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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十一章 ~集う欠片たち~
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第百四十九話 ~揺れる思い~

 二人の前に現れた曜周はにこやかに近寄って来たが、近づくにつれて重い雰囲気を感じ取ったのか、真剣な面持ちになって二人の前に立った。


「何があったか聞いても良いか?」

「あたしが説明するっす」


 自分から名乗り出たスフィーは先ほど初汰から聞いた情報も交えて、なるべくゆっくりと、曜周が気を失った後に何があったか順を追って説明した。魔の海域に赴いたこと、そこでユンラン老師に会って世界の成り立ちを聞いたこと、そして網井戸海周がまだ生きており、ユーニの身体に憑りついていること。それからビハイドに戻って来て襲撃を防いだが、その戦いでリーアが連れ去られてしまったり、獅子民が過去を聞かされて黙り込んでいたり、負けが続いている初汰はいまいち調子が出ていないかったりと。少し古い情報から最新の情報まで、スフィーが持っている情報は全てを曜周に伝えた。


「私が眠っている間にそこまで進展していたとは……。薄々感じてはいたが、まさか本当に叔父が、海周が生きていたとは……」


 右手を顎に添えながらそう呟くと、曜周は少しの間考え込んだ。


「……それで、初汰と獅子民さんは中に?」


 一分ほどが経ち、曜周はようやく口を開いた。


「この中にいるっすよ」

「分かった。私にも様子を見させてくれ」

「了解っす」


 スフィーはそう答えて家に向かうと、ドアを開けたままにして曜周を呼び寄せた。曜周はそれを確認すると、小さく頷いて家の中に入って行った。


「初汰、お客さんが来てくれたっすよ」


 まずは反応を示してくれそうな初汰のもとへ近付くと、スフィーはなるべく明るい声で話しかけ、そして初汰の対面にある椅子を引き出し、そこに曜周を座らせた。


「曜周さん! 良かった、無事とは聞いてたけど、目が覚めたんですね」

「あぁ、つい数時間前だがな」

「もう動いて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。どこかが痛むようなら、まだベッドで横になっているよ」

「そっか、元気になって良かった……。あ、メリアさんは?」

「彼女も大事無いよ。君のお陰でね」

「最低限、約束は守れたみたいだな……」


 低い声で呟くように零した初汰だが、彼と対面しているスフィーと曜周にはハッキリとその言葉が聞こえて来た。それを聞いた直後、二人は慰めの言葉をかけようと何度も口を開こうとしたが、まるで時が止まってしまったかのように言葉が出て来なかった。そして沈黙が続くこと二十秒弱。ようやく曜周が口を開いた。


「事情は、スフィーから聞いたよ」

「俺のせいでリーアが……。クソッ……」


 噛みしめるようにそう言うと、初汰はテーブルに軽く拳を叩きつけた。


「君一人で背負う必要は無い。一人で何かを解決しようとすればするほど、孤立してしまうぞ」

「……そうだよな。一人で勝手に焦ってたのかもしれねーな」

「そうだ。ここで焦ってアヴォクラウズに突入してしまったら、それこそ敵の思う壺だ。もっと広く戦況を見て、もっと仲間を信じて良いんだ」

「ありがとう、曜周さん。それにスフィーとクローキンスも」

「えへへ、あたしは何もしてないっすよ。けど、いつでも手伝う気満々で待ってるっすから。何でも言ってくださいっす!」

「あぁ、もう勝手に背負い込むのは止めるよ。なんであの時こうしなかったのかじゃなくて、これからどうするか。それを考えないとな!」

「その意気だ、初汰。その心意気、絶対に忘れるんじゃないぞ」

「絶対忘れないようにする。改めてありがとう、曜周さん」

「気にするな。君には何度も救ってもらっているからな。せめてもの恩返しだ。もっとも、この程度で返し切れたとは思っていないがね」

「ははっ、律儀な人だな、曜周さんは」


 久しぶりに初汰の笑顔を見たスフィーにもその笑みが自然と移り、二人とも声を出して笑った。そんな二人の姿を見て安心した曜周も微笑みを返すと、どことなく空気が軽く、辺りが明るくなったように三人は感じた。しかし解決すべき問題はまだ残っていた。


「俺、クローキンスにもお礼を言って来るよ」


 しばらくの間笑い続け、その笑いと共に悩みも吹き飛ばした初汰はそう言うと、席を立って外に向かった。それを見送ったスフィーと曜周は互いに顔を見合わせ、その後獅子民の方を見た。


「あんなに盛り上がってたのに、全く反応なしっすね……」

「こんな獅子民さんは見たことが無い。彼は一度たりとも背中に哀愁など漂わせたことは無かったのに……」

「同感っす。こんなに塞ぎ込むなんて、虎間に言われたことが引っかかってるんすかね」

「過去というものは自分を構成するために必要な素材の一つだからな。それを思い出せず、何かピースが足りない感覚を抱きながら生きて来て、そして突然過去を取り戻したと思ったら、それが自分の想像とかけ離れていた。そうなったら、誰しも現実とは何なのか、自分とは何なのか、問い直したくもなるだろう」

「確かにそうっすね……。あたしも記憶が戻るまでは不安で仕方なかったっす。どんなに頑張っても自力で思い出すことなんて到底出来なくて、でもあたしという人間がここにいるってことは、絶対にあたしの足跡が、記憶が無きゃおかしい。知りたいけど怖い。怖いけど知らなきゃいけない。きっと獅子民っちもこれに似た気持ちでここまで来たと思うっす。そんな中で、自分が既に死んでいるなんて言われたら……」


 スフィーはそこまで言うと言葉を濁して口を噤み、前のめりになって考え込んでいる獅子民の横姿を見た。


「彼の苦しみは計り知れない。しかしだからと言って、このまま連れて行くわけにもいかない」

「置いて行くって事っすか?」

「……彼がいた方が戦力も士気も上がるだろう。しかし今の状態では確実に足手まといになってしまう。それに彼は君たちに迷惑をかけてしまう事を嫌がるだろうし、何より、戦う理由を見失っている。死んでいるかもしれない自分が、未来の為に戦う理由があるのかと」

「それでも獅子民っちならやってくれるって、勝手に期待を押し付けてたのかもしれないっす」

「そうだな。あの人なら何でも背負ってくれそうだ。だが、彼だって人間だ。どれだけ未来の為に戦っていると言っても、結局は今しか生きられない。そんな今ですら、今の彼には未来と同様、模糊としている。この靄から抜け出すにはもう少し時間を要しそうだ」


 そう言い終えた曜周は静かに席を立った。


「憶測ばかり語ってしまって申し訳ない。……私はメリアさんの様子を見るために一度ゴランさんの家に戻るよ」

「了解っす。あたしももう少し考え方を改めてみようと思うっす」

「あぁ、時間は少ないが、彼の為にやれることをやろう」


 曜周は微笑みながらそう言うと、去り際に軽く右手を挙げて別れの挨拶をしながらその場を離れた。


「今まで支えてもらった分、今度はあたしたちが獅子民っちをサポートする番っすよね……」


 ドアが完全に閉まるまで曜周の背中を見送ったスフィーは、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 家を出た曜周は外で会話している初汰とクローキンスにも辞去すると、既に再興が始まっている村の様子を眺めながらメリアが眠っているゴラン宅に向かった。

 村人たちが忙しなく作業をしたり、大きな声で指示を飛ばし合っている喧騒を背に、曜周はゴラン宅に戻って来た。一歩踏み出すとドアが閉まる。すると先ほどまで耳の周りに纏わりついていた賑やかな音は消え失せ、自分の呼吸と足音だけが聞こえてきた。そんな数少ない音と共に寝室へ続くドアの前に立つと、右手をそっと伸ばして静かにノブを回し、ドアを押し開けた。

 一度立ち止まって白い簡素なベッドで眠っているメリアを視界に捉えると、すぐにまた歩き出し、彼女の枕元に向かった。


「うん、汗も引いてるし、呼吸もだいぶ安定してきたようだな」


 少し前のめりに座ってメリアの寝顔を確認した曜周は、額に乗っているタオルを回収しながらそう呟くと、木椅子に深く座り直した。そしてサイドテーブルに置いてある桶で再びタオルを濡らし、それをメリアの額に乗せた。


「さてと、私はそろそろ行かせてもらうとしよう」


 そう言って曜周が立ち上がろうとした瞬間、メリアの口から僅かに音が漏れた。何か言っているように思えたので、曜周は耳を澄ませて聞いてみた。


「リーアを……。リーアを、助けて……」


 その言葉を聞いた曜周は少しだけ驚きの表情を露にした。


「まさか、気付いているのか……?」


 リーアが連れ去られた事は聞いていないはずだし、そもそも意識が完全に戻っている喋り方とは思えない。しかし魔女ならあるいは……。そんなことを考えながら席を立つと、苦しそうな表情を浮かべていたメリアの顔は一変、再び安らかな寝顔に戻り、口も閉ざした。


「また来ます。リーアさんのことは任せてください」


 何かを察されそうで怖くなった曜周は、ひとまずその場を凌ぐために遠回しな言葉をメリアに告げ、寝室を後にした。


「嫌な予感だけは当たるものだからな……」


 顔を左右に振りながら億劫に呟くと、ゴラン宅のドアをしっかりと施錠し、村の様子を見回るために歩き出した。

 丁度その頃、会話を終えた初汰とクローキンスの二人は家の中に戻り、スフィーと一緒に獅子民を元気づける案を考えていたのだが、どうにも花那太のことが気がかりで、初汰は上の空状態であった。


「そう簡単に良い案は浮かばないっすよね~。……って初汰、聞いてるっすか?」

「え、あ、あぁ。そうだな」

「どうしたんすか。クロさんになんか言われたっすか?」

「ちっ、何でもかんでも俺のせいにしようとするな」

「いや、ごめん。ただちょっと、花那太のことが気になっててさ」

「そうだったんすね。なら会いに行けば良いじゃないっすか」

「そうなんだけどさ。なんか行きづらいって言うか、何と言うか」

「もしかしたら眠ってるかも知れないし、気になるなら顔だけ見るってのでも大分楽になると思うっすよ?」

「うーん、確かにその通りだな。顔だけでも見て来るか」

「うん、それが良いと思うっす! 獅子民っちの方はクロさんとあたしに任せるっす!」

「ま、大した案は浮かばないと思うがな」

「サンキュー、二人とも。じゃあちょっと行って来る」


 二人の厚意に感謝を述べた初汰は席を立ち、逸る気持ちを抑えながら歩いて家を出た。

 村に出ると復興作業を行っている村人の数人から挨拶をされた。その全員から村を救ってくれたことを感謝され、自分がやってきたことを肯定されたような気分になり、少しだけ自分の行動が世界のプラスになっている実感のようなものを得た。

 そんな村の明るい雰囲気に感化され、徐々に初汰の心中ではポジティブの萌芽が見え始めていた。この調子なら直接花那太に会えそうだな。と、根拠のない前向きな気持ちを抱きながらも、何を話せばいいのかという多少の不安を残したまま、村長宅を目指した。

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