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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百三十六話 ~受け継がれる光の意志~

 ――話を終えたユンランの手には、小さな紙切れが握られていた。


「それは……」


 それに気づいた初汰がそう聞くと、ユンランは小さく頷いてから答えた。


「そうじゃ。今さっき話した、初代王から託された紙切れじゃ」

「そこにはなんて書いてあったんですか?」

「この隠れ家の情報と、電気とは別のもう一つのエネルギーについてじゃ」

「そのもう一つのエネルギーって何だったんすか?」

「時を操る魔力。つまりは魔女の命じゃ」

「魔女の命……。てことは人の生命を吸って次元の狭間を生み出してたってことですか?」

「うむ。わしも分かってはいたのじゃが、一人でそれを止めることは出来なかった。アヴォクラウズにいる者のほとんどが網井戸海周の力によって自我を失い、いつの間にか、わしの声が届く者は居なくなっていたんじゃ」

「そうだったのか……。どんな力かは分かんねーけど、絶対に止めないと。じゃなきゃ次の狙いはリーアってことだもんな?」

「そうなるのう……。じゃからわしが知っていることは全て話すつもりじゃ」

「じゃあまず聞かせてもらいます。俺はどうやって転移させたんです?」

「さっきも言った通り、この部屋にある機械でじゃ。しかしここにあるのは全て試作品。魔女の力を少しだけ分けてもらった一度だけしか使えない劣化版じゃ。元々はこれを使って創治は向こうの世界に帰るつもりでいたんじゃ」

「そ、そうだったのか……」

「じゃがメモに書いてあったんじゃ。『俺が死に、この世界が闇に支配されそうになったならば、救世主を召喚してくれ』と。あ奴は何か予見していたのかもしれんのう……」

「救世主。それに選ばれたのが俺なのか……?」

「そうじゃ。お主が選ばれてしもうたんじゃ」


 怒涛の流れで真実を押し込まれた初汰は、一旦話を整理するために口を閉ざした。


「……いや待てよ。網井戸海周に乗っ取られたローウェルを倒せば良いわけだけど、そのローウェルはつい先日死んだよな?」


 初汰は独り言のように話しながら、最終的にはスフィーの方を向いて投げかけた。


「そうっすね。確かに船の通信でそう聞いたっす」

「ってことは、また他の誰かに乗り移ってる可能性があるってことか?」

「恐らくそうじゃろう。奴がそう簡単に死ぬとは思えん」

「早くみんなに知らせないとマズいな。特にリーアには」

「そうっすね。どこにいるかは分からないっすけど、ひとまず上に戻った方が良さそうっすね」

「うむ、確かにそうじゃな。ここじゃわしも息苦しい。庭に戻ろう」


 ユンランはそう言うと二人を先に行かせ、自分は研究室のドアをしっかりとロックした後に階段を上り、三人は小一時間前までいた庭に戻って来た。


「あ、初汰!」


 三人が庭に出て来て数秒後、並木道の方から女性の声がした。すぐさま声がした方を見ると、そこには獅子民とリーアがいた。


「リーア! 来てたのか!」

「えぇ、運良く飛空艇に乗せてくれた人がいたの」

「初汰も一度アヴォクラウズであった、ライレットと合流したのだ」


 三人のもとに駆け寄って来た獅子民とリーアは、ここまで来た経緯を軽く説明した。


「どういう風の吹き回しなんだ……」

「私はあまり嫌な印象は受けなかったけれど?」

「うーん、まぁリーアがそう言うなら、今のところは信じてやるか」

「それで、こちらの方は?」


 初汰とリーアが話している間に、獅子民はスフィーとユンランの前に立ってそう聞いた。


「あたしたちが探していた、ユンラン老師っす!」

「おぉ、あなたが!」

「君は、獅子民雅人じゃな」

「はい、あなたも私をご存じなのですか」

「……そうじゃな。して、ローウェルが死んだと聞いたが、どう思う?」

「悪の権化が死んだとは聞きましたが、まだ油断は出来ない。と思っています」

「ふむ、その通りじゃな。さすが元騎士団長と言ったところかの」


 ユンランはニコニコと笑みを浮かべながらそう言うと、丸太で出来た椅子に腰かけた。


「恐縮です。それでユンラン殿、聞きたいことがいくつかあるのですが……」

「もちろん、わしに出来ることは全てするつもりじゃ。そこの二人には既に話したが、戦争の前に何があったのか、戦争の後に何があったのかをもう一度説明しようかの」


 一同は庭にある丸太の椅子に座り、先ほどよりも要約された戦前戦後の話をユンランから聞いた。初汰はそれを耳にしながらもう一度状況を整理するのであった。

 ……話が終った後しばらく、獅子民とリーアは黙り込んだ。特にリーアは複雑な気持ちを抱いていただろう。自分や母の命が狙われる理由が分かり、祖先である魔女たちの悲惨な過去、その元凶である海周の存在を知り、誰よりも激しい感情が彼女を襲っていたことだろう。しかし彼女は至って冷静な口調で話し始めた。


「……ありがとうございました。やはり倒すべきはアヴォクラウズですね。それと今現在海周が誰の身体に入っているのかも気になりますね」

「だよな。俺もそこが気になってたんだ」


 同じくそこが引っかかっていた初汰は、リーアが喋り終わるとすぐに同意の意見を述べた。


「ふむ……。それもそうなのだが、その前に網井戸海周と曜周殿にはどんな関係があるのか知りたいですな」

「ほう、曜周を知っておるのか?」

「はい、今はリカーバ村で療養しています」

「そうじゃったのか、ならば伝えておかねばな。……海周は曜周の実の叔父じゃ。お互い気付いていないようなフリをしていたが、恐らく双方気付いていたじゃろう。しかし曜周はここまでは知らなかったと思う、実の叔父に器としてしか見られていなかったことを」

「器。とはどういうことですか?」

「奴はこの世界を完全に支配し、監視するため、入れ替わる体を常に用意していたのじゃ。それが器であり、その候補者たちはアヴォクラウズの幹部連中だったのじゃ」

「なるほど……。では既に何回も入れ替わっている可能性もあるという事なのですか?」

「何とも言えんが、そんなに何度も鞍替えするとは考えられん。そう簡単に出来る技ならば、病弱だったローウェルの身体はすぐに捨てていたはずじゃ」

「確かに、その通りですな。となるとやはり、いち早く海周の潜伏先を特定せねばならないということか……」


 一通り聞き終えた獅子民は、腕を組みながら納得したように頭を小刻みに縦に振った。


「俺たちが負の連鎖を断ち切るんだ」

「うむ。アヴォクラウズの好きにはさせん」


 ――話がひと段落したその時、一機の飛空艇が孤島の上空を通過した。


「嗅ぎ付けおったか。敵が来る前にこの島から離れるんじゃ」

「俺たちがバリアを解除しちまったからか……」

「そう気にするでない。いつかはバレることじゃ。それよりも大事なことは、お主らを生存させることじゃ。さぁ、早う行くんじゃ」

「ユンラン殿は?」

「わしはここに残る。まだやらねばならんことがあるからな」

「……分かりました。行こう」


 ユンランの瞳から覚悟を感じ取った獅子民は、何も追求せず、素直にその言葉を受け止めた。


「でも、一人でここに残すわけには――」

「ユンラン殿の厚意を無駄にするな」


 深堀りしようとした初汰を引き留めると、獅子民はそのまま強引に初汰を引っ張ってその場を離れて行った。


「ユンラン老師、どうかご無事で」

「お主こそ、自分の命を大事にするのじゃぞ」


 別れ際に握手を交わしたリーアとユンランは、互いのことを気遣いながらその手を放した。そしてスフィーとともにその場を離れた。


「お主らなら大丈夫じゃ……。任せたぞ……」


 去り行く四人の背中を見ながらそう呟くと、ユンランは丸太の椅子に座って瞼を閉じた。


 ユンランを孤島に残し、初汰たち四人はボートに乗って湖を渡った。孤島に向かう時とは打って変わり、霧は綺麗に晴れていた。そのおかげで待たせていたクローキンスとファグルの姿を捉えることが出来た。それと同時に、ライレットの姿も視認することが出来、ひとまず敵が進行してきていないことを知ってホッと一息ついたが、そうグダグダもしていられないので、男二人は力いっぱいボートを漕いだ。


「すまない、大分待たせてしまったな」

「ちっ、そんなのはどうでもいい。何か分かったのか?」

「うむ、真の敵が判明した。そいつが次の行動に移る前に、我々はそれを阻止しなければならん。しかし今はとにかく、この島を離れなければならん」

「ちっ、確かにその通りだな」

「うむ。してライレット殿、謎の人影は見つかりましたか?」

「いえ、見つけることは出来ませんでした。恐らく先行部隊か何かでしょう」


 核心を突かれたが、ライレットは静かな調子でそう言うと、皆の反応も見ずに歩き出した。そんな彼に続いて獅子民、スフィー、クローキンスが歩き出し、初汰もそれに続こうとしたその時。


「ちょっとちょっと、約束、忘れて無いよね?」


 背後からの声に振り向くと、そこにはリーアを拘束しているファグルがいた。


「もちろん、忘れてねーよ。だけど今は無理だ」

「そう言われてもね。俺だってそんなに待ってられないよ。それにこの状況で有利なのは俺だ。従ってもらうよ」


 と言うと、ファグルはドラゴンに変化して飛び上がった。その手にはリーアが握られており、従わずにはいられなかった。


「……分かった。決着をつけてやる」


 初汰がそう答えると、ファグルは初汰を捕まえて飛び立って行った。


「な、なに! ファグルめ。何を考えている!」

「ちっ、さっさと追うぞ」


 飛び立った瞬間に起こった風で、その場にいる全員が誘拐に気付いたが、スフィーだけは耳を澄ませてその場に立ち尽くしていた。


「どうしたのだ、スフィー?」

「初汰が何か言ってたっす。『東の海域に入る前の島』がなんとかかんとか……」

「東の海域に入る前の島……。初汰が漂着した島か……?」

「かもしれないっすね。とにかくそこに向かってみるっす」

「ライレット殿、頼んでも良いか?」


 少し離れたところに立っているライレットの背中に向かって獅子民がそう聞く。


「ファグル、面倒なことを……」


 誰にも聞こえないようにそう呟いていると、もう一度獅子民が声をかけて来る。


「ライレット殿?」

「ひとまず飛空艇に戻ってから考えましょう」


 冷静な口調でそう言うと、ライレットと三人は合流し、駆け足で飛空艇に向かった。


 ……一行が湖畔から離れて数分後、森の中に身を潜めていたユーニが堂々と姿を現した。そして辺りを少しだけ確認すると、迷わずボートに乗って湖の中心部にある孤島に向かった。

 迷わず林道を抜けたユーニは、丸太の椅子に座っているユンランを発見し、それと同時にユンランも薄く目を開けてユーニを睨んだ。


「やはり来たか。海周」

「お見通しと言うわけか。まぁそんなことはどうでもいい、結界を壊して尻尾を掴んだのは俺なんだからな」


 ユーニの身体を乗っ取っている海周はそう言うと、バーンから密かに貰っていた剣を抜いた。


「良かろう……。もとより覚悟は決まっておる。この命、希望に捧げよう」


 そう呟いたユンランは、ゆっくりと立ち上がって両手に火の魔法を纏った。

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