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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十一章 ~集う欠片たち~
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第百五十一話 ~理想と現実~

 小部屋を後にした初汰はリーカイに一言挨拶をしておこうと思い、村長の部屋を目指した。そして丁度目的の部屋のドアを開こうと手を伸ばした瞬間、ドアがゆっくりと開いてリーカイが姿を現した。


「あ、リーカイさん。今丁度挨拶しようと思って来たんですけど」

「ふぉふぉふぉ、そうじゃったのか。彼とは上手く話せたのかのう?」

「うーん、よく分かんねーけど。言いたいことは言えたかなって感じです」

「なら良かった。君の言葉で、君の思うことを言うのは大事なことじゃ。しかしそれは万人に出来るというわけではない。大切にすると良いぞ」

「はい。仲間も、自分も、信念も、大事にしようと思います」


 いつも通り優しい微笑みを向けながらそう言うリーカイに対し、初汰は力強くそう返した。


「良い返事じゃ。して、もう帰るのかの?」

「そうですね。アイツにはもう少し考える時間が必要かなと思ったので」

「ふぉふぉ、そうかそうか。君が思うてるようにしてみい。看病ならわしがしておくからのう」

「本当にありがとうございます。何から何まで」

「良いんじゃよ。戦えないわしたちに出来ることはサポートくらいじゃからな」

「そう言ってもらえると助かります。そのサポートを無駄にしないよう頑張ります!」

「ふぉふぉ、頼もしいのう。空回りだけは気を付けるんじゃぞ」

「はい、もしも空回りしそうになったら止めてくれる仲間がいますから。それでは、失礼します」


 初汰はそう言って一礼をすると、方向転換をして階段を下って行った。リーカイはその背中を見送ると、花那太が眠っている小部屋に移動した。


「具合はどうかね?」


 ドアをノックしても返事が無かったので、リーカイはわざとドアを軋ませて音を立て、加えて声を上げながら入室した。しかしそれでも花那太は反応を示さなかった。


「ふてくされるのは若者の特権じゃからな、大いに結構。しかし時と言うのは残酷でな。自分が塞ぎ込んでいる内に、取り返しのつかない出来事が起こったりするものじゃ……。全く、見た目は老けていても、こんなことを言うほど実年齢は高くないんじゃがな。まぁ良い、それでも君より老けているのは確かじゃ。若いと未来ばかりに目が行くがな、その未来を作り出すのは今じゃよ」


 ドア近くの壁に寄り掛かって大きな独り言を漏らし終えると、相手の動向を伺うことも無く、言葉を聞くことも無く、リーカイは自室に戻って行った。


 その頃、村長宅を後にした初汰はゴラン宅に戻って来ていた。


「ただいま~」


 念のため声を潜めながら家に入ると、すでに獅子民以外の仲間がダイニングテーブルの周りに集まっていた。そこには曜周の姿もあり、家に入って来た初汰と真っ先にアイコンタクトを交わすと、間もなく微笑んだ。それに初汰も笑みを返して応えると、獅子民の様子を伺いながらダイニングに向かった。


「どうだったんすか?」

「七十パーセントくらいは本音で言えたかな。ま、反応してもらえなかったから何とも言えねーけど」

「いやいや、私は上出来だと思うよ。人の心を一日で変えるなんて言うのは難しいことだからね」

「そうっすよ。少しずつ修復して、少しずつ温めていくっす!」

「ありがとう、二人とも」

「ちっ、お前の言葉一つでコロコロ考え方を変えるような奴はこっちから願い下げだ」

「げっ、お前は本当に嫌味なことばっかり言うな……。しかも一理あるのが腹立つ」

「ハハハッ、確かにそうだな」

「発想も鋭ければ、言葉も鋭いっすからね、クロさんは」


 少しずつ少しずつ暗い雰囲気も晴れ始め、一行に活気が戻り始めていた。初汰はそれを確かに感じながら、スフィーと曜周と共に声を出して笑った。心なしかクローキンスもテンガロンハットの下で笑みを浮かべているような気がした。


「時にはこうして笑うのも悪くないな」

「暗くなりそうな時こそ笑顔っすよね!」

「だな。明るい未来のためにも、まずは俺たちが明るくなんねーとな」

「ちっ、お前は能天気なだけだろ」

「うっせー、お前は黙ってろ」

「またこうして笑い合うためにも、我々はもうひと頑張りせねばな」

「おう!」

「そうっすね!」


 曜周の鼓舞に初汰とスフィーが元気よく応え、クローキンスは呆れたように鼻で笑った。


「さて、もうひと頑張りとは言ったものの、今はスパイからの情報待ちだったかな?」

「ブランさんの情報待ちってところっすね」

「そういや、無差別攻撃があって以来、全く連絡が無いな。……大丈夫だよな?」

「え、さ、流石に大丈夫なんじゃないっすか?」

「ちっ、連絡が無いならこっちからすりゃ良いだろ」

「確かに、それも一理あるな」

「いやいやいや、突然かけたら敵軍にバレちゃうかもしれないっすよ」

「じゃあなんだ、ここでずっと待ってるだけか?」


 クローキンスがそう言うと、急に現実を叩きつけられたような気がして初汰とスフィーは黙り込んだ。


「……待ってるだけじゃ何も変わらねーよな。よし、通信してみよう!」

「ブランさんが上手くやってくれることを祈るっす」


 三人が勝手に話を進めていたその時、ドアがノックされた。話に参加していない曜周はすぐそれに反応し、玄関口に向かった。


「はい、どうかしましたか?」

「誰か降りて来たのよ。ちょっと見に来て下さいな」


 ドアを開けると村の女性が立っており、口早に用件を伝えると答える間もなく去って行った。もしかしたらアヴォクラウズの使者かもしれないと思った曜周は、通信するかしないかで揉めている三人にそのことを伝えて野次馬が集っている村の中心に向かった。


「あのー、何があったんですか?」

「小型飛空艇が降りて来たんだとよ。でも、操縦者はボロボロらしくてな」


 初汰が改めて尋ねると、野次馬の最後尾にいる男性は要件だけ話して団体の中に埋もれていった。初汰はその背中を見送ると、群れから少し離れたところで待っている仲間を呼び寄せ、一行は人混みをかき分けて無理矢理現場に飛び出した。すると確かにそこには一機の小型飛空艇が停まっており、その上にはハンドルに突っ伏している男が一人乗っていた。


「相当傷付いているな」

「脱走兵。とかっすかね?」

「とりあえず、意識があるか確認したほうが良さそうだな」


 初汰はそう言うと、一人先立って小型飛空艇のもとに向かった。


「あのー、大丈夫ですか?」


 男の肩に手を添えて声をかけてはみたものの、返事は無かった。このままではどうしようもないと思った初汰が優しく男の上体を起こすと、見覚えのある顔が視界に飛び込んできた。


「ぶ、ブランさん!」


 その声を聞いたスフィーたちもすかさず小型飛空艇のもとに駆け寄り、気を失っているブランの姿を目にした。


「間違いなくブランさんっすね」

「ならば急いで処置をしなくてはな。村長宅に運ぼう。スフィーは村長に報告を。我々は三人で彼を運ぼう」

「おう!」

「りょうかいっす!」


 曜周が素早い判断で指示を出すと、それに伴う速度で初汰たちも動き出した。スフィーは持ち前のフットワークで村長に事態の報告を済ませ、初汰、曜周、クローキンスの三人は、協力してブランを飛空艇から降ろし、そこから丁寧に村長宅までブランを運んだ。そうした迅速な対処のお陰で、三人が村長宅に到着する頃には既にベッドと薬の用意が出来ており、ブランは花那太が寝ているのと同じ部屋に運び込まれ、リーカイが応急処置をして事なきを得たのであった。


「すみません、急に押しかけてしまって」

「良いんじゃよ、人命が掛かっておったんじゃ。少しでも判断が早いほうが良い。それと彼の容態じゃが、幸運なことに傷はそれほど深く無かった。少し休めば意識を取り戻すじゃろう」

「そうですか、ありがとうございました」


 発案者である曜周は代表してリーカイに謝罪と謝礼を伝え、それを終えると一階のリビングで待機している初汰たちのところに戻って来た。


「大丈夫でしたか?」

「幸い、怪我の方はそれほど酷くないらしい。少しもすれば目を覚ますだろうと言う事だ」

「無事で良かったっす」

「ほんとに良かった。無理な役を押し付けちまったからな」

「ちっ、だがこれで忍び込めるチャンスは無くなったかもな」


 クローキンスがそう言った瞬間、その場の空気が一変した。


「何だよ、その言い方」

「俺は事実を言ったまでだ」

「確かに侵入の手立ては無くなっちまったかもしれねーけど、今はブランさんの無事を喜ぶべきだろ」

「ちっ、それでこの世界を征服されたら元も子もないだろ。もう時間も手段も限られてんだからな。それにお前だって早く小娘を救い出したいはずだろ」

「それは、そうだけど……」

「理想だけじゃ生きていけねぇってことだ」


 掲げていた理想がたった一つの現実で叩きのめされたのを目の当たりにした初汰は、何も言い返すことが出来なかった。


「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着くっす。どっちの意見も正しいっすけど、言い争ってる時間も惜しいはずっすよ」

「スフィーの言う通りだ。それに、彼がなにも情報を持っていないとも限らない」

「そっか、逃げて来たってことは何か情報を持ち出してる可能性もあるもんな」

「そう言うことだ。だから今は彼が目覚めるのを待ちながら、他の策を練ろう」

「そうっすね。それで良いっすよね、クロさん」

「ちっ、好きにしろ」


 スフィーと曜周の仲裁で口論は収まったものの、クローキンスは一人、不服そうとう不安げとも言えるような表情を浮かべたまま会議に口を出すことは無かった。

 ……それから小一時間、何か秀逸な案が浮かぶなんていうことは無く、初汰たちの口数も減り始めた頃、二階から家政婦の一人が降りて来た。


「お話し中失礼します。先ほど搬送された方の意識が戻られたそうです」

「ほんとですか?」

「はい、お部屋に通しても良いとのことです」

「よし、すぐに行こう」


 不毛な会話は即座に中断され、初汰たちは家政婦の後に続いて小部屋に向かった。そして部屋の前に着くと、初汰とスフィーは小走りに入室していき、その後に続いて曜周が入室した。最後尾にいたクローキンスは廊下の壁に背中を預け、小部屋には入って来なかった。


「大丈夫ですか、ブランさん?」


 ベッドの傍に歩み寄った初汰は椅子に掛けるなりすぐ声をかけた。


「はい、大丈夫です。それより、ご迷惑をおかけしてすみません」

「さっきからこればっかりで困っておってのう」


 小部屋の奥で花那太の容態を診ていたリーカイが笑いながらそう言った。


「とにかく、無事で良かったっすね」

「そうだな。興奮して傷が開くのも良くないから、今日の所は――」

「待ってください。伝えることがあってここに来たんです」


 怪我人を思って早々に引き揚げようとしたその時、ブランが三人を引き留めた。


「上でなんかあったんですか?」

「はい、ライレットさんに、奴に騙されたんです。奴はこっちに寝返ったフリをして、国家に情報を売ってたんです。そのせいでアヴォクラウズは守りを固め始め、加えて俺が密かに連絡を取っていた工場街への弾圧を苛烈に……」

「つまり、今この瞬間も工場街の人々が反抗運動をしているということなんだな?」

「はい、俺は皆さんにこのことを伝えるために降ろしてもらったんです」


 ブランはそう言い終えると、項垂れて涙をこぼした。


「大丈夫です、ブランさん。俺たちが工場街に向かいます。行きましょう、曜周さん」

「そうだな。荷物をまとめて船に向かおう」


 室内での話し合いに区切りがついたその時、玄関ドアの閉まる音が微かにスフィーの耳に届いた。それを聞いたスフィーはすぐに嫌な予感が脳裏を過り、パッと立ち上がった。


「クロさん!」


 それだけ言うと、スフィーは開け放たれているドアを抜け、そのまま階下へ駆け下り、風のように村長宅を出て行った。


「スフィー! ……なんか聞こえたのかもしれない。行きましょう」

「わ、分かった。行こう」


 慌ただしく出て行ったスフィーに続き、初汰と曜周もその場を後にした。


「俺のせいで、何もかもめちゃくちゃだ……」

「心配するでない。彼らを信じるんじゃ」


 嘆くブランの肩にポンと手を置きながら、リーカイはそう呟いた。

 村長宅を飛び出したスフィーは、とりあえず村の全体を見回すために広場へと向かったのだが、どうやらその必要も無いようであった。


「クロさん! 何してるんすか」


 到着した広場には、探していたクローキンスが立っていた。


「……ガキに謝っといてくれ。理想を馬鹿にして悪かったってな。俺にも、世界よりも優先したい命があって、守りたいものがあった。嫌な現実を変えたいから掲げてる理想があった。……だから俺が工場街を救って、俺が道を拓く」


 クローキンスは背中を向けたままそう言うと、広場に停めっぱなしになっていたブランの小型飛空艇に跨り、上昇して行った。


「ちょっと、クロさん! 一人じゃ危ないっすよ!」


 小型とは言えども、上昇時の激しい風がスフィーに襲い掛かる。そんな中声を張り上げるが、クローキンスはそれを無視して飛び上がって行ってしまった。

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