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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百三十七話 ~真の姿~

 ファグルに連れ去られている初汰は内心面倒だなと思いつつも、これはチャンスなのかもしれない。とも考えていた。それと言うのも、数日前漂流した時に救助してくれたシグのことを思い出していたのである。初汰は彼とも約束していたのである、必ず助けると。


「おい、ファグル。戦う場所は俺が選んでも良いかー?」

「うーん、まぁ別にいいけど」

「よし、それなら東の海域を抜けたところにある群島で戦おう。あそこなら何も無くて戦いやすいはずだ」

「……なんか怪しいけど、まぁいいよ」


 なんとか相手を丸め込んだ初汰は、大きく一息ついた。そしてチラリとリーアの方を見ると、彼女もまた、何を考えているの? と訴えたげな険しい表情をしていたので、初汰は笑って誤魔化した。

 しばらくファグルの不安定な飛行に揺られていると、数百メートル先の水平線からひょこりと群島が現れた。


「さっき言ってたの、アレ?」


 群島を目にしたファグルは初汰がいる右手側にやや顔を俯けながら、少し大きめの声でそう聞いた。その語調からして、どうやらシグが言っていた通りファグルにはあの島にいたときの記憶は全く無いようであった。


「あぁ、そうだ。場所はそうだなぁ……」


 と、シグと出会った島を探していると、初汰が島を探し当てるよりも前にファグルが口を開いた。


「いや、降りる場所は俺が選ぶよ」


 そう言われて無理矢理にでも島を選ぶような真似をしては疑われてしまうので、初汰は黙って受け入れるしか無かった。

 それから十数分空を移動すると、ファグルは群島のど真ん中にある少し大きめの島を選び、初汰とリーアを下ろしてから自分も着地した。

 三人が降り立った島には本当に何も無く、背丈だけ初汰たちの腰上くらいまで無造作に伸びた雑草たちが茂っているだけであった。そんな雑草の中、それらよりも少し背が高いくらいの石碑がひっそりと佇み、異彩を放っていた。


「ったく荒い飛行だな……」

「へぇ~、挑発するなんて、やる気満々みたいだね」

「別にそう言うわけじゃねーけど、やる気は満々だ」


 二人は互いに挑発し合うと、無言で睨み合った。


「まぁひとまず、君が逃げ出さないようにしなくちゃね」

「逃げたりなんかしねーよ」

「念には念をって言うだろ?」


 ファグルはニコッと笑いながらそう言うと、傍らに立っているリーアの腕を掴み、ちょうど良い高さの石碑にリーアを括りつけた。


「俺が勝っても負けても君は解放してあげるよ。君はただ、証人になってくれれば良いんだ」


 笑顔のままそう言うと、ファグルはリーアに背を向けた。そして先ほどいた場所まで戻ると、早速大剣を抜いて構えた。


「待ってろよ、リーア……」


 自らを鼓舞するように、暗示をかけるかのようにそう呟くと、初汰は腰に下げている借りっぱなしの聖剣を抜いた。


「じゃ、行くよ」


 ――そう言い終わるか否や、ファグルは辺りの雑草をなぎ倒しながら猛スピードで駆け寄って来る。


「は、早い……!」


 その素早さからして、これまでの戦いで彼が本気を出していなかったことがすぐに分かった。その驚きで少し反応が遅れた初汰だが、彼も昔のままではない。

 ――敵が大きく一歩を踏み込むと同時に大剣を僅かに沈みこませる。そして雑草を切り分けながら鋭い切り上げを仕掛けてくると同時に、初汰はそれを受け止めようとはせずに短いバックステップでギリギリの回避を行い、そして反撃に出た。しかし反撃も想定していたファグルは、初汰の右薙ぎと同じ方向に重心をずらし、初汰のがら空きになった左わき腹に右足を叩きこんだ。


「ぐはっ!」


 蹴りを喰らった初汰は綺麗に吹っ飛び、雑草の中に埋もれた。一方蹴りを喰らわせたファグルではあったが、彼の左腕からも微かに血が滴っていた。


「吹っ飛ぶのを利用して無理矢理剣先を傾けたのか……。ふっ、面白いね」


 ファグルが冷笑を浮かべながら左腕の血を拭っていると、雑草に埋もれていた初汰もゆっくりと姿を現した。


「油断すんなよ、俺……。今日のアイツは本気だ……」


 今の一瞬の攻防で完全に気持ちが切り替わった初汰の目つきは、明らかに変っていた。防衛本能と言うか、野性的と言うか、とにかく手段を選ばない本気の眼差しになったのであった。

 それを視認したファグルは、ニヤリと笑って大剣を構え直した。するとその瞬間にそよ風が吹き、二人の疲労を一瞬にして取り払った。そしてその風が止むと同時に、二人は走り出した。

 いつもならファグルに連撃を浴びせられていた初汰だが、今回は違った。本気のファグルと対等に渡り合えていたのであった。しかし攻めの引き出しが多いファグルが徐々に徐々に戦いを有利に進めていき、それを危険に感じた初汰は大振りの一撃を与えて距離を取った。


「良い判断だね」

「はぁはぁ、アイツ、全然疲れてねーじゃんか……」


 平然と相対しているファグルを見て、初汰は思わず本音をこぼした。


「まだへばらないでよ。楽しむには血が少なすぎる」


 終始ニコニコと笑みを浮かべながらそう言うと、ファグルは大剣を構え、まだ体勢の整っていない初汰に向かって走り出した。それを確認した初汰もこのままじっとしていられるわけは無いので、すぐに聖剣を構え直してファグルの攻撃を受け止めようとするのだが、その一瞬、視界の端でもぞもぞと動いているリーアを目撃し、初汰は攻撃を受け止めることを止めてギリギリのところで回避した。


「今日は賢明だね。俺の攻撃が全て読まれてるみたいだよ」


 受け止め切れないほどの力を込めていたようで、瞬時に攻撃を回避した初汰に感心しながらも、既に次の攻撃に備えて大剣を構え直していた。初汰はそんなファグルの行動を確認しながらも、その背後で微かに動いているリーアの方が気になってしまった。しかしずっとそちらを見ていては隙を突かれてしまうし、何よりリーアにターゲットが移ってしまうのは一番避けなければならないので、初汰は視線をファグルに戻し、今度は自分から斬りかかった。

 その背後では初汰が目撃した通り、リーアが何かを探っていた。後手に縛られたうえで更に石碑に縛られている彼女の両手には、丁度石碑の彫り文字が触れていた。


「やっぱり何か書かれているわ……。これが初汰の助けになれば良いのだけれど……」


 目の前で戦っている初汰のことを心配そうに眺めながら、リーアは縛られている両手で石碑の彫られている部分を丁寧になぞった。しかしいくら平静を装おうと思考に全集中を注げるはずも無く、彼女の指は何度も無意味に文字をなぞった。


「すぅー、はぁー、私も頑張らないと」


 一度大きく深呼吸をしたリーアは、戦闘が目に入らないように瞼を閉じた。そして一秒でも早くこの文字を解読できるように全神経を指先に集中させた。

 その頃リーアが目を背けた戦闘は激化していた。どちらも退かぬ斬り合い。一瞬の油断が致命傷になりかねない張り詰めた攻防を繰り広げていた。


(リーアが狙われないためにも、ここで退くわけにはいかねー!)


 大剣の重い連撃でめげそうになる度、初汰は自分にそう言い聞かせて攻撃に転じる。ファグルもその二転三転する戦闘を楽しんでいるようで、初汰の一挙手一投足を具に観察していた。


「いいね、これだよ。俺が求めてたのは!」


 振るう大剣が初汰の聖剣を叩くたび、ファグルは気持ちの高ぶりを表出し、更に連撃を早めていった。それに負けじと初汰も付いて行こうとするのだが、理性を失い始めているファグルと真っ向勝負をするのは分が悪かった。

 激しい連撃を耐え抜こうと一撃一撃を丁寧に弾き返していると、初汰の持っている聖剣が仄かに光り始めた。


「光った。やっと調子が出て来たって感じかな?」


 鍔迫り合いをしながら嬉しそうにそう言うと、ファグルは一度初汰を弾き飛ばして距離を取った。


「はぁはぁ、ひとまず助かったみてーだな……」


 初汰は息を整えながら聖剣を構え直し、草を踏み倒しながらじりじりと間合いを詰めていった。対してファグルは余裕の表情であったが、それは表向きの話で、その実は本能に任せて戦っているせいで身体は休息を求めていた。なので初汰の動きに合わせて身体を正面に向けはするが、大剣は構えようとしなかった。それを数秒で判断した初汰は、相手の体力が回復する前に叩きこもうと走り出した。するとそれと同時に聖剣の光が増し、ファグルに斬りかかる時には眩い光を纏っていた。

 ――聖剣と大剣が交わった瞬間、激しい閃光が二人を包み込んだ。そんな中でも二人は目を見開き、互いの動向に目を見張らせていた。


「最高だ! 久し振りだよ、この興奮!」


 聖剣が光り始めてから、初汰の身体は不思議なほど軽くなった。両手で握っている聖剣からも重みは感ぜず、まるで自らの四肢のように自由に剣を振るうことが出来た。


「もっとだ! もっと闘争を求めるんだ!」


 互いに防御することを止め、ノーガードの打ち合いが始まった。剣と剣がぶつかる度に激しい音を立て、剣は大きく弾かれた。しかし二人とも無理矢理体勢を立て直し、再び攻撃に移る。

 そんなことを繰り返していると、今度は次第にファグルの息が上がって来た。初汰はそれを見逃さず、連撃を叩きこんだ。

 ――一撃目でファグルはバランスを崩した。初汰はその瞬間に高速で二連撃を食らわせ、ファグルを斬り飛ばした。


「はぁはぁ、このギリギリの戦い。たまらないね……」


 そう言うファグルの左腕と右太ももからはじんわりと血が滲み出ていた。出血と疲労が相まってまだまだ動き出しそうもなかったので、初汰はその間にリーアのもとに向かってロープを切った。


「大丈夫か、リーア?」

「えぇ、大丈夫。それよりこの石碑、とても重要なことが書いてあったわ」

「何が書いてあったんだ?」

「ファグルの封印の解き方よ」


 リーアからその言葉を聞いた瞬間、草を踏み分けて走り来る足音が聞こえた。初汰は咄嗟に剣を構え、敵の一撃を受け止めた。


「別に人質なんてどうでもいいけど、俺から目を逸らさないで欲しいな」

「くっ……。リーア、逃げろ」


 大剣に押しつぶされそうになりながら、初汰は声を絞り出した。


「初汰、少し耐えていて!」


 リーアはそう言うと、素早く立ち上がって石碑に両手を添えた。そして、


「此処で眠り、勇士シグに宿りし獰猛な竜よ。今その身体を離れ、最期の岐路に立たん。汝、罪を償いたまえ。汝、罰を受けたまえ。それでも尚受難を逃れ、世界を否定するのならば、汝もまた、世界に否定されるであろう」


 ――リーアが呪文を唱え終えると、石碑から青い光が発せられた。するとその光を見たファグルは、大剣をその場に落とし、頭を押さえて叫び始めた。


「グアァァァァ! なんだ、誰だ……。俺を弾きだそうとするのは誰だ!」


 そう叫んだかと思うと、ファグルはうずくまって何かを吐き出した。それは真っ黒い玉のようなもので、一瞬初汰の目に触れたかと思うと、すぐに地面の中に潜行した。すると玉が消えたと同時に地響きが聞こえ始め、次の瞬間には地面が割れ、そこから腐敗した腕が飛び出した。


「な、なんだこれ。とにかくシグさんを助けないと……」


 初汰は飛び出してきた腕を見ながらそう呟くと、気絶しているシグを背負い、リーアと共にその場から少し離れた。


「リーア、ここで待っててくれ」


 緑が深いところにシグを寝かせると、リーアに看護を頼んで初汰は再び石碑の場所に戻った。するとそこにはどす黒い鱗を身に纏った、人間よりも少し大きい竜人が立っていた。


「お前、ファグルなのか……?」

「グルゥゥゥゥ、まさか、もう一度この不完全な身体に戻るとはね……」


 今目の前に立っている生物は、明らかに失敗作であった。スフィーのように自在に変化することは出来ず、かと言って巨大な竜にもなり切れない。不細工な骨格と不十分に生えた尻尾が惨めさを際立たせていた。そんな人目に触れることも絶対にない醜い生物は、爬虫類面の切れ長の瞳に無情の涙を溜めていた。


「ファグル……。俺に出来ることは最後までさせてもらうぜ」


 初汰はそう呟くと、再び聖剣を抜いた。

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