう、さっさと地下牢を見つけようぜ」
その後もしばらく山岳地帯を歩き続け、ようやく山岳の中心に来た頃薄い霧がかかり始めた。
「む、少し見晴らしが悪いな」
「そうですね。慎重に進みましょう」
獅子民を先頭にし、一列にリーア、スフィー、初汰の順で並び、山道を進む。
――その時、フッと何かが初汰の後ろを通り過ぎた。すぐさま初汰は全員を止めた。
「どうしたのだ?」
「今なんか通った気がする」
「もしや、この霧に乗じて……」
「その可能性あるよな」
獅子民は周囲を見回し、怪しい影を探す。すると、
「おい、皆、これを見てくれ」
獅子民の声に三人はそこに集まる。するとそこには白骨死体が遺されていた。
「こ、これは……」
初汰は初めて見る白骨死体に絶句した。
「ここに遺体があると言うことは、ここで何かが行われている証ですね」
「うむ、そしてこの遺体の横にはこれがある」
獅子民は顎でそれを指し示す。
「封筒か?」
「うむ、そうだ。きっと情報をユーミル村へ届ける途中だったのだろう」
「ってことは、ここに情報屋殺しが潜伏してるかも知れねーんだな?」
「うむ、そうなるな」
遺体や封筒に気を取られていると、背後から、ジャリッ。と小石を蹴る音が鳴る。それを聞いた一行は警戒心を高めて辺りを見回した。
「今のは……」
「えぇ、恐らく誰かが私たちを狙っていますね」
遺体を囲むように三人と一匹は並び、初汰の左右にはリーアとスフィー、遺体を挟んだ背後には獅子民がいる形となった。
すると右隣のスフィーが初汰の肩をつついた。初汰がそれに反応すると、スフィーはリーアの方向を指さした。
「ん? あっちに逃げるのか?」
スフィーは少し顔をしかめ、首を傾げた。
「んー? なんだ。敵?」
初汰がそう聞くと、スフィーは目を大きく開いて頷いた。
「なぁリーア、目の前に魔法を撃ってみてくれないか?」
「え、えぇ。良いけど、闇雲に撃っては相手の警戒心を高めてしまうわよ?」
「良いんだ。スフィーが目の前にいるって言ってたんだ」
「ふーん、なるほど。言ってたのね。分かったわ」
リーアは納得すると火の玉を生成し、目の前に投げ飛ばした。
――投げてすぐ、火の玉は何かに当たり消滅した。それと同時に叫び声が上がり、霧も一気に晴れてしまった。
「あっ気ね~」
「熱い! 熱い!」
全身真っ白い服で身を纏った男は、ゴロゴロと山道を転がった。
「何故我らを襲った?」
獅子民は優しく接しようと努めたが、その外見がすべてを無駄にしてしまう。
「うあぁぁ! 食われるぅ! 俺は死ぬんだ!」
「はぁ、オッサンは交渉に不向きだな」
「すまん、下がっていよう……」
獅子民は少し後ろに下がり、初汰とリーアが男の前に歩み寄る。
「んで、あんたはここで何してんだ?」
「ひぃぃ、命令されていただけなんです~!」
「どんな命令をされていたんですか?」
「こ、ここを通るやつを片っ端から殺せと……。さもないとお前を殺すって言われて……」
「なーるほどな。まぁもう少し吐いてもらおうかな」
…………。その後も男からの聞き取りは続き、男が霧魔法を使う盗賊であり、それを見た誰かに雇われてこの道を封鎖していたことを男は吐いた。
「それで、その雇った奴ってのは?」
「そりゃ分からないんだ! フードを被ってたんだ!」
「フード?」
初汰とリーアは顔を見合わせた。恐らくこの時、二人は同じことを考えていたであろう。『アヴォクラウズからの刺客』なのではないかと。
遺体の近くにある岩の突起に男を縛り付け、初汰は男が吐いたことを全て獅子民とリーアに告げる。
「なるほど、牢獄の番人。と言ったところか?」
「えぇ、恐らく」
「そんなに牢獄に近づかせたくないのか?」
「今の我らにその理由は分からん。もしかすると、ここでの合流を切り出したクローキンス殿なら何か知っているやもしれんな」
「そうだよな~。とりあえずは合流するしかないか~」
一行は再び山道を歩き出し、さらに険しい足場に踏み入った。
足場が悪くなってすぐ、山岳にもかかわらず開けた場所に出た。休憩所があってもおかしくないほどの開け方であった。
「お、なんだここ。休めそうだな」
「うむ、そうだな。少し休むか」
「そうですね。ここは足場もなだらかになっていますし」
こうして一行は開けた場所に座り込み、休憩を取った。
……。休憩をしてしばらく経ち、疲れが取れた初汰たちは出発の準備を始めていた。
「ひとまず、物資はスワックにもらった分がまだ持ちそうだな」
獅子民が初汰のバッグを覗き込んでそう言う。
「はぁ~、まだまだいっぱいだよ。オッサンが持ってくれれば楽なんだけどな~」
「私は無理だ。鞄が背負えない」
「いや、ごもっともですけど」
「なら私が持ちましょうか?」
リーアが初汰に寄ってそう言う。
「いや、いやいや! 俺が持ちますよ!」
初汰はリーアの提案を却下し、鞄を勢いよく背負った。
鞄を背負った初汰は、誰よりも先に山道に入ろうとする。しかしその時、スフィーが歩き出した初汰を止め、空に向かって指さした。初汰はその指の示す先を見た。するとそこにはパラシュートを開く人影が見える。
「なんだありゃ。ダイビングでも楽しんでるのか?」
「いや、アレは遊んでいるようには見えんぞ」
「それにあのパラシュートは国家軍の物です」
「ってことは襲撃か!?」
「いえ、それも考え難いでしょう。一人でこんなところに降りてくるとは思えません……」
会話をしているうち、人影はもうすぐそこまで降りてきていた。その人影を見た一行は、警戒を緩めて座り込んだ。
「はぁ、なんだよ」
「何はともあれ合流と言うことだな」
降りてきた人影は、クローキンスであった。大きなリュックとむげんの森でも下げていたウエストバッグを持って降りてきた。
「ちっ、もう来ていたのか。よく、動く牢獄の場所を特定出来たな」
「へっへっへ、こっちにも情報網があるんだよ~」
初汰は得意げに威張る。
「ちっ、そうかよ、そりゃ良かったな」
クローキンスは聞き流しながらパラシュートのベルトを外した。
「なぜ国家軍のもの?」
リーアは素朴な疑問をぶつける。
「あぁ? 簡単だよ。盗んだだけだ」
「な、なるほど。まぁそれしか無いですよね……」
リーアは苦笑いをしながら脱ぎ捨てられたパラシュートを見た。
「早速ブラックプリズンに向かいたいところだが、クローキンス殿、なぜブラックプリズンなのだ?」
「あぁ、それか。実はな、ブラックプリズンの最下層に重罪人が捕らえられているんだが、そいつを仲間に加えたいと思ってな」
「はぁ!? 重罪人なんだろ!?」
「ちっ、黙って聞け。どんな罪で入ったか知らねーだろ?」
クローキンスは全員の顔を見回す。誰一人として知っている顔つきが無いと見たクローキンスは話を続ける。
「その重罪人ってのはな、国家反逆罪だ。俺が知っているのはここまでだが、国家からすればさらに心地悪い追加要素があるらしい」
「心地悪い追加要素? んだそりゃ?」
「ちっ、俺も詳しくは知らねー。ただ俺の予想では、『国家の幹部だった奴が謀反を起こしたから』だと思っている」
「なるほど、確かにそれが公にバレたら大変ですね」
「クローキンス殿、その方が協力してくれる見込みはあるのかね?」
「五分五分だ。まず生きているかが分からねー」
「はぁ!? 死んでたらどうすんだよ!」
「ちっ、そしたらその時は静かにここまで引き返してくるだけだ」
クローキンスと合流した初汰たちは、俄かに信じがたい情報をもとにブラックプリズンに向かって歩き始めた。
…………。
休憩ポイントから少し歩くと、いきなり大きなクレーターに遭遇した。丁度山々に囲まれた、辺りからは閉ざされたそのクレーターは怪しい匂いを撒いていた。
「ここすげぇ怪しくないか?」
「えぇ、私もそう思っていたわ」
「ちっ、その通りだ。おそらくこのクレーターの下に牢獄は潜んでる」
「うむ、ならば前進あるのみだな」
一行はクレーターの斜面を滑り降り、あっという間に最深部にたどり着いた。
「結構深いな~」
初汰は滑ってきた斜面を見上げている。
「ここまでして牢獄を隠してーってことだ」
クローキンスは腰のベルトから銃を抜き、それで地面をつつき始める。
「何してんだ?」
「入り口がどこかにあるはずだ。牢獄は地中生物の背中に乗って移動していると聞いた。つまり入り口は上に向かってあるはずだ」
「そうですね。でなければ投獄する出来ないものね」
「分かったら慎重に足元を探せ」
クローキンスの指示に従い、初汰たちはしゃがんで地面をつつき始める。
…………。
「あったぞ!」
獅子民の声に全員が集まる。多人数で行っていたこともあり、入り口はすぐに見つかった。
「よっしゃ、後は最下層まで行くだけだな」
「ちっ、そんな簡単に行くと思うか? 当然見張りがいるからな?」
「ですよね~。まぁいたら倒せばいいだろ?」
「他にも大罪人が捕まってるんだ。見張り兵も相当な強さだぞ」
クローキンスはそう言うと、獅子民が見つけた入り口に飛び降りた。
「おい……。行っちまった。はぁ、敵強いのかよ……。行くしかねーか」
初汰も心を決め、クローキンスに続いて飛び降りた。それに続いて獅子民、リーア、スフィーと降りていき、一行はブラックプリズンへ難なく潜入した。
「流石に暗いな。松明が無けりゃなんも見えないぞこりゃ」
牢獄内には松明が等間隔で設けられており、見る限りでは一本道が続いているようであった。
「このまま下に掘っていくことは出来ないのか?」
獅子民はもっともな疑問をクローキンスにする。
「無理だ。確かに土だが下の階までは相当な厚さがある。どこかにある長階段を見つけるしかない」
「了解した。なるべくまとまって行動しよう」
クローキンスを先頭にし、リーア、初汰、スフィー、最後尾に獅子民と言う形で牢獄を歩き始める。
左右の牢獄からは寝息や唸り声、地面を殴る音や鉄格子を揺らす音などが混合されて耳に届く。その雰囲気に呑まれながら、一行は長階段を探して牢獄内を歩き回る。
入り口からの一本道を経て、ようやく突き当りに出た。道は左右に分かれており、分担して探すこととなった。
「じゃあ俺は右で」
「私も右にします」
「なら我々で左に行こう」
初汰とリーアが右に行くことになり、残りの獅子民、スフィー、クローキンスは左に行くこととなった。
二手に分かれ、初汰とリーアは禍々しい雰囲気に圧倒されながらもゆっくりと歩を進めていた。
「初汰、ちょうど二人きりで聞きたいことがあったの」
そう切り出したのはリーアであった。
「ん? なんだ?」
「スフィー、声が出ないの?」
「あ、え、えっと~」
リーアの単刀直入の質問に、初汰は返答を誤魔化す。
「はぁ、その感じだと図星なのね」
「はい、その通りです……」
初汰は正直にすべてを白状した。
「なるほどね。その獅子民さんの行動によるショックってことなのかしら……」
「さぁ、俺もそこらへん詳しくは分からないんだ。オッサンが本当に獰猛化したとも思えないし」
「分かったわ。獅子民さんにはなるべく気づかれないようにする」
「察しが良いな、助かるよリーア」
静かな圧のなか、二人は会話を織り交ぜながら道が示すままに足を運ぶ。
二度左に曲がると、突き当りに獅子民とスフィー、それにクローキンスの影が見えてきた。
「あれ、結局繋がってたのか」
「そっちは何もなかったか~!」
獅子民が声をあげる。
「おう、なんも無かったぜ~」
再び合流を果たした一行の目の前には、またしても一本道が伸びていた。そしてその先には階段が備わっているようである。
「あれ、階段じゃないか?」
「ちっ、そうらしいな」
「二手に分かれる意味は無かったわね」
一行は螺旋階段を下り、地下二階へ赴いた。
「す、すげぇ。一階とは比べ物にならない広さだ……!」
初汰が驚いた通り、地下二階は本格的に牢獄となっており、先ほどよりもざわめき、どよめきが増していた。
道は野太く続き、左右には牢屋がずらりと並んでいる。刑務所を見ているように、牢屋は縦に三つほど、そしてそこから奥へどんどん牢が続く形となっていた。
「重罪人ならもっと下だよな?」
「ちっ、あぁ、そのはずだ。あくまでも最下層を目指す。その他の奴は本当に罪人だ。何をしてかすか分かったもんじゃない。だから手は出すなよ」
「ういっす」
「了解しました」
「承知した」
クローキンスに従い、初汰たちはなるべく牢屋に近付かないように、下へ続く階段を求め、地下二階の探索を始めた。




