表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
169/204

第百六十話 ~最終ラウンド~

 初汰と曜周の二人が連れ去られてしまったとは露知らず、市街に残った獅子民は虎間との決闘にその身を賭していた。

 ついに全力を解放した虎間は物凄い覇気と勢いで獅子民に迫る。刀は至近距離で荒々しく振るわれ、その合間を縫うように破壊の力を宿す虎間の左手が伸びてくる。コレに捕まるのはマズい。敵の力を知っている獅子民はそう思い、左手の攻撃は確実に回避し、ガードが出来る刀での攻撃に合わせて丸盾を構えた。そうやって少しずつ変換するための力を溜めていこうとした矢先、虎間が一度距離を取った。


「そう簡単に変換の力は溜めさせねぇぞ。今回は本気の殺し合いだからなぁ!」


 虎間はそう言うと再び詰め寄って来る。そして今度は刀での攻撃に加えて蹴りも織り交ぜ始めた。そんな型の無い連撃の最中、ふとした瞬間に左手が伸びてくるようになり、より一層虎間の攻撃をガードし辛くなっていった。


「くっ、前よりも早い……!」


 ちょっとした油断で全てが崩壊しかねない状況なので、獅子民は回避に集中する他無かった。下手に欲張りを見せてガードをしようものなら一気に詰め寄られてしまう気がして、中々前に踏み込むことが出来なかった。


「どうした、獅子民ぃ! 俺が疲れるのを待ってるのか? そんなんじゃ俺に勝てねーぞぉ!」

「待っているつもりなど毛頭ない。私はただ、見ているんだ」


 ――そう言い返した獅子民は、連撃の合間を縫って虎間の懐に潜り込んだ。そして敵の腹部に思い切り右ストレートをぶち込んだ。


「ぐはっ!」


 もろにパンチを喰らった虎間は後方に数歩よろけた。一方手応えがあった獅子民は追撃を食らわせるためにすぐ走り出す。

 ――体勢を崩して俯いている虎間の顔面を狙ってアッパーを繰り出す。これが決まれば致命傷という攻撃ではあったものの、虎間がそう易々とクリーンヒットを貰ってくれる訳も無く、ギリギリのところで上体を反らし、アッパーを回避した。そしてその反動を利用して、獅子民の額に頭突きを食らわせた。


「ぐあっ……!」


 不意の頭突きを喰らった獅子民は額を抑えながら数歩下がり、すぐに両手を構え直した。


「ダッハッハッハッ! 流石だ。たった数日でここまで勘を取り戻すたぁな!」


 自らが繰り出した頭突きで額を赤らませている虎間は、痛みなどお構いなしと言った風に笑いながら獅子民を睨んだ。そして刀を構え直すと、すぐに走り出した。


「スピードは申し分ねぇみたいだが、こっちはどうだぁ!」


 声を荒げながら駆け寄って来た虎間は勢いよく刀を振り下ろした。その攻撃は直線的で、ただ一心に敵を殺すために振るわれた刃であった。獅子民は真っ向からその攻撃を受け止めると、刀の先にいる虎間を睨んだ。


「力比べという事か」


 敵の攻撃に応戦しながら獅子民はそう呟いた。すると虎間はニヤリと笑い、更に刀を押し付けて来る。


「くっ、ぬぅ……!」


 始めは虎間の無理矢理な押し付けに後退りをした獅子民だったが、声を漏らしながら腰に力を入れなおし、徐々に敵を押し返してく。


「そう、かっ……。どうやら、本気で俺を殺す覚悟が出来たみてぇだな」

「どんな真実が待ち受けていようと、私は私が望むもののために戦うと決めたのだ」

「けっ、どーせくだらねぇもんを守るためだろ」

「くだらない繋がりなんてこの世にはない!」


 力強くそう言い切ると、獅子民は一歩前に踏み出しながら敵の刀を振り払った。そして今度は獅子民が殴りかかる。


「守るために自分を失ってたら意味ねぇだろうがぁ!」


 丸盾を刀で受け止めた虎間は叫びながら獅子民を押し返す。


「生き方は人それぞれだ。自分のために自分を滅ぼすようなやつもいるんだからな」

「なにも覚えてねぇ奴にとやかく言われる筋合いはねぇ」

「例え何も覚えておらずとも、未来のために今を生きることは出来る!」

「人ってのはな、そう簡単に変わらねぇ。つまり、お前はいつまでも敗者ってことだ、獅子民ぃ!」


 そう言うとともに刀を引き、虎間は激しい連撃に移った。対して獅子民はその一撃一撃を両腕の盾で防ぎ、反撃の機を伺った。

 しかし虎間の攻撃には一分の隙も無く、嵐のような攻撃が獅子民を襲う。ならば自ら切り開くしかない。そう考えた獅子民は、変換の力を全て解放することにした。

 ――刀が振り下ろされる。獅子民はその攻撃を左手の丸盾でガードした。そしてその瞬間を狙い、変換の力を解放する。


「はぁぁぁぁっ!」


 雄叫びと共に右手の丸盾の鋸が回転し始める。そして、防御されることを前提に思い切り右ストレートを繰り出した。

 すると予想通り、虎間は刀を引いてガードを固めた。しかし自分がやることは変わらない。という思いで、獅子民は右ストレートを振り抜いた。

 ――高速で回転している鋸が虎間の握っている刀と触れ合う。耳をつんざくような高周波が二人の鼓膜を震わせる。しかしこの戦いに身を賭している二人は、構わず己の武器を押し付け合う。すると次の瞬間、割れ物が地面に落ちたような音が鳴り、虎間の刀が折れ、獅子民の丸盾が真っ二つに割れた。力を使いきった獅子民は一度立て直そうと後方へ逃げようとするのだが、虎間の右手が獅子民の左手首を掴んだ。


「逃がさねぇぞ」


 真剣な眼でそう言うと、一瞬だけ手を放し、すぐに丸盾を掴み直した。


「そっちの手で力は使えないはずだ」

「そりゃあこれまで本気で戦ってなかったからだ」


 虎間がそう言った次の瞬間、獅子民の左手に装着していた丸盾が音を立てながら崩れ落ちた。


「なに……!」


 盾が壊れたお陰で自由になった獅子民は、漏らすようにそう呟きながら距離を取った。


「片手しか使えねぇなんて不便だもんな?」


 両手を握ったり開いたり、はたまたブラブラさせたりしながら虎間はそう言った。


「刀を持っていない状態こそが真のバトルスタイルということか」

「お前は覚えていないだろうが、昔もこうしてよく殴り合ったもんだ」

「昔もだと?」

「俺たちはライバルだった。向こうの世界にいる時からなぁ」


 虎間はそう言うと、乱れ切っていた頭髪に両手を添え、グッと後ろに滑らせてオールバックを修正した。そして左手を前にファイティングポーズを取ると、身軽なステップで詰め寄って来た。慌てて獅子民も両手を構えようとした時には、敵のジャブが飛んできていた。


「ここで、シュッ、お前を叩き潰す。シュッ、シュッ、この拳で!」


 高速でジャブを繰り出しながら虎間はそう言った。するとその瞬間、獅子民の脳裏に同じようなシチュエーションが過った。それは曖昧な映像ではあったが、ここでないことは確かであった。


「……良いだろう。この身で決着をつけてやる」


 ジャブを躱し終えた獅子民は、そう言いながら装着しっぱなしになっていた両手の丸盾を外してその場に落とした。そして左手を前にファイティングポーズを取ると、間合いを保ちながら睨み合いが始まった。


「いつまでもどこまでもついて来やがって。お前がいなけりゃすべて上手く行くんだ」

「貴様の思う通りにはさせん。何度でも私が止めてみせる!」


 そう言って前傾姿勢で走り出した獅子民は一瞬で虎間の目の前に立った。そして自然と手際の良いジャブを繰り出す。対して虎間はそのジャブの軌道を知っていたかのように全てをスレスレで回避した。


「良いパンチだが、お前の攻撃は真っすぐ過ぎる!」


 攻勢は一転し、今度は虎間が鋭いジャブを繰り出す。回避に専念しようとする獅子民だが、パンチは毎度腕や頬を掠めていき、部分部分を赤らめていった。


「鈍いぞ獅子民ぃ!」


 始めは自分のガードでギリギリ攻撃を回避していると思い込んでいた獅子民だったが、パンチを喰らい続けている内に違和感を覚えた。このパンチ、早いだけで私を倒そうという気が感じられない。


「貴様、わざと掠らせているな?」


 不可解な攻撃が引っかかった獅子民はパンチを躱しながらそう聞いた。しかし虎間は何も言わず、ただひたすらに拳を振るい続ける。

 それから数十秒間猛攻を耐え続けていると、突然攻撃の手が止んだ。獅子民がガードを解いて前を見ると、数メートルほど距離を置いた場所に虎間が立っていた。


「はぁはぁ、もう充分溜まったか?」


 息を整えながら虎間がそう聞いた。


「狙いは何だ」

「狙いなんてねぇ。本気のお前をぶっ潰すことに意味があるんだ」

「それだけの理由で敵に塩を送ったのか?」

「中途半端な決着は嫌だろ」


 虎間はそう言いながら両手を構え、獅子民を待った。

 これが本当に最期の戦いなのかもしれない。敵の様子を見た獅子民は、そんな予感を抱きながら両手を構えた。

 二人が睨み合った瞬間、互いの身体からオーラが流れ始めた。そして獅子民の背後にはライオンのオーラが、虎間の背後にはトラのオーラが一瞬だけ顕現し、威嚇の咆哮を浴びせ合い、ライオンとトラは持ち主の元へ戻ってそれぞれを包み込んだ。

 ――睨み合っていた二人は、示し合わせていたかのように同じタイミングで走り出した。そして敵が目前に迫ると、互いに挨拶代わりの右ストレートを繰り出し、互いに紙一重で回避をした。そこで一瞬時が止まったかと錯覚した獅子民であったが、それも束の間、すぐに虎間のジャブが飛んできた。


「どうした獅子民、もっと打ってこいやぁ!」


 そう言う虎間の攻撃には、今までの戦闘とは違って型があった。正確なジャブとストレート、リズムを変えるためのフック、ガードを崩すボディブロー。と、先ほどよりも攻撃の手は読みやすくなったのだが、それ以上に攻撃一つ一つが研ぎ澄まされており、回避するのはより困難になっていた。

 だからと言ってこのまま打たれっ放しというわけにはいかない。そう思った獅子民は敵の攻撃をしっかりと分析し、自分のリズムを生み出すためにジャブを繰り出し始めた。

 数十秒後には自分のリズムと息遣い、それに敵の癖を理解し始めて来た獅子民は、冷静に敵の攻撃を見過ごしてからカウンターを入れる戦術に落ち着いた。


「受け身ばかりじゃ勝てねーぞぉ!」


 虎間が叫び声を上げると、彼を纏っていたオーラがさらに激しく滾り始めた。それを見て危険を察知した獅子民はすぐさまガードを固めたのだが、虎間はお構いなしに右ストレートを振り抜いた。

 ――本来ならばガードに阻まれるはずのパンチだったが、それは獅子民のガードを貫いて獅子民の顔面を捉えた。頬を抉るようにして拳が振り抜かれると、それと同時に獅子民は数メートル吹っ飛んだ。


「ペッ、まさかガードを貫通してくるとは……」


 口内に流れ込んでくる血を吐き出すと、獅子民はすぐに立ち上がった。そして両腕を構えようとするのだが、先ほど喰らったパンチの痺れで思うように腕が動かず、構えることが出来ない。


「耐えやがったか」

「破壊の力を使ったのか……」

「お前も使えよ。そのために力を溜めてやったんだからな」

「言われなくともそのつもりだ」


 きつく睨みながらそう言うと、獅子民は早速変換の力を使って両腕の感覚を麻痺させ、無理矢理両腕が動くようにした。

 この麻酔は長く持たない。無理に戦い続ければ、恐らく私の両腕は潰れるだろう。つまり、一分一秒も無駄には出来ない……! 力を使った瞬間にそう直感した獅子民は、戦闘態勢に入ると同時に走り出した。

 タイムリミットに追われている獅子民は戦闘スタイルを変える他なく、変換の力を全開放して一瞬で敵の目前に詰め寄った。そして間を置かず、目にも止まらぬ高速ラッシュを繰り出す。対する虎間も理性を失うギリギリまでリミッターを解除し、獅子民のラッシュ一発一発を力と動体視力でねじ伏せていく。


「俺がぁ! 真の勝者だぁ!」


 獅子民のパンチに合わせ、声を荒げながら虎間もパンチを繰り出した。すると互いの拳と拳が正面からぶつかり合い、互いの全身に衝撃が走った。しかし既に二人の身体は壊れ始めており、痛みを感じる間もなく次のパンチを繰り出していた。

 痛覚は次第に鈍っていき、とうに敵を殴っているのかも分からなくなっている二人であったが、それでも身体は敵を倒すという目的のためだけに戦い続けた。そして手の甲から出血しているのを目視した瞬間、二人は自らの身体が壊れ始めているのを理解するのであった。

 このままでは埒が明かないと感じた獅子民は、一度敵の攻撃を喰らって後方に退いた。本来ならば痛みですぐに動けないような攻撃であったが、痛覚が無に近い今となっては何も苦では無かった。


「はぁはぁ、どうやら二人とも限界を迎えたようだな……」


 身の危険を訴えれば、もしかしたらあの虎間も決着を先延ばしにするかもしれない。獅子民はそう思って声をかけたが、どうにもそういう状況ではないらしいことをすぐに察した。目の前に立っている虎間は、もはや人間の精神状態を維持していなかった。瞳は虚ろで、息は荒く、口からは涎が垂れていた。


「破壊の力の代償か……」


 滅びの一歩手前まで迫っている虎間を見て、彼を救えるのは私の死か自分の死のみなのだな。と覚悟を決め、雌雄を決する最終ラウンドへ踏み切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ