第百四十七話 ~孤独と力~
村内で初汰と花那太の戦いが激化する一方、村外で行われているリーアと優美の戦いも中盤に差し掛かろうとしていた。
「逃げるばかりでは何も変わりませんよ」
そう言う優美の顔は少しも動かず、貼り付けられた冷徹な仮面は真っすぐにリーアを見つめていた。
「そう見えていたなら成功ね」
対してリーアは微笑みを浮かべ、優美の顔を見つめ返した。
そんな二人が戦うリカーバ村前には、花那太が落として行った大量の武器が転がっていたり、リーアの炎魔法が地面を削り、小さな窪みが大量に出来上がっていた。よって二人の足元は決して良いとは言えず、敵の動きを気にしながらも、足元も注意しなくてはいけないという状況が出来上がっていた。
「では、これも策略と言う事なのですね?」
点在している窪みをチラチラと視界に捉えながら、自分には全く関係ないと言いたげな気だるい調子で優美は問い返した。
「全く気にしていないみたいね……。でも警戒されていない方がこちらも動きやすいわ」
敵の余裕な態度は少し気に食わなかったが、戦いにおいて手の内がバレていないというのは好都合なので、リーアは気持ちを切り替えて両手を構えた。しかし逃げ回っていた時とは打って変わり、その両手に炎を纏ってはいなかった。その立ち姿を見た優美は微量の疑念を抱いたが、両手で剣を構えて走り出した。
リーアがまた逃げ出すと思っていた優美は、素直に最短距離を選んで駆け寄ってきた。小さな窪みも厭わずに。
やっぱり、ただの窪みだと思っているみたいね。そう確信したリーアは、両手を自身の前に構えてタイミングを見計らい、次に優美が踏みそうな窪みに焦点を合わせ、詠唱を始めた。
「このタイミングで詠唱を?」
何かに気付きそうではあったが、今は警戒だけしておけばいいと感じた優美は、そのまま真っすぐリーアに向かってきた。
(まずは確実に一発……!)
心の中で自己を奮い立たせると、優美が窪みに足を踏み入れるのを我慢強く待ち、敵が窪みに足を踏み入れた瞬間、突き出していた両手をひっくり返し、天に向けてクイっと軽く上げた。
――するとその瞬間、走り抜けようとしていた優美の左足元から炎の柱が噴出した。それを回避しようと優美は咄嗟に右側へ飛んだのだが、左半身、特に左足は完全に炎を回避することが出来ず、黒いのワンピースの裾に僅かな火を纏いながら受け身を取った。
「くっ!」
華麗な受け身を決めた優美は、右手に持っている剣で手際良くワンピースの燃えている裾を切り捨てると、その燃え切れに剣を突き刺した。
「油断大敵とは言ったものですね」
荒々しく切ったワンピースの裾を最低限整えると、今まで一度も見せなかった感情の一部を露にしながらリーアのことを睨んだ。
「逆鱗に触れちゃったかしら?」
「そんなものが人にあるとでも?」
言下に言い返すと、優美は足元に落ちている鎖鎌を拾い上げ、鎌の柄を左手に持ち、右手では鎖の部分を持ち、分銅を小気味よく回し始めた。
「火が点いたようね」
敵の目の色が変わったと感じたリーアは、こちらもここからは刺し違える覚悟を持たなければ。と、心を改めて両手を構えた。
既に手の内がバレているため、窪みのトラップだけに頼ることは出来なくなった。そこでリーアは左手に土の魔法で作った盾を構え、右手は先ほど同様いつでもトラップを起動出来、かつ敵を牽制することが出来るように火の魔法を纏った。
「地の利を得ているのはそちらだけではありませんよ」
ぼそりと呟いた優美は振り回していた分銅をリーアに向かって投げた。すると鎖はやかましい金属音を立てながら真っすぐリーアに迫って来た。それを視認したリーアは、恐らく敵は攻撃をさせないために私の右手を狙っているはず。と考え、土の盾を正面に構え、自分の攻撃の手は見えないようにしつつ、その陰から敵の動向を伺った。
そうしてついに分銅がリーアの顔面を捉えたかと思ったその時、分銅は何かを捕らえるでもなくリーアの真横を通過していき、そしてリーアの背後で小さな音を立てながら地面に落下した。
「外したの?」
リーアは思わずそう溢しながら、盾を顔の前からどけて敵の様子を伺った。すると数十メートル先にいる優美は鎌の柄では無く、鎖部分を両手で持って何やら歯を食いしばっているようであった。
「地の利……。まさかわざと外して?」
地面に転がっている数々の武器を思い出したリーアは、嫌な予感がしてすぐさま盾を構えて分銅が落ちた方を振り向いた。
――するとその瞬間、盾に強い衝撃が加わり、リーアの身体は背後の優美側に吹っ飛んだ。
受け身を取るために右肩から地面に落ちたリーアは、この隙に攻めて来るはず。と考え、すぐさま身体を左に倒してうつ伏せになり、上体だけを僅かに起こしてトラップを探した。そして少し離れたところにあるトラップを見つけると、右手をそれに合わせた。
「こういう使い方もあるのよ!」
そう言いながらトラップに合わせていた右手を挙げると、ちょうど走り来る優美の目の前に炎の柱が聳え立ち、上手い具合に敵の視界を遮断した。
「上手くいったわ……」
燃え盛る火柱を見ながら起きあがると、リーアは気を抜かずに盾を構えて辺りを見回した。
「静かすぎる。彼女はどこに?」
周辺に転がっている敵の武器と自分が作り出したトラップの位置を確認していると、視界を遮るために作動させていた火柱が治まった。すると先ほどまで鳴り響いていた火柱の轟音が消え、草原は静かになるはずであった。しかしリーアの耳はどこかで何かが風を切る音を捉えていた。
「この音……。何かが降って来ている?」
そう呟くとともに上げた視線の先には、大盾に乗って急降下して来ている優美がいた。その両手には巨大なハンマーが握られており、この急降下と合わせれば、一撃で全身がぺしゃんこになる姿を想像するのは容易であった。
敵が攻撃を仕掛けて来る前に動き出そうとその瞬間、優美は空中で大盾を蹴り飛ばし、逃げ出そうとしたリーアの真上へ完璧な位置調整をした。そして落下しながらハンマーを振りかぶり、リーアの脳天目掛けて飛び込んできた。
(こんなあからさまな攻撃を……?)
自分が舐められているのか、それとも何か策略があるのか。敵の心理、次の行動を予測しながら少しずつ立ち位置を変え始めようとした瞬間、空中にいる優美に気を取られ過ぎていたリーアは足元に転がっている棍棒に気付かず、それに足を引っかけてバランスを崩した。
――するとそれを待っていたかのように、優美は両手に持っているハンマーを空中で一回転しながらリーア目掛けて投擲した。
何とかコケることを免れたリーアが再び空中に視線を向けると、そこには迫り来るハンマーだけが見えた。このままでは直撃してしまう。咄嗟にそう感じたリーアは後のことなど考えずに、すぐ体勢を整えて後方に走り出した。そしてその数秒後、先ほどまでリーアがいた場所にハンマーが落下し、まるで隕石が落ちて来たかのような激しい衝撃波が草原中に走った。
「きゃあっ!」
全速力で駆け出して直撃は避けたものの、優美が扱う強化の力は予想以上のものであった。衝撃波をもろに喰らったリーアは空中に放り出され、何十メートルも先まで吹っ飛ばされた。しかし意識はハッキリとしていたので、その間に風魔法を詠唱して自分の身に纏い、いつ地面に叩き落されてもクッション代わりになるように最低限の準備は怠らなかった。
風魔法詠唱から間もなく、リーアの身体は地面に打ち付けられた。吹っ飛んだ慣性を引き継ぎ、リーアは数メートル地面を転がり、そして程無くしてようやく立ち上がれた。
「ゴホッゴホッ! はぁはぁ、敵は……?」
少しはダメージを軽減したが、それでも全身は何かに憑かれたかのように重々しかった。リーアはそんな身体を無理矢理立たせ、息を整えながら優美の姿を探した。するとリーアの目の前、十数メートル先に優美が落下して来て、そして綺麗に着地を決めた。
「目隠しに使ったつもりでしょうが、少し詰めが甘かったようですね」
「はぁはぁ、どういうこと?」
「利用させてもらったのですよ、あの噴火を」
そう言われたリーアは、彼女が大盾に乗って空を漂っていたことと、加えてその大盾の浮上していた位置が丁度火柱の真上だったことを思い出してハッと息を呑んだ。
「最初から私がトラップを作動させることを読んでいたのね」
「そのせいで幾分か派手な攻撃をしてしまいました。ですが、時の魔女を消耗させ、ここまで連れて来るという任務は果たせましたわ」
「ここまで?」
「はい、もう逃がしはしませんよ」
土汚れが付いた頬を拭うと、優美は近場に落ちている曲刀を右手に拾い、左手では薙刀を拾った。そしてじわじわとにじり寄って来る彼女を傍目に、リーアは今自分がいる場所を再度確認した。確かにここは草原に変わりないが、ただ一つ、先ほどとは状況が違った。それはリカーバ村を背にしているという事であった。
「リカーバ村に私を?」
疑問に思いつつも、とりあえず敵は自分をリカーバ村に追い詰めようとしているのは分かっていたので、リーアはリカーバ村から離れようとした。しかし身体が上手い事動かず、それに魔法を使い過ぎたようで頭痛もしてきた。
「限界のようですね」
疲れ果てたリーアの姿を見ていた優美は両手に武器を携えて走り出した。
その頃リカーバ村で戦闘をしている初汰は、花那太が操る三本の武器に翻弄され、全く敵に近寄れない状況が続いていた。
「クソ、次はどの武器が来るんだ……?」
そう呟く初汰の頬には薄く血が伝っていた。その他にも腕や足に生傷が絶えず、その傷の多さは初汰が全く敵の行動に順応出来ていないことを物語っていた。
「初汰、そろそろ諦めたらどうだい。僕と一緒に世界を手にしよう。この世界だけじゃない。向こうの世界だって、この力があれば簡単に征服することが出来る」
「そんなことして何になる。また憎しみを生むだけだ!」
「分かってないな。この世界も、向こうの世界も、力による統制が必要なんだよ。一度強大な力が生まれてしまった世界は、力で治めるしか無いんだ」
「違う、力を力で抑える必要なんて無い! 力は孤独を生むだけだ。争いを繰り返さないためには、強大な力をも飲み込む協和が必要なんだ」
「僕は孤独なんかじゃない!」
冷静に振舞っていた花那太は、初汰の言葉を聞いた途端に語気を荒げて攻撃を仕掛けて来た。その攻撃はつい先ほどまでの牽制とは打って変わり、明らかに殺意が籠っていた。
――右からは斧が、左からは剣が、正面からは槍が。初汰に向かって猛進してきた。これを喰らったら一溜りもないと思ったが、それとは逆に先ほどと比べて攻撃は直線的であるとも感じた。初汰はその直感を信じ、三本の武器が降りかかった瞬間、勇気をもって一歩前に踏み込んだ。すると三本の武器は空中で衝突してその場に転がり、完全に自由な時間が生まれた。
「目を覚ませ、花那太ぁぁぁぁっ!」
再生の力を解いて木の枝を左手に持ち替えると、空いた右手で握りこぶしを作り、初汰は敵の名前を叫びながら渾身の右ストレートを浴びせた。
――殴られた花那太は車いすをその場に残して後方へ吹っ飛んだ。
「僕は、一人、何かじゃ……」
「そうだ、花那太。俺がついてる。だから俺と――」
そう言いながら花那太に歩み寄ろうとした瞬間、リカーバ村の入り口付近で大きな衝撃音が鳴り響いた。突然のことに言葉を止めた初汰が振り返ると、そこには倒れているリーアがいた。
「リーア!」
吹き飛んできた彼女を目にした初汰は無意識に走り出していた。そんな彼の背中を、花那太は霞む視界で眺めた。




