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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十一章 ~集う欠片たち~
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第百五十話 ~生命の指輪~

 村長宅にたどり着いた初汰は傷一つ無い大きな邸宅を目の前にしてホッとした。きっと村の中心部から外れていたおかげで敵の手が回ってこなかったのだろう。そんなことを考えながら、初汰は村長宅のドアをノックした。すると程無くして家政婦が初汰を出迎え、二階の元は空室だった場所へ初汰を案内して、すぐに引き下がった。残された初汰は、この先に花那太がいるのか。という無駄な考えを巡らせながら、なるべく静かにドアをノックして部屋の中へ入って行った。


「失礼しま~す」


 そう言いながらドアを開けると、こじんまりとした部屋の左隅に人が集まっているのが見えた。どうやら先客がいるようであった。


「おや、君も来たのかね」


 入って来た初汰の方を見てそう言ったのは、家の主、リーカイであった。彼は横向きに設置されたベッドの奥側の木椅子に座っており、部屋のドアの方を向いていたのですぐに初汰の存在に気が付いた。そしてリーカイが声を出した数秒後、こちらに背を向けている男も徐にこちらを見た。


「はい、失礼します。曜周さんも来てたんですね」


 見舞いに来ていたのは曜周であった。


「あぁ、少し気になることがあってね。丁度いい、初汰もこっちに来てくれ」


 曜周はそう言うと、こちらに来るように促した。


「それじゃ、そろそろわしは自分の部屋に戻ろうかのう。良ければこの椅子に掛けてくれ」


 リーカイは温かい笑みを向けながらそう言うと、杖をつきながら初汰の横を抜け、部屋を出て行った。


「ありがとうございます」


 去り行くリーカイの背中にそう言うと、初汰は部屋の隅にあるベッドに向かい、そして先ほどまでリーカイが座っていた木椅子に腰かけた。


「意識が戻ったり、また失ったりの連続らしい」


 席について黙り込んでいた初汰を見て、曜周がそう切り出した。


「そうなんですね……」

「心配か。それとも不安か?」

「どっちもですかね。俺はあの時、花那太を救えなかった。きっと傷付いてるはずだろうなって。……でも、それは単なる俺のエゴで、村も救って旧友も救うなんてのは高望み何だなってさっき思いました。あんなに幸せそうにしてる村の人たちを見たら、俺のあの時の選択は間違ってなかったんだって思えたんです」


 そう言いながら、初汰は村長宅に来るまでに見た村人たちの復興作業の様子や、彼らが浮かべる笑顔、そして自分に向けられた感謝の言葉の数々を思い出していた。


「そう、その通りだ。君が村を救った事実は覆らない。それにもしかしたら、ある意味君は彼を救ったのかもしれない」

「俺が、花那太を救った?」

「そうだ。彼の寝顔を見ていると、時折凄く安らかな寝顔を見せる時がある。それを見ていて感じたんだ。彼は何かから解放されて安心しているのかもしれないと」

「見捨てられて喜んでるってことですか?」

「いや、見捨てられたからと言うわけでは無い。恐らくだが、彼はずっと迷っていたんじゃないかな。そしてその迷いから救い出してくれる強制力を待っていた。そこに君が現れ、君と対話を重ね。力で世界を支配する他にも方法があるのではないかと揺らぎ、今、解放された……。なんて、私の妄想に過ぎないがな」

「そうだとしたら嬉しいな。俺の言葉が届いてたってことだもんな」

「私の推測に過ぎないのだがね。変な期待を持たしてしまったら申し訳ないと思ったのだが、勝手に口が動いてしまってね」

「いえ、俺は大丈夫です。理想が無ければ実現も出来ないですから」

「ハハハッ。全くその通りだな。詳しくは本人の口から聞けると良いのだが……」

「はい。何から話せば良いか分からないけど、また俺なりに伝えてみます」

「うん、それが良いだろう。だがその前に、気持ちを整えるのも兼ねて、私からも少し話を良いかな?」

「は、はい。何ですか?」

「まずはこれを見てくれ」


 曜周はそう言うと、少しだけ腰を上げて右ポケットに手を入れた。そしてその手を引き抜くと、そのまま自分の前に手を持ってきてソッと広げた。するとその掌の上には二個の指輪が乗っていた。


「これは……?」

「指輪だ」

「いやいや、それは見りゃ分かりますよ」

「ハハハッ、悪かった。これは私とリーカイ村長で作った特別な指輪なんだ」

「特別なんですか? ただの指輪にしか見えないけど……」

「そう見えるように発注したんだ」


 曜周はそう言いながら右手を差し出し、ベッドの向こう側にいる初汰にも見易いようにした。


「うーん、近くで見てもただの指輪だな」


 全体的にはプラチナで出来ており、アクセントとして小さな宝石が一つ、邪魔にならない程度に装飾されているシンプルな造りであった。


「しかしこれが重要になってくることがあるかもしれない。だから君に持っていて欲しいんだ」

「二つあるってことは、誰かと使うんだよな?」

「そうだ。それもしっかりと説明するよ」


 曜周はそこまで言うと、初汰に手を出すように指示を出し、彼の手に指輪を一つ手渡した。そして深く座り直すと、再び初汰の方をしっかりと見つめて話し始めた。


「実は、その指輪はかつて私とメリアさんが使った物なんだ」

「曜周さんとメリアさんが? いつ?」

「滝の洞窟に行った時だ。あそこから村に戻るとき、私たちは窮地に追い込まれ、その時にメリアさんが時を止める魔法を唱えたのは覚えているだろう?」

「はい、そのせいでメリアさんは」

「あの時、その指輪を使って私の生命を少しだけ彼女に与えていたんだ。だから彼女は死なずに済み、私は生命を抜かれた反動で気を失ってしまったんだ」

「そっか、二人とも命がけで俺たちを……」

「時間が経てば私の意識が戻ることは分かっていたが、メリアさんの方はそこまで簡単に行かなかったようだ。そこは完全に私の見通しが甘すぎた。……おっと、すまない。少し脱線してしまった」

「いえ、それでその、この指輪の力って」

「その指輪は、リーカイ村長の生成の力で作り、私が持つ共有の力を込めたものだ。この指輪で繋がれた片方が死んだとき、もう片方の命と共有することが出来るという、諸刃の剣だ。何故それを君に渡すかというと、万が一、リーアが危険に……。いや、オブラートに包むのは止めよう。リーアが死に瀕した時、使ってほしいんだ」

「それって、曜周さんの命が――」

「今この世界に必要なのは、彼女の力だ。それに私の命の全てが彼女に移るわけでは無い。だから安心してくれ」


 指輪を返却しようと手を出していた初汰に向かって、曜周は優しく声をかけ、その手を引かせた。


「万が一の時だけですからね。本当にこれしか選択肢が無いって時にしか使いませんからね」

「分かっている。君の優しさも、強さも。そして何より君の判断を信じているからこそ、これを託すんだ」

「それは嬉しいですけど……。こんなの俺に託すなんて、曜周さんも残酷です」

「そうは言っているが、君だってリーアの為に死んでくれと言われたら、きっと私と同じことをすると思うがな?」

「……はぁ、ですね。多分そうすると思います」

「他人に自分の命を預けるなんて独りよがりだと思うかもしれないが、その逆だって然りだ。君だって知らず知らずのうちに他人の命を預かっているんだ。だからこそ、自分の命を大切にしなくてはならない。自分の命を預けようと思える他者がいればいるほど、その他者を守るために自分の命を大切にしようと思えるんだ」

「確かにそうかもしれませんね……。よし、分かりました! これは俺が持っておきます!」

「うん、よろしく頼むよ。万が一発動させるときは、その指輪をリーアに装着するだけだ。もう片方は常に私が着けておくから、リーアが危険になったら即発動するはずだ」


 そう言いながら、曜周は持っていた片方の指輪を自分の左薬指にはめて見せた。


「本当に万が一の最終手段ですからね、そうならないように、俺めちゃくちゃ努力しますから」

「もちろん、私もこれが発動しないように努力をするよ。そのためにも、アヴォクラウズには一緒に行かせてもらう」

「え、えぇ? 曜周さんも来んの?」

「私だって、自分の命をそう易々と投げ出すつもりは無いからね。それに、突然命を抜かれるのは気分も良くない」


 微笑みながらそう言うと、曜周は徐に立ち上がった。


「そろそろ私は次の準備に取り掛からなければならない。ここら辺で失礼させてもらうよ」

「はい、その、頑張りましょう」

「私のやれることは全てやるつもりだ。それよりも、君はまだ山場が残っているだろう」

「そうですね」


 二人は笑顔で見交わし合ってそう言うと、曜周は間もなく左手を軽く上げてその場を去った。挨拶したときに鈍く光っていたプラチナがやけに視界をちらついた。

 曜周が去ると小さな部屋には静けさが満ちた。花那太が目覚めない以上初汰はどうしようもないのだが、何故だろう、眠っている人だろうが、目の前に他人がいると何かを話さなければいけないんじゃないかという使命感が初汰を襲った。しかしだからと言って話すことも無く、ただ静けさだけが気になった。そんな中、唯一の音である花那太の寝息に耳を澄ませていると、あまり寝息が深く無いように聞こえた。不思議に思った初汰が揺らしてみようと右手をスッと伸ばした瞬間、花那太の左腕が初汰の手を弾いた。


「……起きてたのか?」

「……」

「おい、起きてたんだろ?」

「……起きてたら都合が悪いのかい?」

「別に、んなことねーけど」

「だったら良いじゃないか、僕の勝手だ」

「盗み聞きが良い行為とは言えないけどな」


 テンポよく会話をしていたはずなのに、二人はそこで口を噤んだ。


「……あのさ」


 歯切れ悪くそう言いだしたのは初汰であった。


「悪かった! ごめん!」


 言葉が思いつかなかった初汰は、単刀直入に謝罪の言葉だけを述べて頭を下げた。


「君が謝ったって何も変わらないよ。僕は独りだ」


 花那太はそう言いながら寝返りを打ち、初汰に背中を向けた。そしてまた、沈黙が訪れた。初汰は頭を下げたまま、少しの間静止していたが、これでは何も変わらないと悟って頭を上げて旧友の小さな背中を見た。


「……また来るわ。お前がこっちを向いてくれるまで」


 今日一日で何かが変わると思えなかった初汰は向けられた背中にそう投げかけると、静かに席を立ってベッドを離れた。そうしてそのまま部屋を出て行こうとしたその時。


「本当にこの世界を救うつもりなのかい?」


 掛布団でくぐもってはいたものの、花那太の言葉はハッキリと初汰の耳に届き、彼の足を止めた。


「あぁ、俺たちは最後まで諦めない。どれだけ劣勢になろうとも、変えたい、救いたいって想いがある限り」

「想い。か……」

「想いは人を変える。俺はそう信じてる。お前だって、自分を変えたいと想えば――」

「分かってるよ! そんなこと……。でも怖いんだ。また独りになるのが、裏切られるのが。結局、僕は良いように使われて捨てられるだけの玩具だったんだよ」

「そんなことはない! 俺の本心はこう思ってる。けど、生きてる限り、前に進まなきゃいけない時が来るのも事実だ」


 振り返りながらそう叫ぶが、花那太は布団に籠ったままであった。


「今すぐにってのは無理かもしれないけど、俺、お前を信じて待ってるから」


 盛り上がっている布団に向かってそう呟くと、初汰はドアの方に向き直って部屋を出て行った。

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