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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百五十七話 ~邂逅~

 城の前に不時着し、身を隠すために敷地内に忍び込んだスフィー、曜周、ギルの三人は、三つの城へと続く噴水がある十字路近くの草むらに身を隠していた。


「さっきはあんなに撃って来たのに、突然静かっすね……」


 大きなウサギ耳をひくひくと動かしながら、スフィーは小声でそう言った。


「そうなんだ。アレだけ兵を配置していて、飛空艇を撃ち落としたにも関わらず確認にも来ない。それに、あの兵器の数なら不時着する前に撃ち落とせたはずなんだ……。もしや、わざと見逃したのか?」

「どうなんすかね。あたしたちを見逃すメリットがあったとか?」


 音に最大の注意を払っているスフィーはさらりとそう答えた。


「見逃すメリットか……」


 そう呟いた曜周は何か思い当たる節が無いかと考え込み始めたその時、スフィーがさっと左手を挙げた。


「しっ、足音っす」


 始めはスフィーにしか聞こえていなかった足音だが、それはどうやらこの噴水広場に集まってきているらしく、いつしか曜周とギルの耳でも聞こえるくらいの音になっていた。

 集団行動のように盛大な足音を立てている敵軍をやり過ごそうとしていると、突如その足音が止んだ。するとそれに合わせてスフィーの耳がピクリと動き、曜周の方を見た。


「多分、真ん中の城までの一本道を兵士たちが囲むように整列してるっす」

「何か始まるのか?」

「もう少し聞いてみるっす」


 そう言ってスフィーが音に集中しようとしたその時、噴水の奥に建つ大きな鉄柵の門が甲高い音を立てながら開いた。


「出て来い! 雪島初汰!」


 門が開き切ると、雄々しい声が噴水広場まで響いた。それに対して堂々と出て行く阿呆はおらず、三人は草むらで様子を伺った。


「はぁ、まさか本当に落ちたのか。バーンを向かわせておいて良かった」


 ユーニの皮を被った海周は嘆くようにそう呟くと、豪華に舗装されている道を進み、噴水の前に立った。


「そろそろ出てきたらどうだ? そこにいるのは分かってるぞ」


 海周はそう言うと、道端に整列している兵士の一人からハンドガンの形をした魔導銃と、かけているゴーグルを奪い取り、それを装着して辺りを見回した。そして三人が隠れている草むらにハンドガンの銃口を向けると、魔導弾を放った。

 ――炎の弾は隠れ蓑になっている草むらに命中し、三人の周囲に茂っている緑だけを綺麗に除去し、三人の姿は露になった。


「ギルさんは奥の方に隠れていてください」


 それだけ言うと曜周は大人しく立ち上がり、スフィーと共に舗装された道に歩み出た。


「二等は当たったか」


 そう呟きながらゴーグルを外すと、ハンドガンとまとめて兵士に投げ返し、スフィーと曜周の顔をじろじろと見た。


「簡単なことだ。このゴーグルは魔力を可視化できる。だから居場所が分かったんだ」


 何も言い出さない二人を見た海周は嘲るようにそう言うと、早速聖剣を抜いた。


「やるしか無いみたいっすね」

「そのようだな」


 小声でやり取りをしたスフィーは苦無を構え、曜周はファイティングポーズを取った。


「バーンがガキを連れて来るまでは遊んでやろう」


 聖剣を構えて鋭く睨みを利かせると、海周は殺気を纏って歩き出した。


 曜周と海周が邂逅した裏では、自由になったファグルが暴れ始めようとしていた。


「邪魔な本体もいなくなったし、ここからは暴れさせてもらうよ!」


 この極限状態を心から楽しんでいる様子でそう言うと、ファグルは大剣を下段に構え、虎間に駆け寄る。


「猪突猛進しか出来ねぇガキが。だが、それが一番面白れぇ!」


 声を荒げてそう叫ぶと、虎間も刀を構えて走り出した。

 そして二人は真正面から攻撃を仕掛け合い、大剣と刀がぶつかる度に鋭い音が辺りに響いた。


「おらおらおらぁ! もっと俺様を楽しませろ!」

「そう、そうだよ! この腕の痺れだ! 隠していた牙を全部剥き出せ!」


 ノーガードでの打ち合いはどんどん加速していく。大剣では考えられない速度で大剣を振るうファグル。対して刀では考えられない破壊力で攻撃を弾き返す虎間。負けず嫌い同士は一歩も引かずに武器を振るい合う。


「これだ、これを望んでたんだよ!」

「不完全体で生意気なこと抜かしやがって。ここでぶっ潰してやらぁ!」


 ファグルの挑発に乗った虎間は一気にトップギアまで入り、先ほどよりも素早く、そして強く、大剣を弾き始める。そして次第に刃先がファグルの腕や足を掠め、黒い血が滴った。

 このままでは身体が持たない。そう感じたファグルは、一太刀だけガードせずに左腕で斬撃を逸らし、右腕一本で大剣を思い切り振った。これには虎間も飛び退かざるを得ず、二人は距離を取って息を整えた。


「身体がねぇ奴に負けるわけねーだろ」

「はぁはぁ、じゃあ、身体があれば、もっと本気出してくれるわけ?」


 まだ破壊の力を一度も使っていないことを知っていたファグルは、この期に及んで挑発を仕掛けた。虎間は黙ってそれを聞き流すと、静かに、両手で刀を構えた。


「そうこなくっちゃ」


 にやりと笑みを零すと、ファグルは走り出すために体勢を低くした。

 ――しかしその瞬間、脳内に声が響いた。


(ファグル……。ファグル。援護に来れるか……)


 右方から届くその気配を察知しつつも、ファグルは走り出した。そしてこのダッシュを助走にし、百パーセントの力を込めて左から大剣を振り切った。対して虎間はギリギリまで構えを変えず、大剣が当たろうとした瞬間、軟体生物のような柔らかな動きで身体を後ろに反らして大剣を見過ごすと、すぐさま大剣の背に刀を沿え、バットを振るかのように振り抜いた。するとファグルの両手は予想外の加速に耐えきれず、思わず大剣を手放してしまった。大剣は遥か右方まで吹き飛び、何も持っていないファグルがそこに残された。


「お前は一割で充分だ」


 停止しているような空間の中でそう言われた次の瞬間、虎間の蹴りがファグルの左わき腹を捉えた。


「ぐはっ!」


 短時間のことで何も分からぬまま、ファグルは大剣の後を追うように、連なっている住宅の壁を何枚もぶち抜いていった。そしてようやく吹っ飛び終え、ゴロゴロと数メートル転がった後に薄っすら瞼を開けると、そこにはシグが立っていた。


 ……こうしてファグルが吹っ飛ばされる数分前、市街の住宅地でバーンと刃を交えているシグは、暗く狭い街並みに翻弄され、十分に力を発揮できずにいた。唯一救われている点があるとするならば、双剣を包み込んでいる黒い炎がバーンの居場所を示してくれているということだけであった。

 炎の揺らめきを見て敵の動いた方向を読み、シグも少しずつ立ち位置を変えていく。しかしそれを阻むように、家屋の壁が彼の背中や肩にぶつかり、移動を制限する。地の利が無いこの状況で逃げ回るのは失策だ。と考えたシグは、炎の揺らめきが止まる瞬間を見計らって敵の懐に飛び込んだ。

 ――踏み込みながら鋭い突きを繰り出す。レイピアは空を切りながら黒い炎を貫き、奥にいるであろうバーンに向かって伸びていく。しかし確実な手応えは無く、剣が弾かれる音と感触だけがシグに伝わる。


「守ってばかりでは無いようだな」


 炎の向こうからぼんやりと声が届く。反撃が来ると思ったシグが咄嗟に身を退くと、眼前を炎が横切った。


「躱したか……」


 黒い炎はそう囁くと、すぅーっと僅かに退いて行き、ゆらゆらと漂った。

 敵は自分の炎が自分の首を絞めていることに気付いていないのか? シグがそんなことを考えながらレイピアを構え直すと、今度は敵が仕掛けて来た。

 ――二つの炎は生命が宿っているかのような躍動感でシグに迫る。炎のお陰でなんとか太刀筋は分かるのだが、刃自体がどこまで伸びて来るのか分からないので、シグは大きく動いて攻撃を回避した。


「ここまでして気付かないとは。どうやら勘違いだったようだな」


 バーンがそう呟いた次の瞬間、突然目の前が真っ暗になった。


「消えた? いや、炎が消えたのか?」

「何を言っている。そもそも貴様は私と戦ってなどいない」

「なに、どういうことだ?」


 暗闇の中で声だけが聞こえてくる。辺りを忙しく見回すが、バーンの姿どころか双剣の存在すら見当たらない。


「あの奇怪な分身。まさか貴様も闇魔法を使うのかと肝を冷やしたが、足元にも及ばない別種の魔法だったようだな」

「闇魔法。そうか、僕は今まで闇に包まれて幻を見ていたのか……」

「今更気付いてどうなる」


 高い建物が乱立しているとは言え、ここまで日が差し込まないことに何故違和感を覚えなかったんだ。と、シグが自責の念に駆られていると、耳元でバーンの声がした。それを聞いてすぐさま逃げ出そうとしたシグなのだが、それよりも前に首元へ冷たい刃が当てられた。


「さあ、雪島初汰の居場所を言え」


 バーンはそう言いながら、徐々に徐々に刃を首に押し付けていく。


「さっきも言った通りだ」

「ほう、貴様も義理堅い。命が惜しくないのか」

「ほとんど失っていたような命を救ってもらった身。覚悟は出来ている」


 話を何とか長引かせながら、シグはダメもとでファグルに語りかけてみた。しかし返事は無い。


「気に入った。この私の手で屠ってやろう」


 刃が食い込み、血が首から胸元に伝う。ダメだ。でも彼の居場所は吐かなかった。シグがそう覚悟を決めた次の瞬間。

 ――左方に建っている住宅の壁をぶち破って真っ黒い大剣が飛び出て来た。狙いは全く合っていないものの、大きな音と壁を破って飛んでくる大剣のインパクトのおかげで僅かに拘束が緩んだ。シグはその一瞬見逃さず、するりと敵の腕から逃れると、回し蹴りを食らわせてバーンを蹴り飛ばした。


「邪魔が入ったか」


 綺麗に受け身を取ったバーンは外壁に刺さっている大剣を見てそう呟いた。すると間もなく、大剣に続いてファグルが吹っ飛んできて、シグの足元に転がった。


「ゴホッゴホッ、思ってたより、マズい、状況だね」


 吹っ飛んできたファグルは倒れたまま、シグの方を見て笑いながらそう言った。


「どうやら狙って助けてくれたわけでは無いみたいだね」


 シグはそう言いながら左手を差し出した。


「まぁまぁ、結果的に助かったんだから良いでしょ」


 笑顔を保ったままそう返すと、ファグルはシグの手を取って立ち上がり、壁に突き刺さっている大剣を引き抜いた。


「そっちはどうなってる?」

「うーん、ま、五分五分ってところかな」

「そうは見えないけど。それで、虎間は?」

「こっちに来てるよ」


 ファグルは簡単に返していつも通りに大剣を構え直そうとするのだが、思うように力が入らない。


「もうタイムリミットか。それに、これ以上破壊されたら初汰の身が危ない……」


 囁くようにそう言うと、シグはレイピアを構えた。


「ちょっとちょっと、まだ暴れ足りないんだけど」

「大丈夫。協力して二人を止めよう」


 シグはそう言い切ると、ファグルにレイピアを突き刺した。すると空気が抜けた風船のようにへたり込み、そのまま地面に張り付いた。


「けっ、アイツはもう時間切れか。ならお前をぶっ殺してやる。ついでにお前もな」


 大きな穴が空いた家屋から姿を現した虎間は、刀を構えてシグとバーンを睨んだ。


「良かろう。ここまで来たら利用させてもらうまでだ」

「ファグル。ここからが正念場だ」

(分かってるよ。どーせ俺は戦えないけど)


 心の中でファグルとの会話を終えると、シグの足元から伸びている影がシグの体内に入り込んだ。そして程無くしてシグの背中から黒い翼が生え、左手にはファグルのグラムを模した黒い大剣を、右手にはシグのレイピアを握った。


「面白れぇ。二人まとめてぶっ殺す」

「彼は近い。待っていてください、我が主」

「死にたくなかったら、僕が死なないようにサポートしてくれ」

(かったるいけど、初汰ともう一度戦うまでは死ねないからね。しばらくは協力してあげるよ)


 三者三様に武器を構えると、出方を伺う静寂が薄暮に流れた。

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