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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
最終章 ~過去を越えて~
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第百五十三話 ~街の団結力~

 瓦礫の影から敵の位置と数を把握し終えたクローキンスは敵が見ていない頃合いを見計らって素早く移動を開始した。しかし街の中心地にはこれと言った遮蔽物が無く、大きな戦闘を避けるのは難儀そうであった。


「ちっ、もうやるしかねぇか」


 覚悟を決めたクローキンスは連結銃の撃鉄を下ろし、瓦礫から身を乗り出して正確無比な射撃で一気に雑魚兵を仕留め、広場に堂々と躍り出た。


「これはこれは。もうお出ましとはね。もう少し余興の準備をしておきたかったのですが、どうやら逃がした魚は大きかったようですね」


 額に右手を添え、いかにも困っているような素振りをしながらそう言うと、ライレットは席を蹴とばしながら立ちあがり、真っ白のローブを翻した。


「これ以上この街で好き勝手はさせねぇ」

「そう言うの、反吐が出ます。止めた方が良いですよ」

「ちっ、黙れ!」


 殺意を持ってトリガーを引くと、弾丸は真っすぐ、ライレットの額目掛けて飛んで行った。しかし直撃する寸前で弾丸は見えない壁に阻まれ、ライレットの足元に転がった。


「残念。僕は奇襲にも備えるタイプの人間でね」

「ちっ、減らず口を」


 リロードをしながらそう呟くと、クローキンスは再び連結銃を構えてライレットに照準を合わせた。そして撃鉄を下ろした瞬間。

 ――ライレットは右手を伸ばして傍にいた部下の兵士を掴むと、そのままクローキンスの方に向かって投げて来た。


「アイツ、部下を盾にしやがった……!」


 射線を再度確保しようと動き出したのだが、どうやら投げられた兵士は風魔法で操られているようで、回避したクローキンスの目の前にぴったりとついて来た。


「ちっ、これじゃ見えねぇ」


 仕方なく兵士を受け止めると、すぐさま兵士の背中を蹴り飛ばそうと一歩後ろに下がった。

 ――すると宙に浮いている兵士を突き抜けて氷の剣が出現し、クローキンスの胸部に届きそうになった。咄嗟に後ろへ倒れ込んで難を逃れたクローキンスが顔を上げると、兵士の白い防具には真っ赤な血が伝っていた。


「どこまでも役に立ちませんね」


 亡骸を隔ててライレットの声が聞こえてきたかと思うと、そのまま氷の剣とともに死体を持ち上げ、自らの右側に放り捨てた。


「てめぇ……。落ちるとこまで落ちたな」

「所詮駒なんですよ。彼も、僕も」


 冷酷な表情で吐き捨てるようにそう言うライレットの右手には血が滴る氷の剣が握られており、左手には以前見たことがある魔法を増大させる錫杖を握っていた。


「何が駒だ。抗おうともしてねぇくせに」

「無駄なことはしない性質でね」


 貼り付けたような笑顔を見せると、ライレットは錫杖を掲げた。すると空中に十数本の氷柱が生じ、クローキンスに襲い掛かる。


「ちっ、流石にこの量はまずいな」


 正面から迫り来る氷柱を見て、クローキンスはすぐさま身を隠した。彼を追従するように飛んでいた氷柱は瓦礫の壁に阻まれ、可憐な音を立てながら散っていった。


「賢いですね。撃ち合って来ないのは」

「わざわざお前のテリトリーで戦う必要はねぇからな」

「ふふ、僕のテリトリーは無限大ですよ」


 微笑交じりの声が聞こえた次の瞬間、殺気を感じたクローキンスが顔を上げて見ると、そこには数本の氷柱が浮遊していた。


「油断は禁物ですよ」


 その言葉と共にドリルのような形状をした氷がジャイロ回転しながらクローキンスに向かって来た。

 ――放たれた氷魔法は想像以上の破壊力を以て、瓦礫ごと粉砕した。突き抜けた氷柱は石膏の地面に突き刺さり、そして溶け消えた。

 ライレットは氷の剣を消して右手に錫杖を持ち直し、死体を確認するために目を凝らしてバラバラになった瓦礫を見た。確かに瓦礫は粉微塵と化しているが、遠目ではクローキンスの姿を確認することは出来ない。しかしだからと言ってライレットは不用心に近付くという選択は取らなかった。念には念を入れる性格なのもそうなのだが、何よりも手応えが無かったのであった。

 それから一分弱、先ほどまでクローキンスが隠れていた周辺に睨みを利かせていたライレットは、突然錫杖を構えて自分の周囲を気にし始めた。


「頑なに出て来ないなら、こちらから炙り出させてもらいますよ」


 誰に言うでも無く、きっとどこかに隠れているだろうクローキンスに向かってライレットは声を上げた。そして構えていた錫杖でトントンと二回地面を叩くと、錫杖は僅かに浮遊して聖域を作り出した。


「これを見ても出て来ない……。分かりました。もう手加減はしません」


 ライレットはそう言うと、自らの身体を風魔法で浮遊させた。そして次に炎の魔法を両手に纏い、地面に向かって放った。すると辺り一面に炎が広がり、足の踏み場が無い紅蓮の海が出来上がった。言葉通り、ライレットは炙り出し作戦に出たのであった。


「さぁ、このままではジリ貧ですよ」


 まさしく高みの見物をしているライレットは燃え盛る広場を見下しながら、クローキンスがどこから、どんな顔をして出てくるのかを楽しみに待っていた。

 しかしどれだけ待ってもクローキンスは姿を現さなかった。となるともう逃げだしたとしか思えない。そう考えたライレットが高度を下げて地面に近付いた瞬間、粉砕した瓦礫の山の隙間がキラリと光った。

 ――危険を感じたライレットがすぐさま自身を包むように土魔法で防壁を作り出したその直後、発砲音が鳴り響き、土壁に何かが当たる鈍い音が聞こえた。その後も微妙なディレイをかけながら土壁には弾丸がめり込み、ライレットはその音で残弾を数えた。


「少しは考えたようですが、私の方が一手上を行っていたようですね」


 弾切れになってことを確信し、そう言いながら土魔法を解いてみると、何故か辺り一面を彩っていた炎が綺麗に消えていた。


「悪いが、俺は独りで戦ってるわけじゃねぇんだ」


 瓦礫の下からクローキンスの声が聞こえて来たかと思うと、次の瞬間、その山を崩してクローキンスが現れた。そしてそれよりもライレットを驚かせたのは、自分を囲むように町人たちがホースを持っているという光景であった。


「ちっ、役目が終わったんだからお前らはさっさと退け、ここからは俺がやる」

「ったく素直じゃねぇな、俺たちがいなきゃ危なかったってのによ!」

「まさか念のために作っておいた防空壕が役に立つとはな!」

「これが街の団結力ってもんじゃ!」


 瓦礫の裏で氷柱の存在を視認したあの時、それと同時に物陰に隠れていた町人のジェスチャーで足元に防空壕があることを思い出したクローキンスは、敵の攻撃に合わせて自らの足元を破壊し、防空壕に滑り込んで難を逃れていたのであった。その間に町人たちは各々ホースを引っ張って来て、その後はクローキンスが防空壕から頭だけ出して発砲で時間を稼ぎつつ、ライレットが作り上げた炎の海を町人たちが鎮火したのであった。


「ふざけるな……。貴様たちに何が分かる……。町人の分際で……。何もできない雑魚共が……」


 ぶつぶつと独り言を呪文のように呟き始めたライレットの周囲には、土の塊やら火の玉やら雷の槍やら氷柱やら、あらゆる類の魔法が次々と生成されていった。


「おい、お前ら。さっさと隠れろ!」


 それを目にしたクローキンスが顔色も声音も一変させてそう叫ぶと、町人たちはホースをその場に放って走り出し、広場から遠くにある工場跡地や家屋の残骸に身を隠した。


「グチグチ、グチグチ、他人のくせに首を突っ込んできて……。もう誰も僕に指図するなぁっ!」


 ライレットが叫んだその瞬間、彼の周りに浮遊していた数々の魔法もそれと同時に全方位へ飛び散った。凄まじい速さで四散した魔法はありとあらゆるものを破壊し、広場は荒れ地と化した。


「ちっ、なんて威力だ」


 咄嗟に防空壕に隠れたものの、魔法そのものが当たったのもそうなのだが、吹っ飛んできた瓦礫や破片が細かく降りかかり、クローキンスは全身に多数の掠り傷を負った。滲み出る血を軽く拭うと、クローキンスはすぐに広場へ戻ってライレットの様子を見た。彼は空中に浮遊したまま俯いていた。どうやら一気に魔力を放出し過ぎたようで、息を整えているようであった。


「はぁはぁ、失敬、少し取り乱してしまいました……。ですが、たまにはいいものですね」


 にやりと不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、ライレットはグイっと前髪をかき上げ、そして両手を広げた。


「実に清々しい! 力がどんどん湧き上がってくる!」


 腕を大きく広げたライレットの周りには、再び数多の魔法が生成されていく。


「ちっ、またアレが来るのか?」


 もう一発全開放が来たら、街は愚か、この大陸すら危うい。そう感じたクローキンスは生じ続ける魔法を次々と撃ち落としていく。しかし彼と一丁の連結銃では明らかに手数が劣っており、少しずつ少しずつ魔法の数が増えていった。


「これじゃ切りがねぇ」


 このままでは押し切られる。そう感じたクローキンスはウエストバッグに手を伸ばし、円盤を取り出した。そして右手で連結銃を撃ちながら左手で円盤を投げ、八枚の円盤でテリトリーを完成させた。


「間に合ってくれ……!」


 強度のある弾丸を取り出し、リロードを済ませたクローキンスは完成したテリトリーに向かって弾丸を撃ちまくった。弾丸は設置した円盤に直撃すると次の円盤に向かって跳弾する。その跳弾の最中、空中に浮遊している魔法を数個砕いてから次の円盤、次の円盤へと跳ねていった。クローキンスは飛び交う跳弾を管理しながら、無くなれば弾を追加し、手が空いていたら自分で魔法を撃ち落とし、何とかライレットの魔法生成速度に追いついた。


「一遍に壊れてしまえば楽だったものを……」


 ライレットは憐れむようにそう言うと、生成した魔法をその場に留めることは止め、即座に放つようにした。すると魔法は跳弾が当たるよりも早く街に降り注ぎ、クローキンスはまたもや後手に回ってしまった。


「ちっ、このままだと街が。それにもう弾もねぇ。……そうか!」


 じわじわと破壊されていく工場街を視界の端に捉えながら、空高くにいるライレットでは無く、地面すれすれで魔力を増幅させている錫杖に照準を合わせた。


「気付いたようですね。ですが気付かない方が良い事もある」


 そう言いながら右手を前に差し出すと、錫杖は物凄い速さで上昇して行った。クローキンスは慌ててトリガーを引いたが、弾丸は虚空を突き抜けていき、錫杖はライレットの右手に収まった。


「気付いた貴方に敬意を表し、この街ごと消し去ってあげましょう!」


 錫杖を突き出したままそう叫ぶと、頭部に付いている遊環がライレットの魔力と共鳴し、激しく揺れ動いた。すると錫杖とライレットの身体を虹色のオーラが包み込んだ。


「こっちだって端から叩きのめしてやるつもりだ」


 リロードを済ませたクローキンスはウエストバッグの中身をちらりと確認したのちに連結銃を構え直した。

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