第百四十話 ~発覚~
半日近く海を渡ると、ようやくビハイドが見え始めた。そんなとき、仮眠室では麻酔で眠っていた初汰が目覚めようとしていた。
「……ううん。寝てたのか」
小刻みに瞬きをしながら、初汰は上体を起こして辺りを見回した。すると隣のベッドにクローキンスが寝ており、その他に人影は見当たらなかった。
「確か俺たちが先に寝て良いって言われて、リーアと俺が仮眠室に向かったんだよな……」
考え事をしながら両足をベッドから出し、両腕を両膝に乗せて一息ついた。すると吐き出した息とともに気絶する直前のことを思い出し、勢いよく立ち上がって仮眠室を出た。すると中央甲板にはリーアがぽつりと立っており、時折手で日差しを遮りながら上を見上げていた。
「リーア! オッサンはどこだ?」
起きて来るや否や、初汰は大きな声を上げながらリーアにそう聞いた。
「あら、起きたのね。獅子民さんなら船首に――」
「見えたっす! 今ビハイドに一機の飛空艇が下りて行ってるっす!」
リーアが獅子民の所在を伝えようとした時、マスト上部で監視しているスフィーが声を張り上げた。
「私たちを待ち伏せするつもりかしら?」
「オッサンは船首なんだな?」
「あ、ごめんなさい。そうよ、獅子民さんは船首にいるわ」
「分かった、ありがとう」
二人の会話が気になりはしたが、それよりも先にユーニの居場所を知りたかった初汰は、獅子民がいる船首に向かった。
「おいオッサン! 話はまだ終わってねーからな!」
舵の横に立ってギルと会話をしている獅子民の背中に向かって、初汰は怒声を飛ばした。すると獅子民は会話を止めて振り返った。
「初汰、起きたのか」
「ユーニさんのこと、何か知ってるんだろ!」
「待て待て、しっかりと説明するから落ち着くんだ」
「ほんとだな?」
「うむ、まずはユーニ殿についてだが、正直に言うと……。何かが憑いているかもしれん」
少し言い淀んだが、獅子民は正直に自分の推測を話した。
「何かが憑いてるって……。海周か?」
「そうとは言い切れないが、そうであってもらわなくてはならん。でなくては、ユーニ殿の意志で我々を裏切ったことになってしまう……」
「そんなこと絶対にない! 海周の野郎。ユーニさんを乗っ取ってやがったのか!」
「落ち着け、初汰。推測の範疇に過ぎん! それに問題はまだある」
「なんだよ」
「今の状況だ」
「そういやさっき、リーアとスフィーも何か話してたな……」
「そうだ。実は我々が到着する予定の村付近をアヴォクラウズの飛空艇が巡回しているそうなのだ」
「そうか、飛空艇がなんたらってのはそのことを言ってたのか……」
「うむ、完全に待たれているようだ。それにその飛空艇と言うのが、つい数時間前、我々の上空を飛んで行ったのだ」
「この船の上空を?」
「そうだ。つまり我々が見逃したユーニ殿はまだあの島に残っていて、我々よりも後に島を離れたのだ」
「俺たちを尾行するためか?」
「そこまでは分からん。とにかく今は到着するまでにどうするか考えなくてはならん。真っ向から勝負するのか、他の航路を取るのか」
そう言われた初汰は、水平線の向こう側で徐々に大きくなっているビハイドを凝視した。
「ユーニさんの身体を乗っ取った海周が、アレに乗ってるってことだよな?」
「恐らくだが……」
「なら真っ向勝負だ。俺がユーニさんを助ける」
「……よし、分かった。その代わり、全員でユーニ殿を助けるぞ。一人で先走ったりするなよ?」
「わーってるよ」
「ではギル殿、このまま真っすぐビハイドに向かってくれ」
「合点じゃ!」
行く先と覚悟を決めた獅子民は、中央甲板に仲間全員を集め、方針を説明した。クローキンスはいつも通り無言であったが、リーアとスフィーからは快諾を得た。こうして一行は、敵が待ち構えているビハイドへ直進していった。
……それから数時間波に揺られていると、日が傾き始めた。ビハイドはもう目と鼻の先であった。初汰たちは全員目を覚ましており、近付きつつあるビハイドと、到着予定の小さな村、そしてその上空を漂う飛空艇が視界の中で大きくなるのをまざまざと感じていた。
「村に着いたら、まずは村民たちを一番大きな家に避難させる。そして二人がこれを守り、残りの三人で敵を迎撃しよう」
もう一度中央甲板に仲間を集めた獅子民は、到着後の作戦を入念に伝えた。村民の護衛はリーアとスフィー。敵の迎撃は初汰、獅子民、クローキンスの三人で担うことになった。そんな会議をしていると、ギルが、もうすぐで着くぞ。と声を上げたので、一行は作戦を確認し直した後に武器の確認をし、船が桟橋に着くのを待った。
一行の乗る船が村に近付くと、それに合わせたかのように、浮遊していた飛空艇が村近くの広い草原に飛空艇を下ろし始めた。
「皆、準備は良いか?」
「おう、俺は出来てる」
「えぇ、私も」
「あたしもっす」
三人の反応を聞いた獅子民は、最期にクローキンスの方を見て、アイコンタクトで意思を受け取り、小さく頷いた。
「錨を下ろすぞー!」
五人が最終チェックをしていると、ギルの掛け声があった。それには獅子民が答え、錨が下ろされた。そしてその後すぐに初汰と獅子民が桟橋に向かってタラップを下ろし、村民避難の為にリーアとスフィーを先に村へ向かわせた。
「我々は飛空艇が降りた方に向かおう」
「おう!」
村に駆けて行く女性二人の背中を見送りながら、男三人も桟橋を駆け抜け、村を通り越し、草原だけが広がっている何も無い大地に降り立った飛空艇のもとへ向かった。
三人が到着すると、ちょうど飛空艇のステアが下りた。そして奥からは数人の兵士とバーン。それに加えてロープで縛られているユーニが現れた。
「ユーニさん……」
裏切り者かも知れないという情報を知っていても尚、初汰は思わず名前を零していた。
「何を企んでいるのだ?」
対峙したバーンに向かって獅子民がそう聞いた。
「敵のたどり着く場所が分かっていて叩かない軍師は居ないだろう?」
「私はそうは思わんな。こんなに見え透いた待ち伏せ」
「実力不足のお前らに合わせてやったまでだ」
「ちっ、舐められたもんだな」
その場にいる全員が、この会話に中身など無いことを知っていた。その証拠に、全員が既に武器を構えていたのであった。つまり彼らには武力で語らうという選択肢しか無かったのである。
「話が早い。こいつを返してほしければ、我に勝ってみせよ!」
バーンは双剣を抜くと、すぐさま黒炎を纏わせた。その背後ではロープで後手縛りをされているユーニが何とも言えぬ不可解な表情をしていた。初汰はそんな彼を一瞥し、聖剣を抜いた。
「力を貸してくれ、ユーニさん」
「いくぞ!」
バーンの掛け声とともに十数人の兵士が初汰たちの方へ駆け寄って来る。三人はそれぞれ五人近くの兵士を相手にすることとなり、バーンにはまだ届きそうになかった。そんな中、獅子民一人は焦っていた。彼の心中には、やはり初汰とユーニを戦わせたくないという気持ちが残っていたのであった。となるとこの雑魚戦は誰よりも早く片付けなければならなかった。
いつもなら敵の攻撃を受けて力を溜め、それを変換して一気に倒すという手法を取っている獅子民だが、今回に限っては相手が弱いという事もあり、躊躇なく自分から仕掛けに行った。
――獅子民の勢いに気圧され、走り寄って来た数人の兵士はその巨漢にたじろぎ、怯み上がって身を固めた。しかしその防御すらも貫通する強烈なパンチで敵をなぎ倒すと、獅子民はダッシュでバーンの方に向かって行った。
「貴様が一番最初に来るとはな」
余裕しゃくしゃくのバーンは、黒い炎を纏っている双剣を数回素振りして、獅子民が向かってくるのに合わせて構えた。
「はぁぁぁぁ!」
獅子民は雄叫びを上げながら右手を振り上げ、挨拶代わりに右ストレートをかました。
――バーンはそれを左の剣で受け止め、すかさず右の剣で斬りかかる。対して獅子民は左の盾で剣を防ぎ、二人は互いに睨み合った。
「どういうつもりだ。やけに焦っているみたいだな?」
「こんなところでもたもたしては居られないからな」
挑発してきたバーンに対して獅子民は冷静な返しを見せ、二人は戦闘に戻った。
獅子民は自ら激しい連撃を加えることによって敵の攻撃を引き出し、それを糧に変換の力をじわじわとチャージしていった。しかしその仕組みを理解しているバーンは、あえて餌を与えているのであった。
変換の力も大分溜まり、ここから形勢逆転を狙おうとした瞬間、雑魚を倒し終えた初汰とクローキンスが合流した。
「大丈夫か、オッサン!」
「初汰、ここは任せてもいいか。私はユーニ殿を救ってくる」
「何言ってんだよ、協力して助けるって言ったのはオッサンだろ。まずはこいつを倒して、そっからユーニさんを助けようぜ」
初汰はそう言うと、聖剣を構えてバーンに向かって行った。
「小僧、その聖剣は回収させてもらうぞ」
勝負を挑まれたバーンは真っ向から初汰を叩き潰したい気持ちもあったが、流石に三対一の状態で一人に集中するのは悪手なので、手堅く初汰の攻撃を受けながら獅子民とクローキンスの動向を疑った。
「隙を見て私がユーニ殿の所へ行く。恐らく彼らはそれを待っているはずだ」
「ちっ、援護すりゃいいんだろ」
不愛想にそう言うと、クローキンスは射線を作って連結銃を構え、バーンの側部から数発撃ちこんだ。しかしそれをしっかりと確認していたバーンは、初汰を吹き飛ばして近距離戦を拒否しつつ、弾丸も回避することに成功した。
「三人でかかって来い。連携が無くとも数的有利なら得られるだろう」
「ならお言葉に甘えて、行くぜ、オッサン!」
「うむ、前は任せろ!」
――変換の力を解放し、足に力を込めた獅子民は一瞬にして距離を詰め、今度は右腕に力を集中させて強烈な一発をお見舞いした。
これはまずい。と瞬時に察したバーンは、バックステップでその攻撃を回避する。しかしそのステップで身体が僅かな時間宙に浮いている間に、初汰が詰めて来ていた。
「貰った!」
無防備になっているバーンに斬りかかり、聖剣は完全にバーンを捉えたと思ったその瞬間。
――バーンは空中で身体をのけ反らせて攻撃を躱し、更にはオーバーヘッドキックのように右足を振り上げて初汰の腹に足を添え、そのまま巴投げのようにして初汰を後ろに受け流した。
「初汰!」
彼の名を呼びながら獅子民が視線を向けると、受け流された初汰は数回前転し、そして何と、ユーニの前に転がり着いていたのであった。
「ラッキー! ユーニさん、今助けます」
初汰はすくりと立ち上がり、ユーニを解放しようとロープに手を伸ばす。しかしそれよりも先に、ユーニの大きな手が初汰を張り倒した。
「ぐはっ!」
掌底を喰らった初汰はその場に倒れそうになったが、何とか堪えてユーニの顔を睨んだ。しかし無情にも、彼は初汰の手から聖剣を奪い去り、そしてそれを振り上げた。
「死ね、クソガキが」
――初汰は咄嗟に腰に下げている木の枝を掴み、それを再生して剣に変え、それでユーニの攻撃を受け止めた。そして続けてテーザーガンを放ち、一時的にユーニの動きを麻痺させた。
「がはっ、はぁはぁ、やっぱり、お前は……」
掌底を喰らって乱れていた息を整えながら、初汰は少し距離を取ってテーザーガンを回収し、剣を両手で構えた。
「それが再生の力……。試させてもらおう」
呟くようにそう言うと、ユーニの皮を被った海周は光を失っている聖剣を構えた。
「くっ、このままでは一騎打ちになってしまう!」
「行かせはしない。貴様の相手は俺だ」
援護に回ろうとした獅子民だが、そんな彼の目の前にはバーンが立ち塞がった。
「ちっ、どっちにしろこれでハッキリしたな。二人ともやるまでだ」
「うむ、そうだな。もう迷っている時間はない」
獅子民とクローキンスは武器を構え直し、それに合わせてバーンも双剣を再び抜いた。




