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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百五十九話 ~連れ去られた二人~

 戦える時間が限られているシグはすぐに攻撃を仕掛けた。先ほどまで大剣を扱っていたせいか、はたまた先ほど押し込まれた丸薬のせいなのか定かでは無いが、シグの身体はとても軽かった。

 それに対して始めは戸惑っていたのだが、大剣と妙な影を使って来ないことに気付いた彼は、敵が万全では無いことを悟って攻勢に出た。


「ふん、勢いはブラフか」


 自信を得た実力者の鋭い連撃がシグを襲う。しかし身体がやけに軽いので、攻撃は難無く回避することが出来る。そんな自分に驚きながら、シグは再び前に踏み込む。

 考え無しに突っ込んで来るとは。バーンがそんなことを思いながら冷静に攻撃を躱していると、右方から斧が飛んできた。ギリギリそれを視界に捉えていたバーンは右手に持っている剣でその攻撃を弾くと、一度距離を取って戦況を見直した。正面にはレイピアを構えるシグがいて、その背後には花那太がいる。そして彼らを守るように斧と槍が左右に浮遊していた。


「僕も病み上がりでそう長くは持たない。君に合わせるからどんどん仕掛けてくれ」

「分かりました。行くぞ、ファグル」


 敵の動向を伺いながら戦闘の方針をざっくり決めると、シグは影を自分の身に宿した。そしてレイピアを収めると、背中から翼が生え、両手には大剣が握られた。


「どこからその体力が湧き出るのかは知らんが、叩き潰すのみ」


 そう呟きながら双剣を構え直したバーンは、斧と槍の位置を記憶してから走り出した。それと同時にシグも走り出し、間もなく双剣と大剣がぶつかり合って火花を散らした。

 十数回剣を交えると、左右から間隔をずらして斧と槍が飛んできた。風の流れで奇襲が来ると分かったバーンはシグの攻撃を弾きながら、飛び回る武器は的確に回避していった。


「はぁはぁ、急に身体が……!」


 丸薬の効果が切れて来たようで、シグの動きが急に鈍り始めた。それを察知したバーンは一度シグを弾き飛ばすと、全身に闇のオーラを纏ってすぐさま追撃に出た。

 ――その追撃を食い止めようとした花那太は武器を操ってバーンに突撃させた。しかし花那太が思っていたよりもバーンは加速しており、回避するまでも無く斧と槍は地面に突き刺さった。そしてその包囲網をスピードだけで掻い潜ったバーンは防御が間に合いそうもないシグにトドメの一撃を振り下ろした。


(痛いと思うけど、死ぬよりはマシだよね……!)


 脳内でファグルがそう語りかけてくる。シグはそれに答えようとするのだが、それよりも先に大剣が独りでに動き出し、バーンの攻撃を受け止めた。


「なに、まだ防ぐ体力が……!」


 防御は絶対に間に合わないと思っていたバーンは思わず声を漏らした。


(支えるくらいの力は残ってるよね……!)

「え、あぁ、支えるくらいなら」


 体勢を崩していたシグだが、ファグルが無理矢理大剣を動かしてガードしてくれたおかげで少しだけ猶予が生じ、万全の体勢で大剣を握り直すことが出来た。しかしそれでもシグの全身からは力が抜けて行く一方で、バーンの双剣に押しつぶされていく。


「やはり限界だったようだな」


 勝ちを確信したかのようにそう言うと、力任せに大剣を吹き飛ばした。手元から大剣が離れたシグの背中からはそれと同時に翼も消え、そのまま気を失って倒れた。


「あとは貴様だけだ」

「一人でもやることは変わらないよ」


 そう言いながら両手を挙げると、先ほど地面に突き刺さった斧と槍が再び宙に浮かび上がり、バーンの背中に向かって急接近していった。しかしそれには目もくれず、バーンは一直線に詰め寄って来る。


「スピードが落ちていない……?」


 急激に迫る気配を感じ取った花那太はそう呟くと、敵が詰め寄る前にトドメを刺してしまおうと、十本の指を巧みに操って斧と槍をさらに加速させ、がら空きの背中目掛けて引っ張った。

 ――そして二種の武器が敵の背中を刻もうとしたその瞬間、バーンが雄叫びを上げた。すると全身を包むように黒いオーラが噴出し、その衝撃で武器はおろか、花那太自身も吹き飛ばされてしまった。

 外壁に叩きつけられた花那太は車椅子から転げ落ち、手探りで車椅子まで戻ろうと這いずる。しかしそれを遮るように、バーンの足が花那太の手を踏みつけた。


「ぐあっ!」

「ふん、手負いで私に勝てると思うな」


 バーンがそう言って右手の剣を振り上げた瞬間、初汰を匿っている家屋の外壁が音を立てて崩れた。


「マズい。標的が」


 初汰が崩落に巻き込まれることを危惧したバーンはそう呟くと、双剣を収め、ドアを蹴破って家屋に飛び込んでいった。そして数秒後に同じ場所から出てくると、その両腕には初汰が抱えられていた。

 辛うじて生存しているシグと花那太をどうするべきか悩んだバーンだが、付近に建つ家屋の崩壊が激しくなってきたのを見て、自分がトドメを刺さずとも時間の問題か。と思い、すぐにその場を去った。


 初汰が捕まる数分ほど前、城前の噴水広場で戦っている曜周とスフィーは海周に弄ばれていた。


「どうした。その程度で俺を倒すつもりだったのか?」


 ユーニの顔で嘲笑を浮かべながら挑発をする海周は、飛んでくるスフィーの苦無を右手に持つ聖剣で叩き落とし、空いている左腕で曜周のラッシュを正確にガードし終えると、強烈な反撃を食らわせて曜周を吹っ飛ばした。


「がはっ……。まさかここまで歯が立たないとは」

「まだ音を上げるには早いっすよ」

「はは、全くその通りだ。スフィー、私に合わせられるか?」

「もちろん、いつでも大丈夫っすよ」

「よし、では行くぞ!」


 呼吸を整え終えた曜周は再びファイティングポーズを取ると、腰を沈めてから鋭いスタートダッシュを切った。

 一瞬にして敵の目の前まで迫った曜周は、ダッシュの勢いも利用して華麗な正拳突きを繰り出した。しかしその強烈な一撃は敵の左手に吸い込まれ、そして綺麗に包み込まれてしまった。


「なに……!」

「驚くことは無い。お前が弱ってるだけだ、曜周」


 真剣な眼差しでそう言うと、包み込むようにして握っている曜周の拳を更に力強く握った。


「ぐああっ!」

「曜周さん!」


 曜周の危険を察知したスフィーはすぐさま苦無を投げた。すると苦無は風に乗り、海周の左腕を狙って一直線に飛んで行った。


「またこれか」


 蔑むようにそう言うと、海周は右手に持っている聖剣を振るって苦無を弾いた。そして再び曜周の右手を握り潰そうと左手に集中しようとしたその時、弾き返した苦無を空中でキャッチしたスフィーがそのまま飛び掛かってきた。海周は防御を固めるために曜周を解放すると、聖剣を両手で握ってスフィーの重い一撃を受け止めた。


「ようやく出て来たか。アイツには飽きていたから丁度いい」

「ユーニさんを返してもらうっすよ!」


 スフィーはそう言うと、空中で受け止められている姿勢から素早く苦無を引き、敵の聖剣を踏み台にして後方に飛ぶと、くるりと一回転をして着地を決めた。そして間髪入れず着地と同時に走り出すと、海周のガードを崩すために苦無での攻撃と蹴り技を織り交ぜて敵のスタミナを一気に奪って行く。


「くっ、この図体じゃ追いつくのがやっとか……!」


 スフィーの連撃を聖剣で防ぐのがやっとで、海周は反撃が出来ずにじわじわと後ずさりしていく。それを見ていた曜周は右手に痺れを覚えながらも、何もなかったフリをして海周の死角へ回り込んだ。そしてがら空きの背中を狙って曜周が駆け出したその瞬間。

 ――バンッ! と、発砲音が響いた。魔法弾は曜周の足元に直撃し、舗装された道を抉っていた。


「死角を取ったのは良い判断だが、ここには他にも兵隊がいるのを忘れちゃいけねぇな」


 片方だけ口角を上げてそう言うと、スフィーの攻撃を聖剣で受け止め、そしてすぐさま前蹴りを放ってスフィーと距離を取った。


「そいつらだって飾りじゃないんだ。王が死にそうになったら助ける。当然だよな?」


 その理論は全くもって正論であり、スフィーと曜周は黙って海周と周囲の兵隊を睨んだ。


「それに言っただろ。端からこれは時間つぶしの遊びなんだ。万に一つ、お前たちが勝つことなんて有り得ないんだ」


 海周は二人の顔を交互に見ながらそう言うと、かかって来い。と言わんばかりに軽く会釈をしながら目配せをした。

 敵から仕掛けて来る気が無い以上こちらから行くしかないのだが、攻めたところで何も生まれないことが今証明されてしまったので、スフィーと曜周はすり足で少しずつ立ち位置を変更するのみで、攻め込むことが出来なくなってしまった。


「すっかり怖気づいたか。つまらん」


 先ほどまで嬉々とした視線を二人に送っていた海周だが、一瞬にしてその瞳から生気が失せ、ついには聖剣を収めてしまった。そしてどこかへ行こうと数歩進んだその時、異変が生じた。


「ぐっ、がっ……! な、なんだ……。身体が……!」


 その異変に気付いたスフィーと曜周なのだが、罠の可能性も考えられたので、少しだけ様子を見るようにと目でやり取りをした。


「ぐあっ! そんな、バカな……!」


 身体は海周の意に沿わぬ行動をしているようであった。それは声の調子と突然その場に片膝を着いたことからも見て明らかであり、それを見た二人も流石にこれは罠ではないと感じてはいたのだが、周りに立っている兵士たちが一斉に海周の方を向いたので、動き出すことが憚られた。


「どうかなさいましたか?」


 兵士の一人が海周のもとへ駆け寄った。しかし悶えるばかりで返答はない。


「ダメだ、反応が無い。総員、隊列を組め!」


 様子を見に来た兵がそう言うと、つい先ほどまで城への道に沿って整列していた兵士たちがあっという間に海周を囲み、その姿は見えなくなってしまった。

 ――囲み終えたと思った次の瞬間、綺麗に組まれたはずの隊列が一気に崩壊した。何が起きているのか分からぬまま、兵士たちは次々と吹き飛ばされていく。そして隊列の密度が薄まるとともに、スフィーと曜周のもとへ温かく優しい光が届く。その光源とは、先ほどまで少しも光を放つことの無かった聖剣であった。


「聖剣に光が……」

「戻ってるっす!」


 周囲の兵を全てなぎ倒すと、男は微力な光を放っている聖剣を軽く振り回し、鞘に収めた。


「はぁはぁ、迷惑をかけて、すまないっ!」


 息を荒げている大柄の男はそう言って頭を下げた。


「ユーニさん。っすか?」

「そうだっ……。だが、そう長くは、持ちそうにないっ」

「持ちそうになってことは、また乗っ取られちゃうって事っすか?」


 スフィーのその問いにユーニは頷いて応えた。そして顔をしかめながら口を開く。


「私を殺すんだっ。奴が戻ってくる前に、早くっ!」


 苦しそうな表情でユーニは訴えかけてくる。しかし二人は動き出せない。


「何を、しているっ……!」


 どれだけ訴えかけようとも動き出さない二人を見て、ユーニは聖剣を抜いた。そしてその切っ先を自らの腹に向ける。


「ユーニさん、ダメっす!」

「私が止める!」


 ユーニが剣を振り上げるとともに曜周も走り出す。そして間もなく聖剣は振り下ろされ、それと同時に曜周が飛びつく。

 ――勢いよく振り下ろされた聖剣は腹部の前で急停止し、足元に転がった。両手が空いたユーニは飛びついて来た曜周を捕まえ、流れるような手際の良さでその首を掴み、宙吊り状態にした。


「はぁはぁ、危なかった……。まさか俺の力を覆す奴がいるとはな……」


 そう言いながら徐々に浮かび上がるその笑みは悪そのものであった。


「かい、しゅ、う……」

「お前が迷わずにこの男を殺せていれば、こうはならなかったかもな」


 曜周が何か言い返そうと口を開いたその瞬間、引きちぎれんばかりの力で首を絞められ、曜周は意識を失った。


「曜周さん!」


 一瞬のことで助けに入れなかったスフィーは咄嗟に苦無を投げた。そして曜周を両手で持ち上げている無防備な海周に苦無が命中しようとしたその時、空中から黒い影が舞い降り、苦無を弾き返した。


「海周様をここで失うわけにはいきません」


 苦無を弾き返したのは優美であった。


「よくやった。早速だが、少しの間アイツの相手をしてやってくれ。この身体は捨てる」


 海周はそう言うと、優美の答えも聞かずに気絶した曜周を肩に乗せ、城の方へ歩いて行ってしまった。


「承知しました」


 その背中を見ながら下腹部のあたりに手を重ねると、優美は綺麗なお辞儀をしてからスフィーの方に向き直った。


「何するつもりっすか!」


 風魔法で苦無を手元に戻したスフィーは海周のことを追うために走り出した。しかしそれを遮るように優美が立ち塞がった。


「邪魔者は排除します」


 フラットな調子でそう言うと、優美は棍を構えた。


「それはこっちのセリフっすよ!」


 スフィーはそう言いながら速度を上げると、苦無を逆手に持って斬りかかった。

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